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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
八章 四周目 災禍の獣
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78 生と死を分かつモノ

「いっつぅ~」



 黒竜と精霊が天幕から出て行ってから少し経ったころ、赤竜が目を覚ました。



「──ッ⁉ そうだ、旦那は⁉ 旦那はどうした⁉」



 いつもの間延びした口調は影を潜め、切羽詰まった様子で周囲を見渡す。


 が、当然、黒竜の姿はもう、この場にありはしない。


 いや、ある意味に於いては、もうこの世には、と言うべきなのか。


 つい先程、壁を隔てた向こう側で、凄まじい咆哮が聞こえた。


 赤竜の覚醒を促したのも、ひょっとするとその声だったのかもしれない。



「彼ならば、既に竜へと変じたと思われます」



 この場を代表するかのように、そう局長が告げた。



「な……ジブンとお嬢は、お払い箱ってわけかい⁉」


「いいえ、それは違うでしょう」


「じゃあ何でだい⁉ 何で置き去りにされたんだよ⁉」


「生きてほしいと、そう願ったからではないでしょうか」


「旦那だって、同じ境遇じゃないかよ! それを今更、どうしてこんな真似をするんだよ!」



 黒竜を止められなかった俺には、何を言う資格もありはしない。


 それどころか、この戦いをいた側なのだ。


 彼を慕う全ての者から、責めを負うべき立場に違いない。



「……取り乱してすまない。アナタ方にこんなことを言っても詮無いね」


「ワタシたちに今できることは、彼の行為を無駄にしないことに尽きます。直ちにしかるべき行動を取るべきでしょう」


「そうだね。旦那に後を任されたとあっちゃ、無様を晒してもいられない」



 そのまま天幕を出て行こうとする背に続く。



「お嬢のこと頼むよ」


「俺に言うな。どうせ止められやしないだろ」



 先程、誰に命令されるでもなく、白竜は此処を訪れてみせたのだ。


 ならばそれは、白竜自身の意志。


 やめさせたいなら、やるべきことは決まってる。


 もう誰にも、竜なんかにさせないためには、怪物をたおせばいい。



「なら、さっさと終わらせようか」


「ああ」



 正直、黒竜の姿を見るのが恐ろしい。


 自分の仕出かした結果を目の当たりにすることが。


 どうにも恐ろしくて堪らない。


 それでも、目を背けるわけにはいかない。


 ただただ拳を握り締め、再びの戦場へとひた走る。






 300メルはあろうかという異形。


 それに正面からしがみ付いていたのは、その半分ほどの大きさの、これまた異形。


 黒き竜。


 だが分かる。


 分かるとも。


 分からいでか。


 人の姿では無くなっていても。


 怪物を押し留めている異形こそが、黒竜その人なのだと。



「──くッ」



 背後からでは、赤竜の表情は窺い知れない。


 そして、そんなことをするために、こうしてこの場に赴いたわけでもない。


 怪物を完全には静止できていない。


 僅かずつだが、こちらへと接近している。


 未だ数多くの魔獣をはべらせて。


 しかも魔獣は、黒き竜を積極的に襲っている様子。


 今すべきこと。


 それは、黒き竜へと群がる魔獣の排除。



「旦那はやらせねぇ」



 残されたのは声のみだった。


 姿はもう、この場には無い。


 向かったのだ。


 肩を並べることは叶わない。


 それが許されるのは、同じく竜の名を冠する騎士のみ。


 未だ遠い。


 この先も、届くことは無いのだろう。


 さあ俺も。


 すべきことをしようじゃないか。






 前線は、かなり奥へと展開していた。


 魔獣の狙いが壁から黒き竜へと変更されたからだろう。


