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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
八章 四周目 災禍の獣
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76 かつて届かぬ手を、今こそ

 怪物の足元目掛け、発光した魔石の群れが、遥か頭上を次々と流れゆく。


 ここまでは来れた。


 だが、まだまだこれからだ。


 前回はさらにこの先。


 足を破壊し、転倒まではさせられた。


 だがそこまで。


 そうして、あの悪夢のような光景が繰り広げられてしまった。


 怪物から無数の魔獣が生み出されていったのだ。


 壁の内側で溢れに溢れた魔獣たちにより、形勢は一気に逆転させられた。


 故に今回は、怪物が壁へと到達する前に転倒させる。


 そうすることで、もしまた魔獣が生み出されようとも、壁がある程度は持ち堪えてくれるはず。


 当然、迎撃も行って。


 その間に、何としてでも怪物の胸部または頭部を破壊せしめること。


 それが今回の作戦だ。


 今すべきことは、怪物が転倒するまでの間、戦線を維持し続けること。


 つまりは、今までとさしてやることは変わらない。


 魔術師たちの魔力、騎士や戦士や獣人たちの体力。


 不安があるとすればそこだ。


 どれだけ持ち堪えられるのか。


 戦闘はまだまだ続く。






 戦列が再編される。


 戦列の数が減り、その分、人数が増やされた。


 戦力こそ増しはするものの、休憩はより短くなる。


 中々に厳しい。


 きっとこの場に集う誰も彼もが、体を横たえて眠りにつきたいことだろう。


 少なくとも、俺はそうだ。


 できることなら、何もかも忘れて、丸1日寝ていたい。


 もう既に、その程度には疲労が蓄積している。


 休憩を取っても、体の奥の重みが消えてくれない。


 戦えば戦うほどに、負傷者は増えてゆく。


 少しずつ少しずつ。


 だが確実に。


 負担は軽減されるどころか、増すばかり。


 魔獣の死骸は無数に。


 されど未だ、途切れることなく魔獣は襲い来る。






 幼生体の数が減り、成体ばかりが襲来する。


 戦線の維持が難しくなってくる。


 帝国勢も、王国勢も、共に数を減らし続けている。


 そうして遂に、王国勢が撤退を開始した。


 戦場からではない。


 第二門を閉鎖し、此処、第一門に集結するために。


 壁上の魔術師たちが、魔獣を誘導するように移動してくる。


 それでも執拗に、撤退する王国勢を狙う個体が幾つもあるようだった。


 撤退を支援するため、帝国勢からも人員が割かれる。


 俺もまた、そちらに参加する。


 先生ならばきっと、戦い続けているに違いない。


 今度こそ、助けになってみせなくては。






 王国勢と入れ替わるようにして、第二門の前方へと展開してゆく。


 先生の姿を捜す。


 が、暗さも相まって遠目からでは判別がつかない。


 それでも、助けにはなっているはず。


 そう信じて、成体を相手取る。


 互いに数が少ない分、動き易くはある。


 撤退状況に合わせ、じりじりと後退してゆく。


 にしてもしつこい。


 必ずしも魔術師を狙うわけではないのか。


 後方からは、負傷者と思われる呻き声が幾つも耳に届いてくる。


 そう言えば、叫んだり逃げたりする者を追う習性もあったんだったか。


 であれば、あの呻き声に引き寄せられている?


