67 赤竜
魔獣を回収し終え、再び水門前に集合した。
ざっと見た感じ、100人前後は居そうだ。
「んじゃまあ~、改めて国境警備の内容について説明しておこうかね~」
それは最初にやるべきじゃないだろうか。
いやまあ、いいけどさ。
「南側に関しては、ぶっちゃけると、門と橋の保全が主だね~。後はまあ、王国の監視と牽制ってとこかな~」
「隊長、言葉が過ぎます」
「え~、そうかな~? じゃあ、どう言えばいいんだろ~?」
「橋を通行する帝国民や王国民の安全と、川の監視でしょう」
「おや~? それだと、門や橋は壊れても構わないのかな~?」
「人命が最優先です。物は後からでも直せます」
「ってことらしいよ~」
そんな緩くて大丈夫なのかよ。
まず思い起こされるのは、幾度も繰り返された川岸での出来事。
赤竜は川での異変をいち早く察知し、魔獣を迅速に討伐してみせた。
だから、発言以上にしっかりこなしてはいるのだろう。
きっと、多分、恐らくは。
「やっぱりさ~、北側のほうが大変だし危険だと思うんだよね~。水門の保全に加えて、魔族領の監視と間引きだからね~」
「間引きについての優先度の説明が必要かと」
「おっと、そうだね~。優先度の高いほうから順に、魔族、成体、幼生体だよ~」
……ん? 魔族が一番高いのか?
「質問してもいいか?」
「お~、やる気があるのはいいことだね~。何が聞きたいのかな~?」
「魔族が優先される理由は何なんだ?」
「これってぶっちゃけて大丈夫なヤツかな~? どう思う~?」
「……まあ、仕方がないことかと」
「じゃあ言っちゃおうか~。王国ってさ~、魔獣を優先してるから、魔族をほぼ野放しにしてるわけなんだよね~」
そう言えばそうだな。
魔獣に関しては結構な金が支払われてはいるが、魔族に関しては聞いた覚えがない。
未だに見たこともないしな。
確か、北区の戦士団が、獣人を魔族に渡してたとかいう、とんでもない真似を仕出かしてもいたはずだが。
「魔族を根絶できれば、少なくとも亜人による魔獣の増加は防げるわけだから、帝国はそっちを優先してるってわけだね~」
へぇ、帝国がそんなことをしていたなんで、今まで知らなかったな。
騎士の仕事内容ぐらい、騎士学校で習っても良さそうなもんだが。
正規の騎士になれるのは、1学年で30人程度。
学年全体の1割にも満たない。
殆どの者が帝都で一般の暮らしを送るわけで。
そのために職業訓練なんかもあったぐらいだ。
騎士の仕事は、騎士になってからじゃないと学ばせないってことなのかね。
「魔族は基本、渓谷みたいな目につかない場所に棲みついてるから、ただ歩き回ってるだけじゃあ、見つけられないから注意してね~」
獣人のことを思えば、魔族の掃討には大賛成したいところ。
だが時期が時期だ。
怪物の活動が迫る今、魔獣の数をこそ減らしておきたい。
魔族は他の連中に任せて、俺は魔獣を優先させてもらおう。
好き勝手に行動させてはもらえないらしい。
北壁に近い場所は新人が、赤竜などの実力者は一番奥側を担当するようだ。
こうして外から北壁を眺めている状況は、どうにも奇妙な感覚だ。
あれほど恐れていた場所に、今、こうして立っているなんて。
内側から壁を見ていたころは、魔獣と積極的に戦うなんて、想像だにしていなかった。
周囲には多くの騎士たち。
それでも、かつてのように仲間とは思えない。
仲間と呼べるのは、アイツらだけ。
もう、新たに作ることもない。
馴れ合うために、こうしてこの場に立っているわけではない。
戦うためにこそ、立っているのだから。
魔獣との遭遇は、日に一度あるかないか。
何だったら、取り合うようにして、騎士が魔獣へと群がってゆく。
戦う機会には、あまり恵まれない。
通常の幼生体は斃せた。
だが、キメラ型だったらどうだ?
成体だったなら?
