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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
八章 四周目 災禍の獣
67/97

56 黒竜

 皇帝との謁見が終わったその足で、全身黒づくめの騎士に先導されならが、城外へと出てゆく。



 ≪遮断ブロック



 精神魔術の中級。


 反射的に魔術を発動し、頭痛を防ぐ。


 城門へと続く道から逸れた先には、無味簡素な砂地が広がっていた。


 周囲を覆う壁こそ無いが、どことなく闘技場を彷彿とさせる。


 既に先客が居るようで、力強い声が響いてくる。



「止め」



 掻き消されそうなほど小さな声。


 だがしかし、動きと共に音まで静止する。



「整列」



 訓練の賜物か、一切の乱れも見せずに列が形成された。


 その顔触れには当然見覚えがある。


 卒業生の先輩たちだ。



「後ろへ並べ」



 ん? ああ、俺たちへの指示か。


 顔ぶれから察するに、学年別の横列になっているらしい。


 見よう見真似で並ぶ。



「おはよう」


「「おはようございます!」」



 おおぅ。


 空気の震えが伝わるほどの大声量が響き渡った。



「後ろ。挨拶が聞こえん。やり直せ」


「「おはようございます!」」



 雰囲気に呑まれたのか、自然と声が出た。



「揃ってない。やり直せ」


「「おはようございます!」」



 め、面倒臭い。


 騎士学校でも、ここまではやらなかったぞ。



「挨拶で1日を終えるつもりか。真面目にやれ」


「「おはようございます!」」



 もう何が気に入らないのかも不明瞭なまま、ひたすらに挨拶だけが繰り返される。


 こんなことをするために、此処に来たわけじゃあない。


 口を閉ざし、列から離れる。



「勝手な真似をするな」


「挨拶を習いに来たわけじゃあないんでね」



 冷ややかな視線が集中しているのが、確認せずとも分かる。


 悪目立ちなど今更だ、構いやしない。



「成体をたおせるようにしてくれるんだろ? そっちを頼む」


「協調性に欠けるな。騎士という集団に於いては致命的とも言える」


「アンタは集団行動をしたことあるのかよ。此処に籠りっきりじゃあないのか?」


「当然だ。皇帝陛下の守護こそが務め」



 コイツがあの決戦の場に現れてくれていたのなら。


 もしかしたら、戦況は変わっていたかもしれない。



「赤竜は持ち場を離れてまで助けてくれたもんだが、アンタは違うらしいな」



 他者を頼みとするのは心情に反している。


 それに目を瞑れるぐらいに、彼らの力は絶大だ。


 俺などよりも余程に。


 必要なのだ。


 こんな場所で温存など、今回はさせやしない。


 必ず引きずり出してやる。



「いったい何の話をしている。こうしている間も、皆に迷惑を掛けているのが分からないか?」


「時間が惜しい。挨拶なんぞにかまけてる暇は無いんでね」



 残りは3年。


 まだ、幼生体すらもたおせるとは言い難い。


 調査にだって駆り出されるらしいしな。


 訓練の時間を僅かも無駄にはできない。



「これが御子みことはな。随分と失望させてくれる」


「へえ、覚えてはいてくれたわけか」


「オマエの想像する以上に、御子みことは希少な存在だ。ともあれ、その為人ひととなりは個々に左右されもするようだが」


「……そうかい。なら、アンタも御子みこの感覚ってモノを味わってみるか?」



 ≪念話テレパシー



 精神魔術の中級。


 遮断を弱め、流れ込む声をそのまま伝えてやる。



『我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ』


「──がァッ⁉ なん、だッ⁉」



 頭痛に耐える。


 頭の中に手を突っ込まれ、グチャグチャに掻き回されているかのような不快感。



「まさ、か、これ、が──⁉」



 体が震え出したところで、念話を解除。


 遮断を強める。



「分かってもらえたか? どう考えても普通の状態じゃあない。アンタら、いったい何を仕出かしたんだ?」


「そうか……そうだったのか……これほどまでに……そうか……」


「どうした? イカれちまったのか?」


「フッ、貴重な体験をさせてもらった。その礼だ、特別に一戦だけ付き合ってやる」


「そうケチるなよ。もっと頼むぜ」


「それが叶うかどうかは、オマエの力量次第だ」






 互いに素手同士。


 防具も無い。


 条件は同じなわけだが、さて。


 赤竜の動きを見せられてから、まだ幾ばくも経過してはいない。


 一瞬で3体の成体をたおしてみせた。


 流石にあの速度には反応できやしない。


 銀髪の少女よりも速度は上だった。


 ならば、黒竜はどうか。


 爺さん曰く、騎士最強らしいが。



「先手は譲ろう」



 体格では赤竜よりも優れている。


 力だけなら、随一なのだろう。


 要するに魔獣と同じだ。


 当たれば即死。


 同様に、防御も優れているに違いあるまい。


 幼生体相手ですら、攻撃が通用しなかった。


 単純に考えて、勝てる道理は皆無。



「どうした? 実際に戦う覚悟を決めていなかったのか?」



 魔獣に通用した魔術は、試した限りでは念話のみ。


 今のところ、唯一の対抗手段と言える。


 より威力を向上できれば、攻撃手段としても使える可能性はある。


 厄介なのは環境。


 此処では遮断に魔力を割かなければならない。


 全力使用は無理だ。


 試すならば城内限定。


 もしくは、城から離れた場所か。



「呆れた奴だ。自分から言い出してお──」



 言葉の途中を狙い、真正面から全速力で突っ込む。


 当然、容易く反応される。



 ≪念話テレパシー



 精神魔術の中級。


 僅かに干渉するだけで、明らかに相手の動きが鈍った。


 先程味わった感覚は、そうそう克服できるはずもない。


 勢いそのままに、みぞおちへと掌底を叩き込む。


 しかして、相手は微動だにしない。