 騎士に交じって、王国勢の姿も散見される。



「小僧!」


「……先生?」



 掛けられた声の主を捜すまでもなく、相手が隣へと着地してきた。



「無事なのか? 姿が見当たらんから、てっきりヘマをやらかしおったものと思っとったが」


「王国の撤退を手伝ったりとか、色々な。そっちこそ、休憩してなくて大丈夫なのかよ?」


「壁内はエルフ共がひしめきあっておる。おちおち休んでなどおられるか」


「まさか、エルフが何かしてきたんじゃ」


「いいや、それはない。だが、ワシらを見る目付き。世辞にも友好的とは思えん」



 アイツら。


 此処まで来ておいて、相変わらずなわけか。



「姉御ー! お、見つかったんスね」


「いきなり何も言わず居なくなるのはやめてくださいと、何度言えば分かってもらえるんですか」


「すまんすまん、ついな。許せ」


「おいついた」


「お、よく頑張ったッスね。偉いッス。褒めてあげるッスよ」


「えへへ」



 新たに現れた人影に、視線が釘付けとなった。


 灰色の毛を持つ、獣人の子供だ。


 そう言えば、先生の戦士団に所属していたんだった。


 この子もまた、参戦していたのか。


 また1人、守るべき存在が増えた。



「……どうした小僧? 急に妙な顔をしおって」


「もう無茶はしないでくれよ。後は俺たちがどうにかするからさ」


「するとその中に、ワシらは含まれてはおらんわけか」


「いや、そういうことが言いたいわけじゃ」


「いい機会だ。小僧の腕前を間近で確かめさせてもらうとしよう」


「おい! だから下がってろって」


「ならば心配など要らぬと、行動で以て証明してみせろ」


「……ったくよう」


「ま、姉御の心配性は今に始まった話じゃあ──」


「ほう、もそっと詳しく聞かせい」


「あー、何でもないッス。記憶違いだったッス」


「幸い、魔獣の注意は、あの新手に集中しています。狩るならば、今をおいて他にないかと」


「武器も持たず戦場にまでノコノコとやって来おったからには、さぞ腕に自信があるんだろうな?」


「ウザ絡みするなっての」



 置き去るようにして、魔獣の群れへと駆け出す。






 そうか。


 今、先生と肩を並べて戦ってるんだな。


 妙な感じだ。


 仲間ってわけでもないってのに。


 騎士連中なんかよりも、よっぽど。



「どうしたどうした! その程度か!」


「うるせぇ! 余所見すんな!」



 先生の突き立てた魔獣の骨を、俺が両の掌底で奥へと叩き込む。


 かと思えば、俺が砕いた魔獣の足に対して、先生が追撃を見舞う。



「何か、息ピッタリッスね」


「そうね。とても感慨深いわ」


「どしたの?」


「いいえ、何でもありません。さあ、ワタシたちも後れを取るわけにはいきません」


「だね!」


「うん」






「……やはり妙だな」


「何だよ、どうかしたのか?」



 魔獣から距離を取った先生が、そんな呟きを漏らす。



「あのデカブツへの攻撃が止んでおる」


「そりゃあ──」



 魔石は怪物の足を狙っていた。


 それが行われていないのは、黒き竜を巻き込まないためで。


 いや待て。


 それじゃあ、怪物をどうやってたおすつもりなんだ?


 怪物を転倒させなければ、頭部への攻撃は届き得ない。


 これでは、前回と同じではないか。


 精霊や局長は、これからどうするつもりでいるんだ?



「何かあったのかもしれんな」



 今の俺に何ができる?


 考えろ。


 頭を使え。


 黒竜を無駄死になんかさせやしない。



「姉御? どうかしたんスか?」


「気になることがあってな」



 どうすればいい?


 黒き竜が怪物を転倒させられれば。


 いや、あの体格差だ。


 押さえ込んでいるだけでも、驚くべき状況だろう。


 これ以上は望めまい。


 竜が増えたならどうだ?


