54 卒業試験
3年生に進級して以降、休校期間中の調査がパッタリと行われなくなった。
どうにも、帝国領内は調べ終わったらしい。
他の地域に関しては、卒業後に実施するとのこと。
月日は流れる。
銀髪の少女と取り巻きたちが卒業してから早一年。
万年序列2位から、ようやくの1位になったり。
訓練相手が居なくなったと思いきや、後輩連中に指導するという謎習慣が実施されたりと。
些細な変化があった。
そうして迎えた今日。
ようやく雌伏の時が終わりを告げる。
卒業試験。
帝都を離れ、目指すは魔族領。
魔獣討伐という実戦が開始される。
個人ではなく、序列上位者を班長とした班単位で魔獣を討伐するというもの。
これを見越した上で、授業では集団演習が実施されていたわけだ。
とはいえ、だ。
班員どころか、俺を除いた全員が、魔獣を見たことすらないわけで。
端的に言えば、ビビり散らかしていた。
動きを止めてなお、着込んだ鎧がカタカタと音を鳴らし続けている。
震えているのだ。
誰も彼もが。
そして、俺ですらも。
一面に広がるのは、乾いて罅割れた荒地。
魔族領に足を踏み入れたことなど、あろうはずもない。
未知の領域。
最も接近したのは、北壁まででしかない。
いつ、何処から現れるとも知れない、魔獣への恐怖。
自然と足は重くなり、遅々として進みはしない。
騎士学校に於ける死傷者は、この卒業試験こそが主だった原因。
帝都に住まう卒業生たちは皆、この試験を生き延びた猛者揃いというわけだ。
王国と雰囲気が異なっていたのも頷ける。
何せ、王国で言うところの、討伐組と同等なわけなのだから。
この試験を越えれば、ようやく先生の隣に。
いや、その背後ぐらいには追い付けるだろうか。
定期試験で幾度となく戦った先輩たち。
彼ら彼女らもまた、踏破してみせた道。
後に続いてみせる。
揺れる。
体ではなく地面が。
素早く手振りで以て行軍停止を指示。
が、視界内に肝心の敵影は無い。
岩などの遮蔽物が無いでもないが、あの巨体を隠せるほどの大きさではない。
何処からか見られてる?
いや、それならばあの途轍もない恐怖を覚えるはず。
頭の中で30ほどを数えてみたが、何も起こらない。
気にし過ぎか?
手振りで行軍の再開を促す。
数歩も進むと、再び地面が揺れる。
行軍停止。
やはりと言うべきか、敵影は皆無。
それでも、揺れてる原因があるはず。
揺れてる以上は、地続きの何処か。
もしくは──。
──地面の下か。
思い出すのは、魔術局でのこと。
震源に近いほど揺れは強くなるはず。
揺れたのは僅か。
地面のそこかしこに亀裂。
とはいえ、魔獣が潜む隙間どころか、人ですら入るまい。
だがしかし。
此処には渓谷が数多くあると聞いた。
デカい裂け目で待ち伏せでもしてるのか。
それとも、裂け目に落ちて身動きが取れないとか?
