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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
二章 一周目 学院
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7 退学

 月日はあっという間に過ぎてゆく。


 気が付けば、初等部の修了時期がもうすぐそこまで迫っていた。


 授業を終え、示し合わせたようにいつもの面子が食堂に揃う。



「はぁ~、まだ後3年もあるとか、信じらんない」


「何だよ、てっきり初等部修了で退学すると思ってたぜ。大抵の貴族はそうするんだろ?」


「アンタねぇ……せめて卒業って言いなさいよね……別に、アタシは家督とか興味ないし」


「いやいや、一人娘なんじゃねぇのかよ」


「そんなの、お父様がどうにかするわよ」



 まあ、弟でもこさえればいいのかもしれんが。


 そういや、父親のことは極端過ぎるほど話題にしなかったっけか。


 ったく、面倒臭い事情でも抱えてやがんのかね。



「ワタシは中等部には進級するつもりはありません」


「はあ? じゃあどうするつもりなわけ?」


母様かあさまに顔を見せてから、世界を見て回るつもりです」


「何よそれ? 何の意味があるわけ?」


「この学園に来て知った事柄を、実際に自分の目で見て確かめてみたいのです」


「……やっぱダメだわ。聞いてもよく分かんない」


「俺も進級するつもりはねぇ。地元をどうにかしてやりてぇからな。当然、チビ助も付いて来いよ」


「う、ウチも付いて行くの決定なんですか⁉」


「んだよ、まだ迷ってんのかよ。オマエが居ねぇと、辺境伯を説得すんのが難しくなっちまうんだぜ」


「──ちょっと待って。アンタたちまで出て行くつもりなわけ⁉」


「あん? 言ってなかったか? 魔術局入りしちまえば、目的も果たせなくなっちまうからな」


「聞いてないわよ!」



 机を強く叩き、立ち上がった。


 同時に、食堂内の喧騒が止む。



「お、落ち着いてください。さ、騒ぐと皆さんの迷惑になりますよぅ」


「何をいきどおっているのです? 皆、それぞれに将来へ向け歩まんとしているだけですよね」


「アタシだけ置き去りにするつもり⁉」


「別にハブったわけじゃねぇ。エルフに関しちゃ、俺だって知らなかったしな」


「結果は同じことじゃない!」



 どうにも気が静まる気配がねぇ。


 迷惑そうな視線に晒されたまま続けるのは居心地が悪い。


 一晩経ては、流石に落ち着くだろ。



「まあなんだ、今日はここらで解散にしとこうぜ」


「で、ですけどぉ」


「皆の憩いの時間を害するのは本意ではありません。速やかに退室しましょう」



 そう言うと、颯爽と食堂から出て行く。


 視線でチビ助を促し、さっさと離れるに限る。



「何よ……アタシだけ置き去りにするの……」


「そ、そんなつもりは無いですよ⁉」



 あーもう、面倒臭いヤツだな。


