55 騎士学校卒業
恙なく卒業式が終わり、王国から来賓として出席していた局長と言葉を交わす。
「卒業おめでとう。そのうえ首席でなんて。見知らぬ土地で独り、よく頑張りましたね」
「ありがとうございます」
「王国としても、そしてもちろんワタシ個人としても、誇らしい限りです。今後、交換留学が活発に行われる切っ掛けにもなることでしょう」
もしも本心での発言なのだとしたら、割と不安である。
補足しておいたほうが良さそうだ。
他の耳目を考慮し、口頭での指摘は避けておくか。
「後進たちの一助となれたのであれば幸いです。しかしながら、学院とは制度の違いもありますし、人選には十分な配慮が必要かと思われます」
≪念話≫
精神魔術の中級。
『局長、卒業試験は幼生体との実戦です。余程の実力者でない限りは、実施は控えるべきかと』
すかさず念話で本心を伝えておく。
「……なるほど。実際に体験したアナタの意見は貴重ですからね。できれば詳しくレポートとして纏めて──」
「ゴホン。ご歓談中のところ失礼しますじゃ、宮廷魔術師殿」
爺さんが何の用だ?
「……いえ、構いません。何かご用でしょうか、ドクター?」
「序列上位の卒業生は、急ぎ城へと出立せねばならぬ身ゆえ、どうか、お話は手短に願います」
「お言葉を返すようですが、この者は王国民です。帰国もさせず、帝国に帰属させようなどとは、まさかいたしませんわよね」
局長?
事前に騎士に成ることは了承済みのはず。
だってのに、今更何を言い出してるんだ?
「これは異なことを仰いますな。騎士学校の卒業生は、全員が帝都の居住権を得ることを失念されておられるようじゃ」
「権利と義務は同義ではないでしょう」
「王国民が帝国に仕えられるんじゃ。光栄に思うことこそあれ、いったい何を不満に思うことがあろうか」
「既に貴国から留学した生徒は帰国させております。だと言うのに、我が国の者のみを強制的に徴兵するおつもりですか?」
「ちと言葉が過ぎるのう。王立学院がどのような進路を用意しておるのかは存ぜぬが、騎士学校に於いては明々白々。須らく帝国に尽力すること。よもや、知らぬとは仰るまいな?」
結局、その後も険悪な雰囲気のまま、城へと移動することになった。
去り際、局長から密やかに何かを手渡される。
この手紙は、人目のある場所では読まないように。
また、読み終えたら必ず処分してください。
副局長を供とできなかったため、このような手段での伝達となりました。
現状、魔石の集積に努めるため、北区や東区に於ける魔獣討伐の依頼を継続して要請しています。
加えて、戦力の拡充のため、2案を実行中です。
1つ目は戦士の育成。
戦士団の方をお招きし、学院の卒業生でもある衛兵や学院の生徒への鍛錬を。
2つ目は魔術師の増強。
初等部で卒業してしまった者を対象に、中級魔術の習得を。
魔術局の局員に対しては、上級魔術の習得に努めてもらっています。
万端とまではいきませんが、それでも準備は整いつつあります。
ですからどうか、帝国での無茶な行動は控えてください。
万が一の場合は、許可を得ずとも無理矢理に帰国して構いません。
副局長共々、アナタの無事を心より願っております。
宿の一室にて、手紙を読み終える。
準備が進んでいることは喜ばしい限り。
だがしかし、局長は生徒まで動員するつもりなのか?
それでは意味が無い。
折角距離を置いたというのに、かつての仲間が巻き込まれてしまう。
あの惨劇を避けるべく、今もこうして行動しているというのに。
ただ怪物を斃せれば良いわけではないのだ。
大事な人たちが無事でなければ、意味が無い。
最善の結果を得られるまで、この繰り返しを続ける?
必ず次があるかも分からないのにか?
いや、そもそもが無理な話だ。
先生は常に最前線で戦ってもいたのだろう。
マザーに関しては、もうずっと何もできてやしない。
安否の確認すら怠ってる始末。
仲間たちはどうだ。
獣人の子供はどうなった。
局長や副局長を、次も守れるのか。
騎士学校で知り合った連中はどうする。
全員を安全な場所に避難させておくなど不可能だ。
果たして、あの戦場で全員を守り切れるのか。
頭の中がグチャグチャになってゆく。
ああクソッ。
どうすれば上手くいくんだよ。
馬車に揺られつつ、窓の外をぼうっと眺める。
「随分と浮かない表情じゃな」
「……別に」
「何ぞ、故郷が恋しくでもなったか。あの魔女めが。余計な真似をしおってからに」
「そういうわけじゃない」
「ならば良いのじゃがな。これからは帝国民として、より一層尽力してもらうぞい」
「これ以上何をしろって? 調査は終わったんだろ」
「戯け。終わったのは帝国領だけじゃ。城である程度の教育を終えたら、王国領、エルフ領、獣人領、魔族領と、順に調査を進めねばなるまいて」
そういやそっちもあったな。
ええっと確か、エルフ領に関しちゃ、何か思いついたことがあったはずなんだが。
「嬢は既に城での教育を終え、他の任に就いておるしな。呼び戻すにせよ、時間が必要じゃ」
「その教育ってのは、具体的にどれぐらい掛かるもんなんだ?」
「つまるところ、単なる訓練じゃでな。一定以上の強さを備えておれば、不要ですらある」
「業務とかを教わるってわけじゃないのかよ」
「無論それもある。じゃが、城に於ける騎士の業務なぞ、警備以外にないでの」
訓練ね。
それはまあいい。
もっと強くなれるなら、それに越したことはないしな。
「指導するのは騎士最強と名高い黒鉄じゃでな。卒業試験のように生温くはないぞい。精々覚悟しておくことじゃ」
黒鉄ってのは確か、黒竜のことだったよな。
「覚悟ってのは、どういう意味だよ?」
「試験に際して、事前に成体を間引きしておるからのう。今度は、その間引きする側が相手というわけじゃて」
……ああなるほど。
卒業試験が幼生体の討伐ってのは、そういう仕込みがあったってわけか。
「正規兵ともなれば、成体如きに後れを取るようでは務まらん」
「へぇ……そいつは願ったり叶ったりだ」
「よう抜かしおるわ。赤銅めが駆け付けなんだら、全滅しておったと聞き及んでおるがのう。間引きしたはずの成体を、よくもまあ集めおってからに。備えておいて正解じゃったわい」
しゃくどう?
