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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
八章 四周目 災禍の獣
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60 王国調査行②

 黒竜との訓練の成果は発揮されることは無かった。


 理由は単純明快。


 その機会さえ訪れなかったからに他ならない。


 銀髪の少女、いや、白竜が感知次第、退治してしまうというのもある。


 が、それだけではない。


 戦士団によるものか、はたまた、国境に集落を形成しているという獣人たちによるものなのか。


 魔獣自体、ほぼ現れることがないからだ。


 多くても日に1度。


 大抵は何事もなく1日が過ぎ去ってゆく。


 とはいえ、流石に野宿では気が休まりはしないのだが。


 ほぼ予定どおりに調査は進み、とうとう国境付近にまで到達した。






「我らの領分と知っての所業か」


「キサマら、いったい何を連れている」


「全員、外に出て姿を現わせ」


「妙な真似をすればどうなるか、分かっていような?」



 空が白み始めたころ。


 いきなり生じた気配に飛び起きてみれば、獣人たちにすっかり囲まれていた。



「朝っぱらから騒がしいのう。何が起こっておる」


「それが……いつの間にか包囲されておりまして」


「気付かなんだのか」


「申し訳ございません」


「嬢はどうしておる? 何もせんかったのか?」


「白竜様は未だご就寝中です。恐らくですが、魔獣ではなかったため、捨て置かれたものと思われます」


「相変わらずか。嬢にも困ったものじゃな」


「どのように対処いたしましょうか」


「おいそこ、聞こえているぞ。警告は既に済ませた」


「我輩たちは王国より正式な許可を貰って行動しておる。万が一にも、害するような真似をすれば、王国のみならず帝国をも敵に回すと知れ」


「どちらも我らには関りの無いこと。脅しになど値しない」


「亜人風情が。ならば致し方あるまいて。嬢や、連中を──」


「待て待て。落ち着けっての」



 一触即発どころか、一瞬で死体が量産される寸前で止めに入る。



「ええい、邪魔をするでない」


「獣人たちは東区にとって、いや、王国にとってかけがえのない存在なんだ。此処は帝国じゃあないんだぞ」


「だから何じゃ。何処であろうと、何が相手であろうと、すべきことは変わらん」


「彼らに何かあれば、東区だけじゃなく、他の地区にまでヤツらの侵攻を許すことにもなりかねない。そんな許可まで貰ってるってのか?」


「騒ぐな。大人しくしていろ」



 これでも俺は庇ってる側なんだがね。



「おやおや~? もしかして姉御のとこにいた子じゃないッスか?」


「アンタは確か……先生の戦士団の」


「やっぱりッス。しばらく見かけないと思ったら、随分とまあ変わっちゃったんスねぇ」


「──何だと? まさか首領の身内か?」


「あー、まー、そうっちゃそうッスかねぇ。姉御は首領の娘さんなわけでスし」


「そうとは知らず失礼しました。ですが、我々獣人の集落は他種族の侵入を認めてはおりません。申し訳ありませんが退去願えませんでしょうか」



 さっきまでとはガラリと態度が変わった。


 これも先生の、いや、先生の母親の威光というわけか。



「俺たちは集落に用があるわけじゃあないんだ。この辺りで調べ物があるだけで……えっと爺さん、後何日あれば終わる?」


「……2日ほどじゃな。もっとも、余計な邪魔が入らねば、じゃがのう」


「後2日、この辺りを調べたら、すぐ立ち去るよ。それまでは見逃してもらえないか?」


「……申し訳ありませんが、そのような権限を有してはいません。首領の御裁可をいただかねば、何とも」


「なら、その人に尋ねてみてくれないか?」


「もちろんそうするつもりではありますが……その……何といいますか……」



 どうしたんだ?