……楽観が過ぎるか。
盾を振りかぶり、思いっきり地面へと投げつける。
激震と破砕音。
次いで、至近の地面が爆ぜた。
その数2。
だが、感じる気配は3。
下にまだ居る。
飛び出してきたのは、俺の2倍ほどの幼生体。
形状や行動から察するに、通常個体ではなくキメラ型。
厄介なのは、地中に潜む個体か。
密集していると、直下から一撃でやられかねない。
かと言って班員の技量では、迎撃どころか防御すらままなるまい。
素早く地上の2体を無力化して、地中のを引き摺り出すべきだ。
「槍!」
「は、ハイ!」
投げ渡された槍を手にするなり、1体へと全力で投擲。
「もう1本!」
「どうぞ!」
もう1体へ向け、同じく投擲。
……チッ、硬いな。
どちらも無傷。
槍は突き刺さるどころか、弾かれてしまった。
良くないな。
俺の攻撃が通用しないなら、班員じゃあ言わずもがな。
力不足を痛感する。
5年分の成果がこれかよ。
情けない限りだぜ。
「は、班長。これからどうすれば」
「アレは俺がどうにかする。下手に動かず、周囲を警戒しとけ。地中にもう1体潜んでる」
2体の間へと移動する。
見た目からして、同じ親から生まれた個体だろう。
ならば、有する攻撃力も防御力も、同等に違いあるまい。
連続する攻撃。
それらを危うげなく躱してゆく。
素早さではこちらが勝り、攻撃と防御では敵が勝る。
互いを攻撃させるよう位置取りを調整してみるが、どうにも上手くいく気配がない。
まあここまでは想定の範囲内。
こっからが実践の場だ。
1体を指差す。
≪セット Α《アルファ》≫
≪指人形≫
精神魔術の中級。
が、指は光っていない。
ダメか。
残念ながら、操れたりはしないらしい。
地中の気配が動く。
今の魔術に反応したか?
だが、未だ出てくるつもりは無いらしい。
ならばと、次を試す。
≪昏睡≫
精神魔術の中級。
地上の2体に限定し発動。
が、攻撃は止まない。
これも失敗か。
地中の気配が強まる。
接近してきてはいるらしいのだが。
……どうにも嫌な感じだ。
幼生体ではないかもしれない。
ともあれ、次の試し。
≪暴走≫
精神魔術の中級。
これも地上の2体に限定し発動してみるが、行動に変化は見受けられない。
悉くが失敗か。
対象を限定し魔力を節約しているが、使い過ぎれば眠気が襲ってくるわけで。
そうなれば詰みだ。
全滅する。
正直なところ、班員に大した思い入れもない。
最終学年となった今、俺に対して風当たりが強いのは、最早同級生たちのみ。
風当たりというのは、表現が相応しくないのか。
危険人物、問題児、厄介者、異物、等々。
そんな雰囲気。
連中のために体を張る義理も義務もない。
あーいや、義務はあるのか。
班長だし。
益体もないことを考えつつも、攻撃を避け続ける。
どんどんと地面が変形してゆく。
その質量と攻撃によって。
崩落。
遂に限界を迎えた地面。
魔獣諸共に落ちてゆく。
途端に強まる気配。
息が詰まり、全身の血の気が引いてゆく感覚。
体が動きを止める。
覚えがある。
恐怖。
死の予感。
──それに抗う。
≪勇敢≫
精神魔術の初級。
恐怖を振り払う。
暗い暗い穴の底。
こちらを仰ぎ見るのは、魔獣の成体。
頭上から僅かに差し込む光で、魔獣が口を開いたのが分かった。
幼生体ごと喰らうつもりか。
悪食なことだ。
とはいえ折角だ、幼生体の処理は任せるとしよう。
幼生体の上に乗り、タイミングを合わせる。
巨大な口が閉じゆく間際、全力で跳び上がる。
「GRAAAAAAAAAA!」
凄まじい咆哮を上げながら、背後から迫る気配。
焦燥に駆られつつも、どうにか壁を登り切り、地上へと帰還を果たす。
その直後、巨躯が地上へと這い出してきた。
光の下に晒し出された姿は、先程まで相手していた幼生体とは姿形が異なっていた。
アレらの親ではなかったのか。
頭部にはその殆どを占める巨大な口。
縦長の胴体からは、足が無数に生えている。
正しく異形。
キメラ型。
近しい動物は思い浮かばない。
班員たちとは魔獣を挟んで反対側になるよう、素早く位置を変える。
≪念話≫
精神魔術の中級。
最大出力で以て、叩き込む。
「AHHHHHHHHHHHHHHHHH!」
響き渡る絶叫。
なるほど、これなら成体相手だろうと効果があるってわけか。
──ってマズッ⁉
全力で横へ跳び退く。
足先を巨体が掠めていった。
結構な距離を取っていたはずだが、一瞬で詰められた。
素早さでも相手が上回ってみせる。
伊達に足の数が多いわけではないらしい。
追い駆けた視線の先、地響きを轟かせつつ旋回してゆく巨体。
再び突撃してくるつもりか。
もっと横に移動しないと、班員を巻き込みかねない。
さらに移動しようとした足が止まる。
……おいおい、マジかよ。
視界に収まる限りで5体の幼生体。
さらに良くないことに、班員のほうにも2体が迫っていた。
しかも、大きさから判断するに成体。
これは助けられないな。
何せ、俺よりも成体のほうが速い。
魔術を使えば誘き寄せられるか?
