72 教導への参加
何がどうしてこうなった。
偶然こんなことが起こる確率とは、いったいどれほどあるというのか。
眼前には、懐かしい制服姿が並んでいる。
全員が全員共に緊張しているのが、傍から見ていてもよく分かる。
当然、今までの繰り返しの中で、こんな場面の記憶は一度たりとも無い。
これが、今回の選択の影響なのか。
「やあ、今朝ぶり。随分と早い再会が叶ったな」
「またアンタか」
「って、おいおい、そんな顔するなよ」
「つまりは、アンタが教官役ってわけか?」
「ご明察。何もこんな状況で実施しなくともいいだろうにね」
爺さんから受けた指示とは、王国への協力。
積み重なった悪感情の払拭のため。
また、俺にも少なからず関わりのある事柄なんだと。
奇しくも、王立学院の生徒たちに、幼生体との戦闘経験を積ませるというものだった。
そう、この場には、かつての仲間の姿がある。
局長は本気で娘共々、怪物との決戦に動員するつもりなのか。
もしくは、敗北した場合に備えて、生き延びるための力をつけさせるためか。
問い質そうにも、この場に局長は不在。
他の教員の姿があるだけだ。
「いやー、偶然とは恐ろしい。まさかまさか、オマエさんが学院の出身だったとは」
「……在籍してたのは、ほんの僅かの間だったがな」
「王国出身と聞いて、増々親近感が沸いた」
どうやら、俺の情報は筒抜けらしい。
「無駄話は止してくれ。で、俺は何をすればいい?」
「オマエさんは随分と足が速いと聞いてる。門の内側まで幼生体の誘導を任せたいが、どうだ?」
「分かった」
「もちろん、オマエさんだけに任せたりはしない。オレの戦士団からも人員は出す」
騎士たちが魔獣討伐を行っているのは、次に備えて第三門付近。
俺たちが居るのは、第二門。
昨日まで、魔獣討伐を行っていた場所だ。
だからまあ、そこまで数は多くないはず。
「成体が付いて来た場合はどうする?」
「戦士団が対処しよう。そのまま入ってくれて構わない。もっとも、逃げ切れる自信があるならだが」
「流石に無理だろうな」
「戦士団は門の外に展開させる。もし成体を見かけたら、無理せず戻れ」
さて、そう上手くいくもんかね。
こうしてみると、誘き寄せるよりかは、直接出向いたほうが楽な気がしてくる。
≪勇敢≫
精神魔術の初級。
魔獣を誘き寄せるためにも、魔術を使用しておく。
しっかし、まさかこんな所で会うことになるとは、思いもしなかった。
アイツらと肩を並べて戦うなんてこと、もうあってほしくはない。
危険な目になど、遭ってほしくはないのに。
そういう意味では、この役目は皮肉が過ぎる。
魔獣を連れ帰るなんて真似、危険に晒すことに他ならない。
俺はいったい、何をやっているんだろうか。
最近、予定が狂いっぱなしだ。
ケチの付き始めは、この遠征からか。
それとも、もっと以前の時点からなのか。
最高戦力たる3人を、態々危険に晒してしまっている始末。
怪物には通用しなくとも、魔獣に対しては絶大な戦力。
決して損なうわけにはいかないのに。
ああ、ちくしょうめ。
上手くいきやしない。
準備万端整えて、怪物を迎え撃てると思っていたんだがな。
もし、もしもだ。
運悪く休眠中の怪物を見付けた挙句、目覚めさせてしまったなら。
アイツらも巻き込むことになる。
後1年だったんだ。
それだけの猶予が残されていたはず。
どうか、どうか。
このまま見付からないでくれ。
連日、あれだけ斃してみせたというのに。
いったい何処から湧いて出てくるのやら。
幼生体3体を引き連れ、門を目指して駆ける。
「おい! 止まるな! そのまま突っ込んで来い!」
「急げ急げ急げ!」
門の外に展開していた戦士団が口々に叫ぶ。
魔獣の狙いはブレない。
ただひたすらに、俺だけを狙って追い縋る。
魔術への反応が顕著な証左。
当然のことながら、生徒の中には魔術師も含まれているわけで。
俺から狙いが逸れた場合、そいつらが危うい。
門の内側では、どう立ち回ったもんだろうか。
ようやく門を通過する。
と、待ち構えていたのは、生徒たちではなく戦士団。
どうやら、いきなり戦わせるつもりはなかったらしい。
戦士団の間を駆け抜ける。
「複数を相手取るのは命知らずのすることだ。各個撃破を狙え。分断しろ!」
「「応!」」
団長の号令により、団員たちが動き出す。
足を止めて振り返る。
「攻撃を受けようなどとは考えるな。十分に距離を取り、余裕をもって躱すよう常に意識しろ」
5人ずつ3組に分かれ、攻撃を加えつつ、魔獣を引き離してゆく。
生徒に見せるためか、無駄な攻撃が多い。
剣も槍も斧も槌も、容易く弾かれてしまっている。
「潰すべきは頭だ。だが、魔獣は見てのとおり素早い。安全を確保するためにも、まずは足を狙うことだ。やれ!」
「「応!」」
ああいう振る舞いもできるんだな。
この分なら、任せておいても大丈夫だろう。
生徒の中、ついつい見知った顔を探してしまう。
強制的に視線を剥がすため、再び門の外へと歩き出す。
3度目で、全員が門の内側へと引き返す。