 急に歯切れが悪くなったんだが。



「とても厳格な御方ですから、まず間違いなく詳しい事情の説明を求められます。まずは我々に説明を。その調査の内容如何(いかん)によっては、残念ですが……」


「だそうだ。どうするよ爺さん」


「誰であろうと、話すことはまかりならん。当然、調査は続ける。邪魔立てするならば、排除するまでのことじゃ」


「おい」


「嬢や、もう起きとるな」


「ん」


「命令じゃ、排除せい」


「了解」



 くそッ、結局こうなっちまったか!


 一度動き出した彼女を、止められようはずもない。


 だから、動き出す前に止めるしかない。



 ≪セット Ω《オメガ》≫


 ≪指人形フィンガー・ドールズ



 精神魔術の中級。


 あらかじめ天幕へと向けておいた10本の指全てが光りを宿す。



「んん?」



 ま、マジかよ⁉


 10人を操れる力を、たった1人に対して使ってるんだぞ⁉


 だっていうのに、操るどころか、動きを封じられてすらいない。


 剣を携えた白竜が、天幕からゆっくりと姿を現わした。



「頼む、やめてくれ!」



 白竜から発せられる威圧感がどんどんと増してゆく。


 対する獣人たちが、一斉に身構える。


 声は届いているはず。


 なのに止まる気配は無い。


 もしかして、一度命令を受けると、他の奴からの命令は受け付けないのか?


 先に爺さんを操って止めさせるべきだったか。


 いや、それだと間に合わなかった。



「に、逃げろ、逃げてくれ。アンタたちじゃ、敵うわけがない」


「む? さては、何ぞ余計な真似をしておるな。ええい、今すぐやめんか」



 こっちが動けないのをいいことに、頭を小突いてくる。


 僅かに集中が乱され、白竜がさらに動く。


 止められない、止まらない。


 一瞬でも気を抜けば、惨劇が開始されてしまう。


 こんなもん、どうすりゃいいんだ。






「物騒な気配を感じて来てみれば。またしても小僧じゃったか」



 橙色のボサボサ髪に褐色の筋肉。


 白竜に対峙するようにして、先生が立ちはだかっていた。



「あ、姉御!」


「大声を出さない。ヤツらを呼び寄せてしまうでしょう」



 先生だけじゃない。


 戦士団の皆も勢揃いしている。


 その顔触れの1人に、強烈な既視感を覚える。


 灰色の毛。


 確か、先生からは灰狼はいろうと呼ばれていた子供。


 果たして、どういう巡り合わせだったのか。


 例の商会は早々に摘発された。


 つまりは、誘拐されることもなかったはずで。


 思いがけぬ再会。


 かつての仲間が今、先生の戦士団の一員として立っている。


 だが、この想いは一方的なモノ。


 向こうからすれば、俺は赤の他人でしかない。


 けど、それでも。


 ……無事で居てくれて、良かった。



「小娘よ、その剣を手放せ。さもなくば、その腕ごと斬り落とす」



 そう、そうなのだ。


 状況は僅かも好転などしていなかった。


 このままだと、先生が殺されてしまう。



「先生、皆を連れて、逃げてくれ」


「ワシらは逃げることはせん」


「頼むよ、頼むから、言うことを聞いてくれ」


「嬢や、早う片付けんか! ええい、その妙な術をさっさとやめい!」



 小突くどころか、蹴り始めやがった。


 集中が乱れる。


 呼応するように白竜が動く。



「おい。ワシの家族を足蹴にして、無事で済むと思うなよ」



 家族?


