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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
八章 四周目 災禍の獣
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62 秘郷

 行く手を遮るようにして、1人のエルフが音も無く姿を現わした。


 かつての仲間と瓜二つ。


 いや、エルフと言う種自体が、ほぼ似た姿なのだ。



「これよりさとへとご案内いたします。長がお会いになるとのことです」



 念話が功を奏したのか。


 それとも、本格的に排除しに来たのか。


 こうして眼前に存在していてなお、気配が感じられない。


 他の騎士たちも同様の感覚なのか、慌てた様子で動き出す。


 こんな相手を、姿を見ることなく感じ取っていたとは。


 白竜の感知能力の高さが、如何に優れているかという証左か。



「亜人めが、ようやっと姿を現わしおったか。して、口封じでもするつもりじゃろうが、そうはゆかぬわい」


「こちらがそのつもりであれば、森に侵入した時点で始末しています」


「ハッ、言いおるわい。どうせ姿を現わさんだけで、周囲にも潜んでおるんじゃろうが」


「もちろん」


「……ようもまあぬけぬけと。嬢や──」


「おい爺さん」


「何じゃ、また邪魔立てするつもりか」


「足元を見てみろよ」


「む? 足元がどうしたと……矢、じゃと? こんな物、いつからあったんじゃ?」



 爺さんだけではない。


 俺や騎士たちも同様だ。


 各々の足の間を、正確に射抜いている。



「お連れの方が尋常ならざる存在だというのは分かっております。ですが、地の利はこちらに。一度ひとたび敵対したならば、必ず掃討してみせましょう」



 爺さんも爺さんだが、エルフもエルフだな。


 相当に好戦的らしい。



「抜かせ」


「では、目印は全て回収済み、と言ったらどうされますか?」


「あれらには毒を塗布してあるでな。死にたくなくば、腕ごと斬り落とすことじゃて」


「不用心に素手で触れたりはしません。そもそも、毒は塗布されていないことも確認済みではありますがね」



 このままじゃ埒が明かないな。



『話を聞かせてくれるんだよな?』


「そう仰っておいでです」


「……何じゃと?」


『おっと悪い』


「いえ、何でもありません」



 これで念話が通じていたことは確認できた。


 行かない手は無い。



「なあ爺さん、エルフの口伝を聞ける絶好の機会なんだぜ。それをみすみす見逃すってのか?」


「亜人の戯言なぞ、聞くに値せんわい」


「ならこの森の中、ずっと狙われ続けるつもりなのかよ。その矢を全て避けて、一度も眠らずに森を抜け出せそうか?」


「──くッ」


「同行していただけますね?」


「罠と判じ次第、すぐにも蹴散らしてくれるわい。その時は、絶滅を覚悟することじゃな」


「フフッ」



 うお、アレはかなり怒ってるぞ。


 エルフってのは、怒りが一定の値を超えると、ああやって笑うんだよな。


 懐かしい記憶。


 随分と酷い目に遭わされたもんだが。


 帰るころには機嫌が直っていると有難いね。






 歩けど歩けど、風景は変わらない。


 エルフの総人口がどれほどなのか知らないが、未だに集落の一つも見つからないというのもおかしなもの。


 いったい、何処で暮らしているというのか。


 もしかして、地下だったりするんだろうか。



「フン、お粗末なもんじゃわい」


「何か?」


「千年近くも引き籠っておったというに、まるで未開の地ではないか。人族と違って、進歩がまるで見受けられん」


「生憎と外の事情には疎いもので。言うほどに発展しているのですか」


「当然じゃ。偉大な祖たる竜とは違って、精霊は何の恩恵も授けんかったようじゃな」


「なるほど。竜や精霊に関して、ある程度はご存じなのですね」


「ある程度じゃと? 全てじゃ。竜からは全ての知識を与えられておるわい」


「虚勢は結構。この地が未開などという妄言が出てくるのですから、知らぬのは自明の理」


「虚勢だの妄言だのと、亜人風情が何様のつもりじゃ!」


「竜の子孫は多様化が進み過ぎたようですね。質に随分な格差が生じているように見受けられます。その点に於いても、ワタシたちとは違いますね」



 エルフは容姿がほぼ同じなのに対して、人族や獣人は多種多様、千差万別なわけだが。


 今のは、そういう意味ってだけじゃあないのか?



「森全体に対して幻視の魔術が施されています。実際、アナタ方が森に入った時点から、それほど進んですらいませんよ」


「バカを申すでない! 目印を立て進んでおったんじゃぞ」


「近くの物が遠くに見える。それもまた幻視の効果です。アナタ方は、同じ場所をグルグルと回っていたに過ぎません」


「戯言じゃ」


「そろそろいいでしょう。では、さとの姿をお見せいたしましょう」



 軽く手を叩いてみせた。


 たったそれだけ。


 それだけのことを契機にして、周囲の景色が一変した。


 常闇が晴れる。


 鬱蒼とした森が消失する。


 緑の代わりに溢れ返ったのは、白と青。


 そこかしこにあるのは木々などでは無く、白を基調とした、整然と並ぶ建造物ばかり。


 何となく魔術局を彷彿とさせる形状の高層建築物。


 道や建物の間には、水路が張り巡らされている。


 また足裏の感触も変わっていた。


 今の今まで、根や石や葉で凹凸だらけ。


 そのはずが、いつの間にか、精緻に組み合わさった、滑らかな石床が敷き詰められていた。


 里なんて規模感じゃあない。


 一見して分かる。


 文明の格差。


 王国よりも帝国よりも、余程に優れている。



「な、な、な──」



 爺さんだけでなく、騎士たちも周囲の変化に動揺を隠せていない。


 平然としているのは白竜ぐらいなものだ。



「……彼女にだけは、幻視の効果が無かったのかもしれませんね」



 ボソリと、そんな声が聞こえた。






 一際背の高い建物へと案内された。


 帝国の謁見の間よりも高く広い空間。


 塵や埃が無いと一目で分かるほどの清潔さを保つそこを、中央にある円形の模様へ向け進み行く。


 円形の床で立ち止まったかと思うと、ゆっくりと上昇し始めた。


 これは……魔術局にあった昇降機と似た仕掛けか?


