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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
八章 四周目 災禍の獣
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69 皇帝襲撃未遂

 全騎士が動員されるとあって、その準備には相応の時間を要していた。


 赤竜に手紙を託した後、爺さんに接触すべく城内を捜し回る。


 少数精鋭というならまだしも、千人規模からなる大軍勢。


 日帰りなどでは当然なく、何日掛かるかも分からない。


 死傷者がいったいどれだけ出ることか。


 治癒魔術師だって居やしないのだ。


 すぐに助けられるはずもない。


 せめて、王国との協力態勢を敷くべきだろう。


 できれば、夜営の場所を北壁ほくへきの内側。


 少なくとも、北壁ほくへき付近にすることで、夜間の被害を抑えられもするはず。


 何せ、地上のみならず、地中からも襲われる危険性を孕んでいる。


 そんな場所で、おちおち寝てもいられまい。


 それこそ、二度とは目覚められない。






「そのような戯言を聞かせるために、この忙しい最中、呼び止めおったのか」


「あ? 戯言だと?」


「そうであろう」


「どこがだよ」


「分かっておらんのか。どうにも頭の回りが悪いようじゃな」


「いいから説明しろ」


「いったい何様のつもりじゃ。まあ、幾度も絡まれても面倒か。仕方がないのう」



 これ見よがしに溜息をついてみせる。



「よく考えてもみよ。王国から魔族領の端まで、如何程の距離があると思うておる」


「それが何だってんだ」


「察しの悪い奴じゃのう。1日で往復できるはずもなかろうが。いちいちそんな真似をしておったら、未来永劫辿り着けんわい」



 そうか、そういうことか。


 どうしたって、王国から離れた場所で夜営せざるを得ないわけか。



「ようやっと理解が及んだか?」


「……ああ」


「都度、陣営を構築しておきたくもあるがのう。ともあれ、場所が場所じゃ。戦力を分けるのは愚策じゃろうしな」


「色々と考えてはいるわけか」


「当前じゃろうが。一兵たりとも無駄死になどさせられんわい」


「城に居る連中も連れていくんだよな」


「もちろんじゃ」


「戦力にならないのにか」


「随分な物言いじゃのう。よもや、嬢たちと並び立っておるなどと、勘違いをしとりゃあせんか?」


「碌に魔獣と戦えないなら、居るだけ邪魔だろ」


「全員が卒業試験を合格した者たちなんじゃぞ。戦えぬというわけではあるまい」


「それは幼生体が相手の場合だろ。成体じゃあ結果はひとつきりだ」


「なるほど、世辞にも戦闘向きとは言えんのう。であれば、輜重しちょう隊とするまでじゃて」


「しちょう……食料なんかを運ばせるってことか」


「適材適所。他の者は存分に戦えよう。これならば文句はあるまい」



 どうしても連れていく気か。


 ここで爺さんを操ってみせたとしても、まだ皇帝が残っている。


 その皇帝を操ろうにも、黒竜が邪魔過ぎる。


 出発さえしてしまえば、護衛も手薄になるだろうが、俺も行く側だしな。


 謁見の間ではなく、寝所を狙うか?