だが、その後はどうする?
成体3と幼生体5。
手に負えるわけがない。
それでも、何かしなければ。
新手は動物の似姿をしていることから、通常個体と推察できる。
ならば、攻撃が通用する可能性はある、か。
進行方向を、班員へと迫る成体へ変更し、全速力で駆けだす。
背後、既に地響きが強まっているのを感じる。
……間に合うか?
≪念話≫
精神魔術の中級。
成体の1体へ向け、全力投射。
「AHHHHHHHHHHHHHHHHH!」
標的の足が止まる。
が、もう1体はそれに構わず班員を目指して突進している。
≪念話≫
精神魔術の中級。
もう1体へ向け放つ。
「AHHHHHHHHHHHHHHHHH!」
どうにか足が止まった。
背後の気配が強まる。
確認を後回しにし、全力で横方向へ離脱。
しかし、幼生体が至近まで迫っていた。
成体よりかは幼生体のほうが幾分もマシ。
構わず突っ込む。
生じる違和感。
背後の気配が離れていない。
咄嗟に振り返る。
突進の方向を調整したのか、真っ直ぐこちらへと向かって来ていた。
マズいマズいマズいマズいマズい!
距離が近過ぎる。
もう横へ逃げるのは無理だ。
殺到する幼生体へと急ぎ跳び乗り、そこから大跳躍。
一瞬遅れて眼下を通り過ぎる巨体。
どうにか幼生体は一掃できたものの、残りは成体が3。
いやホント、どうしたものか。
「いや~、まだ生きてるとか凄いね~」
と、緊張感が微塵も含まれていない、間延びした声が聞こえてきた。
「他を助けてたら遅れちゃったよ~。ゴメンね~」
この声。
聞き覚えがある。
あり過ぎる。
いつの間に現れたのか。
全身赤尽くめの男が、すぐそばに立っていた。
「試験の相手は幼生体だよ~。成体はまだ無理だろうからね~」
姿が掻き消える。
すると、3体の成体の頭部が連続して爆ぜた。
「後さ~、奥に来過ぎだね~。もっと国境側に戻ったほうがいいよ~」
辺りを見回しても、もう影も形も見えやしない。
だが、あれは確かに赤竜だった。
見間違えるはずもない。
引率してきた教師が言ってた保険ってのは、このことだったのか。
緊張が緩む。
危ういところだった。
強くなったつもりでいた。
もしかしたら、成体相手でも戦えるかもと。
現実はどうだ?
未だ届きもしない。
逃げるのが精々だった。
情けない。
ゆっくりと足を動かし、班員の下へと向かう。
結局のところ、戦力足り得るのは竜を冠する騎士だけなのか。
騎士を全て動員しようとも、魔獣に如何程抗えると言うのか。
実際こうして魔獣と戦ってみて分かること。
魔獣は強い。
強過ぎる。
加えて、数も多い。
本当に、このままで勝てるのだろうか。
どうしようもなく不安が増してゆく。
結局、試験が終わってみれば、死者こそ出なかったものの、負傷者多数。
唯一の例外は俺の班で、負傷者無し。
まあ、死にかけたのも、この班だけのようではあったが。
ともあれ、試験は終わったのだ。
ようやく学校を卒業できる。
これからは、怪物を斃すため、あらゆる手段を講じなければ。
誰を彼をも巻き込んで。
大事な人たちを守るために。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




