6 土魔術師を探せ
魔術には適性がある。
如何に魔術の資質があろうとも、あらゆる魔術が使えるわけじゃない。
先だって話をした彼の魔女ならば四大、つまりは史上最多となる土水火風の四属性が行使できるらしい。
但しそれは稀有な例に過ぎず、普通は1種類のみ。
エルフならば、生命魔術と呼ばれる種族固有の魔術に加えて、もう1種類以上の適性を有するとか。
獣人族であれば、逆に魔術適性が今のところ確認された例は無いらしい。
ともかく、俺の場合は精神魔術しか適性が無いわけで。
魔術による壁の建造に際し、土魔術を扱える者が必要不可欠。
他者を頼みとするのは主義に反するが、できないものはできない。
見つけ出し、故郷たる東区に連れて行きたい。
障害となり得るのは魔術局。
中等部へと進級してしまえば、強制的に魔術局入りが決定付けられてしまう。
特に将来の展望が無い者は、進級することで将来は確約される。
魔術の資質が無い貴族は、初等部修了時点で退学し、各々の実家へと戻ってゆく。
もっとも、家督を継げなかったり、家に居場所の無い者などはそのまま進級し、近衛兵や文官などとして王国に召し抱えられるそうだが。
探すべき人材は、土魔術が扱え、且つ、魔術局入りを望まぬ者。
「何です? ワタシに用でもあるのですか?」
このエルフの魔術適性は、生命魔術と風魔術。
よって不適格。
「何見てんのよ……ぶっ飛ばすわよ」
この狂暴なサイドテールは、そもそも魔術の資質が無い。
そもそも問題外。
どちらも役には立たない。
つうか、見てるだけで殴ろうとすんな。
猶予は、初等部在学中の5年間。
それまでの間に、都合の良い人材を見出さねば。
魔術基礎の授業中、それとなく物色してみる。
「ここ最近、挙動不審が過ぎます。さては悪巧みをしていますね」
「してねぇよ」
「では当然、理由も話せますよね」
「……おい、両手を向けて、何のつもりだ?」
「悪事と判じたら、即罰します」
魔術をぶっぱするつもりらしい。
魔術の授業中だからって、人に向けて使っていいわけじゃねぇんだが。
コイツが無言の行を食らいでもしたら、意思疎通が一切図れん。
「人材獲得に向けた調査ってとこだ」
「……商売でも始めるつもりなんですか?」
「取り敢えず、その手を下ろせ。教師が睨んでるぞ」
「仕方ありませんね。しかし、説明は続けてもらいますからね」
風魔術ぐらいならともかく、生命魔術を使われると厄介だ。
よっぽどの酷い怪我でない限りは、治癒魔術ではなく生命魔術にて治療される。
代謝や免疫機能の促進。
らしいのだが、やたらと腹が減るし、気怠いしで苦手だ。
さらには、治療にばかり使われるわけでもない。
植物を枯らしてみせるようなもんを使われたら洒落にならん。
「前に故郷の話をしただろ。壁を造りたいんだよ、壁を」
「確か、出身は東区でしたね。ワタシは南区出身ですし、実感が湧きませんが。それほどに酷い状況なのですか?」
「国境付近なんざ、廃墟どころか瓦礫しかねぇよ。寄り付くのは魔獣か戦士団ぐらいなもんだ」
「……王国は平和に思えましたが、地域によってそんなに違うものなのですね」
「西は帝国が処理もしてくれるが、東はそうもいかねぇ。一応は、獣人族が助けもしてくれてはいるがな」
俺もそうして、先生に助けられたクチだ。
「獣人……魔獣の片割れですか」
「──おい、その表現は止めろ。不愉快だ」
「しかし、魔獣の発生源なのは事実でしょう」
「獣人には恩人だっている。言いたかねぇが、何もしねぇエルフよか何倍も信頼できるぜ」
「……随分な物言いですね。撤回を要求します」
「ならまず、獣人への侮辱を撤回しろ。そしたら謝ってやんよ」
互いに無言で睨み合う。
悪いのは魔族のほうだ。
獣人は被害者に過ぎない。
「──そこの両名。今は授業中ですよ。私語は慎むように。次は罰則を科します」
いらん邪魔が入った所為で、碌に探せんかった。
東区で暮らす連中なら、誰しもが獣人に感謝してるはずだ。
北区はともかく、西区や南区は違うのか?