 黒き竜と同じだけの体格があれば、怪物と力は拮抗するか、上回ってみせるかも。


 いいやダメだ。


 何を考えていやがる。


 もう犠牲なんざ出して堪るかよ。


 問題は頭部までの距離。


 一応、今回の投石機は、高さにも対応しているとは聞き及んでいるが。


 流石に、怪物が直立したままでは、届くはずもあるまい。


 狙うならば、正面からではなく背面か。


 後方に転倒させられたなら、頭部への攻撃も不可能ではなくなる。


 投石機を此処まで運べずとも、魔石ぐらい人力で投げつけてやれば済む話だ。


 残る問題は、魔石に魔力を注入する必要があること。


 臨界を迎えた魔石は、程なく消滅現象を引き起こしてしまう。


 投射の直前に臨界を迎えさせることで運用していたのだ。


 俺の残りの魔力じゃあ、幾らも続きはすまい。


 かなりの人数、魔術師を連れて来る必要がある。



『──門へ』



 思考を遮るようにして、念話が届いた。



『次なる竜を以て、災禍の獣を仕留めます』


「なッ⁉」


「……突然どうした? 妙な声を出しおってからに」



 次なる竜だと⁉


 今度は赤竜か白竜を犠牲にするつもりかよ!



「悪い! 一旦門へ戻る!」



 返事も待たず、言い捨てて駆け出す。






 精霊の姿を見つけ、すぐさま怒鳴りつける。



「どういうつもりだ!」


「落ち着きなさい」


「こればっかりは聞けないね! 局長も局長だぜ! 帝国の奴なら、幾ら犠牲になっても構わないってのか⁉」


「キミ! 言葉が過ぎます! 局長は──」


「帝国であろうと王国であろうと関係ありません。どれほどの犠牲を払ってでも、たおす必要があるのです」


『彼の命が尽きる前に、行動を起こさねばなりません』


「精霊の力ってのは、人を竜に変えてみせるだけか⁉ 怪物の姿勢を変えるぐらいのこと、できないってのかよ⁉」


『ワタクシの得意とするのは生命魔術。魔獣程度であれば、その身を枯らしてみせることもできましょう。しかし残念ながら、災禍の獣には通用しなかったのです』



 違う、そうじゃないだろ、俺。


 そんな駄々をこねに来たわけじゃない。


 他者を頼みとするな!


 自分で行動を起こすんだ!



「聞いてくれ! 俺に考えがあるんだ!」



 さっき思い付いた、背後への攻撃についてまくし立てる。






『──無理ですね』


「何でだよ! 試してみなけりゃ」


『単純に時間が足りません。もう、彼の命は尽きかけているのです』


「そ、んな」



 貴重な時間を無駄にした?


