66 国境警備
無事森を出ると、すぐさま馬車に乗り込み帰国を急いだ。
馬車での様子からして、爺さんの危機感は相応に刺激されたらしい。
城に戻るなり、息つく暇も無く国境警備へ就くことに。
爺さんの報告によって、帝国がどう動くのか。
また、城の地下にあるという竜の骸。
どちらの確認も叶わぬまま、城から国境へと移動を強いられてしまった。
帝国の東端に築かれた長大な壁には、南北に門がある。
通常使用する王国西区と繋がっている橋にある門、そして水門に程近い場所に存在するもう一つの門。
国境警備とは、主にこの二箇所を守護することになる。
過酷かつ危険なのは、当然北側。
つまりは水門側である。
何故ならば、王国の北区同様、魔獣の間引きが日常業務として行われているからに他ならない。
まあ何だ。
要するに配属先は、赤竜と白竜の居る、この水門側だった。
「旦那から聞いてるよ~。活きのイイのが入ったってさ~」
「はあ」
旦那ってのは誰だよ。
まさかとは思うが、自分の奥さんをそう呼んでたりはしないよな。
「去年はお嬢が入ってもくれたしね~。ジブンに楽をさせてくれると嬉しいねぇ~」
お嬢ってのは、白竜のことだよな。
爺さんと同じような呼び方か。
「んじゃ~、早速だけど、どの程度使い物になるのか、見せてもらおうか~」
「魔獣を斃せ、と?」
「そのとおり~」
おいおい、いきなりだな。
「ま、最初は無理せず、幼生体から頼むよ~」
「選り好みできる状況ならな」
「ハハッ、確かにね~。危なくなったら助けるから、気負わず頑張ってみてよ~」
「あいよ」
相変わらず、気の抜ける喋り方だな。
卒業試験以来の魔族領。
今回は守るべき連中も居ない。
多少は気が楽だが。
黒竜での訓練は、果たして意味があったのか。
試してやるとしよう。
誰も付いて来てはいない。
広大な荒地に、たった一人きり。
視線はしきりに周囲を行きつ戻りつ。
呼吸が乱れているのを感じる。
落ち着かない。
どうしたことか。
前回よりかは、よほど気楽なはずなのに。
視覚だけに頼らず、気配を探らないと。
魔獣は地下からも襲ってくるのだ。
地面の亀裂を避けて移動を続ける。
やけに静かだ。
息遣いやら心音やら足音やらが、やたらと気に掛かる。
俺以外の誰も存在していないかのよう。
全てが滅ぼされるとは、こういう光景なのだろうか。
それとも、この光景すらも残らないということなのか。
どうにも集中し切れない。
ついつい他事を考えてしまう。
一度立ち止まって周囲を確認する。
当然、誰も居やしない。
振り返っても、水門の影も形も見えない。
少し遠くまで来過ぎたかもな。
戻りかけた足が止まる。
──居る。
足裏から伝わる振動が次第に強まる。
目視でも確認。
数は2。
大きさからして幼生体だ。
こちらへと一直線に爆走してくる。
視界が白む。
呼吸が荒い。
耳鳴りまでする。
卒業試験でも相手取ったのに。
緊張しているらしい。
棒立ちするこちらに構わず、踏み潰さん勢いで迫る。
≪勇敢≫
精神魔術の初級。
恐れを拭い去る。
形状が動物に近しいことから、通常個体と断定。
大丈夫。
問題無く斃せる。
折角2体居るのだ。
物理と魔術をそれぞれ試してみるとしよう。
如何に幼生体とはいえ、まともに衝突されれば、こちらの体が壊される。
十分に引き付けてから、頃合いを見計らって横へと移動。
方向転換に手間取っているうちに、素早く手前側の1体へと接近。
頭部は位置的に高過ぎる。
狙いを脚部へ変更。
掌底を僅かに浮かせて重ね、叩き込む。
「GYAAAAAAAA!」
異音と共に迸る絶叫。
自分の胴回りよりも太い足がへし折れた。
相手の防御を突破する技術。
魔獣にも通用する。
が、やはり近接なので、相応にリスクが高い。
必殺にもなり得ていない。
頼みとするには心許ないか。
欲張らずに一旦離脱。
動きの鈍った個体を押し退けるようにして、もう1体が迫る。
足を止めずに距離を保ちつつ、片腕を相手へと向ける。
狙うは、今度こそ頭部。
全身から腕へ、その先の指へと、魔力を収束させてゆく。
念話を攻撃へと転用した、オリジナル。
≪死念≫
精神魔術の上級。
最早、意思を伝える術に非ず。
幾度の繰り返しで経験した、死の感覚。
注ぎ、練り上げ、研ぎ澄ます。
イメージするのは見えない腕ではなく、先端を鋭く尖らせた槍。
破壊の意志を以て、容赦なく突き立てる。
「──────」
魔獣が全身を震わせる。
声ならぬ声を迸らせながら。
その声が途絶えると、轟音と振動を伴って、地面へと倒れ動かなくなった。
……成功した、のか?
