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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
八章 四周目 災禍の獣
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64 帝国の凶行

「実にくだらぬ。帝国こそが、史上最も優れておるわい」


「──戯言を」


「──魔術も扱えぬ分際で、我らを侮る愚か者」


「──知性、品性、社交性、客観性、いずれも欠如している」


「──劣等種め」



 精霊との念話を一時中断してみれば、爺さんと胸像たちとが口論の最中にあった。



『お止めなさい。そのような対応をするよう、頼んではおりません』


「──ですがこの者は」


「また性懲りもなく仕掛けてきおったか。幻覚に幻聴にと、客の持て成し方すらも、心得てはおらんらしいのう」


「──その暴言、看過し難い」


「──相応しき罰を」


『同じことを二度も言わせるつもりですか? 控えなさい』


「──御意に」


「──御心のままに」



 胸像の声が静まってゆく。


 代わりとばかりに、爺さんが勢いづく。



「如何に外観を取りつくろってみせようとも、性根の悪さは滲み出るものじゃて。愚者には無用の長物。いずれこの地も、帝国領としてくれるわい」


『そのような日は永劫訪れることはあり得ません』


「ええい、この妙な声を止めんか! 気色が悪いにも程があるわい」


『生憎ですが、これ以外の方法で会話を行うことは叶いません』



 まあ、爺さんの気持ちは分からないでもない。


 俺も慣れるまでは、結構な期間を要したわけだしな。



『さて、こうして再び話しかけたのは、お尋ねしたいことがあるからに他なりません』


「何じゃい、全てを知っておるような口振りじゃったわりには、すぐさま手の平を返したものじゃのう」


『どれほど長い時を生きようとも、全知には届き得ません』


「亜人めが、寿命の自慢でもしておるつもりか」


『いいえ、そのような意図はありません。単なる事実を述べたまでのこと』


「爺さん、いい加減落ち着けよ」


其方そちは先程までと同じく、そのまま黙っておれ」



 何だってこうも、人族以外が絡むと沸点が低くなるんだか。



『竜の骸について』


「……今、何と言いおった?」


『アナタ方が保有しているという竜の骸。それに対して、何を行っているのか。お尋ねしたいことというのは、そのことについてです』


「妙な物言いじゃな。何故そんなことを当たり前かのように語りおる」


『思い当たることは無いと?』


「無いな」


『……そうですか、残念です』


「そのような妄想に付き合わせるために呼び寄せおったのか? やはり亜人とはしょうもない種族じゃて」


『このような真似は好むところではないのですが。致し方ありませんね』


「何かするつも──」


『質問に答えなさい』



 言葉と共に、立像から魔力が発せられた。


 爺さんの全身に震えが走ると、表情が抜け落ちる。


 かと思えば、すぐさま何事も無かったかのように、表情が元に戻ってしまう。



「何じゃ、何が知りたい?」


『ではまず、竜の骸の在処について』


「判明しておるのは帝国の城の地下にある1体だけじゃな」



 地下だと⁉


 城の建材は干渉を防ぐ。


 なのに、城外では干渉されている。


 なら、地下はその建材で覆われてはいないのか?



『竜の骸に対し、何をしているのですか?』


「初代皇帝を再現する研究じゃ」



 またしても、あっさりボロった。


 流暢な喋り方だし、意識もハッキリしている。


 催眠状態じゃあない。


 暗示に近い何かを施したってことか。



『詳しく教えてください』


「よかろう。竜の因子を強めるため、様々な試作がなされておった。当初こそ意図的な交配などに留まっておったようじゃが、より最適な方法を見出した」


『その方法とは?』


「竜を食らうんじゃよ。驚くべきことに、死してなお、肉体は腐ることもなかった。血、肉、骨、それらを摂取し、因子の強化を図ったわけじゃな」


「……マジかよ」



 肉体こそ死んでいても、魂は、意識は残ってるわけだろ。


 ある意味、生きたまま食われ続けてるようなもの。


 そう、そうか、そういうことか。


 だから竜は、我を滅せよとひたすらに訴え続けていたのか。



「じゃが、その方法は効果があり過ぎたんじゃろうな。ある者は肉体が爆ぜ、またある者は、魔獣もかくやという姿となり果てる始末。何も、竜になんぞへ成りたいわけではないからのう」


『竜の意思を無視して、そのような凶行を?』


「当然じゃろう。必要なのは竜の力のみ。他に用などありはせんわい」


『始祖への敬いの気持ちは無いのですか?』


「竜の役目とは即ち、後継たる人族を生み出すことに尽きる。じゃからこそ、存分に貢献してもらっておるだけのことじゃて」


『あまりにむごい仕打ちと、そう自らの所業をかえりみることも無いのですか?』


「つまらん感傷じゃな。竜の滅びから学び、帝国が、いやさ人族が繁栄を築き上げるための、必要な犠牲じゃろうに」


『そう、ですか……竜の子供らは、それほどまでに……』


「さてと、話が逸れてしもうたわい。度重なる失敗の末、より成功率の高い方法を見出した。妊婦に竜を食わせ、その胎児の因子を活性化させるという方法をのう」



 まさか、そうやって生まれてきたのが──。


 チラリと白竜の様子を窺うが、特に何の反応も示してはいない。



「とは言えじゃ、これも中々に難物でな。まず器たる妊婦が耐えられん。長期に亘り、少量ずつ摂取させることで、ある程度の安定性は保っておるわけじゃが、如何せん、因子の活性化も控え目になってしまいおる。妊婦の限界を見極め摂取させる、これが肝要じゃな」


