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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
八章 四周目 災禍の獣
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66 国境警備

 無事森を出ると、すぐさま馬車に乗り込み帰国を急いだ。


 馬車での様子からして、爺さんの危機感は相応に刺激されたらしい。


 城に戻るなり、息つく暇も無く国境警備へ就くことに。


 爺さんの報告によって、帝国がどう動くのか。


 また、城の地下にあるという竜の骸。


 どちらの確認も叶わぬまま、城から国境へと移動をいられてしまった。






 帝国の東端に築かれた長大な壁には、南北に門がある。


 通常使用する王国西区と繋がっている橋にある門、そして水門に程近い場所に存在するもう一つの門。


 国境警備とは、主にこの二箇所を守護することになる。


 過酷かつ危険なのは、当然北側。


 つまりは水門側である。


 何故ならば、王国の北区同様、魔獣の間引きが日常業務として行われているからに他ならない。


 まあ何だ。


 要するに配属先は、赤竜と白竜の居る、この水門側だった。



「旦那から聞いてるよ~。活きのイイのが入ったってさ~」


「はあ」



 旦那ってのは誰だよ。


 まさかとは思うが、自分の奥さんをそう呼んでたりはしないよな。



「去年はお嬢が入ってもくれたしね~。ジブンに楽をさせてくれると嬉しいねぇ~」



 お嬢ってのは、白竜のことだよな。


 爺さんと同じような呼び方か。



「んじゃ~、早速だけど、どの程度使い物になるのか、見せてもらおうか~」


「魔獣をたおせ、と?」


「そのとおり~」



 おいおい、いきなりだな。



「ま、最初は無理せず、幼生体から頼むよ~」


「選り好みできる状況ならな」


「ハハッ、確かにね~。危なくなったら助けるから、気負わず頑張ってみてよ~」


「あいよ」



 相変わらず、気の抜ける喋り方だな。


 卒業試験以来の魔族領。


 今回は守るべき連中も居ない。


 多少は気が楽だが。


 黒竜での訓練は、果たして意味があったのか。


 試してやるとしよう。






 誰も付いて来てはいない。


 広大な荒地に、たった一人きり。


 視線はしきりに周囲を行きつ戻りつ。


 呼吸が乱れているのを感じる。


 落ち着かない。


 どうしたことか。


 前回よりかは、よほど気楽なはずなのに。


 視覚だけに頼らず、気配を探らないと。


 魔獣は地下からも襲ってくるのだ。


 地面の亀裂を避けて移動を続ける。


 やけに静かだ。


 息遣いやら心音やら足音やらが、やたらと気に掛かる。


 俺以外の誰も存在していないかのよう。


 全てが滅ぼされるとは、こういう光景なのだろうか。


 それとも、この光景すらも残らないということなのか。


 どうにも集中し切れない。


 ついつい他事を考えてしまう。


 一度立ち止まって周囲を確認する。


 当然、誰も居やしない。


 振り返っても、水門の影も形も見えない。


 少し遠くまで来過ぎたかもな。


 戻りかけた足が止まる。


 ──居る。


 足裏から伝わる振動が次第に強まる。


 目視でも確認。


 数は2。


 大きさからして幼生体だ。


 こちらへと一直線に爆走してくる。


 視界が白む。


 呼吸が荒い。


 耳鳴りまでする。


 卒業試験でも相手取ったのに。


 緊張しているらしい。


 棒立ちするこちらに構わず、踏み潰さん勢いで迫る。



 ≪勇敢ブレイブ



 精神魔術の初級。


 恐れを拭い去る。


 形状が動物に近しいことから、通常個体と断定。


 大丈夫。


 問題無くたおせる。


 折角2体居るのだ。


 物理と魔術をそれぞれ試してみるとしよう。






 如何に幼生体とはいえ、まともに衝突されれば、こちらの体が壊される。


 十分に引き付けてから、頃合いを見計らって横へと移動。


 方向転換に手間取っているうちに、素早く手前側の1体へと接近。


 頭部は位置的に高過ぎる。


 狙いを脚部へ変更。


 掌底を僅かに浮かせて重ね、叩き込む。



「GYAAAAAAAA!」



 異音と共にほとばしる絶叫。


 自分の胴回りよりも太い足がへし折れた。


 相手の防御を突破する技術。


 魔獣にも通用する。


 が、やはり近接なので、相応にリスクが高い。


 必殺にもなり得ていない。


 頼みとするには心許ないか。


 欲張らずに一旦離脱。


 動きの鈍った個体を押し退けるようにして、もう1体が迫る。


 足を止めずに距離を保ちつつ、片腕を相手へと向ける。


 狙うは、今度こそ頭部。


 全身から腕へ、その先の指へと、魔力を収束させてゆく。


 念話を攻撃へと転用した、オリジナル。



 ≪死念タナトス



 精神魔術の上級。


 最早、意思を伝えるすべあらず。


 幾度の繰り返しで経験した、死の感覚。


 注ぎ、練り上げ、研ぎ澄ます。


 イメージするのは見えない腕ではなく、先端を鋭く尖らせた槍。


 破壊の意志を以て、容赦なく突き立てる。



「──────」



 魔獣が全身を震わせる。


 声ならぬ声をほとばしらせながら。


 その声が途絶えると、轟音と振動を伴って、地面へと倒れ動かなくなった。


 ……成功した、のか?