それとも、エルフだけの偏見なのだろうか。
「──あ、あのぉ」
あーくそッ、イライラするぜ。
最近じゃエルフの言動にも慣れてきたつもりだったが、さっきのは許せねぇ。
魔獣や魔族に対して、一番何もしてねぇのがエルフだろうによぉ。
大森林の引き籠りが偉そうにしやがって。
「──う、ウチの声、聞こえてますかぁ?」
……いや、アイツは混血だったか。
なら、引き籠り云々は関係ねぇな。
「──そ、そのぉ、さっき、獣人のお話をされてましたよね?」
「あ”ん?」
獣人だと?
また何か好き勝手言う輩か?
「…………こっちか。誰だオマエ」
耳が捉えた単語に反応し振り返った、が不在。
さらに視線を下げて、ようやく相手を視認する。
居たのは見覚えのない女子……だよな多分。
緑がかった髪色からして、魔術師っぽいが。
大して当てにもならん髪色判断をしてみる。
「じゅ、獣人がお好きなんですか?」
真っ直ぐ切り揃えられた前髪越しに、大きな目がこちらを見上げてくる。
……悪意って感じはしねぇな。
しっかし、こっちの質問の答えになってねぇし。
「か、可愛いくて、毛のモフモフ具合が堪らないですよね。け、けど強くて恰好良くもあって。ひ、東区の支店に行った時には──」
「おい待て落ち着け。いきなり捲し立てるんじゃねぇ」
「あ……あ、あのぅ、ご迷惑でしたか?」
「迷惑だ」
「はぅ⁉」
「だがまあ、獣人が好きだってのは十分伝わった。オマエはいいヤツなんだろうな」
丁度いい位置にあった頭を撫でてやる。
「はぅあ⁉」
コイツは俺以上に獣人愛が強いようだが。
どこぞのエルフよりは万倍もマシだ。
「是非とも獣人の良さを広く布教して回ってくれ」
うるさいのも確かなので、早々に離れる。
一見気弱そうな感じなのに、やたらと喋る奴だったな。
今日も今日とて、人材の物色。
しっかし教室内じゃ、誰がどの魔術を使えるのかさっぱり分からん。
演習場を使う授業内容じゃないと、判別はできそうにないな。
「また怪しい動きをしていますね」
「また来たのか。オマエなぁ、筆記免除ってことは、実技でしくれば進級できねぇんだぞ」
「しくる、とはどういう意味です? 侮辱ですか」
「しくるってのはだなぁ、しくじるって意味だ。要するに失敗するってこった」
「では、ワタシが実技を失敗するのではと、心配しているのですか?」
「いや別に、心配まではしてねぇけどな。オマエはいっつも授業中に自由行動が過ぎるって話をだなぁ──」
「ワタシたちエルフは、生まれながらに魔術が使えるのが当たり前です。極論を言えば、学院で魔術を学ぶ必要などありません」
「……は? だったら何で学院に入ったんだよ。強制ってわけじゃねぇんだろ?」
「母様に勧められたからです。読み書きができずとも、色々な事柄を学べる場があると」
……そう言う割には、真面目に授業を聞いてる様子を見かけねぇんだが。
「ワタシはこう見えて耳がいいのです。他事をしていようとも、授業内容は把握しています」
こう見えてって……見たままなんだが。
「──え、エルフさんの耳も、愛らしいですよねぇ。ぴ、ピョコピョコ動く様なんてもぅもぅ……」
「おや?」
「あん?」
「じ、実はですねぇ……そのお耳を触ってみたいなぁと、常々思っていたのです」
「もしかして、アナタのお知り合いですか?」
「あー、いや、まあ、なんだ。見覚えだけはあるな」
こないだのチビか。
獣人好きなだけじゃなく、エルフも好きだったのかよ。
コイツも同じ授業を受けてたってことはつまり、魔術師ではあったんだな。
「さ、先っぽ、先っぽだけでいいですから。さ、触らせてもらうわけにはいきませんか? 駄目ですか? どうしても駄目?」
「──オッホン! 以前に私語は慎むようにと注意したはずです。よって前言どおり、今回は罰則を科します」
……俺は被害者だと思うんだが。
「で? そのまま付いて来たってわけ?」
「ああ」
食堂にて、いつもの面子、にオマケが付いて来ていた。
「──で、ですから、獣人とは素晴らしい種族なのですよ!」