 勢い込んで、前線なんぞで戦ってる場合じゃなかったのか。


 不意に、誰かの手が頭へと載せられた。



「いいぜ、やるよ。今度こそジブンの番さ」


「オマエ……」


「手伝うって話、あれやっぱ無しで頼むわ」


「あ? 何の話だよ」


「ジブンの代わりに、帝国の非道を止めてくれ」



 ああ、そうか。


 そうだったな。


 これ以上、アンタみたいな奴を増やさないためにも。



「さあ、とっとと済ませようや」


『分かりました。ですが、ひとつ心に留め置いていただきたいことが』


「何だい?」


『竜に変じてしまえば、人の意識を保ってはいられません。まかり間違えば、アナタこそが災厄を招きかねないのです』


「じゃあ、旦那はどうやって」


『意識をひとつの事柄に集中させてください。アナタがすべきことはただひとつ。魔石を抱え、災禍の獣の頭部へと至ることです』


「ひとつっていうか、ふたつのような……まあいいか。やってみるさ」


『他の方は離れて。では、目を閉じてひざまずいてください』


「あいよ。これでいいかい?」



 すぐそばに槍を突き立てると、精霊の指示に従いひざまずいてみせた。



『ええ。それでは、御覚悟を』



 またか。


 また俺は、役に立てないのか。


 いくら歯を食いしばろうが、手を握り締めようが、何にもなりはしない。


 精霊の手が、赤竜の額へと当てられる。


 瞬間、周囲に鼓動が響き渡った。


 ドクン、ドクン、ドクン。



「ぐッ⁉ あがァ⁉ ぎィッ⁉」



 赤竜が苦悶の声を上げる。


 全身は激しく震え、口端からは泡を吹き出してもいる。


 とてもではないが、正常な状態ではあるまい。



「お、おい!」


『来てはなりません!』



 痛みすら覚えるほどの強い念話。


 赤竜の体が眩く発光する。


 輪郭が変わる。


 歪に。


 巨大に。


 人ではなくなってゆく。



「GRAAAAAAAAAAAAAAAA!」



 咆哮がほとばしる。


 赤き竜。


 黒き竜に比べて、細身の体型。


 首も随分と長い。


 体の数倍もある奇妙な膜を背から生やしてもいる。


 と、赤竜が前腕を揮った。


 それも足元を、こちらを目掛けて。


 咄嗟のことで避けられない。






 金属音が響き渡る。


 巨大に過ぎる赤腕は、一振りの剣によって弾かれていた。


 煌めいたのは銀閃。


 眼前に立ち塞がっていたのは、白竜だった。



『……残念ながら、意識を呑まれてしまったようですね』


「では、彼はもう」


『ええ。本能のままに暴れ狂う厄災です』



 ふざけんなよ!


 好き勝手に言いやがって。


 追撃を仕掛けようとしている白竜よりもさらに前へ。


 赤き竜へと近付く。



「危険」



 珍しいことに、白竜がそんなことを言ってみせた。


 構わず進む。


 影が差す。


 頭上からは、踏み潰さんと足裏が迫りくる。


 さっきは咄嗟のことで避けられやしなかった。


 だが、今は違う。


 予見してさえいれば、避けられる。


 なあおい。


 こんなもんじゃ無かっただろ?


 アンタの速さは、こんな程度じゃあ無かったじゃないかよ!