 事前に十分な魔力を練らねばならず、咄嗟に使える魔術ではない。


 しかも、四大しだいの上級のような、広範囲に作用するわけでもない。


 元型の念話に比べ、届く距離も短い。


 まだまだ洗練には程遠い代物。


 だがそれでも、そうだとしても。


 やっと。


 やっと魔獣に通用するすべを見出せた。


 これで俺も戦える。


 もう、ただ傍観しているだけの存在ではない。


 倒れた魔獣を踏みつけ、足を負傷した魔獣が迫る。


 調子に乗って魔術を連発すれば、すぐさまからけつだ。


 こいつは近接だけでたおしきろう。






 息を整えつつ、改めて戦果を確認する。


 幼生体2体。


 ちゃんと強くなってる。


 積み重ねた努力は、決して無駄ではなかった。


 怪物の出現までは後2年。


 それまでの間に、魔獣を掃討できたなら。


 そこまでは届かずとも、できる限り数を減らせられたならば。


 戦いはもっと優勢に進められる。


 そういう意味でも、国境警備という仕事は都合が良い。


 赤竜や白竜だっているのだ。


 流石に奥地まで侵攻できはしないだろうが、目に付く限りはたおしてゆこう。


 地面に転がる魔獣の死体。


 王国ならば、全身が換金対象なわけだが。


 帝国では、どうするのだろうか。


 できれば魔石を取り出しておきたくもあるが、生憎と武器を持ってきていない。


 当然、こんな重量物を運べるわけもない。


 何とも勿体ないが、置いてゆこう。



「いやはや、大したものだね~。まさか素手でたおしてみせるなんてね~」


「うおッ⁉」


「おっと、大声は良くないな~」



 いつの間に現れたのか。


 背後に腕組して立っていた。


 何だってこういう連中は、揃いも揃って似たような移動をするんだろうか。



「しっかし、どうにも分からないな~」


「何がだよ」


「触れずにたおしてみせたよね~? いったいどうやったんだろうってね~」


「俺は元々王国出身だ。魔術が使える」


「へぇ~、なるほどなるほど~。それなら分からないのも無理ないね~」



 そう言いつつも、魔獣の死体をくまなく調べてゆく。



「やっぱりか~、さっき踏まれた以外の外見的な損傷の類いは見当たらないね~。なら、内部への攻撃だったのかな~」



 ほんの一瞬の出来事。


 死体が輪切りにされていた。



「おや~? 魔石が壊れたってわけじゃないのか~。予想が外れちゃったな~」


「魔石なんか、壊せるわけないだろ」


「てことは、頭のほうなのかな~」



 今度は見逃さないよう、目を凝らす。


 が、腕の振りすら見えぬまま、頭部が開かれていた。



「う~ん、とくに破壊されてるってわけでもないね~」



 そうなのか。


 脳の一部ぐらいは破壊したかと思ったんだが。


 まあ精神魔術なんだし、物理的な効果は見込めなくて当然か。


 ならば、破壊を伴わず、痛みだけで死に至ったわけか。


 やっておいてなんだが、中々に凶悪だな。



「まあ、これはこれで興味深い事例ではあるかな~。一応、この死体は持って帰ってみようかね~」


「そうそう、丁度疑問に思ってたとこだったんだよ」


「ん~? 何がかな~?」


「魔獣の死体だ。帝国じゃあどう処分するのかってな」


「そっか~、王国だと解体するんだっけ~?」


「まあそうだな」


「帝国だと基本放置かな~。骨になってるのは、回収したりもするけどね~」


「なら、なんでソレは持ち帰るんだよ」


「研究材料だよ~。珍しい死因みたいだからね~。とはいえ、結構手を加えちゃったから、判別できるか分からないけどね~」


「研究ねぇ」


「そうだよ~。ほら、ドクターは知ってるかい~? あの人たち、そういったこともやってるからね~」



 あの爺さん、一応はまともな研究もやってたのか。


 竜の骸の話を思い出す。


 この赤竜もまた、あのようなおぞましい方法で生まれたのだろうか。



「なあ、アンタは爺さんの研究について、どこまで知ってるんだ?」


「ん~? と言うと~?」


「魔獣以外の研究についてさ」


「少年」


「……え?」



 口調や声色が一変した。


 そして何よりも、いつも浮かべていた笑みが消え失せている。



「余計な詮索はしないほうが身のためだよ」


「つまりは、知ってるんだな?」


「さてね~。けど、他でこんな話をしちゃあダメだよ~」



 豹変ぶりも、すぐさま元に戻ってしまう。


 だがあの反応。


 もしかして、自分の出生について知っているのだろうか。



「持ち帰るにしても、2人じゃあ難しいねぇ~。何人か呼んでくるしかないか~。ちょっと此処で待っててくれよ~」



 返事も待たずに姿が掻き消える。


 飄々(ひょうひょう)とした振る舞いは演技に過ぎないのか。


 最初に遭遇した竜の名を冠する騎士。


 その内側に、何を秘しているのだろう。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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