 何も、黒竜が常に貼り付いてるわけじゃあるまい。



「もう話は済んだな? 我輩はもう行くぞ」


「ん、ああ、忙しいとこ呼び止めてすまなかったな」


「随分と他人事じゃのう。其方そちも行くんじゃぞ? 余計な世話を焼いとらんで、準備を済ませておかんか」



 もう爺さんに構わず、上階を目指す。






 目的の階へと至る階段の前。


 一番遭遇したくない相手が立ちはだかっていた。



「この先は陛下の居室があるのみ。戻れ」



 何だって此処に居るんだよ。



「どうあっても通してはもらえないのか?」


「無論。会うも会わぬも、陛下のみがお決めになる」



 黒竜を無力化せずに通れるわけもない。



「城の騎士を魔族領に突っ込ませるなんて無謀過ぎる。そのくらいのこと、アンタだって分かるだろ」


「陛下がお決めになったことだ。是も非も無い。ただ遂行するのみ」



 また随分と聞き分けのいいことで。


 出発してしまえば、犠牲はまぬがれない。


 守れる保証はない。


 行かせないこと。


 ただそれだけが、唯一確実な方法だ。



「皇帝に用があるんだ」


「陛下が抜けている」


「通してもらうぜ!」



 ≪セット Ω《オメガ》≫


 ≪指人形フィンガー・ドールズ



 精神魔術の中級。


 十指全てを向け、拘束する。



「何かしたか?」



 指は全て光っている。


 なのに喋れるってことは、コイツも白竜と同じってわけか。


 やはり上級を用意しないと通用しないらしい。



御子みことしての命を受けたはず。己が役目にのみ注力しろ」


「そこをどけ!」



 声に出して命令してみるが、従う様子はない。



「騒ぐな。陛下のご不快を買う」



 離れた位置から拳が揮われたのを、咄嗟に躱す。


 至近の空気が爆ぜる。


 完全では無いものの、一応の拘束力は有している。


 でなければ、回避は間に合うまい。


 それでも、腕を容易く動かされてしまった。


 白竜の時よりも拘束力が幾分弱い。



「動きが鈍いか? その妙な真似は、行動阻害というわけか」



 本来はそうではない。


 10人を意のままに操るすべなのだ。


 全てを使ってなお、意思はおろか、体の自由すらも健在。


 これがつまり、魔術への耐性が高いってことなのか。



「ったく。アンタらの相手は、いちいち疲れるんだよ」


「これは訓練ではない」


「そうだな」


「つまり、加減はせん」



 纏う気配が一変する。


 成体なんかの比じゃない。


 今まで遭った何よりも。


 絶望的なまでに、


 ──な、んだ、と⁉


 指も口も、まぶたでさえも動かせない。


 威圧。


 たったそれだけのことで、こちらの動きが封じられた。



「これで気絶しないとは、相変わらずのタフさだな」



 呼吸もできていない。


 焦点が定まらず、視界がぼやけ始める。



「ドクターの忠告どおり、気絶させておくに限るか」






 気が付くと、既に荒地の只中にあった。



「……マジかよ」



 もう出発してしまった。


 無力感がどっと押し寄せてくる。



「ようやっと目覚めおったのか。ほれ、起きたのならば、すぐ調査を済ませるぞい」


「爺さん? 何で此処に」


其方そちに調査を任せきりになど、できるはずもなかろうが」



 今は休憩中なのだろうか。


 ある者は腰を下ろし、ある者は周囲を警戒している。


 やたらと物が多い。


 例の輜重しちょう隊と一緒に行動でもしてるのか。



「今、どんな状況なんだ?」


たわけ。まずは己が役目を果たさんか。他は全て後回しじゃ」



 爺さんに頭を小突かれ、いつもの耳栓と鼻栓を渡される。


 こんな物騒な場所で、ちんたらやってもいられない。


 さっさと済ませてしまうに限る。






 部隊は大別して3つ。


 前方を赤竜を中心とする戦闘部隊。


 後方を白竜を中心とする、こちらも戦闘部隊。


 そして中央。


 黒竜を中心とする輜重しちょう隊。


 俺や爺さんも此処。


 馬が荷物を引いてこそいるが、全員徒歩。


 行軍速度は控え目だ。



「第一門から出立し、現在は北上を続けておる」


「第一門? それって北壁ほくへきのってことだよな?」


「左様。北端まで到達次第反転、今度は第二門を目指す。その次は第三門から出立し北上、反転して第四門へ、第四門から北上、反転して第五門、という具合じゃな」


「はあ? どういうことだよ?」


「広大な魔族領を一度の行軍で踏破なぞできまいて。都度、王国で補給を済ませる」


「じゃあ、王国と協力態勢を取ったってことか?」


「補給するには、こうする他あるまい。負傷者を治療する必要も出てこよう」


「爺さん……アンタ……」


「何じゃいったい、気色悪い声を出しおって」



 あれこれ焦らなくても、王国へ話は伝わってたってわけかよ。


 何だ、そうだったのか。



「それで、何日掛かる想定なんだ?」


「片道でざっと、7日前後じゃろうな」



 なら、往復で倍掛かるわけか。


 結構な日数だな。


 こんな場所で一晩明かすってだけでも、正気を疑う行為だ。



「結局のところ、怪物を見付けたらどうするんだ?」


「怪物? 何の話をしておるんじゃ?」


「あ? 怪物の討伐が目的じゃないのかよ?」


「災禍の獣のことか? 紛らわしい言い方をしおってからに」


「いいだろ別に。これに慣れてるんだ」


「訳の分からんことを」



 いかん、気が緩み過ぎた。


 余計なことは言わないに限る。



「で、どうするんだ?」


「問うまでもなかろう。陛下より命は下されておる。変更なぞ無いわい」



 休眠中とやらの怪物に、あの3人が敵うだろうか。


 魔石の消滅現象であれば、怪物の体に対して有効なのは確認済み。


 肝心の魔石は魔術局に保管されているわけで。


 俺一人の魔力程度じゃあ、精々が幼生体の魔石ぐらいしか使えやしない。


 かと言って、魔石に関してペラペラと勝手に喋るわけにもいかない。


 説得できるだけのモノが足りてないな。



「勝てなかったら?」


「無意味な問いじゃな」


「竜や精霊が勝てなかった怪物だぞ。そんな相手に敵うと、本気で考えてるのか?」


「勝たねば滅ぶ。ならば、やることはひとつきりじゃろうが」



 ……ああ、そうだな。


 こんな状況でさえなければ、大いに共感もできたんだがね。


 もっと早くに。


 こうなる前に、俺の記憶を見せておくべきだったのか。



其方そちは騎士の実力を過小評価しておるようじゃな」


「どうだかね」


「魔族領を占領せんかった理由は、単に陛下よりご命令が下されなかったからに過ぎん。可能とするだけの戦力なぞ、とうの昔に帝国は有しておるわい」



 竜の因子。


 竜の骸を母体に食わせることで、その胎児を強化するという、おぞましい所業。


 そうやって、常に戦力を維持していたわけだろうが。


 チッ、嫌なことを思い出させやがって。



「これを機に一掃してしまえば、帝国の歴史にまた新たな偉業が刻まれることじゃろう」


「本当にそう思うのか?」


「何じゃと?」


「今の今まで、同じような考えを、誰も持たなかったと思うのか? 試さなかったと思ってるのかよ?」


「そのような記述、何処にも残されてはおらん」


「それはつまり、失敗したか、実現が困難だと気付いたからじゃあないのか?」


「なるほどのう。確かに、千年もの間、ただ手をこまねいていたとは考え辛い」


「だろ」


「じゃからどうした」


「あ?」


「残されておらぬ情報になぞ、何の価値も無いわい」



 両の腕を振り上げ、声高らかに言い放つ。



「昔と今とでは、比べるべくもない。我輩の騎士の力、精々その目に焼き付けるがよいわ。ヒョホ、ヒョホホ、ヒョホホホホ」


「ドクター、そう騒がれては困ります」


「ぐ、むう」



 ハッ、ざまあみろ。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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