SS 少女育成計画?
帝国西部。
農耕と畜産が盛んなこの地域は、今まで見た中で一番自然豊かな場所だった。
これだけ人工物が少なく、また、遮蔽物の無い光景というのも珍しい。
ただただ見入ってしまう。
此処には求めて止まない平和があった。
同じ世界に魔獣という脅威が存在していることなど、想像もできないほどに。
こんな場所に、マザーたちを移住させてあげられたのなら。
もうどれほどの期間、会えていないんだったか。
この感覚は、俺だけのものに過ぎないことは分かってる。
分かってはいるが、それでも、俺を知る人々から忘れ去られてしまったかのようで。
寂寥感が、どうしようもなく胸をつく。
「何をぼさっとしておるんじゃ。日が暮れてしまうぞい」
「……ああ、分かってる」
まだ会えやしない。
けどいつか、怪物を斃すことが叶ったならば。
今度こそ、あの廃墟の中から助け出そう。
日が沈み、どうにか宿へと戻って来られた。
数日はこの宿を拠点として行動することになるようだ。
探しているのが地下だからか、想像以上に細かく調査をするつもりらしい。
「ではな。明日は日の出と共に出立するぞい」
早々に食事を終えると、一方的にそう言い放ち、部屋へと入って行く。
今回、護衛の騎士は居ない。
爺さんと、少女と、御者と、俺の4人きり。
贅沢なことに、御者も含めて、1人1部屋なのはありがたい。
爺さんに構わず、のんびりと食事にありつく。
っと、いかんいかん。
折角の機会を活かさずにどうする。
少女と二人きりという状況は、極めて稀と言える。
学校では、訓練中も取り巻きが離れやしないしな。
強くなることとは別にして、少しでも意思疎通を図っておきたいところ。
「なあ、此処らに来たことあるのか?」
「命令?」
ホント、ある意味ブレない奴だな。
雑談するのも一苦労だ。
「頼む、少し雑談に付き合ってくれよ」
「了解」
「で、来たことあるのか?」
「無い」
「じゃあ、ずっと帝都暮らしだったのか?」
「そう」
「あー、えっと、何だ……そうそう、騎士学校では随分と人気者みたいだな」
「人気者?」
「ああ、取り巻き──っと、友人たちと一緒にいるところをよく見かけたからな」
「友人?」
「違うのか? 特に女子連中から慕われてるように見えたが」
「他人と友人の違いは何?」
「あ? そ、そうだな……」
同じような遣り取りの中、少し違った反応に戸惑ってしまった。
つっても、俺も言うほどいやしないんだが。
仲間といたのも、もう随分と昔のことだ。
微かな記憶を手繰るようにして、何とか言葉にしてゆく。
「対立関係にない、よく会話や行動を共にする相手、とかじゃないか。とはいえ、これが正解かは分からないがな」
「会話はしない。付いてはくる。これは友人?」
「う、うーむ、どうだろうな。オマエが相手を嫌っていないなら、そう呼んでもいいとは思うが」
会話もしてないのか?
はて、どうだったか。
思い返してみても、会話している場面が中々出てこない。
取り巻き連中からは、話し掛けてたようにも思えるんだが。
「好悪はない」
こうお、ってのは好き嫌いって意味か?
好ましく思っていないのは微妙だが、嫌っていないだけマシか。
「なら、何か会話してやればいいんじゃないか。きっと喜ぶと思うぞ」
「何故?」
「何故って、そりゃあ──」
奇妙な遣り取りは続く。
何かこの感じ、随分と懐かしいな。
あれはそう、ようやく言葉を話せるようになった獣人の子供と、こんな遣り取りをしていたような。
とはいえ、この少女ほど手は掛からなかったが。
本当に懐かしい。
あの子は今、何処でどう過ごしているのだろう。
俺は、助けてやれたのだろうか。
他の連中も、学院で仲良くやれてるといいが。
もう二度と、アイツらとは関わることもあるまい。
どの道、アイツらにとって今の俺は、見知らぬ他人に過ぎない。
それがどうにも、寂しくはある。
だが、たとえどう思われていようとも、アイツらを、マザーを、先生を、助けてみせる。
そのためだけに、俺は──。
少女を含めた帝国の騎士たちを、戦場へと導くのだから。
休校期間が明け、無事進級を果たし。
新たな学校生活が始まった。
そうして、少女たちの様子をよくよく観察してみる。
うーむ、どうなんだろうか。
以前に比べれば、少女が言葉を発しているようには見受けられる。
アレを会話と呼べるかは、議論の余地がありそうだが。
「……妙な視線を感じると思えば、何か御用でもありまして?」
「あ? いや、そういうわけじゃあないんだが」
「また随分と挙動不審ですわね……皆さん、確保してくださいまし!」
「わっかりましたー」
「かしこまり~」
「さあ、大人しくするんだ」
「なッ⁉ おいこら、放せっての!」
くそッ、何でこういう時だけ、こんなに力が強いんだよ。
「おや? おやおやおやおや? キミぃ~、結構いい躰してるねぇ~」
「だよねだよね。着やせするタイプなのかな」
「へぇ、意外だね。どれ、お姉さんに見せてみなよ」
「アホか! 脱がそうとするな!」
「ちょ、ちょっと皆さん⁉ 何をなさっていらっしゃるんですの⁉ お止めなさい!」
「え~、いいじゃん、減るもんじゃないんだし~」
「ですです。見るだけ見るだけ」
「ほほぅ、これは中々……」
「お・や・め・な・さ・い!」
「うひぃ⁉」
「きゃッ⁉」