「──いえ、そもそも彼らが存在しなければ」
「で? 今は何を騒いでるわけ?」
「獣人談義」
「訳分かんない。エルフ耳の話じゃなかったの?」
「知らん。俺に聞くな。飯を食わせろ」
貴重な昼休みを、罰則の所為で削られてるんだ。
さっさと食事だけでも済ませたい。
「──わ、分かってない、全然分かってないですぅ!」
「──理解が及んでいないのは、アナタのほうです」
「ねぇねぇ、獣人って強いのよね?」
「モグモグ。あ? ま、そりゃあな。身体能力は人種随一だろうさ」
「なら、あの帝国騎士と比べたら? どっちが強い?」
「──ありゃ別格だ。獣人だってあんな馬鹿げた強さじゃねぇよ」
入学してすぐに見せられた、あの光景。
成体を一撃で斃すなんて芸当、如何に獣人といえどもできやしねぇ……はずだ。
如何に先生だって、あんな芸当はできまい。
もし獣人最強ってのがいるなら、あれぐらい強いのかもしれねぇが。
「それっておかしいじゃない。アレって人族だったわよね? 獣人よりも人族のほうが強いってこと?」
「俺に聞くな。母親にでも聞けよな」
「……お母様はお忙しいもの。些末事で時間を割いていただくわけにはいかないわ」
ったく、母親のこととなると殊勝だな。
普段でも、その一割ぐらい大人しくして欲しいもんだ。
「帝国騎士とは、それほどまでに強いのですか?」
「……急にこっちの話題に入ってくんなよ。つうか、見てなかったのか?」
「ワタシは途中編入ですから。例の院外学習とやらには参加していませんでした」
そういや、あの時にコイツを見た覚えがねぇな。
流石にエルフに気が付かないわけもねぇし。
エルフの入学とくれば学院──もとい魔術局としちゃ、喉から手が出るほど欲しい人材だろうしな。
途中編入とやらも可能なわけか。
「あ、アレは凄かったですよね! きゅ、急にボカーンってなって!」
「ふむ? 騎士が爆発でもしたのですか?」
「してねぇよ。したのは魔獣のほうだ」
「武器は何を使用していたか、分かりますか?」
「あー、何だったか」
「槍よ。けど、どう使ったのかまでは分からなかったわ」
「槍で爆発が起きたのですか?」
「爆発に拘るなよ。ただまあ、魔獣が弾け飛んだのは確かだけどよ」
「……惜しいことをしました。魔獣も騎士も、一目見てみたかったです」
「ねぇねぇ、エルフの伝承に、獣人より強い人族の話とか無いわけ?」
「そうですねぇ……該当しそうなのは、帝国建国時の逸話でしょうか」
「へぇ、どんなの? 聞かせてよ」
「何でも、初代皇帝は常人離れした強さを誇っていたとか。その絶大な力を揮い、現在の領土たる西側から魔獣を退け、帝国を興したそうです」
「そんな話、聞いたこと無いわね。それって千年近く前よね? エルフってそんなに長生きなの?」
「まさか。精々が200年ほどです」
「……それでも、結構な長生きだと思うけどね」
所謂、エルフの口伝ってヤツか。
如何に長寿のエルフといえども、帝国はおろか、王国の歴史分も生きれやしねぇ。
何世代にも亘って語り継がれてるってことを考えりゃ、話半分に聞いとくべきか。
「さて、そろそろ移動しましょう」
「そうね」
「は? くそッ、もう昼休み終わりか⁉」
何だかんだ話し込んでいて、まだ半分ほどしか食べ終えてねぇし。
エルフもチビも、小食なのか既に食事は終えていたようだ。
「次は戦闘訓練よね。食後にはさぞキツいでしょうね。ザマぁ」
このアマぁー!
態と話題を振りやがったな!
お目当ての人材は見つかった。
獣人好きでエルフ耳好きのチビは、土魔術の適性があるらしい。
向こうから寄ってくるとは実に好都合。
西区にある商家の次女らしい。
東区がどうたら言ってたのは、そっちに支店があるそうだ。
貴族でこそないが金持ち。
魔術局入りすれば、自由に獣人に会うこともままなるまい。
初等部を修了するまでの期間で以て、勧誘するとしよう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。