話の流れからして、赤竜のことか?
「なら、赤竜は爺さんが手配したってわけか?」
「左様。貴重な御子をみすみす失うのは避けたいからのう」
「そうか。なら一応礼を言っておくべきか。お蔭で助かった」
「良い心掛けじゃな。いずれは国境警備の任に就くこともあろう。その際は、其方が成体を相手取る番じゃて」
騎士は成体も相手取れるだけの強さってわけか。
まあ流石に、単独ってことではないんだろうが。
「……やはり妙じゃな」
「どうかしたのか?」
「もう城まで程近いというに、頭痛はせんのか?」
そういや、無意識に遮断を使ったかもしれない。
「俺が魔術師なのを忘れたのか? 対策ぐらい講じるさ」
「干渉を防げるのか⁉ どうやっておるんじゃ⁉ 詳しく説明せんか!」
「おい、詰め寄るな、気色悪い!」
「何じゃと、この無礼者めが! いやいや、そんなことはどうでも良い。さぁ、早う聞かせい!」
……これはマズったか?
念話を知られたくはない。
遮断だけを上手いこと説明しないとな。
「……ううむ、魔術も中々に侮れんわい。もそっと交換留学生を増やすべきかもしれんのう」
「魔術の資質が無ければ、魔術は使えないんだぞ?」
「そのような初歩的なことなぞ、言われんでも分かっとるわい。別段、こちらが用意する必要も無し。向こうが魔術師を寄越せば事足りるでな」
「おい、魔術師を実験にでも使おうって話なら、見過ごせないぞ」
「其方がか? 如何にしてみせる?」
「実験云々は否定しないんだな。そうかいそうかい、そいつは残念だ」
遮断を維持したまま、他の魔術を使うってのもキツイんだがな。
「──ドクター、間も無く到着します。下車のご用意を」
「うむ」
箱馬車の外、御者だか騎士だかから声が掛かった。
チッ、タイミングが悪過ぎる。
これでは、暗示を掛けるにも時間が──。
「ほれ、どうした。何もせんで良いのか?」
このジジイ。
素早く頭を掴み魔術を行使。
≪睡眠≫
≪暗示≫
精神魔術の初級と中級。
連続して発動する。
遮断が弱まり、頭痛が生じ始める。
城まではもうすぐ。
今は耐えろ。
「魔術への興味を失え。魔術師へ一切の干渉をするな」
馬車が停止する前に、爺さんを叩き起こす。
「──うがッ⁉ な、何じゃいったい⁉」
「よう爺さん、もうすぐ城に着くらしいぜ」
またこれかよ。
いつだか訪れた、広い浴室、いや浴場か?
前回とは違って、今回はこちらの人数も多い。
城へと連れて来られたのは、俺だけではなく、序列上位の卒業生が30名余り。
「お召し物を──」
「世話なら俺以外の奴に頼む」
状況に理解の追い付いていない連中を尻目に、早々に服を脱いで湯に浸かる。
正式に騎士になるための式典だか謁見だかが、この後にあるらしい。
こういう行事ってのは苦手だ。
さっさと済ませるに限る。
前回とは違って、謁見の間では多くの人が待機していた。
想像以上に、ちゃんとした式だったらしい。
流石に緊張を強いられる。
見覚えの無いオッサンが、何やら長い演説だかを続けているのを、顔を伏せ、跪きながら聞き流す。
「──では陛下。新たに騎士に叙されたこの者たちへ、お言葉を賜れますでしょうか」
「相分かった。余への拝謁を許す。面を上げよ」
同期の連中が顔を上げるのを横目で確認し、少し遅れて顔を上げた。
壇上の椅子に腰かけていたのは、ゆったりとした豪奢な服に身を包んだ金髪の若い男。
金髪ってのは珍しい。
いつだったか、見かけた覚えがあったような。
「よくよく目に焼き付けておくがいい。これより生涯を懸けて尽くす主の姿をな」
これが皇帝か。
確かに、余人には無い妙な迫力がある。
「……どういうわけだ。余への言葉が未だ聞こえてこぬようだが」
「何をしておるか! 陛下に平伏し、御礼せぬか!」
やれやれ、面倒なことだ。
派兵させるにあたり、皇帝を操るのが最も効率的。
それには、手前に控えている黒竜の存在が厄介に過ぎる。
敵対はしたくない。
これからの訓練で、どういう人物なのかを見極めるとしよう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




