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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
八章 四周目 災禍の獣
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63 生き残り

 変化は一瞬。


 しかし劇的に起こってみせた。


 周囲に光が満ちる。


 見れば、道が途絶えていた。


 念の為振り返ると、入り口が視認できる。


 やはり幻覚の類い。


 大した距離を進んではいなかったわけか。



「随分と悪趣味なことじゃて」


「──多少は頭が回るらしい」


「──その割には、時間を要したようだがな」



 爺さんの後に、別の誰かの声が続いた。


 通路の左右。


 壁面に合計6体のエルフの胸像が現れていた。


 どういう仕組みか、声はそこから発せられているようだ。



「して、長とやらはどいつじゃ? そろそろ座興は終いにせい」


「──無礼な輩だ」


「──未だに盲目らしい」


「──無知蒙昧むちもうまいに過ぎる」


「──対話の相手として相応しくあるまい」


「──止せ。長の御前だ」



 老若男女。


 全く同じ見た目の胸像が、それぞれ別の声で喋っている。


 気味の良い状況ではない。


 通路の正面。


 一際精緻(せいち)な立像があった。


 目も口も閉ざした、男性とも女性とも見分けがつかぬ姿。


 どのような材質なのか、僅かに透けて見える。



『突然の招きに応じていただき、深く感謝申し上げます』


「「ッ⁉」」



 これは、念話⁉


 不思議なことに、声色からは、年齢も性別も判然としない。


 この空間に於いて、俺たち以外に動く者は居ない。


 気配も感じない。


 何処か別の場所から、こちらを監視しているのか。



「今のは何じゃ? 頭の中で声が……」


「──狼狽えるとは、情けないこと」


「──長のお話の最中だ。控えろ」


『来訪の目的は概ね伺っております』


「またかッ! 妙な真似をしおってからに」



 こいつはよろしくない。


 爺さんに念話を使えることは知られたくない。



『ですが改めて、直接詳細をお聞かせ願えないかと、お招きした次第です』



 ≪念話テレパシー



 精神魔術の中級。


 相手が何処かも不明、届くのかも不明。


 それでも、爺さんと白竜以外に向け放つ。



『少しだけ待ってくれないか。他の2人には、事情をまだ知られたくない』


『……なるほど。では、アナタにだけ尋ねましょう。それならば構いませんか?』


『ああ。それで頼む』



 念話の発生源は、あの立像からか?


 少なくとも、胸像からではない。


 そもそも、胸像からの声は、普通に耳に届くよう喋っていた。



『では早速、災禍の獣について、何処でお知りになったのでしょうか』


『そうだな。ならまず、俺の事情を説明したほうが良さそうか』


「急に声が止みおったな。目的を知っておるなどと、どの口がほざきおる」


『……すまない。爺さんの言葉は聞き流してくれ』


『気にしてはおりません。しばしの間、彼の御仁の相手は、他の者に任せるとしましょう』






『──人生の繰り返し、ですか』


『エルフだったら、何か知ってたりするか?』


『エルフ? ああなるほど、来訪者は久方ぶりなので、すっかり失念しておりました』


『……何かマズい呼び方だったのか? 無作法ですまない』


『いえ、そうではありません。エルフはワタクシの子供たちを指す言葉。ワタクシは別の呼ばれ方をしております』



 ……エルフの親なのに、エルフじゃない?


 いったい、何を言って。



『原初の存在たる竜と並び立つモノ──精霊です』


『…………何だって?』


『ワタクシの言葉をお疑いですか?』


『竜も精霊も、とっくの昔に滅んだって』


『本当にそうでしょうか? 竜の息吹をアナタと彼女からは強く感じられます』



 いぶき?


 因子ってヤツのことを言ってるのか?


 いや待て、落ち着け。


 問題はそこじゃあない。


 精霊だと?


 そういや、長とは言ってたが、エルフだとは言ってなかった。


 精霊、精霊ねぇ。


 竜が存在しているのなら、精霊が存在したっておかしくはない、か。


 もし本当に精霊だっていうのなら、むしろ好都合だ。


 伝聞じゃあない、生の情報を持っていることになる。



『本当に精霊なのか?』


『何を以て本物とするのでしょう。他の精霊とお会いになったことがありますか?』


『いや、そういうわけじゃあないんだが……』


『──フフフッ、少し意地が悪かったですね。この地に残る精霊は、もうワタクシ一人でしょう』


『そうか』


『話を戻しましょう。繰り返しに関して、ワタクシの知るところではありません』


『……そうか』



 何か知っているんじゃないかと思ったんだが。



『であれば、考えられる可能性は一つしか残されてはいません』



 ……ん? 何だって?



『その強き竜の息吹。竜の仕業とみてまず間違いないでしょう』


『やっぱりそうなのか』


『見当はついていたようですね』


『竜の声を聞いたんだ。それも、繰り返しで意識を取り戻す直前に』


『やはり、竜が存命しているのですね』


『いや、それが此処に来た理由にも繋がるんだが、竜は死んでるらしい。ただ、魂だけが残ってるって話だった』


『魂だけの存在……そう、そうだったのですね。しくも似た境遇だったわけですか』


『ならアンタも?』


『いえ、幸いにして、ワタクシは生きております。とはいえ、肉体の生命活動を著しく減衰させ、延命を図っているに過ぎませんが』



 それは似た境遇になるのか?


