63 生き残り
変化は一瞬。
しかし劇的に起こってみせた。
周囲に光が満ちる。
見れば、道が途絶えていた。
念の為振り返ると、入り口が視認できる。
やはり幻覚の類い。
大した距離を進んではいなかったわけか。
「随分と悪趣味なことじゃて」
「──多少は頭が回るらしい」
「──その割には、時間を要したようだがな」
爺さんの後に、別の誰かの声が続いた。
通路の左右。
壁面に合計6体のエルフの胸像が現れていた。
どういう仕組みか、声はそこから発せられているようだ。
「して、長とやらはどいつじゃ? そろそろ座興は終いにせい」
「──無礼な輩だ」
「──未だに盲目らしい」
「──無知蒙昧に過ぎる」
「──対話の相手として相応しくあるまい」
「──止せ。長の御前だ」
老若男女。
全く同じ見た目の胸像が、それぞれ別の声で喋っている。
気味の良い状況ではない。
通路の正面。
一際精緻な立像があった。
目も口も閉ざした、男性とも女性とも見分けがつかぬ姿。
どのような材質なのか、僅かに透けて見える。
『突然の招きに応じていただき、深く感謝申し上げます』
「「ッ⁉」」
これは、念話⁉
不思議なことに、声色からは、年齢も性別も判然としない。
この空間に於いて、俺たち以外に動く者は居ない。
気配も感じない。
何処か別の場所から、こちらを監視しているのか。
「今のは何じゃ? 頭の中で声が……」
「──狼狽えるとは、情けないこと」
「──長のお話の最中だ。控えろ」
『来訪の目的は概ね伺っております』
「またかッ! 妙な真似をしおってからに」
こいつはよろしくない。
爺さんに念話を使えることは知られたくない。
『ですが改めて、直接詳細をお聞かせ願えないかと、お招きした次第です』
≪念話≫
精神魔術の中級。
相手が何処かも不明、届くのかも不明。
それでも、爺さんと白竜以外に向け放つ。
『少しだけ待ってくれないか。他の2人には、事情をまだ知られたくない』
『……なるほど。では、アナタにだけ尋ねましょう。それならば構いませんか?』
『ああ。それで頼む』
念話の発生源は、あの立像からか?
少なくとも、胸像からではない。
そもそも、胸像からの声は、普通に耳に届くよう喋っていた。
『では早速、災禍の獣について、何処でお知りになったのでしょうか』
『そうだな。ならまず、俺の事情を説明したほうが良さそうか』
「急に声が止みおったな。目的を知っておるなどと、どの口がほざきおる」
『……すまない。爺さんの言葉は聞き流してくれ』
『気にしてはおりません。しばしの間、彼の御仁の相手は、他の者に任せるとしましょう』
『──人生の繰り返し、ですか』
『エルフだったら、何か知ってたりするか?』
『エルフ? ああなるほど、来訪者は久方ぶりなので、すっかり失念しておりました』
『……何かマズい呼び方だったのか? 無作法ですまない』
『いえ、そうではありません。エルフはワタクシの子供たちを指す言葉。ワタクシは別の呼ばれ方をしております』
……エルフの親なのに、エルフじゃない?
いったい、何を言って。
『原初の存在たる竜と並び立つモノ──精霊です』
『…………何だって?』
『ワタクシの言葉をお疑いですか?』
『竜も精霊も、とっくの昔に滅んだって』
『本当にそうでしょうか? 竜の息吹をアナタと彼女からは強く感じられます』
いぶき?
因子ってヤツのことを言ってるのか?
いや待て、落ち着け。
問題はそこじゃあない。
精霊だと?
そういや、長とは言ってたが、エルフだとは言ってなかった。
精霊、精霊ねぇ。
竜が存在しているのなら、精霊が存在したっておかしくはない、か。
もし本当に精霊だっていうのなら、むしろ好都合だ。
伝聞じゃあない、生の情報を持っていることになる。
『本当に精霊なのか?』
『何を以て本物とするのでしょう。他の精霊とお会いになったことがありますか?』
『いや、そういうわけじゃあないんだが……』
『──フフフッ、少し意地が悪かったですね。この地に残る精霊は、もうワタクシ一人でしょう』
『そうか』
『話を戻しましょう。繰り返しに関して、ワタクシの知るところではありません』
『……そうか』
何か知っているんじゃないかと思ったんだが。
『であれば、考えられる可能性は一つしか残されてはいません』
……ん? 何だって?
『その強き竜の息吹。竜の仕業とみてまず間違いないでしょう』
『やっぱりそうなのか』
『見当はついていたようですね』
『竜の声を聞いたんだ。それも、繰り返しで意識を取り戻す直前に』
『やはり、竜が存命しているのですね』
『いや、それが此処に来た理由にも繋がるんだが、竜は死んでるらしい。ただ、魂だけが残ってるって話だった』
『魂だけの存在……そう、そうだったのですね。奇しくも似た境遇だったわけですか』
『ならアンタも?』
『いえ、幸いにして、ワタクシは生きております。とはいえ、肉体の生命活動を著しく減衰させ、延命を図っているに過ぎませんが』
それは似た境遇になるのか?