 何と形容すべきだろうか。


 水面を叩いたような感触が、近いと言えば近いのか。


 衝撃が奥に伝わらず、四散したのを感じる。



「軽いな。今のが全力か?」



 太い幹のような腕が直上より振り下ろされる。


 すぐさま回避。


 だけでなく、回し蹴りで股の急所を狙う。


 が、片足を動かしただけで容易く避けられてしまった。


 避けるということは、先程のような防御はできないわけだ。


 狙うならばこちらか。



「素早さは中々だ」



 今度は蹴りが迫る。


 十分避けられる速度だ。


 それでも念の為、一旦離れておく。



「慎重だな。冷静なのは悪くない」



 相手が腰を落として身構えた。


 何かの予備動作。


 さらに距離を取る。



「攻撃は見た。素早さも見た。次は防御を見せてもらおう」



 予想に反して、接近しては来なかった。


 見舞われたのは風。


 風圧。


 いや、拳圧か。


 こちらに対して拳を振るってみせただけ。


 ただそれだけで、体が浮かされ吹き飛ばされた。


 そのままの位置から、拳打が連続する。


 体が宙に浮かされたまま、身動きが取れない。


 回避不能。


 どうにか腕を交差させ、防御に努める。


 伝わる衝撃が徐々に威力を増してきている。


 これはマズい。



 ≪念話テレパシー



 精神魔術の中級。


 遮断を弱め、再びあの声を聞かせる。



『我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ』



 なおも攻撃は止まない。


 威力は増すばかり。


 さっき怯んで見せたのは、態とだったのか⁉


 自滅覚悟で、さらに遮断を弱める。



『我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ』



 激痛に耐える。


 それでも攻撃が止む気配はない。


 これでもダメか!


 堪らず念話を解除し、遮断を強める。


 くそッ、念話に拘り過ぎた。


 他の魔術を使って、どうにか逃れなければ。


 腕の感覚がもう……。



「まだ意識を保っているとは、頑丈さも取り柄というわけか」



 途端に拳打が止んだ。


 受け身も取れず地面へと倒れ込む。



「驚きだな。常人以上の体なのは確からしい」



 声と共に足音が近づいてくる。



「それで、続きはどうする」


「も、ちろ、ん、やる、に、決まっ、てる」



 感覚の失せた腕は、体を起こす役を果たさない。


 代わりに腹と脚で以て、どうにか上体を起こす。



「なるほど。意志も見上げたものだ。いいだろう。明日も立ち会えたならば、相手をしてやる」



 不意に担ぎ上げられた。



「少し外す。新入りに指導しておけ」


「「ハイ!」」



 そのまま連れてゆかれる。



「おい、何、のつも、りだ」


「明日からの訓練に備えて、今日は休んでおけ」


「ふざけ、るな。もど、れ」


「今日無理して明日を無駄にするつもりか?」



 くそッ。


 まるで歯が立たなかった。


 さっきは何をされたんだ?


 どうして念話は通用しなかった?


 どれほど強いのか、俺では測れやしない。


 何としてでも、コイツを決戦の場に引きずり出してやる。






 意外にも、騎士1人1人に対し、城内に個室が与えられているらしい。


 正直有難い。


 一日中遮断を維持するのは、かなり消耗させられる。


 窓の外は明るい。


 もうすっかり夜のはずだが。


 コンコン。


 控え目なノックが聞こえてきた。


 コンコン。


 少し間を空けてから再び。


 コンコン。


 まさか、何らかの反応をしないと、ずっと続いたりするのか。



「鍵は開いてる。好きに入ってくれ」


「それでは、お邪魔しますわ」



 ん? この声は──。


 ベッドから上体を起こして扉を見る。


 そこに立っていたのは、やはりと言うべきか、少女の取り巻きの1人。



「お久しぶりですわね。お元気……とは言い難いですわよね」


「まあな。そっちはどうだ? 他の連中も元気にしてるのか?」


「ええ、それはもう」


「持ってるのは食事だよな。まだ食べてなかったのか?」


「ワタクシは既に済ませましたわ。これはアナタの分。食堂にお見えにならなかったので、こうして訪ねて参った次第です」


「悪い、気を使わせたみたいだな。椅子なり何なり、好きに使ってくれ」


「是非、もっと反省してくださいまし」


「……おいおい」


「まったくもう、来て早々無茶が過ぎますわよ」



 無茶とは、黒竜との一件を言っているのか。



「あんな無意味な挨拶なんぞ、そう何度もやらされて堪るかよ」


「相変わらずですわね」


「1年程度じゃ、何も変わらないだろ」


「あれからもう、1年も経ったのですわね。月日が経つのは早いものです」


「そういや、例のお姉様は別の場所に移ったらしいな」


「揶揄うのはお止めになって。確かに、お姉様は既に別の任地へと赴かれましたわ。今も変わらずお過ごしならば、国境警備に就いておられるはずです」



 なら、赤竜と同じってわけか。


 もしかして、赤竜が助けに来たのも、他に任せられる奴がいたからだったのか?



「お姉様はひと月も経たずに、あの黒竜様を倒してしまわれたのですよ」


「……そいつは凄いな」



 まだまだ強くなってるわけか。


 随分と差が開いちまったらしい。



「コホン。それは一先ず脇に置いておきましょう。今すべきなのは、何故あのように無茶な真似をしたのか、というお話ですわ」


「食事を持ってきてくれたんじゃなかったのかよ」


「ワタクシの質問に答え終えたら、食べていただいても構いませんわ」



 やれやれ。


 正直、あまり食欲はないんだが。


 態々こうして訪ねて来てくれたわけだしな。


 仕方がない、話に付き合ってやるとするか。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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