 よく分からない。



『この地を訪れた理由は、竜の骸をお探しになっているとか』


『ああ。皇帝直々の命令でね』


『骸を見付けて、どうするおつもりなのでしょうか』


『さてね。知ってるのは、そこの爺さんぐらいだろうな』


『墓を作る……というわけではないのでしょうね』


『それだけは確かだろうな』



 竜の死骸を何かに利用しているのか。


 それとも、魂が重要なのか。


 疑わしいのは、竜の名を冠する騎士の存在。


 尋常な強さではない。


 王国のどんな戦士よりも、どんな獣人よりも、強いのは明らかだ。


 どうやってか、因子ってのを強めているんだとは思うのだが。



『それにしても、災禍の獣が再び活動を始めようとは……子供たちにはこく過ぎる仕打ちですね』


『なあ、できればエルフたちにも、たおすのを協力してもらいたいんだが』


『未だお分かりになりませんか?』


『何をだ?』


『彼の存在には決して敵わないことが、です。始祖たる竜も精霊も、敵わず滅びたのですよ』


『滅びてやしなかっただろ。まだアンタが居る』


『こうして滅びを免れていたのは、彼の存在が休眠していればこそ。次こそはもう、どの生物も生き延びられはしないでしょう』


『そんなはずはない。前回はあともう少しのとこまで迫ったんだ。今回、もっと戦力を整えさえすれば』


『かつて、竜が何体いたか知っているのですか? 精霊の数はどうです? 知らないでしょう?』


『ああ、全く知らないな』


『そうでしょうとも。たった一体を相手に、命も物も、ほぼ全てが滅ぼされたのですから』



 絶望の一端を、俺も味わったさ。


 けどだからって、諦めるわけにはいかないだろ。


 死んでほしくない連中が、死なせたくない連中がいるんだよ。


 そのための努力を惜しみはしない。


 痛みにも恐怖にも、自分の死ですらも、何度だって耐えてやるさ。



『アンタにまで戦ってくれとは頼みやしない。恐れるなってのは無理な話だろうしな』


『恐れている? そう、そうなのでしょうね』


『頼みたいのはエルフのほうだ。強制なんてしやしない。来れる奴だけで構わない。だから──』


『世迷言を。いったい何処の親が、子を死地へと赴かせるを良しとしましょうか』


『此処に籠っていても死ぬんだろ』


『最期ぐらい、皆と共に安らかであるべきでしょう』


『なら何だって、森から出たエルフを拒んでる? アイツらのことはどうでもいいのかよ?』


『何事にも仕組みや決まり事は必要なのです。全てはさとを維持するため。より大勢の安全を保つための措置です』


『アンタが見てるのは、種としての命なのか? 1人1人のじゃあなく』


『かもしれませんね』


『ならなおさらだ。たおさなければ、大勢が死ぬことになるんだぞ』


『仕方ありません。たおせないのですから』



 かたくなだな。


 もうすっかり諦めちまってるわけかよ。



『アナタには分からないのでしょうね』


『何だと?』


『そうして幾度も繰り返すたび、アナタだけでなく、他の者も皆、死に絶えていることでしょうに』


『繰り返してるうちは、確定してやしないだろ。助けるためにこうして──』


『今、この時すらも、アナタにとってみれば、試行回数に過ぎないのでしょう。ですが、他の者は違うのです。次の機会など無いのですよ』


『平等じゃあないんだろうさ』



 俺以外の奴だったら、もっと早くにもっと上手く事を成してみせたかもな。



『俺は俺だ。どうしたって、他人にはなれやしない』



 大事な人は限られてる。


 悪いが、全員を救ってみせるなんてこと、考えてすらいないとも。



『俺が失敗するたびに、皆も巻き添えにしてるってんなら、なおのことだ。今度こそ失敗はできないだろうがよ』


『先程、命について問いましたね? アナタにとっての命とは軽過ぎる。懸けるも救うも、思うがままではありませんか』


『そう上手くは行かないからこそ、こうして足掻いてるんだがね』


『誰にとっても、一生とは一度きりのモノ。そこから外れたアナタが、好き勝手に干渉して良いモノではありません』


『文句なら俺じゃなく、こんな風にした竜に言ってくれ』


『……確かにそうですね。アナタばかりを責めるのは筋違いでしょう。しかしどうして、他の誰でもなく、アナタを選んだのでしょうか』


『それこそ、俺には分かるわけもないさ』


『災禍の獣を討つべく、その力を与えられたのでしょう?』


『……いや、どうだろうな』


『他に理由があるとでも?』


『竜の望みはたった一つ。我を滅せよ、だとさ』


『そんな……どうしてそのようなことを……竜に何があったというのです?』


『さっきも言ったが、知ってるとしたら爺さんだけだ』


『そうでしたね。問うべき相手がいるようです』






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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