70 エンカウント
強い。
魔獣が、ではない。
竜の名を冠する、3人の騎士は当然としても。
他の騎士たちが、想像を超えて強かった。
前後を固める部隊は、正しく精鋭部隊なのだろう。
成体を複数体相手取ってもなお、危うげなく斃し続けている。
一定以上の力量を有する者が、複数人で組むということの強み。
そのことをまざまざと見せつけられていた。
思えば、戦士団にしてもそうだ。
彼らの戦いを、こうも間近で見たことは終ぞなかった。
あるいは、俺の力量が上がったからこそ、分かることなのか。
力と速度に対し、技術と連携で以て、確かな勝利を積み重ねてゆく。
「ほれ見たことか。魔獣なんぞ、騎士にとってみれば、どうということもありゃせんわい」
「そうだといいんだがな」
だがそれも、こちらが数で勝っていればこそ。
一対一では、普通の騎士は敵わない。
通常個体は群れで、キメラ型は単独で遭遇することが多い。
そして、キメラ型の強さは一律ではない。
大きさが、力が、硬さが、素早さが、はたまた別の何かしらが、通常個体に比べて優れているのが常だ。
つまりは、安定して勝てるような相手ではない。
大跳躍。
前線の防備を跳び越え、中央部隊の前方へと振動と轟音を伴って魔獣が襲来する。
脚部が異常発達した個体なのは、今の動きからしても一目瞭然。
キメラ型の成体。
経験の浅い騎士が多く、全員が荷物を運搬してもいる。
当然、応戦などできようはずもない。
即応してみせたのは黒竜。
移動を阻害するためか脚部へと掴みかかり、あろうことか膂力のみで、みるみる圧し潰してゆく。
加勢は不要に見える。
が、彼以外に対応できる者が不在となれば、新手の襲来で忽ちのうちに大惨事になる。
むしろ、彼が次の行動へと移れるよう、早々に魔獣を斃すべきだ。
幸いにして、視線を向けられてはいないため、体は動く。
距離は近い上に、動きも止められている。
問題は射程と方向。
射程外では当然届かず、直線上でなければ当てられない。
そのどちらの条件も、今回は充たしている。
予め魔力を練ってもある。
成体へと試すのは、今回が初。
念には念を入れておく。
頭部へと指を向ける。
その数、3。
≪セット Α《アルファ》・Β《ベータ》・Γ《ガンマ》≫
≪死念≫
精神魔術の上級。
イメージするのは矢。
五指に溜めた魔力の内、三本分を消費して発動する。
「──────」
絶命の声が迸り、すぐさま動きを止めた。
「ご苦労。この調子で頼むぞい、黒鉄よ」
「今のはいったい……」
「どうかしおったのか?」
「足を潰した程度で、魔獣が死ぬはずありません」
「……ふむ、それもそうじゃな。頭もついておるしのう。ならば、魔石が砕けおったのか? いやしかし、あり得るのか」
俺の仕業とはバレていないらしい。
別段、バレて困ることもないんだが。
もう少し余裕のある時に、数を減らしても効くのかを試しておきたいところ。
備えておいて良かった。
それでも、不意の遭遇に対して、万全では無かったな。
視線を向けられていれば、最悪動けなかっただろう。
≪勇敢≫
精神魔術の初級。
これで良し。
寝てる間は仕方ないとして、起きてる間は常時発動させておくべきか。
最も危険なのは夜間。
どれだけ強かろうが、眠らずに戦い続けられるはずもない。
行軍は中断され、夜営にてしばしの休息。
と、そう簡単にはいかない。
此処は魔族領。
魔獣は、こちらの事情などに配慮しない。
地中からの奇襲を防ぐため、裂け目の無い、地盤の頑強な場所を選ぶ。
雨が降らない限り、視界を遮る天幕は使用しない。
明かりは却って闇を色濃くしてしまうので、使用厳禁。
3交代制で見張りを務め、必ず竜の名を冠する騎士が1人配置された。
衛生面には気を配られていた。
簡易トイレや、風呂代わりの濡れタオル。
あるのとないのとじゃ、大違いだったろう。
それでも、柔らかい寝床や、風呂が恋しくもなってくる。
行けども行けども、代わり映えのしない荒地。
昼に夜にと、度重なる魔獣の襲撃。
肉体的にも精神的にも、疲労が蓄積してゆく。
注意力も徐々に散漫になる。
魔獣の襲撃に対しても反応が鈍くなり、遅れてしまう。
チラホラと負傷者が出始めた。
良くない兆候だ。
精神魔術で補助してもいるが、全員にとはいかない。
そうして迎えた7日目。
荷物が半減するころ、北端で折り返す。
残り半分。
目指すは北壁の第二門。
そうすれば、人心地つけるはず。
もう、誰にとっても、怪物の発見など二の次。
ただただ、この行軍を終わらせたい一心。
荷物が軽くなったからか、それとも気が急いているからか。
意図せずして、行軍速度が増す。
部隊全体が、歪に縦へと伸びる。
襲撃は横から来た。
やはり即応してみせたのは、誰あろう黒竜だ。
殴りや蹴りで以て、次々と頭部を粉砕してゆく。
遅れて、戦闘部隊の騎士たちも動き出した。
が、やはり動きが鈍い。
横方向へと展開しきる前に、数体が悠々と突破。
こちらへと迫る。
遅れて生じる、悲鳴や馬の嘶き。
いずれも通常個体の幼生体。
戦って勝てない者は、この場には居ない。
だが既に、気持ちが折れていた。
恐怖が伝播してゆく。
泣き、喚き、叫び、逃げ、蹲る。
魔術を使っていなければ、俺もその一員になっていたかもしれない。