もっと強くならないと。
刻限はどんどんと迫ってくる。
頼みとするのは魔術。
あんな時間の掛かる単発では、幾らも斃せはしない。
より戦闘向きの改良が必要だ。
後、もう一つ。
東区では、白竜を魔術で止めきれなかった。
抑止の力。
これも備えておきたい。
今、滞在しているのは、門に隣接した騎士専用の宿泊施設。
騎士の多くが国境警備に回されている。
とは言え、丸一日は勤めきれない。
城と同様、昼夜二交代制で四組に分かれており、隔週勤務となっていた。
最初、白竜を見かけなかったが、どうやら赤竜と組が分けられていたらしい。
それも当然と言えば当然のこと。
他に比肩し得る者などいはしまい。
時間を見つけては、白竜や赤竜に訓練を頼む。
白竜はともかく、赤竜もすんなりと快諾してくれた。
両者共に、成体よりもなお速い。
接近は一瞬。
視認など叶わない。
回避など言わずもがな。
容易く一撃を見舞われてしまう。
悲しいかな、力量差が開き過ぎている。
「終わり?」
「いいや、まだまだ」
それでも。
「まだやるのかな~?」
「ああ」
そうだとしても。
「終わり?」
「まだやれる」
しがみ付いてでも、噛み付いてでも。
「もう終いにしといたら~? 明日に響くよ~?」
「もう一度、頼む」
追い縋る。
「終わり?」
「まだ、だ」
諦めたりはしない。
「しっかし、タフだね~。こっちが疲れてきちゃうよ~」
「次、を……」
決して、決して。
「どうにも分からないな~」
「何がだよ」
訓練の合間、赤竜がそんなことを言いだした。
「少年の頑張り具合ときたら、常軌を逸しているとしか思えないよ~」
「そうか?」
「そうだよ~。何がそうさせるのさ~?」
「別に。ただもっと強くなりたいってだけだ」
他者を頼みとせずに済むだけの強さを。
今回こそは、俺も戦えるように。
「確かにそれはそうなんだろうけどね~。それだけじゃあないんだろ~?」
「何だよ、今日はやけに絡むな」
「気になることがあると、眠れない質なんだよ~」
「何だそりゃ」
「日を追うごとに、焦りが増してるよね~」
「どうにも敵わないもんでね」
「そっか~、まだ信用してはもらえてないのかな~。悲しいな~」
「もういいだろ。そろそろ訓練に戻ろうぜ」
「最近さ~、帝国も王国も、動きがちょっとおかしいんだよね~」
「急に何の話だよ」
「ズバリ聞こうか。何をどこまで知ってる?」
口調や声色が変わった。
以前にも、こんなことがあったよな。
「いいのか? いつもの喋り方を忘れちまってるみたいだぜ」
「ああいう振る舞いも必要なのさ。他の者と共にあろうとするなら、なおのことね」
「態とああしてるってことか」
「まあね。この身に宿る力は強過ぎるんだよ。味方が恐怖を抱いてしまうほどにね。だからああして、少しでも無害さを装う必要がある」
無害、ねぇ。
黒竜にしろ白竜にしろ、他からは慕われている感じだったが。
「それで、俺が何を知ってるって?」
「妙な動きがちらつき始めたのは、丁度少年が留学してきた頃合いだ。同時期に発生する異常っていうのは、大抵同じ原因だったりするんだよ」
留学だと?
当時、赤竜とは面識らしい面識は無い。
そんな以前から、俺のことを把握してたってのか?
それとも単に、留学自体が珍しかっただけか?
「異常? どんな異常だよ」
「魔獣が水門を通過して川まで侵入したこと……っと、これはドクターの仕業だったか」
「あ? 爺さんの仕業だと?」
繰り返しの起点。
西区の川岸での騒動。
あれが、爺さんが仕組んだことだったってのか?
だが、理由は何だ?
