71 不和
黒竜たち3人が出立してから3日。
爺さんの提案どおりに、北壁の外にて魔獣討伐を続けていたが、とある問題が勃発していた。
戦士団との衝突だ。
元々、この北区では、戦士団が定期的に各門を開いて、魔獣を間引きしていたわけで。
俺たちが外で魔獣討伐していることにより、彼らの食い扶持を横取りしている形になっていた。
一方で、死骸を持ち去るような連中もいたようではあったが。
「この際だ、ハッキリ言おう。邪魔だ、早々に帰ってくれ」
「我輩たちは皇帝陛下の命を受けておる。しかも、王国に承認を得た上でな。たかが凡夫風情が、出しゃばるでないわ」
「オレは此処の顔役みたいなもんでね。オレを含めて、此処の連中は、アンタら帝国が大嫌いだ。その上、こんな真似を続けられるようじゃあ、堪えるもんも堪えきれやしない」
「好悪なぞ知ったことか。もうよい、さっさと追い払え」
「「ハッ」」
「おっかない連中は出払ってるんだろ? だってのに、オレをあしらえるつもりでいるのか。随分となめられたもんだな」
「おい、さっさと来い」
「おっと」
騎士が背を強く押した所為で、男がつんのめった。
瞬間、周囲の者たちから、怒気が漏れ始める。
「散れ散れ! 現在、この辺り一帯は帝国領も同然! キサマらが容易く足を踏み入れて良い場所ではない!」
「あ”? 何だとゴラァ⁉」
「帝国の犬共が! キャンキャン吠えてんじゃねぇぞ!」
「出てくのはテメェらのほうだ!」
「団長、やっちまいましょうぜ」
「連中なんざ、叩き出しゃあいいんだ!」
「そうだぜ団長!」
「だから言わんこっちゃない。もう火が点いちまったぜ?」
ああ、そうか。
見覚えがある気がしてたが、あの酔っ払いの団長か。
王国最強の戦士。
以前は、どれほどの強さか分からなかった。
けど、今なら分かる。
「喧しい連中めが。身の程を弁えい」
「ハッ、そりゃあこっちの台詞だ。さっさと飼い主の元へ逃げ帰るんだな」
「……暴徒と断定する。鎮圧せい」
「「ハッ」」
「いくぞオメェら!」
「「応!」」
並みの騎士よりは強い程度。
脅威とまでは感じられない。
あっちに手を貸す必要はなさそうだ。
「なあ爺さん、流石に横暴過ぎやしないか?」
「何じゃ、其方まで偉そうに文句を垂れるつもりか」
「今回、世話になってるのはこっち側だろ」
「王国が帝国に尽くすのは至極当然のことじゃ」
「当然だあ? 王国はもうとっくの昔に、帝国から独立してるんだぞ。今更、何の義務があるってんだ」
「未だ王国民のような口振りじゃな。其方はもう帝国の騎士なんじゃぞ。立場をよう弁えい」
「帝国だから何だよ? 好き勝手に振舞っていいわけじゃあないだろ」
「良いとも」
「あ?」
「帝国の慈悲無しに、王国は存続せぬ」
このジジイはよぉ。
どうしてこう、行く先々で余計な軋轢を生まずにはいられないのか。
「獣人にもエルフにも、そして王国にだってそんな態度かよ。いったい、何様のつもりなんだ?」
「何も理解しておらんな。騎士学校で何を習っておったんじゃ。帝国こそが、世を支える礎。人族が集い、敬い、尽くすべき唯一にして絶対のモノじゃ」
どうにも話にならないな。
「──お喋りはもう済んだか?」
不意に掛けられた声に振り向くと、先程の団長が立っていた。
騎士は……残念ながら、全員がのされたらしい。
「もう言い逃れはできぬぞ。帝国に逆らって、タダで済むなどとは思うでない」
「此処は王国だぜ爺さん。いつまで寝惚けてやがる。きつい目覚ましが必要かい?」
「ほざくな下郎めが」
ハァーッ、やれやれだ。
俺がこの場をどうにか収めるしかないのかね。
「落ち着けよ。何もずっと居続けるつもりはないんだ。用事が済んだら撤収する」
「オレの許可も無しにか? 随分と礼儀がなってないな」
「辺境伯はどう言ってるんだ? アンタが勝手に決めていいもんなのか?」
「帝国が貴族の顔色を窺うのか?」
「王国が貴族を蔑ろにするのか?」
手が届く距離。
互いに視線は逸らさない。
「団長、やっちまえ!」
「そんなガキ、さっさとのしてくださいよ!」
「あのジジイは、ぜってぇ逃がすなよ!」
あまり行儀のいい連中じゃあないらしい。
放っておくと、爺さんがボコボコにされそうだ。
「退きな。子供に手を上げたくはないんでね」
「退けないね。もしアンタらが後ろの爺さんに手を出せば、それこそ大問題だ」
悪いのは、どう考えてもこちら側の態度にある。
相手の憤りは当然だ。
けどだからって、暴力はいただけない。
人同士でいがみ合ってる場合じゃあない。
壁の向こうにいるはずの怪物。
斃すためには、できるだけ多くの者の協力が必要。
今後にも支障をきたす。