 色々と諦めて、足を止める。



「チビ助、オマエは先に戻っとけ」


「で、でもぉ」


「後は何とかしとく」


「……わ、分かりました。あ、あの、喧嘩しないでくださいね?」


「わーってるよ」


「じゃ、じゃあ、お先に失礼します」



 俺たちにペコリと頭を下げ、小走りで去って行く。


 このまま食堂で話すのもアレか。



「おい、場所変えるぞ」



 返事も待たずに移動を開始する。






 屋上に出てみれば、予想どおり無人。


 ちらほらと星が見え始めてもいる。


 ……さっさと済ませねぇと、寮の食事を食いそびれるな。


 無言で後を付いて来た、不機嫌女に振り返る。



「で? 何が気に入らねぇって?」


「…………」


「どうすりゃ納得する。オマエのご機嫌を窺って、俺らにずっと此処で過ごせってのか?」


「……何で出て行くのよ。何であの子は連れてくの」


「土魔術師が必要なんだよ。地元をどうにかしてやりてぇんだ」


「意味分かんない」


北壁ほくへきの所為で東区に魔獣が流れて来てやがる。防ぐには同じような壁が必要なんだよ。で、思い付いたのが魔術による壁の建造だ。これなら金も時間もかからねぇ」


「それって昔、お母様と話してた内容じゃ……」


「んだよ、聞いてたのかよ」


「お母様から少しだけ。でも、実現不可能だって。それに危険だとも仰ってたわ」


「やる前から諦めたりはしねぇ。危ねぇってんなら、俺が護衛する。他に獣人や戦士団だっているしな」


「……アタシにも敵わない癖して、何が護衛よ」


「うるせぇ。オマエが強くなり過ぎなんだよ」



 今も戦闘訓練で互角にやり合えてるのは、教師かあのエルフぐらいのもんだ。


 俺なんか、二年目ぐらいには敵わなくなってたからな。



「納得したか? ならいい加減、寮に戻ろうぜ。飯の時間が終わっちまう」


「納得なんかしてない」


「あーもうめんどくせぇな。何だよ、俺にどうして欲しいってんだよ」


「知らないわよ、このバカ!」


「俺は俺の夢を諦めねぇ。オマエにだって邪魔はさせねぇ。例えあのチビ助が一緒じゃなくたって、独りでもやるつもりだ」


「邪魔って何よ……そんな風に言わなくたっていいじゃない」


「ハッキリしてねぇのはオマエのほうだぜ? 言えよ。どうしたいんだよ」


「アタシは……」


「残りたきゃ残りゃいい。付いて来てぇってんなら、連れて行ってやんよ」


「……いいの?」


「好きに決めろよ。オマエの人生だろうがよ。それとも何か? 俺が全部決めてやらねぇといけねぇのか?」


「好きに決めてよ。要らないなら置いてって」


「なら付いて来い。何でも、護衛が不足してるらしいしな」


「うん!」



 ったく、そんないい笑顔見せるんじゃねぇよ。



「仕方ないから付いてってあげる」


「ざけんな。情けねぇオマエを、俺が仕方なく連れてってやんだよ」


「照れるな青少年。そうかそうか、アタシと離れるのは寂しいのか」



 う、うぜぇ……。


 さてはコイツ、俺から誘うよう誘導しやがったな?