入れ替わるようにして、魔獣へと駆ける。
まずは正面。
指を向ける。
≪セット Α《アルファ》≫
≪死念≫
精神魔術の上級。
魔獣の足が止まるが、勢いそのままに突っ込んでくるのを横へと躱す。
魔術に反応してか、他の個体が一斉にこちらへと進路を変えた。
殺到する音と気配。
むしろ助かるというもの。
散り散りとなるほうが、余程に厄介なのだ。
近い順から仕留めてゆく。
≪セット Β《ベータ》・Γ《ガンマ》・Δ《デルタ》・Ε《イプシロン》≫
≪死念≫
精神魔術の上級。
全5発を使い切る。
残りは……3体。
急激に魔力を消費したことで、眠気が襲い来る。
当然、寝たら死ぬ。
無理矢理に意識を保ちつつ、肉弾戦を挑む。
牙を、爪を、突進を、躱して躱して躱す。
すれ違いざまに、頭部へと掌底を叩き込む。
少し頭を振った程度、大した効き目は見受けられない。
やはり無駄か。
両手で放たなければ通用しない。
攻撃すれば足が止まる。
急いで回避に努める。
同時に、時間差にと、都度方法を変えて襲い来る。
とにかく躱す。
躱し続ける。
「はあああああぁ!」
気合い一閃。
騎士が斬りかかった。
「いっくよー!」
「そらそらー!」
「くたばれ!」
さらに他の騎士が続く。
そのどれもが、聞き覚えのある声。
意識が僅かに逸れる。
その隙を逃さず、1体が肩へと噛みついてきた。
体が強張る。
予期した激痛は、しかし訪れはしなかった。
横合いから伸ばされた腕。
魔獣の頭部が握り潰される。
「──よく耐えた。が、油断は禁物だ」
黒竜だ。
続けざまに、残り2体の頭部が爆ぜる。
「ありがとう、助かったよ」
「礼は不要だ。疲れているだろうが、隊列を立て直すぞ」
「ああ」
促され、足を動かす。
その合間に、視線を周囲へと這わせる。
やはり居た。
彼女たちへ向け、軽く頭を下げつつ、口だけを動かして礼を告げておく。
帝国が間引きしていた地域から遠ざかったことで、魔獣との遭遇が格段に増した。
一度に二桁を相手取ることが多くなる。
緩んでいた気が、引き絞られてゆく。
戦闘部隊をさらに小分けにして、周囲に配置すると共に、中央へも数組が加わった。
そこかしこで、ひっきりなしに戦闘が発生する。
輜重隊の連中も、徐々に戦闘へと加わり始めた。
当然の如く、負傷者が続出。
戦力が増すどころか、段々と減っていく始末。
ギリギリだった。
いつ死者が出てもおかしくない。
そんな空気感が漂うなか、ようやく北壁へと到着した。
壁の内側に入れば、これまたやることが目白押し。
負傷者は治癒魔術師の元へと移送。
消費した物資の補給。
装備の点検と補充。
行軍計画の見直し。
中でも殺到したのが、風呂と食事。
こればっかりは、今しかありつけない。
王国に用意された宿の一室に、俺を含めた5人が集まっていた。
「散々な目に遭ったわい」
「いや~、最初は楽勝って感じだったのにね~」
「魔獣の数が想定を大幅に上回っていました。残りの地域は、より多いと見積もるべきかと」
主に声を発するのは、爺さんと黒竜と赤竜の3人。
俺と白竜は、置物同然でただ突っ立っているのみ。
「うーむ、こちらの疲弊具合も、相当なものじゃったしな」
「事前に魔獣の数を減らしておかねば、被害は増すばかりでしょう」
「何ぞ策はあるのか?」
「我々3人が先行し、数を減らしましょう」
「いやいや旦那、流石にそれは無理だって~」
「戦力が偏り過ぎるわい。今回、妙に中央が襲撃されておった。不在の間に手遅れになるだけじゃろうて」
「む」
「人数が多過ぎるんじゃないかな~。どうにも守り切れてないよね~」
「負傷者はこの地に置いてゆくしかあるまいな」
「離反する者も幾人かは出るでしょう」
「騎士ともあろう者が、情けない限りじゃな」
「それでも、数は大して減らないよね~」
「なあ、ちょっといいか?」
「何じゃ?」
停滞し始めた話し合いに、ここぞとばかりにぶちまけてやる。
「魔獣討伐は一旦諦めたらどうだ? 目的は怪物の発見だろ?」
「発見では無い。討伐じゃ」
「魔獣で手一杯なのに、勝てると思うのか? 調査なら調査だけに、目的を絞ったほうがいいだろ」
「一理ある。まずは速度重視で少数精鋭による調査を行い場所を特定。その後、全軍を以て討伐に当たる」
「赤竜や白竜なら、かなりの距離を一瞬で移動できるだろ? なら、それを活かして効率的に済ませるべきじゃあないのか?」
「むう」
「それってさ~、結構な無茶振りじゃあないかな~」
「悠長に全員で行動してたら、今回みたく魔獣のいい的だ。またすぐ疲弊するのがオチだろ」
「どうします、ドクター?」
「聞くが、3人だけならば、どの程度の期間で往復できそうじゃ?」
「ん~、どうだろ~」
「移動に専念するのであれば、3分の1には短縮できるでしょう」
「4・5日か。その分の荷を背負っても可能か?」
「帰りは荷が減ります。それだけ速度も上がるでしょう」
「マジか~」
「言い出しといて何だが、本当に大丈夫なのか?」
「効率の面で言えば、これ以上は望めまい」
「ふむ。ならばその間、騎士を遊ばせておくのも忍びないわい。折角じゃ、こちらは魔獣討伐に精を出すとするかのう」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