 揮われた足裏を躱し、残るもう一方の足へと離脱。


 そのまま手で触れる。


 残りの魔力をありったけ。


 五指へと収束させる。


 とっておきを使ってやるよ。



 ≪支配エレンホス



 精神魔術の上級。


 抑止のためにと生み出した、新たな魔術。


 赤き竜が、その荒ぶりをやめ、大人しくなった。


 効いている。



『これは、いったい……?』


「こんなことに使うつもりはなかったんだがな」


「上級魔術、ですか? それも、既存のどれとも違う新たな……?」


「使うのは初めてなもんでね。いつまで持つか分かったもんじゃない。魔石は何処だ?」


「すぐそこです。箱詰めにしてあります」


「なるほど。じゃあ、離れててください。できれば、前線の連中を引き上げさせてくれると助かります」


「それで、アナタはどうするつもりなんです?」


「これは遠距離使用を想定していないんで。なので、このまま一緒に」


「ダメです! それではキミまで!」



 赤き竜の腕を動かし、掌へと跳び乗る。


 その間も、常に触れ続ける。


 離してしまえば、すぐまた暴れ出してしまう。


 持ち上げてもらい、頭頂へと降り立った。



『よろしいのですね?』



 地上は遠い。


 もう、こちらの声は届くまい。


 念話で応じるだけの魔力も残っちゃいない。



『竜とは、この世界で唯一、空を飛翔する存在。背の翼であれば、災禍の獣の頭部へと至れることでしょう。どうか、御武運を』



 空を飛ぶ、ねぇ。


 どうにも想像が及ばない。



『戻りなさい! 戻って! 離脱できるとは限らないんですよ⁉』



 今回の副局長は、随分と過保護だよな。


 妙なもんだ。


 大して過ごしていないどころか、会話してさえいないってのに。


 地上へ向け、頭を深く下げておく。


 無事戻って来れるかは分からない。


 死んでしまえば、また一からやり直し。



『箱を持たせてください。その後、魔石を臨界させます』



 精霊からの指示に従い、赤き竜に箱を掴ませる。



『この先は時間との勝負になります。僅かも無駄にすることのないよう、くれぐれもお気をつけください』



 飛べなきゃ終わる。


 間に合わなくても終わる。


 この瞬間のやり直しなど叶わない。


 緊張が体を強張こわばらせる。


 ああくそ、喉が渇いて水が飲みたくなってきやがる。



『──今です!』






 うぐおッ⁉


 体が吹っ飛ばされそうになるのを、必死にしがみつくことで堪える。


 至近に怪物。


 飛んでいる感覚など皆無。


 壁から怪物まで、一瞬で移動してみせた。


 余裕も余裕。


 頭部よりも高い位置から箱を落下させてしまえば、離脱も容易い。


 頭部まで、後ほんの僅か。


 そこで急に動きが止まる。


 反動によって、またしても吹っ飛ばされそうになる。


 いったい何がどうしたというのか。


 頭部はすぐそば。


 これほど至近から見たのは初めてのこと。


 毛だ。


 頭も、顔面とおぼしき場所も、全てが長い毛で覆われている。


 目も鼻も口も見当たらない。


 全体像は人型に近しい。


 が、やはり人などでは決してないのだ。



「AGYAAAAAAAAAAAAAAAA!」



 絶叫が頭蓋を揺らす。


 赤き竜がえている。


 振り落とされぬようしがみ付きながら、ソレを見付けた。


 指。


 毛に覆われた指が、赤き竜の胴を掴んでいた。


 動けない理由はコレか!


 しかしどうする⁉


 赤き竜からは、一瞬たりとも手が離せない。


 魔石が消滅するまで、もう数瞬の猶予もあるまい。


 どうする、どう動く。


 この位置から怪物の頭部までは、それこそ目と鼻の先ほど。


 であれば。


 赤き竜の首を巡らせ、箱を咥えさせる。


 これで距離を埋められる。


 しかし残念ながら、離脱は叶いそうにない。






 な、んだ、と?


 赤き竜は、ただ捕らわれたわけじゃなかったのか。


 先程までよりも、さらに至近に迫る怪物の顔。


 そう、顔だ。


 いや、依然として目も鼻もありはしない。


 新たに現れたのは、頭部丸ごと左右に開かれた、巨大な口。


 形すら自在に変えられるのか。


 今まさに、赤き竜の頭を喰らわんとしているのだ。


 周囲の暗さが増す。


 黒雲から隠され、口内へと入ったからだ。


 だが、このまま喰われたとしても、消滅現象の巻き添えにはできる。


 まあこれで、逃げることは不可能になっちまったわけだが。






 臨界。


 一際眩く、白き光がほとばしる。


 箱から生じるのは、球状の力場。


 触れるモノ全てを消滅させてゆく。



「んがッ⁉」



 首根っこを物凄い力で引っ張られた。


 強烈な既視感。


 記憶が刺激される。


 こちらの当惑などお構いなしに、その場から遠退いてゆく。


 頭から首へ、首から胴体へ、胴体から尻尾へ。


 無理矢理首を捻ることで、ようやく相手を確認する。


 思ったとおりの黒髪。


 ではない。


 なびくのは、長い銀髪。


 いつの間に、そしていったい何処に潜んでいたのか。


 白竜が俺を掴んだまま、そのまま宙へと身を躍らせた。


 消滅の波からギリギリ逃れる。


 地上は遠い。


 それでも、すぐに到着してみせることだろう。


 全身から血の気が引く。


 落ちる。


 落ちてゆく。


 眼下では、黒き竜の体が崩れ始めていた。


 その只中へと落ちゆく。


 上空からは、消滅を免れた赤き竜の体の一部が迫る。


 周囲には黒き竜の崩れた体。


 絶命の危機は未だ過ぎ去ってはくれない。


 白竜が必死で朽ちた体を足場に、外を目指してひた走る。


 足場が溶けた。


 そう思うほど、呆気なく塵となって消えてゆく。


 白竜の足が空を切る。


 もう、頼みとする足場は存在してはいなかった。


 地上へ向け、ただ落ちゆく。






「──また性懲りもせず、死にかけおって!」



 聞き覚えがありすぎる。


 思わず、失笑してしまうほどに。



「まさか、わざとやってはおらんだろうな!」



 俺を横抱きにした白竜諸共、先生が抱き留めてくれていた。


 ようやくの地上。


 だが、まだだ。


 まだ絶命の危機は去ってなどいやしなかった。


 赤き竜の体。


 それに加えて、怪物の体もまた、倒れ込んで来ていた。


 魔力切れに伴う眠気。


 それに抗い、脚を動かす。



「走れ走れ走れ走れ走れ! 振り返るな! 足を止めるな! ただ前へ駆けろ!」



 応える余力などありはしない。


 どうせなら、抱えて走ってくれよ!


 残る全ての力を揮い、生還に賭ける。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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