 床の外側へ向け手を伸ばすと硬い感触が返ってきた。


 見えない壁。


 その壁は透けているらしく、見る見る地上が遠ざかってゆく。


 股間の辺りが縮むような感覚が襲い来る。


 何人かの騎士が、腰を抜かして床に這いつくばってしまった。



「安心してください。落下する危険はありません。もちろん、此処から突き落としたりなどもいたしません」



 そう言われて安心できるものではあるまい。


 なるべく外を見ないで済むよう、壁から離れておく。


 床が停止すると、正面の大扉には向かわず、横にある部屋へと通された。



「アナタとアナタ、お二人は付いて来てください。他の方々はこの場にてお待ちを」



 指定されたのは、俺と白竜。



「それと、武器はこの場に置いてください」


「だとさ。頼むから武器は置いていってくれよ」


「了解」


「待たんか! 代表者は我輩じゃ。当然、同行させてもらうぞい」


「……いいでしょう。ですが、招かれたのがアナタではないという自覚は持っていてください」


「亜人が調子づきおってからに」


「発言は控えるように。特に、長への暴言など許されません」


「それは相手次第じゃて。身の程を弁えておれば良いだけじゃ」


「それはアナタのほうでしょう」


「何じゃと!」


「おい爺さん。皇帝に謁見する際、黙ってるように言ってたよな? 俺にできて爺さんにできないってのは無しで頼むぜ」


「皇帝陛下じゃ! 何度言わせるつもりじゃ!」


「コウテイヘイカ。これでいいか?」


「まったく、どいつもこいつも……」



 やれやれ、爺さんの癇癪かんしゃくにも困ったもんだ。


 とはいえ、俺が呼ばれるのは当然として、白竜が呼ばれたのは何でだろうな。


 知りたいのは怪物について。


 できることなら、エルフに協力を仰ぎたいところ。


 そういう意味でも、爺さんは邪魔でしかないんだが。






 部屋を出ると、今度こそ正面の大扉へとやって来た。



「入室後は、通路の終端までお進みください。姿勢は自由にしていただいて構いません。長からの応答でのみ発言するようお心掛けください」


「ああ。案内有難う。助かったよ」


「いえ」


「御託はもう良いわい。さっさと扉を開けんか」


「────どうぞ、お進みください」



 身長の数倍はある大扉に、突然(ひび)が入った。


 いや、ひびというか、光の筋か?


 何かの図形のように光がそこかしこに走り、全体へと波及する。


 すると、光の筋に区切られた箇所が、中央から端に向けて、徐々に消失してゆく。


 どういう仕組みなんだか。


 すっかり扉の痕跡が消え失せ、代わりに通路が姿を現わした。


 いやこれ、本当に通路なんだよな?


 例えるならば、光の道。


 材質が何なのか、想像もつきはしない。


 恐る恐るつま先で突いてみる。


 妙な感触、いや感覚が返る。


 硬くも柔らかくも無い。


 ただ、それ以上奥へと沈んではゆかないだけ。



「何をちんたらしておる。さっさと進まんか」



 そう言い放つなり、背を思いきり蹴飛ばしてきた。


 片足では堪えきれず、光の道へと数歩分進んでしまった。


 落ちない。


 やはり妙な感覚だ。


 物体では無いのか。


 宙にでも浮かんでいるような気さえしてくる。



「ふむ、落ちはせなんだが。そのまま先を進むがいいわい」


「おい爺さん。謝罪の一つも無しかよ」


「何を謝ることがあろうや。役に立てて良かったのう」



 このくそジジイが。


 改めて周囲を見渡してみる。


 光源はこの道だけ。


 他は何があるかも定かではない。


 黒のような緑のような暗がりが、ひたすらに広がっている。


 確か、端まで進めって言ってたよな。


 どうにも頼りない足場を、真っ直ぐ奥へと進む。






 おかしい。


 幾らなんでも、終端が遠過ぎる。


 周囲にはまるで変化が見受けられない。


 振り返れば、大扉のあった場所はもう視認できない。



「どうにも妙じゃな」


「ああ」


「建物の規模感からして、奥行きがあり過ぎる。道理に合わん」



 そう、そうなのだ。


 こんなに奥まで続くはずがない。


 このまま進んでも、到着する気がまるでしやしない。



「何ぞ試されておるようじゃな」



 方法が間違っているのだろうか。


 この光る道を進めというわけではない、とか。


 道を外れて、底も知れぬ闇に飛び込んでみせろ、みたいな?


 いや待て、早まるな。


 先程、エルフは言っていた。


 通路の終端まで進めと。



「他に通路なんかあるか?」


「……ふむ。見えているものが正しいとは限らん、か」


「どういう意味だよ」


「もう忘れおったのか? この場所へと至る際、森から一瞬にして風景が変わってみせたじゃろうが」


「ああ、アレのことか」



 魔術がどうとかって言っていたような。


 俺たちが同じ場所を彷徨ってる、みたいなことも言ってたか。



「確かに。森での状況と似ている気はするな」



 あの時、何をして幻覚だかを解除してみせたんだったか。


 確か……そう、手を叩いてみせたはず。


 まさか、そんなことで?


 半信半疑ながら、手を叩いてみた。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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