よく分からない。
『この地を訪れた理由は、竜の骸をお探しになっているとか』
『ああ。皇帝直々の命令でね』
『骸を見付けて、どうするおつもりなのでしょうか』
『さてね。知ってるのは、そこの爺さんぐらいだろうな』
『墓を作る……というわけではないのでしょうね』
『それだけは確かだろうな』
竜の死骸を何かに利用しているのか。
それとも、魂が重要なのか。
疑わしいのは、竜の名を冠する騎士の存在。
尋常な強さではない。
王国のどんな戦士よりも、どんな獣人よりも、強いのは明らかだ。
どうやってか、因子ってのを強めているんだとは思うのだが。
『それにしても、災禍の獣が再び活動を始めようとは……子供たちには酷過ぎる仕打ちですね』
『なあ、できればエルフたちにも、斃すのを協力してもらいたいんだが』
『未だお分かりになりませんか?』
『何をだ?』
『彼の存在には決して敵わないことが、です。始祖たる竜も精霊も、敵わず滅びたのですよ』
『滅びてやしなかっただろ。まだアンタが居る』
『こうして滅びを免れていたのは、彼の存在が休眠していればこそ。次こそはもう、どの生物も生き延びられはしないでしょう』
『そんなはずはない。前回はあともう少しのとこまで迫ったんだ。今回、もっと戦力を整えさえすれば』
『かつて、竜が何体いたか知っているのですか? 精霊の数はどうです? 知らないでしょう?』
『ああ、全く知らないな』
『そうでしょうとも。たった一体を相手に、命も物も、ほぼ全てが滅ぼされたのですから』
絶望の一端を、俺も味わったさ。
けどだからって、諦めるわけにはいかないだろ。
死んでほしくない連中が、死なせたくない連中がいるんだよ。
そのための努力を惜しみはしない。
痛みにも恐怖にも、自分の死ですらも、何度だって耐えてやるさ。
『アンタにまで戦ってくれとは頼みやしない。恐れるなってのは無理な話だろうしな』
『恐れている? そう、そうなのでしょうね』
『頼みたいのはエルフのほうだ。強制なんてしやしない。来れる奴だけで構わない。だから──』
『世迷言を。いったい何処の親が、子を死地へと赴かせるを良しとしましょうか』
『此処に籠っていても死ぬんだろ』
『最期ぐらい、皆と共に安らかであるべきでしょう』
『なら何だって、森から出たエルフを拒んでる? アイツらのことはどうでもいいのかよ?』
『何事にも仕組みや決まり事は必要なのです。全ては郷を維持するため。より大勢の安全を保つための措置です』
『アンタが見てるのは、種としての命なのか? 1人1人のじゃあなく』
『かもしれませんね』
『ならなおさらだ。斃さなければ、大勢が死ぬことになるんだぞ』
『仕方ありません。斃せないのですから』
頑なだな。
もうすっかり諦めちまってるわけかよ。
『アナタには分からないのでしょうね』
『何だと?』
『そうして幾度も繰り返すたび、アナタだけでなく、他の者も皆、死に絶えていることでしょうに』
『繰り返してるうちは、確定してやしないだろ。助けるためにこうして──』
『今、この時すらも、アナタにとってみれば、試行回数に過ぎないのでしょう。ですが、他の者は違うのです。次の機会など無いのですよ』
『平等じゃあないんだろうさ』
俺以外の奴だったら、もっと早くにもっと上手く事を成してみせたかもな。
『俺は俺だ。どうしたって、他人にはなれやしない』
大事な人は限られてる。
悪いが、全員を救ってみせるなんてこと、考えてすらいないとも。
『俺が失敗するたびに、皆も巻き添えにしてるってんなら、なおのことだ。今度こそ失敗はできないだろうがよ』
『先程、命について問いましたね? アナタにとっての命とは軽過ぎる。懸けるも救うも、思うがままではありませんか』
『そう上手くは行かないからこそ、こうして足掻いてるんだがね』
『誰にとっても、一生とは一度きりのモノ。そこから外れたアナタが、好き勝手に干渉して良いモノではありません』
『文句なら俺じゃなく、こんな風にした竜に言ってくれ』
『……確かにそうですね。アナタばかりを責めるのは筋違いでしょう。しかしどうして、他の誰でもなく、アナタを選んだのでしょうか』
『それこそ、俺には分かるわけもないさ』
『災禍の獣を討つべく、その力を与えられたのでしょう?』
『……いや、どうだろうな』
『他に理由があるとでも?』
『竜の望みはたった一つ。我を滅せよ、だとさ』
『そんな……どうしてそのようなことを……竜に何があったというのです?』
『さっきも言ったが、知ってるとしたら爺さんだけだ』
『そうでしたね。問うべき相手がいるようです』
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