 昔っから、妙な悪知恵だけは働く奴だな。



「けど残念でした。あんな口説き文句じゃ、赤点どころか落第点ですぅ。エッチなことなんかしてあげな~い」


「──ハッ」


「あ”? その反応は何なの? 死ぬの? 死にたいの?」


「確かに、だ。色々と成長はしたわな。が、悲しいかな、絶望的に色気が足んねぇよ。オマエの母親だったら──」


「死ね!」


「ぶべらッ⁉」






「──え、えっとぉ、結局失敗したんですかね?」


「い”や”、ぜい”ごう”じだ」


「コイツがどうしてもって土下座までして頼み込むから、仕方なく付いて行ってあげることにしたわ」


「顔も声も、まるで昨日とは別人のようですね」


「アタシを人気のない場所まで連れてって、いかがわしい真似をしようとしたから、制裁を下したまでよ」


「正義の行いというわけですか。であれば問題ありませんね」


「そ、そうなんでしょうか……」


「しかし、アナタまで付いてくのですか……これでは、ワタシだけ仲間外れですね」


「ならアンタも付いてくれば? 遠回りして東区に向かえば、色々と見て回れるんじゃない?」


「お”い”、がっでに”ぎめ”んな”」


「ふむ、旅は道連れというヤツですね」


「あ、あの! う、ウチも一緒のほうが嬉しいです」


「求められて拒むのは義に反します。いいでしょう。志を違えぬならば、同道いたしましょう」


「あ、コイツ今、変な顔してたわよ。きっといやらしい想像でもしたに違いないわ」


「どうしようもない変態ですね」


「ふ、不潔ですぅ」






「突然お呼びたてして申し訳ありません」


「いえ、構いません。もしかしなくても、娘さんのことですよね」


「ご推察のとおりです」



 数年ぶりに訪れた広い一室。


 以前と僅かも変わらぬ美貌をたたえた人物と机越しに相対す。



「聞くところによると、中等部には進級せず、アナタに付いて行くとか。しかも、アナタの指示で。説明していただけますね?」


「ええまあ、そんな感じになりましたね。元々は俺ともう一人で初等部修了と共に退学するつもりだったんですが──」



 あの日の状況はぼかしつつ、概要を説明してゆく。



「あの子はいったい、何をしたいのでしょうか……」



 いやぁー、俺にもそれは分からんね。



「入学したてのころは、魔術の資質が無いことに悩んでもいたようですが。最近ではそんな様子は見受けられなくなって久しいですし」


「ですかね。俺もそう思います」


「確かアナタは、東区に壁を建設すると言っていましたか」


「言いましたね。今もその考えは変わってません」


「では、あの子も東区に連れて行くと?」


「……そうなりますね」


「ハァ……素直で大人しい子だったのに、どうしてしまったのか」



 素直で大人しい、ねぇ。


 そりゃあ、母親の前でだけだと思うがね。



「あの子の無事は当然として、何か困った事態があれば、すぐにワタシを頼るように。いいですね?」


「はぁ、それはありがたいですけど」


「予算は幾らほど用意がありますか? 街道には宿があるのですから、野宿なんて真似はしないように。分かっているとは思いますが、同室など以ての外です」



 ……この話、いつまで続くんだ。






 そうして迎えた初等部修了の日。


 退屈な式も終え、学生課にて退寮及び退学の確認を済ませる。



「所持品はこれで全てですか?」


「はい」


「では、制服もご返却ください」


「は? いやあの、他に服持ってないんですが」



 おいおいおいおい。


 色々と無料だったのに、何で制服は返せとか言うんだよ。


 ケチくせぇぞ!



「ご心配には及びません。無料で代えの衣類をご提供しております。そちらからご自由にお選びください」


「あ、はい。どうも済みませんでした」



 前言撤回。


 この学院は素晴らしく良心的な場所であった。


 そう広く喧伝して回ろう。


 ま、冷静に考えてみれば、学院を除籍したような奴が、制服姿で外をうろつくのはマズいのかもな。






 校舎から出て門に向かう。


 と、見覚えのあるのと無いのが待ち構えていた。



「──オマエ、その髪」


「何よ、悪い」


「いや、随分と思いきったな」



 サイドテールは以前と変わらないものの、丈が随分と異なっている。


 背に流されていた長い黒髪が、肩に届かないぐらいまで短くなっていた。



「で、ですよね。う、ウチもびっくりしましたよ」


「似合っていますし、問題ないのではありませんか?」


「そ、それはもう、よくお似合いです! ね? ね?」


「ああ、似合ってるぞ」


「ふ、ふん! 当然でしょ!」



 揶揄からかってやりたくもあったが、機嫌を損ねるのもアレだしな。


 それに、似合ってるのは確かだ。


 ……ちゃっかり、贈った髪紐を使ってるのな。


 にしても、服装もまちまちだな。


 動き易そうな服の上に、革製の防具で要所要所を守っている。


 意外にも一番まともだ。


 エルフは可も無く不可も無く。


 ズボンでこそあるが、旅装束って風じゃない。


 ただの私服だ。


 チビ助はもう、何用の服なのかも分からねぇ。


 貴族よりも貴族っぽくなってやがる。


 コイツの服だけは、変えないとダメそうだな。



「な、何ですか? じ、ジロジロ見ないでください、恥ずかしいですぅ」


「この変態!」


「自重するべきでしょう。さもなくば憲兵に突き出しますよ?」



 オマエらは、この格好を見て何とも思わんのか。


 何だったら野盗にでも襲われかねんぞ。



「さて、んじゃ行くとするか」


「王都観光ですね。楽しみです」


「しねぇよ! つうかもしかして、一度も外出申請しなかったのかよ⁉」


「しんせい? 何ですかそれは?」


「無駄よ無駄。どうせ読み書きできないんだし」


「ま、まあまあ。せ、折角ですし、少しぐらい見て回っても構わないですよね」



 なるほどな。


 事前の意思統一は大事らしい。



「アホか。一日や二日で見て回れる規模じゃねぇだろうが。少し寄り道してから、組合に向かうぞ」






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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