今日はこれで終いらしい。
見れば、斃された魔獣に対し、幾人かの生徒が剣を揮っている。
察するに、魔獣への有効な攻撃方法か何かを伝授している最中のようだ。
騎士の場合、卒業試験でいきなりの実戦だから、こういう手法も悪くないように思える。
黒竜との訓練のような技術が無くとも、幼生体ならば攻撃は通る。
それでも、金属並みに硬いわけだが。
一際派手な音を出している所へと、視線が吸い寄せられる。
居たのは、見知った2人。
1人は苛烈に、もう1人は冷徹に、魔獣へと剣を揮っている。
「あーもう、何でこんなに硬いのよ!」
「さっき教えられたでしょう? 力任せでは斬れませんよ」
「要はこっちの力が勝ればいいだけでしょ」
「全然違います。さては、話を聞いていませんでしたね?」
「聞いてたわよ! 教え方が悪いのよ!」
「そもそも聞く耳を持たねば、意味がありません」
「だから聞いてたってば!」
周囲と同じく、思わず苦笑が漏れる。
と、ふとあることに気が付いた。
チビ助の姿が無い。
他もよく捜してみるが、見当たらない。
単に一緒に居ないだけではないのか。
そう言えば、純粋に魔術のみを得意とする連中が、そもそも不在に思える。
エルフがこの場に居るのは、剣術も得意としていたからか。
いやそもそも、中等部には上がらず卒業している可能性もあるよな。
そのほうがいい。
「よう、お疲れさん。随分と手際が良かったな。明日もこの調子で頼む」
「ん、ああ」
「生返事だな。どうかしたか?」
「いや別に、何でもない」
「ならいいが、調子が悪いようなら、事前に知らせてくれ」
「ああ」
応答しつつも、視線は2人を捉え続けて離さない。
「年頃なのは分からんでもないが、そんなに熱い視線を送ってると、相手に気付かれるぞ」
「ッ⁉」
慌てて視線を剥がす。
「知り合いかなら、遠慮せず話し掛けてくればいい」
「いいや」
「……そうなのか? 朝から気にしてるように見受けられたんだが」
傍から見ても分かるぐらいなのかよ。
大概だな。
今後は精々気を付けておこう。
2人からすれば、見ず知らずの他人。
不快にさせるのは本意ではない。
「何だったら、戦闘を教えてみるか?」
「そのつもりはない。どうせ、教えられるような戦い方はしてないしな」
「それはそれで興味が湧いてもくるんだが。まあ、無理にとは言わんさ。気が変わったら声を掛けてくれ」
日々は過ぎゆく。
黒竜たち3人が魔族領へ向かい、騎士たちは魔獣討伐に勤しむ。
俺はと言えば、相も変わらず、幼生体の誘導を続けていた。
訓練もできず仕舞いで。
やれることと言えば、魔術の鍛錬ぐらい。
俺だけが省かれているような、妙な疎外感。
記憶の中の彼女たちが色褪せ、今の彼女たちの姿が焼き付けられていく。
共に過ごすことのなかった彼女たちの姿が。
彼女たちを助けるべく、今の今まで頑張ってきた。
そのはずだ。
見返りを求めてのことではない。
むしろ、巻き添えにしてしまったことへの償いだった。
本来のあるべき姿、あるべき関係。
これでいい。
これでいいのだ。
何かを得たいわけじゃあない。
何も喪いたくないだけなのだ。
無事でいてくれるなら、それだけで。
あんな最期など迎えることなく。
決して、絶対に。
だからだろうか。
訓練なのだと、頭で分かっていながらも、体は咄嗟に反応してしまう。
彼女たちへと魔獣が迫る光景が。
どうしようもなく、あの日あの時あの瞬間を思い起こさせる。
色褪せた記憶。
起こり得なかった未来。
否、二度と起こさせてはならない未来。
守ると、助けると決めた。
たとえ忘れ去られようとも。
記憶にすら残らずとも。
魔獣と彼女たちとの間に、立ちはだかる。
誰が何を言おうが、構いはしない。
関係がない。
指を向ける。
俺は俺のやるべきことをやる。
ただそれだけ。
イメージするのは矢。
今までも、今も、そしてこれから先も。
変わることなく。
込めるのは魔力と、今まで繰り返し経験した死の感覚。
≪セット Α《アルファ》≫
≪死念≫
精神魔術の上級。
魔獣が絶命する。
「ちょっとアンタ、いったい何のつもりなわけ⁉ 邪魔しないでよね!」
「助けが必要な場面ではありませんでした。不要な手出しは控えていただきたいですね」
感謝されずとも構いやしない。
余計な世話で構わない。
そんなことが何度となく起こった。
「あー、まあ何だ、これじゃあ訓練にならないんだ。分かるよな?」
「……そうだな」
「オマエさんの様子からして、ふざけてるとはどうにも思えない。きっと何かしらの事情があるんだろうがな。こっちにも子供を預かった責任ってもんがあるんだ」
「ああ」
「すまないが、明日からは来なくて構わない。短い間だったが、協力には感謝してる。ありがとうよ」
だから、この結果も仕方がない。
「分かった。連中のこと、くれぐれもよろしく頼む」
「もちろんだ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




