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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
八章 四周目 災禍の獣
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77 それは救いか災いか

 今の念話は……まさか、精霊なのか?


 あれほど協力を拒んでいたのに、今更どうして。


 振り返った壁上に、新たな影が幾つもある。


 まず間違いなく、エルフなのだろう。


 今さっき、魔獣がたおされたのは、もしかしなくとも、エルフたちの魔術によるものだったのか。


 改めて周囲を確認してみるが、もう付近に魔獣の姿も気配もない。


 もうこの場に用はない、か。


 詳しい事情を知るためにも、壁内へと戻ることにしよう。






 壁内にもまた、たくさんのエルフの姿があった。


 話を聞くべく近づいてみる。


 と、俺よりも先に、さっき助けたばかりの彼女が詰め寄っている最中だった。



「どうして⁉ どうして森から出て来たのですか⁉ もう二度とは戻れないのでしょう⁉」


「長のご意志です」


「長……? では掟というのは」


「問題など、あろうはずがありません」


「そう、なのですか」


「外で生を受けし同胞の子よ。我らの身を案じてくださったこと、感謝いたします」


「い、いえ、そのようなお言葉、勿体ない限りです」


「後のことは我らに任せ、体を休めてください」



 話を盗み聞く限り、精霊の決断らしい。


 まあ、それもそうか。


 エルフたちは精霊に従順な様子だったしな。


 勝手に出て来たってわけでもないだろう。



『──こちらへ』



 再びの念話。


 どうやら呼ばれているらしいのだが。


 いったい何処へ向かえと言うのか。


 どうせなら、場所の映像も伝えてくれると助かったのに。



「ご案内いたします」


「うおぅ⁉」



 念話に気を取られている間に、すぐそばまでエルフが近づいて来ていた。



「……何か?」


「い、いや、いきなりで驚いただけだ」


「失礼しました。では改めまして、長のもとまでご案内いたします。どうぞこちらに」


「ああ」



 話が早くて助かる。


 が、それなら念話の必要は無かったような気も……。


 まあ別に構わないのだが。






 案内された先には、一際立派な天幕が設置されていた。


 中には見知った2人の姿。


 局長と副局長だ。



「来ましたね」


「もう! そんなにボロボロになって! 怪我は⁉ 体に痛みは⁉」


「今は控えなさい」


「え、あ、はい、すみません」



 2人の他に、見覚えがあるようでない人物も立っていた。



『案内ご苦労様でした。下がって構いません』


「畏まりました。それでは、失礼いたします」



 服だか布だかから覗く肌は、色白を通り越して、最早透けてすら見える。


 覚えがあるのは、その顔。


 目も口も閉じた様は、エルフの森で見た、あの立像を彷彿とさせる。


 もしかしなくとも、これが生身の精霊なのだろう。



『後3つ、とても強い竜の息吹にお声掛けをしたのですが。どうにも振られてしまいましたか』


「では、お話は」


『仕方がありません。こちらでの話は、後で伝えておくとしましょう』



 軽口を挟める雰囲気ではない。


 副局長の視線に促されるまま、空いている席に座る。



『皆様のご尽力に、まずは感謝を述べさせていただきます』



 あー、さっそくカチンと来てしまった。



「こっちの様子は筒抜けだったわけか。勝てると踏んで、ようやっと森から出て来たのかよ」


「おやめなさい」



 局長から注意を受け、ひとまずは口を閉ざす。



『そのようにそしりを受けても致し方ありません。当初は傍観に徹するつもりでしたのですから』


「いえ。こちらのほうこそ、ご協力を賜り、感謝の念に絶えません」


『そう言っていただけて、嬉しい限りです』



 本心はどうであれ、局長は共闘することに異存はないらしい。



『こうして自ら敷いた掟を破ってまで赴いた理由は他でもありません。あの災禍の獣ならばたおせると、確信に至ったからです』


「あのってのは、どういう意味だよ。まさか、他にも居るってんじゃないだろうな」


『誤解を招く表現をしてしまったようですね。かつて見た姿は、より巨大で強力でした。しかし長い年月を経て、己が眷属を増やし続けた結果、如何に災禍の獣と言えども、弱体化は免れなかったのでしょうね』