 チラリと視線を後方へ向ければ、見るからに重傷の者が、置き去りにされてしまっているらしかった。


 格好からして、先生ではない。


 そのことに安堵を覚えつつ、どうするべきか思案する。


 現状、助けられる余力はない。


 成体を相手取るので精一杯。


 このまま後退を続ければ、いずれ魔獣の餌食となることは明白。


 魔獣を殲滅しきれば、助けることもできようが。


 如何せん、容易い話ではないのだ。


 後先考えずに魔術を使えば、あるいは、どうにかなるかもしれない。


 が、もし魔力切れとなってしまえば、その場で眠りに落ちてしまいかねない。


 たとえば、見知った誰かだったならば、迷わずそうしもしよう。


 つまりはそういうこと。


 その選択はできない。


 魔術は俺にとって唯一とも言える、魔獣への対抗手段。


 おいそれと、見知らぬ他者のためには使えない。


 成体は巨大だ。


 得物を変え、攻撃が通じるようになってさえ、頭を狙うのは難しい。


 相手も生きている。


 動きもすれば、抵抗もする。


 だけでなく、攻撃はどれも致命。


 無茶も無謀もできない。


 後方から複数の足音。


 視線を送る余裕こそないが、どうやら負傷者を回収しているようだ。


 置き去りにせずには済みそうか。


 ならば残る問題は、自分たちがどうやって退却するかのみ。


 魔獣を引き連れたまま門は潜れない。


 このまま第一門まで移動しては、魔獣が増えかねない。


 たおしきるのも難しい。


 となれば、追って来られないようにしてしまえばいい。


 狙うは頭ではなく足。


 容赦なく魔獣の骨を突き立てる。


 他の者も同じ考えに至ったのか、次々と足を攻撃し始めた。


 魔獣の動きが鈍る。


 後退するならば今をおいて他にない。


 示し合わせたように、一斉に門へと駆け出す。


 が、気が急き過ぎた。


 振り返った先では、未だ負傷者の避難が完了してはいなかったのだ。



「避難を手伝え!」



 誰からともなく、そんな声が上がる。


 進路を門から負傷者へと変更。


 皆、散開して駆け寄っていく。


 ……俺を除いて。


 踵を返し、魔獣たちへと向き直る。


 生じた隙は一瞬きり。


 他事をやる余裕までありはしない。


 ならばどうするのか。


 簡単なこと。


 誰かが時間を稼ぐしかない。


 この中で、唯一単独で魔獣をたおせるのは俺だけ。


 役目もやるべきことも決まった。


 後は実行するのみ。






 成体の数は5。


 死念の残数は、1回使用したため4。


 念話も使用したから、3が限界かもしれない。


 ……足りないねぇ。


 いやなに、全部をたおす必要もないさ。


 他の騎士たちよりかは、俺のほうが足は速い。


 問題は成体と比べてどうかということ。


 時間を稼ぐだけ稼いだら、逃げるに限る。


 後ろには下がれない。


 突進を全力で横に躱しつつ、指先へと魔力を収束させてゆく。


 魔術の使用は、ギリギリまで控える。


 それでも、魔獣を引き付けるため、こうして魔力を活性化させておく。


 一瞬一瞬が、やけに長く感じる。


 全身を這い回っているのは、恐怖ではなく焦燥か。


 とにかく囲まれないよう、足を止めずに立ち回る。


 ある時は離れ、ある時は至近へと移動し、揮われる一撃を避け続ける。


 動けている。


 これも、日々の訓練の賜物か。


 単に、相手が足を負傷しているからか。


 どちらでも構うまい。


 一瞬、魔獣から視線を切り、避難の状況を確認する。


 残りは1組か?