事前に十分な魔力を練らねばならず、咄嗟に使える魔術ではない。
しかも、四大の上級のような、広範囲に作用するわけでもない。
元型の念話に比べ、届く距離も短い。
まだまだ洗練には程遠い代物。
だがそれでも、そうだとしても。
やっと。
やっと魔獣に通用する術を見出せた。
これで俺も戦える。
もう、ただ傍観しているだけの存在ではない。
倒れた魔獣を踏みつけ、足を負傷した魔獣が迫る。
調子に乗って魔術を連発すれば、すぐさま空っ穴だ。
こいつは近接だけで斃しきろう。
息を整えつつ、改めて戦果を確認する。
幼生体2体。
ちゃんと強くなってる。
積み重ねた努力は、決して無駄ではなかった。
怪物の出現までは後2年。
それまでの間に、魔獣を掃討できたなら。
そこまでは届かずとも、できる限り数を減らせられたならば。
戦いはもっと優勢に進められる。
そういう意味でも、国境警備という仕事は都合が良い。
赤竜や白竜だっているのだ。
流石に奥地まで侵攻できはしないだろうが、目に付く限りは斃してゆこう。
地面に転がる魔獣の死体。
王国ならば、全身が換金対象なわけだが。
帝国では、どうするのだろうか。
できれば魔石を取り出しておきたくもあるが、生憎と武器を持ってきていない。
当然、こんな重量物を運べるわけもない。
何とも勿体ないが、置いてゆこう。
「いやはや、大したものだね~。まさか素手で斃してみせるなんてね~」
「うおッ⁉」
「おっと、大声は良くないな~」
いつの間に現れたのか。
背後に腕組して立っていた。
何だってこういう連中は、揃いも揃って似たような移動をするんだろうか。
「しっかし、どうにも分からないな~」
「何がだよ」
「触れずに斃してみせたよね~? いったいどうやったんだろうってね~」
「俺は元々王国出身だ。魔術が使える」
「へぇ~、なるほどなるほど~。それなら分からないのも無理ないね~」
そう言いつつも、魔獣の死体を隈なく調べてゆく。
「やっぱりか~、さっき踏まれた以外の外見的な損傷の類いは見当たらないね~。なら、内部への攻撃だったのかな~」
ほんの一瞬の出来事。
死体が輪切りにされていた。
「おや~? 魔石が壊れたってわけじゃないのか~。予想が外れちゃったな~」
「魔石なんか、壊せるわけないだろ」
「てことは、頭のほうなのかな~」
今度は見逃さないよう、目を凝らす。
が、腕の振りすら見えぬまま、頭部が開かれていた。
「う~ん、とくに破壊されてるってわけでもないね~」
そうなのか。
脳の一部ぐらいは破壊したかと思ったんだが。
まあ精神魔術なんだし、物理的な効果は見込めなくて当然か。
ならば、破壊を伴わず、痛みだけで死に至ったわけか。
やっておいてなんだが、中々に凶悪だな。
「まあ、これはこれで興味深い事例ではあるかな~。一応、この死体は持って帰ってみようかね~」
「そうそう、丁度疑問に思ってたとこだったんだよ」
「ん~? 何がかな~?」
「魔獣の死体だ。帝国じゃあどう処分するのかってな」
「そっか~、王国だと解体するんだっけ~?」
「まあそうだな」
「帝国だと基本放置かな~。骨になってるのは、回収したりもするけどね~」
「なら、なんでソレは持ち帰るんだよ」
「研究材料だよ~。珍しい死因みたいだからね~。とはいえ、結構手を加えちゃったから、判別できるか分からないけどね~」
「研究ねぇ」
「そうだよ~。ほら、ドクターは知ってるかい~? あの人たち、そういったこともやってるからね~」
あの爺さん、一応はまともな研究もやってたのか。
竜の骸の話を思い出す。
この赤竜もまた、あのようなおぞましい方法で生まれたのだろうか。
「なあ、アンタは爺さんの研究について、どこまで知ってるんだ?」
「ん~? と言うと~?」
「魔獣以外の研究についてさ」
「少年」
「……え?」
口調や声色が一変した。
そして何よりも、いつも浮かべていた笑みが消え失せている。
「余計な詮索はしないほうが身のためだよ」
「つまりは、知ってるんだな?」
「さてね~。けど、他でこんな話をしちゃあダメだよ~」
豹変ぶりも、すぐさま元に戻ってしまう。
だがあの反応。
もしかして、自分の出生について知っているのだろうか。
「持ち帰るにしても、2人じゃあ難しいねぇ~。何人か呼んでくるしかないか~。ちょっと此処で待っててくれよ~」
返事も待たずに姿が掻き消える。
飄々とした振る舞いは演技に過ぎないのか。
最初に遭遇した竜の名を冠する騎士。
その内側に、何を秘しているのだろう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




