68 魔族領遠征軍
「皆揃って呼び出しなんて、只事じゃあないよね~」
「──チッ」
「おや~? 随分と機嫌が悪いじゃないか~。どうかしたのかい~?」
いきなり城へと呼び出されたかと思ったら、有無を言わさず例の浴場へ直行だ。
あの女共め。
まさか、あんな手段を取ってみせるとは。
過去2回の遣り取りで、学習していやがったのか。
「アンタは平気そうだな」
「ん~? 何がだい~? 意地悪せずに教えておくれよ~」
最早慣れたものなのか。
それとも諦めの境地へと至っていたのか。
共に浴場へと放り込まれた赤竜は、一切抵抗を見せず、ただされるがままだった。
「いや、もういい」
正装へと着替えさせられ、今はこうして謁見の間の扉の前だ。
「騒がしい。私語は控えろ」
「にしても、旦那が外に居るなんて珍しいね~」
「訓練は外でやってるんだし、そうでもないだろ」
「いや~、流石にそれは分かってるよ~。今言ったのは、陛下への謁見時にって意味さ~」
「同じことを二度言わすな」
黒竜が凄みを利かせてきたので、大人しく口を閉じる。
しっかし、こうしてみると場違い感が凄いな。
黒竜に赤竜に白竜と、勢揃いだ。
何で俺までが呼び出されたんだか。
代表して黒竜が定型の挨拶を済ませ、すぐさま本題へと入る。
「世界が滅ぶそうだ」
いきなりどうした?
「──恐れながら、発言をお許し願えますでしょうか」
「構わん。申せ」
「ハッ。今し方のご発言、どういった意味でありましょうか」
ここでも黒竜が率先して動いてみせた。
とは言え、傍らに爺さんが居る以上、凡その見当はつく。
「爺、説明せい」
「畏まりました。では僭越ながら、陛下に代わり我輩がお答えしよう」
話の内容は予想どおり、例の怪物についてだった。
先程の皇帝の口調からして、深刻に受け止めているとは思い難い。
が、その一方で、爺さんは違うらしい。
精霊からの脅しが効き過ぎたのか。
あの時に比べて、少し窶れて見えるほどだ。
「──つまり、その獣とやらが、伝承にある竜や精霊を滅ぼした魔獣だと仰るのでしょうか?」
「そのとおりじゃ」
「失礼ながら、そのエルフの言、信用に値するのですか?」
「証言しおったのは、生き残りの精霊じゃ。亜人ではない」
「……俄かには信じ難いお話ですね」
「帝国の文献を調べ直した結果、災禍の獣について、初代様が残されたお言葉の中に、該当するモノがあった」
「それはどのような」
「うむ。竜曰く、天より光失われし時、災禍の獣、現れん。其は魔獣の母にして、世を滅するを望みしモノなれば、相容れること能わず。心せよ。其が再び目覚めんことを、とな」
まだそのころは、竜との意思疎通が可能だったのかねぇ。
とは言え、よくもまあ、そんな大昔の言葉なんかが残ってたもんだ。
「戻るなり、終始この調子でな。余も手を焼いておる」
「陛下、日食までには後1年足らず。事態は一刻を争うのですぞ」
「もう止せ。聞き飽いた」
「陛下!」
「諄いぞ。進言を聞き入れ、こうして揃えてやっただろう」
「では、魔族領への侵攻をご許可願えるわけですかな」
「そのような輩、待ち構えてやるまでもあるまい。先んじて駆除しておけ」
「お聞き届けくださり、感謝いたします」
「命を下す。予備兵を動員し、帝国の守護に就かせよ。正規兵全軍を以て、見事討伐してみせい」
「承知いたしました。ご英断、重ねて感謝いたします」
はああぁ⁉
何をトチ狂ったこと言い出してるんだ⁉
余計な真似をして、戦力を減らすつもりかよ⁉
それどころか、もしも怪物が目覚めでもしたら、予定が全部台無しになりかねないんだぞ⁉
「ちょ──がッ⁉」
「陛下の御前だ。控えろ」
抗議のために声を上げた直後、いきなり床へと叩き付けられていた。
何をどうされているのか、まともに声が出せない。
「ご無礼」
「竜の御子か。ものはついでだ、魔族領の調査も兼ねておけ」
「心得ております」
折角、順調に此処まで来れたってのに。
後1年の準備があれば、今度こそ斃せるはずなんだ。
それを、どうして……。
謁見の間に居るのは、皇帝、爺さん、黒竜、赤竜、白竜、そして俺。
数こそ少ないが、厄介なのが3人も居るわけだ。
力では敵わない。
だが魔術であればどうか。
以前、白竜1人を拘束するだけで手一杯だった。
この3人の相手をしてはダメだ。
操るならば皇帝一択。
「黒鉄よ。手緩い真似をしとらんで、さっさと気絶させんか。余計な真似を仕出かす前にのう」
「……承知」
ぐうぅッ⁉
マズい、絞め落とされる⁉
ジジイが……余計な、真似、しやが、って……。
く……そ……ッ…………。
見覚えのある一室で目が覚めた。
いや、此処は城の部屋だ。
俺の部屋じゃあない。
