65 災禍の獣の眷属たち
爺さんと白竜、それに胸像たちに対して、怪物がもうすぐ活動を開始するという説明がなされた。
俺のものとは判別できないよう、また、余計な人物が映らないよう、場面を限定して記憶も見せた。
一番動揺していたのは胸像たち。
一番反応を示さなかったのは、予想違わず白竜だった。
爺さんはまあ、どうなんだろうか。
言葉だけでは反応は薄かったものの、映像を見てからは多少の危機感は抱いていたように見えたが。
「あんな茶番に付き合ってもらって悪かったな」
取り敢えずは、一泊させてもらえることになり、爺さんたちを先に退出させ、俺だけがこの場に残った。
まだ話すべきことが残っている。
協力してもらえるのか。
怪物について、何か情報はないか。
そもそもが、森から無事に出してもらえるのかどうか。
『いえ。それに関しては構いませんが。アナタはこれからどうするおつもりなのですか?』
「どうするっていうと?」
『災禍の獣に幾度も殺されながら、まだ挑むのですか?』
「当り前だろ」
『何故なのです? 繰り返しについては、竜によるものと最早疑う余地もありません。竜の望みを叶えれば、アナタは解放されることでしょう』
「竜みたく、死にたいってわけじゃあない。もちろん、普通に一生を終えたくはあるがね」
『では何故?』
「そんなに不思議なことか? これから何が起こるか知っておきながら傍観するってのは、もう懲り懲りなんでね」
思い出すのは最初の繰り返し。
力もなく、誰の協力も得られずに、ただ死を待つのみだった。
あれほど無意味な人生もあるまい。
恩人がいる。
大事な奴等がいるんだ。
俺だけでなく、皆まで死んじまうってのはダメだ。
見過ごせない。
受け入れられない。
「俺が助かりたいわけじゃあない。俺が助けたいんだ」
『アナタが世界を救ってみせると?』
「そんな大仰な話じゃない。助けたいのは、見知ったごく少数だけだよ」
『では、他の者はどうなろうと構わないと?』
「繰り返しを止めるとすれば、怪物を斃して、見知った連中を助けられた場合に限るだろうな」
『望む結果が得られるまで、何度でも繰り返す、と?』
「ああ」
『これは忠告です。精神とて摩耗します。幾度も生と死を繰り返し続ければ、次第に感情が失われてゆき、やがては何も感じられなくなってしまうことでしょう』
「そいつはおっかないね」
『冗談を言っているのではありません』
「千年近くを生き長らえてるアンタは、まだ感情を有しているみたいだが?」
『元々の寿命が違うのです。それに、生き続けるのと生と死を繰り返し続けることとは、精神の負荷そのものが異なるでしょう』
「そんなに長引かせるつもりはないさ。今回は随分と上手く行ってる。それこそ、エルフの協力が得られれば、より確実性が増すだろうしな」
『子供たちを参戦させるつもりはありません』
「こんな風に言いたくはないんだが、もしこのままアンタら抜きで勝利できたとして、何も思うところはないのか?」
『記憶を拝見した限り、アナタがたの奮闘ぶりには、目を見張るものがあったのは確かです。それでも、災禍の獣には勝ち得ないでしょう』
「前回はもう少しだったんだ。魔獣さえ排除できれば」
『災禍の獣、魔獣、魔族、そして獣人。それら全てを排除しきれますか?』
今、明らかにおかしな単語が混ざっていた。
「──おい待て。何でそこに獣人が入ってる」
『全て災禍の獣の眷属。災禍の獣は、体内に保有する魔石によって、世界の消滅を目論んでいます。魔獣はその供給源といったところでしょうね』
「それって、魔石の消滅現象か? そんなことが怪物の目的だってのか?」
『魔族や獣人は、アナタ方やワタクシの子供たちを根絶やしにせんがための先兵』
「おいおい、何を言って──」
『異種族間の交配に優先度があるのはご存じでしょう? 魔族と獣人が最も高いのです。交配が続けば、やがてその2種以外は絶滅してしまいます』
「いやいや、極論過ぎるだろ。魔族はともかく、獣人は敵対なんかしてないぞ」
『そういう風に生み出されたからでしょう。魔族が外からの侵略とするなら、獣人は内から浸食するようにと』
「そんなわけがあるか!」
先生や、その戦士団の皆。
あの獣人の子供。
他の獣人たち全て。
全員が、人族やエルフを滅ぼそうとしてるって?
バカを言うな。
いや、先生たちをバカにするんじゃねぇ!