俺……なわけが無いよな。
まだ知り合ってすらいないころだ。
「やっぱ今のは無しで。いやでも、ドクターの動きが活発になったのも事実か。以降、色々と動き回っていたみたいだし」
「おい待て、どういうことだ⁉ さっきのを詳しく説明しろよ」
「そんなに気になるのかい?」
「当り前だ! 俺も巻き込まれたんだぞ!」
「おや? 少年もあの場に居合わせてたのかい? これは、いよいよ以て偶然とは言い難いね」
「知ってることを聞かせろ!」
「なら、交換条件といこうじゃないか。少年の知っていることを教えてくれるなら、例の一件について、知ってる限りのことを教えてあげよう」
「チッ。で、何が知りたいって?」
「全部さ」
「あん?」
「だから全部だよ。単身、帝国に乗り込んでまで、いったい何を企んでいるのか。何を知ったのか。これから何が起こるのか」
「交換条件にしては、随分とこっちが過多みたいだが」
「ほう、つまりはそれだけ、抱えている情報が多いわけだね」
コイツ……。
抜けてるんだか、鋭いんだか、どっちなんだ。
「昔っから勘はイイほうなんだよ。その勘が告げてるんだ。少年に話を聞くようにってね」
「寝付きが悪いってのは嘘だったわけか」
「最近、寝付きが悪いっていうのは本当のことだよ。胸騒ぎって言うのかな。どうにも嫌な予感がするんだ」
どうだかな。
怪物の出現までには、後1年以上もある。
日食以外に、予兆やら兆候やらなんて起きた覚えがない。
もっとも、その予感とやらは、怪物に対してってわけではないのかもしれないが。
赤竜には借りがある。
川岸、決戦、卒業試験。
幾度も助けられた。
その借りを、これで少しでも返せるのなら。
「長い話になるぜ? それこそ、明日に差し支えるってぐらいにな。それでも構わないのか?」
「もちろんだとも。きっとこれで、色々なことが分かるはずなんだ」
「ならそうだな……最初は、俺が死んだところから始めるか」
「──そうか」
「おいおい、あれだけ話させておいて、感想はそんだけかよ」
「いや、すまない。何せ、想定以上の情報量だったんだ。整理に相応の時間が必要になる」
「今度はそっちの番だ。爺さんの話を聞かせてくれ」
「そうだったね。とは言っても、語れることは、そう多くはないんだ」
「交換条件だったろ」
「ドクターは、必要とあらば奪い、不要と断じれば排除も辞さない。そんな彼が、魔女を危険視している。あわよくば、始末しようとするほどにね」
魔獣に局長を襲わせるつもりだったってわけか?
けどそんな都合よく動くわけが。
……いや、そうでもないのか?
魔術師を狙う習性を利用して。
「あの日は、ドクターから監視を言い渡されていた。要するに、魔獣の後始末をしろってことだったんだろう。けれども、魔女は魔獣よりも強かった」
局長は幼生体を氷漬けにしただけだった。
成体を斃したのは他でもない、赤竜本人だ。
「周囲には子供がたくさん居た。その子供を守ろうとする姿は、まるで母親のように見えたんだ」
「……なあ、アンタは自分の母親のこと」
「残念ながら、覚えてはいないね。ただ、どうして死んだのかは知っていたよ。ドクターたちの話からの類推だったけどね」
「そう、なのか」
「帝国は歪だ。もうどうしようもないほどに。白銀にしたって、ドクターたちを止めることは叶わなかった」
「怪物を斃した後、竜の骸を処分するつもりだ。もう被害者は出させない」
「そんな真似、皇帝陛下がお許しになるはずない」
「騎士に成ろうが俺は俺だ。従う義務も義理もないね」
「強いんだね。羨ましい」
「アンタが俺をか? バカ言うなよ」
「ジブンには真似できそうにもない。こうして事実を知ってなお、ね」
「これは俺の因縁だ。俺が始末をつけるさ」
「黒鉄や白銀を敵に回してもかい?」
そうか。
そうなっちまうわけか。
「おっかないな」
「それでも諦めないと?」
「ああ」
「……これは覚悟の決め時かな」
「何か言ったか?」
「いいや、何でもないさ。今日得られた情報の余剰分は、必ず何らかの形で返そう。そうだな、事を起こす際は声を掛けてくれ。協力しよう」
「そうかい。ま、当てにしないでおくさ」
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