『母体となった方々のその後は? 出産後はどうしているのです?』


「何を言うておる? 必要なのは胎児のほうじゃ。器はそれまで保てばよい」


「ふざけんな!」


「何じゃいきなり、大声を出しおってからに。話の邪魔をするでないわ」



 人を、親子を、家族ってもんを、いったい何だと思ってやがるんだ⁉



『何と……何ということを……いったいどれだけの命が犠牲となっていったことか……』


「全ては真なる皇帝の誕生へと至るため。そして、人族の繁栄をもたらさんがため。竜も人も、そのための意義ある糧に過ぎんわい」



 そんな竜の望みとは、彼らへの復讐ではなく、自らの消滅なわけか。


 俺に、それを成せと訴え続ているんだな。


 怪物をたおすためじゃあなかったのか。


 ただ終わりたいと、そう願い続けていたんだ。



『もう結構。黙りなさい』


「────」



 爺さんが身動ぎしたかと思うと、表情が消えた。



『アナタ方ばかりを責めはしません。ワタクシもまた、長い時を生きつつも、気付いてはあげられなかった』


「──長よ、発言をお許しください」


『いいでしょう。許可します』


「──人族の斯様な蛮行、捨て置くに余りあります。すぐにも解放して差し上げるべきと考えます」


「──しかり」


「──しかり」


「──しかり」


「──しかり」


「──しかり」


『森を一度ひとたび出れば、もう戻ることは叶いません。それでも構わないと?』


「──何をいとうことがありましょうか」


「──我らがさとに在ったならばと、悔やまれてなりません」


「──たとえ血の繋がりが無くとも」


「──たっとばれるべき存在なれば、相応しき扱いがあるはず」


「──解放を」


「──そして制裁を」


『ああ、ワタクシの愛しき子供たち。行ってくれますか』


「「──しかり」」


「あー、待て待て。盛り上がってるとこ悪いんだが、少し落ち着いてくれ」



 このまま放っておくと、帝国とエルフ間で戦争でも起きかねない雰囲気だ。


 竜のことは、俺だってどうにかしてやりたい。


 だがその前に、怪物をたおさねばならない。


 先に竜を解放してみせたとして、それでこの繰り返しが解除されてしまえば、もう後が無い。



「今、それをされるのは困る」


『先程の話を理解したうえでなお、阻むおつもりですか?』


「千年近くも待ったんだろ。ならもう少しだけ待ってもらうさ」


『何と……そのようなこと』


「俺だって解放してやりたいさ。だがその前に、もっと緊急性の高い、済ませておくべきことがあっただろ」


『災禍の獣、ですか』


「──何と不吉な」


「──ああ、恐ろしい」


「──忌まわしき存在」


「──どうして今更」


「──滅びたわけでは無かったのか?」


「──長よ、お聞かせ願います」


『話して聞かせても?』


「ん、ああ、別に構わな──いや、ちょっと待ってくれ」



 いずれは帝国にも動いてもらわないといけない。


 その際、皇帝か、もしくはそれに近しい立場の者を操ろうかと考えていたわけだが。


 このまま精霊に話してもらい、まずは爺さんを言い含める。


 そして爺さんから、皇帝を説得させてはどうだろうか。


 俺自身、そう容易く皇帝に会えるわけでもない。


 しかも護衛として黒竜が控えてもいる。


 いきなり皇帝を狙うよりかは、可能性が高そうに思える。



 ≪念話テレパシー



 精神魔術の中級。


 精霊に対し、念話を送る。



『爺さんを元の状態に戻せるか?』


『ええ、それはもちろん』


『考えがあるんだ。少し協力してくれないか』


『内容にもよります』


『説明はするさ。実は──』






『──では、今までは一部の者たちのみで、災禍の獣へと挑んでいたのですか?』


『まあ、そうなるな。何せ、現れるまでは証明のしようもないんでね。協力を取り付けるのも一苦労さ。もっとも、今は念話で記憶を見せることもできるが』


『その記憶、ワタクシにも見せていただくことは可能でしょうか』


『別に構わないが、見て大丈夫なのか? 随分と怖がってたみたいだったが』


『竜の子供たちについて、そして休眠から目覚める災禍の獣について、もっとよく知っておきたいのです』


『そうかい。なら、一度目から順にいくぜ』


『お願いします』






『目覚めなさい』


「──んんん? はて、何をしておったんじゃったか」


『お招きしたのは、至急お伝えしたいことがあったからです』


「む? 此処は……? この声は何じゃ?」



 おいおい、本当に大丈夫なのか?


 爺さんの様子が不安で仕方がないんだが。



『かつて、竜や精霊を滅ぼした存在、災禍の獣について』






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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