「獣人たちは戦ってくれた。ずっとずっと、魔獣から守ってくれてた。自分たちだって魔獣や魔族に襲われたりもしてるってのにだ。それを……それなのに……ッ!」
『アレら自身、その自覚は無いのかもしれません。だからといって、その性質が変わるわけでもありません』
「ふざけんな! アンタらが引き籠っている間にも、命懸けで戦ってたんだぞ!」
『事実は事実。竜がアナタ方を、ワタクシが子供たちを生み出したように、災禍の獣が──』
「それ以上、言うんじゃねぇ!」
許せない。
先生たちを侮辱なんかさせやしない。
「──黙って聞いていれば、何たる暴言」
「──粗暴さは種族共通らしい」
「──知性や理性に欠ける」
「──我々には遠く及ばない」
「──劣等種」
「──身の程を弁えろ」
『止めなさい』
「──ですが」
『今まで外界との交流を拒んできた理由が、これでお分かりになったことと思います』
じゃあ何か?
獣人を拒んでたってわけかよ。
エルフが獣人を嫌っているような様子だったのは、それが理由なのか?
──けど、覚えてる。
仲間の姿を。
エルフと獣人が共に在った光景を。
それを否定させはしない。
「アンタ自身はどうなんだ? 獣人と話したことはあるのか?」
『ありません。あるはずがありません』
「んで、言葉も交わさずに何が分かるって?」
『個々人としての意味ではないのです』
「生まれなんてどうしようもない理由で差別するのか? 決めつけるのか?」
『種の存続の危機なのです』
「獣人が生まれてどれだけの年月が過ぎた? アンタの言う外界ってのは獣人で溢れ返ってるか?」
『……いいえ』
「獣人だって、同じ人種だ。人族ともエルフとも変わりやしない。交配の優性がどうとかって言うなら、人族が一番劣ってる。それでも、滅びてなんかいないぞ」
『災禍の獣の休眠中にも、魔獣は破壊を、魔族と獣人は他種族の減少を担っているのでしょう』
「なら、その目論見は失敗してるってことだろ。具体的に、獣人が何をしたって言うんだ? 人族からもエルフからも疎まれて、それでも共にあろうとしてくれてる」
『そのように生み出されたからです。身体能力に優れたアレらは、同じ存在から生み出された魔獣という脅威への抑止力と誤認させる狙いがあったのでしょう』
「獣人だ! アレなんて呼ぶんじゃねぇ!」
『アナタの態度こそが、事態が深刻化しているという証左ではありませんか』
ああそうかい。
もう決めつけちまってるわけだ。
「斃すべきは、怪物と魔獣と魔族だけだ。獣人は関係ない」
『災禍の獣の眷属なのは確たる事実。残すのは危険でしょう』
「聞けないね」
『遠い未来、獣人との戦争が起こるかもしれません』
「可能性の話なら、何とでも言えるだろ。もっとも、怪物を斃せなきゃ、どんな未来もありはしないがな」
『……ですね。詮無いことを言いました』
「もう協力してくれとは頼まない。怪物について教えてくれ。知ってること全部」
『気持ちは僅かも変わりませんか』
「諦めないと決めてる。ま、エルフに関しては、元々想定してなかった戦力だったってのもあるしな」
『そうですか。では、助言だけ』
「ああ、頼む」
翌日、森での調査を中断し、急ぎ帰国を目指す運びとなった。
「何たることじゃ。昨今の王国の動きは、これを予期してのことじゃったのか?」
朝見かけた時から、爺さんはブツブツと独り言に耽っていた。
騎士たちは事情の説明がなされてはいないのか、困惑気味の様子。
いつもどおりなのは、白竜だけらしい。
「では、森の出口までご案内します」
「ああ、助かるよ」
「いえ、これも長からの指示ですので」
「今更なんだが、俺たちを外に出していいのか?」
「フフッ、本当に今更ですね。先程も言ったとおり、長からの指示です。口封じ、ということもいたしません」
「そうか」
「とは言え、個人的には、郷について他言は控えていただきたくはありますが」
「それは……どうだろうな」
爺さんは皇帝に見聞きした全てを報告することだろう。
騎士たちに関しても、同僚などに話して聞かせるに違いあるまい。
「敵として相対することの無いよう、願うばかりです」
「それについては同意見だ」
エルフの協力は得られなかった。
それこそ、精霊の力ってのは、より強大だったのだろうが。
今回、説得できるだけの準備が足りていなかったのが悔やまれる。
次回を想定して、何か考えておくべきなのか。
いや、今回に集中すべきだ。
前回よりも戦力は増強されているのは明らか。
黒竜や白竜を参戦させられれば、勝率は大幅に上がる。
怪物なら、魔石の消滅現象で斃せるのだ。
邪魔な魔獣さえ掃討できれば。
そのためにも、もっと力をつけておかないと。
単独で成体を斃せるように。
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