「既に大問題だ。人に物に店にと、どれだけ迷惑を掛けてるか、理解してないようだな」
爺さんだけでなく、騎士まで好き勝手やらかしてるのか。
「それについては謝るよ。今後は是正していく」
「今後なんて無いのさ。これっきりだ」
威圧される。
体の重みが増す。
が、この程度、どうってことない。
こちとら、赤竜や白竜を相手に訓練を重ねてるんだ。
「ほう? これで臆さないとは、子供にしては随分な胆力だな」
「そりゃどうも」
「どうして庇う? さっきの遣り取りからして、仲が良好とは思えないが」
「庇ってるのは爺さんじゃあない。アンタらのほうさ」
「……何だと?」
「さっきも言っただろ。大問題になるって。此処がもっと悲惨な目に遭うに違いないからな」
威圧が消える。
「──やめだやめ。酔いも熱も醒めちまったぜ。おい、引き上げるぞ」
「は? 団長、いきなり何を」
「そうですぜ、このまま追い出しちまうに限る」
「ガキ一匹がどうしたってんですか。何ならジブンが」
「──聞こえなかったか?」
「い、いえ」
「おい! 撤収だ!」
「チッ、今日のところは、これで勘弁しといてやる」
「テメェら、覚えとけよ!」
……あれま。
意外にも、すんなり帰ってくれたな。
一戦も止む無しか、って覚悟だったんだが。
「連中を庇うじゃと? 呆れて物も言えんわい」
「騎士たちの素行不良については、爺さんにも責任の一端はあるだろ? 女だって居るんだ。何か起こる前に、対処しとかないとマズい」
「責任じゃと?」
「皇帝の命令ってのは、王国と仲違いしてこいってものだったのかよ。違うだろ」
「陛下を付けんか、痴れ者が。何度言わせるつもりじゃ」
そこにはすぐに反応すんのな。
律儀なもんだ。
「一兵足りとも無駄死にさせないとかも言ってたよな。この有様は、必要なことか?」
「ええい、もうよい。さっさと下がれ」
「目に余る連中は、勝手に対処しちまうぜ? そうだな、さっきの奴等に引き渡してやってもいいかもな」
「余計な真似をするでない」
「なら、ちゃんと対応しといてくれよな」
宛がわれた宿から出ると、見覚えのあり過ぎる奴が待ち構えていた。
「やあ。昨日ぶりだね」
「……待ち伏せかよ。お礼参りされる覚えはないんだが」
「そう邪険にするなよ。話が通じそうなのは、オマエさんぐらいなもんだ。オレたちぐらいは仲良くしようぜ」
「生憎だが、野郎と仲良くする趣味はないもんでね。他を当たってくれ」
「おいおい、付き合いが悪いなあ」
「絡むな。さっさと酒場へ帰れ。この時間は酒を飲んでるんだろ」
「……おや? 妙なことを言うじゃないか」
「あ? 何がだよ」
「酒云々ってヤツさ」
おっと、余計なことを口走ってたか。
「──彼から離れなさい」
「ん? もしかして、お邪魔だったかい?」
「聞こえませんでしたか?」
「なるほど。本当にお邪魔だったらしいね。機会を改めるとしよう」
「もう来るな」
「そう言うなって。またな」
マジで何のつもりだったんだ。
「ごめんさない、出過ぎた真似でしたでしょうか」
「いや、助かった」
「何者です?」
「この北区で一番偉い奴、かね」
「? とてもそのような方には、見受けられませんでしたけど」
「で? 何か用だったのか?」
「そうでしたわ。お姉様方がお戻りになったそうです」
「……随分と早いな」
確かに4・5日とは言ってたが。
丸3日ってとこじゃないか。
相変わらず、常人離れしてるな。
「全員無事なのか?」
「ええ。お姉様にも、御二方にも、怪我は無いそうですわ」
「そうか。そいつは良かった」
「つきましては、アナタを呼ぶよう、仰せつかった次第です」
「俺を? 何でだ?」
「理由までは存じ上げません」
まさか、怪物が見つかったのか⁉
「朝っぱらから悪かったな。じゃあ──」
「着くまでの間、お話に付き合っていただいても構いませんか?」
「あ? ああ、それぐらい別に構わないけど」
「やった──コホン、では行きましょう」
案内された部屋に、しかし3人の姿は無かった。
「爺さんだけか?」
「何か問題か?」
「いや、てっきり3人も居ると思ってただけだ」
「嬢たちならば、もう休ませておるわい」
「で、怪物は? 見つかったのか?」
「いいや」
「は?」
「其方を呼びつけた理由は、その件とは関係ありゃせんわい」
「何だよ、無駄に焦らせやがって。俺はてっきり」
「随分と王国の輩を気にかけておったじゃろう」
「あ? 嫌味かよ」
「調査が中断しておる今、其方に相応しい役目を与えてやろうと思うてな」
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