 いいや、聞き間違いだ。


 そんなこと、先生が口にするはずがない。



「亜人が偉そうにほざくでないわ」


「先生、少しの間だけ、しのぎ切ってくれ」



 10本の指のうち、親指1本だけを解除し、爺さんへと向け直す。


 遂に白竜が動き出したのか、すぐさま剣戟の音が響き始めた。


 急いで魔術を発動させる。



 ≪セット Ι《イオタ》≫


 ≪指人形フィンガー・ドールズ



 精神魔術の中級。


 指が光るのを待たず、指示を与える。



「白竜に命令してやめさせろ!」


「命令じゃ、やめい」


「了解」


「先生! もういい!」


「……どういうわけだ? 急に戦意を失ったようだが」



 白竜に向け揮われた剣が、寸でのところで止められていた。


 どうにか間に合ったが、危ういところだった。


 爺さんを操っている1本だけを残し、他は解除する。



「先生たち、少し離れててくれ」


「ドクター? 急にどうされたのですか? キサマぁ、いったい何を──」



 先生たちが離れたのを確認し、残り1本も解除してから、新たな魔術を発動させる。



 ≪昏睡レザージー



 精神魔術の中級。


 爺さんと騎士たちが、その場で倒れ込んだ。


 相変わらず白竜に効果は及んではいないようで、平然とその場に佇んでいる。



「小僧。今度こそ事情を説明せい」


「分かったよ。そう威圧すんなって」



 白竜だって聞いてるんだ。


 自主的に行動することは無くとも、爺さんに聞かれれば、何があったか答えてしまうだろう。


 伝えるならば念話だ。


 後は、どこまでを伝えるかなんだが。



「助かった。来てくれてありがとう」


「急に何だ。様子がおかしいぞ」



 ≪念話テレパシー



 精神魔術の中級。


 先生にだけ繋ぐ。



『声は出さないでくれ。これは一方的にしか話せないんだ。そこの少女には聞かれたくない。分かったら軽く頷いてくれ』



 流石に動揺しているようだったが、黙って従ってくれた。



『長い話になる。だから、要点だけを掻い摘んで話すよ』






 念話を終えてからも、先生はしばらく黙ったままだった。



「姉御? 姉御ってば。どうかしたんですか?」


「言葉を交わすでもなく、ずっと黙って見つめ合ったままなんて。おかしいですよ」


「ん、ああ、いや」



 怪物のこと、繰り返しのこと、帝国で騎士になったこと、竜の死骸探しのこと、全てを話した。


 信じてもらえたかまでは分からない。



「さっきも言ったが、2日後には立ち去る予定だ。集落に近づくつもりもない」


「姉御、どうします?」


「その調査とやらの結果、目的を達した場合でもか?」


「あ? いや、それは……」



 そういや、見つけた場合のことを考えてなかったな。


 やっぱ、掘り返して持って帰ろうとするんだろうか。


 いやまあ、普通ならそうするだろうな。



「2日後に立ち去らなければ、力尽くで追い出す」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。せめて相談させてくれ」


「以降、領内を出るまでの間は監視を付けさせる。これは決定だ、嫌とは言わせん」



 見付けようが見付けまいが、2日後には出てけってことかよ。


 もし見付けちまった場合、面倒なことになりそうだ。



「姉御、勝手に決めてしまっていいんですか? 首領に話を通したほうがいいんじゃ」


「むろん、首領にも全てお伝えする。構わんな?」


「……ああ」



 態々俺に確認を取るってことは、つまり念話の内容をってことだよな。


 まあ、念話も無しに信じられることも無いんだろうが。



「それと、これは警告だ。その娘を伴うならば、これ以上集落へは接近するな。接近を感知次第、総出で以て排除する」


「分かったよ」


「徹底させろ。次はワシも剣を止めることはしない。2人、監視に残れ。残りは集落へ戻るぞ」


「「ハイ」」



 挨拶もなく、先生は去って行く。


 と、急に立ち止まってこちらを振り返った。


 だけに留まらず、こちらに向かって来る。



「危うく忘れるところだった」



 何故か向かう先は俺ではなく爺さんのほう。


 すると、その頭を躊躇なく蹴り飛ばした。


 今度こそ立ち止まることなく去って行く。


 俺の話を聞いて、先生はどう思ったんだろうか。


 ちゃんと話をしたかった。


 念話という一方的な語りだったことが悔やまれる。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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