ベッドから身を起こすと、扉の横でもたれかかっていた赤竜と目が合った。
「状況の説明が必要かな~?」
「……要らない」
「いや~、ゴメンね~。流石に旦那相手じゃ、どうすることもできなくてさ~」
「ああ」
記憶はハッキリしている。
マズい状況だ。
まさかこんなことになるなんて、思ってもみなかった。
事情を知ってる局長たちは、1年後を想定して動いてくれているんだ。
まだ早過ぎる。
万が一に備えて、王国に警告しなくては。
「まさかこんなことになるなんてね~。けど、当てはあるのかな~」
「あ?」
「その何とかって魔獣の居場所さ~」
……どうだろう。
文献とやらに情報が残されていたのか。
あれだけの巨体だ。
地上にそのままの姿であれば、嫌でも目立つはず。
「なあ、魔族領の地図なんてあるのか?」
「う~ん、国境付近ならあるだろうけど、全体ってのは無いんじゃないかな~。少なくとも、見聞きした覚えは無いね~」
「そうか」
もしあったとしても、あんな地割れやら渓谷の多い地形だ。
しかも大所帯とくれば、どうしたって移動速度は遅くなるはず。
すぐにどうこうって話じゃあないのか。
多少の猶予はある、か。
「王国に警告しておきたい。何か適当な方法は思いつかないか?」
「手紙じゃあダメなのかな~?」
「手紙か……王都までだと、どのくらいかかるもんなんだ?」
「流石に出したこと無いから分からないな~」
そりゃあそうか。
「商人に伝手がある。なるべく急ぎで運んでもらおう」
と、いつの間に移動したのか。
すぐ隣りから小声で囁かれた。
「此処は城内なんだ。聞かれてマズい会話は控えたほうがいい」
そこまで言い終えると、再び壁へともたれかかる。
「まあ、そんなに心配しなくても大丈夫じゃないかな~」
「それもそうだな」
口ではそう答えつつも、頷きを返しておく。
いつ出立となるかも定かじゃない。
生憎と、荷物は国境付近の宿泊施設だ。
何処か手近な所で手紙を調達しなければ。
コンコン。
「はい? ワタクシにご用かしら?」
「あー、突然すまない」
「──ッ⁉ ど、どうぞ、お入りになってくださいまし」
「お邪魔するよ」
例の一件以来、碌に話もせず、王国の調査へ出発してしまった。
かなり気まずい。
が、ここはグッと堪える。
「お好きな所へどうぞ」
「ああ」
ベッドから離れた位置へと移動し、壁にもたれかかる。
「いつ城へお戻りになったの?」
「今朝……かな、多分」
どのぐらい気絶していたのか、確認し忘れていた。
どうにも冷静じゃあないらしい。
「そうでしたの。お変わりありませんか?」
「ああ。どうにかやってるよ」
「それは良かったですわ」
「実は──」
「それでご用件は──」
被った。
「どうぞ、続けてくださいな」
「あ、ああ、いきなりですまないんだが、もし手紙に余りがあれば譲って貰いたいんだ」
「手紙ですか?」
「ああ」
「もしかして、ご用件はそれだけなのですか?」
「あ、ああ」
「余りならございます。お譲りするのは構いませんわ」
「助かるよ」
「ただし、ひとつだけ条件がございます」
「何だ?」
「ワタクシも関わることになるのです。誰宛てのどんな内容なのか。お教え願えますかしら」
さっき赤竜に忠告されたばっかりだしな。
ここで普通に話すのはマズい。
「……無理なお願いでしたか?」
「フゥ」
壁から離れ、椅子を持って、至近へと移動する。
「えっと、あの」
「他に聞かれたくない話なんでな。少しの間、我慢してくれ」
「もう、何をされるのかと、焦ってしまいましたわ」
「おい、声は抑えてくれ」
「あら、ゴメンなさい」
「他言無用に頼む」
「ええ。しかし、先の命令はそういうことでしたのね」
「──おいまさか、オマエも行くのか?」
「ワタクシだけではありませんわ。正規の騎士は全員参加でしてよ」
城の連中は除外されてるものと、勝手に思っていた。
何せ、黒竜の訓練を終えてはいない連中なのだ。
連れて行ったところで、どうしろというのだろうか。
「いいか、くれぐれも気を付けろよ」
「前にも申しましたでしょう? 騎士の職務を果たしますわ」
アホか俺は。
最悪の場合、もう次に会うこともできないんだぞ。
爺さんに怪物のことを伝えさせたのがマズかったのか。
ならばこれは、俺の浅はかな行動が招いた結果。
これから生じる犠牲は全て、俺の責任か。
「どうにか生き延びてくれ。頼む」
「アナタも参加なさるのでしょう? ご自分の心配をなさいませ」
せめて彼女たちだけでも。
助けなくては。
生還させなくては。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