 おいおい冗談だろ。


 アレで弱ってるってのかよ。


 ……いや待て。



「だったら何で、前回は──」



 と、口にしかけた言葉を途中で呑み込む。


 そんなこと、今更言ってどうなるというのか。



『残念ながら、今のワタクシには分かりかねます』


「……いやすまない。今のは聞かなかったことにしてくれ」


『アナタの無念たるや、如何ばかりかなどと推し量ることもできません。ごめんなさい』


「既に面識をお持ちのようではありましたが、彼の事情も御存知なのですね」


『はい。彼の記憶も拝見させていただきました』


「では、彼の特殊な状況の原因についても、何かご存じではありませんでしょうか?」


「局長?」



 今すべき話ではないだろう。


 にも拘わらず、こうして話を振ってくれるなんて、思いもしなかった。


 気を遣わせている。


 いや、俺が想像してる以上に、気にかけてもらっていたわけか。



『恐らくは、という程度ですが見当はついております。ですが、それについては既に、彼には伝えてある情報です』


「……そうでしたか」


「すみません、局長。色々と伝えず仕舞いになってしまっていて」


「いえ、それならば構いません。要らぬ横槍を入れてしまいましたね。どうぞ、話を続けてください」


『分かりました。話を戻しましょう』


「──お話し中、失礼致します! 急ぎご報告が!」


「何ですか、今は──」


「目標が前進を開始! それも、今までにない速度です! 如何いたしましょうか⁉」


「何ですって⁉ 脚部の破壊は⁉」


「未だ叶わず……その上、想定外の速度のため、着弾させることも困難な状況です」


「何ということ……何故今になって……」


『ワタクシたちが、いえ、ワタクシが赴いたことが要因でしょう。余計な刺激を与えてしまったようですね』



 さっきのアレか!


 確かに、怪物が妙な動きを見せていた。


 精霊を狙ってるってわけかよ。



「目標の進路は?」


「真っ直ぐこちらを目指しております」


「では、部隊の展開状況はどうなっていますか?」


「既に第一門の内側への移動は完了しております。ご命令が下り次第、出撃可能──」


「壁内の者を、至急後退させなさい。全員です」


「──は?」


『いえ、その必要はありません。まだ講じられる策はあります』


「それはいったい?」


『竜であれば、弱体化している災禍の獣を押し留められることでしょう』


「竜、ですか? しかしそれは……」


『ワタクシの魔術を用いれば、最も強き竜の息吹を持つ者を、始祖の姿へと返すことも叶いましょう』



 な、んだと?


 今、何て言った?


 人を、竜にするって言ったのか?


 誰を?


 黒竜たち、あの3人をか?



「ふざけんな!」



 椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がり、叫ぶ。



「そんな真似して、無事に済むわけねぇだろ⁉ ちゃんと元に戻せるって保証はあんのかよ⁉」


『……残念ですが、元の姿はおろか、その身を維持できるのは、極々僅かな時間に過ぎないでしょう』


「んな真似、させられるか!」


『では、この機を逃すと? また次に賭けてみますか? しかしそれが叶うのはアナタのみ。他の者は、この時からは逃れられません』


「局長でもエルフでも、それこそアンタでだって構わねぇ! 他の魔術で足止めぐらいできねぇのかよ⁉」



 応える声は無い。



「……あの、本当に他の方法は無いのでしょうか? これだけの人々が集まっているんです。何か、何か方法が」


『より体積を縮められさえすれば、押し留めることも叶いましょう』


「で、では」


『実に千年ほども待ったのです。それでもまだ、あの大きさを保っているのです。何か切っ掛けを与えられたとして、時間が足りないでしょう』



 声を上げた副局長に対して、精霊が何の役にも立たない情報を告げてみせた。



「……事此処に至っては、本人の意志次第でしょう」


「局長⁉」


「ワタシたちに強制することはできません。してはなりません。ですが、他に方法が無い以上、選択はその者たちにこそ委ねるべきでしょう」


「アイツらは俺が巻き込んだんだ! 必ず戦力になるって! だけど、だからって、こんなのってねぇだろうがよ!」


『話は既に伝えておきました』


「なッ⁉」


『覚悟の決まった者が、この場へと現れることでしょう』


「……あ、あのぉ、それでご命令は」


「投石機と負傷者、それと非戦闘員のみ後退させなさい。まだ戦える者はその場で待機を。戦線の状況によっては、自己判断での参戦を許可します」


「は、ハイ!」






「失礼する」



 やっぱり、来ちまったのか。


 天幕に入って来たのは3人。



「此処で合っていただろうか」


『ええ。お待ちしておりました』


「へえ~、本当に精霊ってわけかい~? いや~、まさかまさか、伝承にある存在にこうして会えるとは、思ってもみなかったよ~」


「それで、我々はどうすればいい?」


『その前に、今一度確認を』


「不要だ。事態は一刻を争う。早く済ませよう」


『……そうですか。では、来ていただいて早々申し訳ありませんが、門の外まで移動しましょう』


「待てよ! 待ってくれ! なあ、本当にそれでいいのかよ⁉ 死んじまうってことなんだぞ⁉」


「他の誰かが代われぬならば、自らがそれを成すまでのこと」


「忌々しいとすら思った力だったけど、まあ、こうして役に立つこともあったってわけさ~」


「やる」


「そう、そうだ、なら俺じゃあダメなのかよ⁉」


『アナタもまた、強き息吹を纏ってはいます。ですが、その身に備わった力ではありません。恐らくは、竜の施した呪い故のこと。代替とは成り得ません』



 この状況は、俺が招いた結果なのか?


 精霊に協力を持ちかけさえしなければ、こうはならなかったはずで。



「人にはそれぞれ負うべき責がある。オマエはまだ、その時ではなかったのだろう。後を頼む」


「そうそう~、死に急ぐもんじゃないよ~」


「──だが、犠牲は少ないに越したことはあるまい」


「え?」


「うッ⁉」



 赤竜と白竜が倒れ込んだ。


 動き出す気配は無い。


 今の一瞬で、黒竜に気絶させられたのか?



「さあ急ごう」


『アナタは……いえ、そうですね。では参りましょう』






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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