 早く済ませてくれ。


 その一瞬で見舞われた不可避の一撃。


 ──当然読んでる。



 ≪セット Β《ベータ》≫


 ≪死念タナトス



 精神魔術の上級。


 必殺を以て迎撃する。


 残り4体。


 魔術に反応してか、さらに勢いが増す。


 ただの障害物と成り果てた死骸が、たちまちのうちに踏み潰されてゆく。


 どんどんと門から追いやられる。


 と、4体の後方に、新手の成体が見えた。


 厄介なことに、向かっているのはこちらではない。


 門へと、いや、避難している者を狙っているのか。


 距離が詰まるのは、もう数瞬と残されてはいまい。


 知らず、視線が吸い寄せられる。


 避難しているのは3人。


 負傷者を両側から抱え、必死に門へと駆けている。


 壁内の明かりが、門を通じて姿を露わにする。


 ……ああ。


 どうしてなんだ。


 よりにもよって、どうしてあの2人なんだよ。


 見間違えるはずもない。


 あの遠征の折に、見たばかりなのだから。


 そうでなくとも、見分けることは容易だったろう。


 全身に震えが走る。


 今度こそ、紛れもない恐怖が全身を這ってゆく。






「させるかああああああああああ!」



 その恐怖を吹き飛ばす。


 彼女たちを救えずしてどうする。


 助けてみせる。


 今度こそ。


 あの日のような目になど、決して遭わせてはならない。


 まず邪魔なのは、眼前の4体。


 相手にする時間すら惜しい。


 無視だ。


 地を這うように姿勢を前傾に。


 足の合間を駆け抜ける。


 体の芯が凍り付いたように冷たいような。


 それでいて、燃えているように熱いような。


 相反する、奇妙な感覚。


 余分だ。


 余分は捨てろ。


 今必要なのは、時間と速さのみ。


 既に正面を過ぎ去り、視界の端へと届こうとしている。


 追走するも間に合わない。


 相手に先んじるのは、最早不可能。



 ≪念話テレパシー



 精神魔術の中級。


 一切の加減もなく、叩き付ける。



「AHHHHHHHHHHHHHH!」



 絶叫と共に、成体の足が止まる。


 だが、猶予は僅かもない。


 彼女たちもまた、恐怖によってか動きを止めてしまっていた。


 指先に魔力を収束させる。


 強く強く。


 狙うべき獲物は此処に居るのだと、そう教えてやる。


 背後からも気配が迫る。


 置き去りにするように駆ける。


 またしても気が逸れた。


 少しでも距離を縮めるべく、腕を目一杯伸ばす。


 指先まで真っ直ぐに。


 前へと。


 魔獣へと。


 彼女たちへと。


 激高した魔獣が向きを変える。


 突進。


 前後からの挟撃。


 背後のことは考えない。


 ただ眼前の敵を見据え、魔術を解き放つ。



 ≪セット Γ《ガンマ》≫


 ≪死念タナトス



 精神魔術の上級。


 崩れ落ちる巨体を通り過ぎ、彼女たちを背に庇う。



「──悪い、遅くなった」



 あれからもう、随分と待たせてしまった。


 あの日、あの時、あの瞬間。


 無力だった。


 救えなかった。


 助けられなかった。



「え、あ、え? 今、何が起きたの……?」


「まさか、助かったのでしょうか?」


「多分……そうみたいね」


「アナタは確か……以前、見た覚えがあります」


「そう? 何にしても助けてくれたのよね? ありがと」


「──いいや、助けられたのは俺のほうだ。あの時は本当にすまなかった」


「ええっと? 訳が分からないんだけど」


「どういう意味でしょうか?」


「いいから走れ! まだ魔獣が来てるんだぞ!」



 先程引き離した成体が迫る。


 その数4。


 死念は使えて2、最悪1。


 庇ったままでは無理が過ぎる。



「う、うん。けど、アンタはどうすんのよ?」


「さっきの見ただろ? 俺なら大丈夫だ」



 こうして言葉を交わせただけでも、望外ってなもんだ。


 これ以上など望みはしない。


 このような奇跡など、二度とは起こるまい。


 逃がすだけではダメだ。


 俺もまた、生き延びてみせなければ。


 次の機会になど、期待を抱くな。



「さあ行け! 走れ!」



 残りの魔力を、ありったけ搔き集める。



「行きましょう。彼の行為を無駄にしてはいけません」


「……分かったわよ。けどアンタ、死んだら承知しないからね!」


「ああ」



 背後の気配が遠ざかる。


 ゆっくりと足を前に進めてゆく。


 これより後ろへは、1体たりとも通しはしない。






 いよいよ激突する。


 その寸前、魔獣が四散した。


 踏み出し掛けた足を無理矢理に止める。


 紛れもない異常事態。


 否、異常はそれだけに留まらなかった。


 視界の遥か遠く。


 怪物が動いている。


 それも、足ではなく腕が。


 垂らされていた両の腕が、段々と持ち上がってゆく。


 あんな行動は、見覚えが無い。


 いったい、何が起きているのか。



『──これより、ワタクシたちも参戦いたしましょう』






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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