「おっと、ゴメンゴメン、やり過ぎちゃったかな」
拘束が緩んだ隙に、全員を放り投げる。
「え、あ、ちょーーーッ⁉」
「きゃーーーーーッ!」
「おや、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないかーーー」
乱れた着衣を整え、ギッと睨み付ける。
やる側が男であれ女であれ、またやられる側が男であれ女であれ。
無理矢理は良くない。
それがよーく分かった。
「申し訳ございませんでした。まさかあのような不埒な真似をするなんて、思いも寄りませんでしたもので」
「次は埋める」
「じょ、冗談だってば~。そんな、怒んないでよ~」
「スキンシップ、スキンシップ」
「女の子の柔らかい体も捨てがたいが、男の子のがっしりとした体もまた……いい」
ったく、何て女子共だ。
養護院の子供たちが、随分と大人しく思えてくるぜ。
「ん」
「うおッ⁉」
「お姉様まで⁉ 何をなさっていらっしゃるんですの⁉」
突然上半身の服を捲られ、腹をマジマジと覗かれている。
「お姉様、大胆!」
「キャーキャー、そのまま脱がしちゃえー」
「ぐはぁッ⁉ こ、これはッ⁉ 少女の異性への目覚めの瞬間を目撃しているのかッ!」
「普通」
どことなく残念な声色で、服から手を離した。
いやいや、俺に何を期待していたんだよ。
「もう! お姉様へ変な影響を与えないでくださいまし!」
「いや~、こうなるとは予想外じゃん」
「だよねだよね。ドッキドキだったよ」
「いい……とてもいい……ああ、堪らん!」
もしかしたら、少女なりに親睦を深めようとしたのか。
とはいえ、こんな方向への成長は望んでいない。
「いいだろう。今日の訓練、オマエらの相手は俺がしてやるよ。精々、服の心配をしておくことだな」
「おおぅ、この展開も予想外……」
「キャー、何をされちゃうのかなー」
「フフフ、いいだろう。さぁ、きたまえ! 準備はできているとも!」
……割と嫌がってないのは何でなんだよ。
以降も、少女の奇行は続いた。
その殆どが、取り巻きの行動を真似てみるというもの。
抱きついたのを見れば、骨を砕かんばかりに絞められたり。
背中を叩くのを見れば、思いっきり吹き飛ばされたり。
一番不気味だったのは、笑うのを真似たものだったか。
彼女なりに、皆と打ち解けようとしているのか。
まずは会話をこそ試して欲しい。
「いいか? 頼むから、体に触れる行為は真似するな。怪我しかねん」
「了解」
「すべきは会話だ。こんにちは、みたいな挨拶だっていい。自分から話し掛けてみろ」
「ん。こんにちは」
「……できれば、俺以外に頼む」
「了解」
俺から離れると、取り巻きたちの元へと向かって行く。
「あら? もうお話は済みましたのですか?」
「こんにちは」
「んなッ⁉ み、み、皆さん、お聞きになりまして⁉ お姉様が、お姉様が!」
「お姉様が挨拶を! 感激ぃ!」
「こここ、こんんにににちちははははは」
「御機嫌よう。いやぁ、実に素晴らしい。今日は記念日だね」
「こんにちは」
「え、ええ、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。御機嫌よう、お姉様」
「こんにちはー」
「こここここ」
「おいおい、緊張し過ぎだろうに」
「こんにちは」
「……お、お姉様? どうかなさいまして?」
む、マズいな。
ずっと同じ言葉を繰り返すとまでは予想していなかった。
急いで回収に向かう。
「よく頑張ったな。しかし、挨拶は一回で十分だ。繰り返す必要は無いぞ」
「命令?」
「……なあ、命令じゃないといけないのか?」
「?」
可愛らしく小首を傾げられてしまった。
遠目に様子を窺っていたらしい連中から、奇声が聞こえてもくる。
が、今は構うまい。
「これは強制じゃあない。好きなように振舞って構わないんだ」
「?」
……ダメか。
どういう風にして育ってきたんだろうか。
異常なまでの身体能力の高さ。
それに反比例するような、自我の希薄さ。
詳しい事情を知っていそうな心当たりといえば、あの爺さんぐらいしか思い当たらない。
今度会った際、尋ねてみるべきか。
「──何じゃと?」
「だから、あの子の生い立ちについて、何か知らないか?」
「二度も言わんでいい。何故、そのようなことが知りたいんじゃ? 其方には関係無かろう」
「知りたいというか、普通気になるだろ。あまりにも不自然過ぎる」
「嬢は何と答えておった?」
「いや、本人には尋ねてない」
「嬢は歴代の中でも特別じゃ。妙な詮索はするでない」
「……れきだい? どういう意味だよ」
「諄いぞ。其方の役目は骸の発見にこそある。何かを強請るなら、まずは成果を出してみせい」
チッ、何かを知ってはいるらしいが。
いっそのこと、魔術で聞き出すか?
だが、事情を知ったところでどうする?
俺はアイツをどうしてやりたいんだ?
必要なのは、あの圧倒的なまでの戦闘能力。
余計な真似をすることで、それが失われては堪らない。
貴重な戦力なのだ。
俺などよりも余程に。
優先すべきは何だ?
他人を案じている場合か?
違うだろ。
そうじゃないだろ。
怪物だ。
怪物を斃すことに決まってる。
他は全て些末事に過ぎない。
何をするにせよ、怪物を斃してから考えればいい。
少女のことは、あの取り巻き連中に任せようじゃないか。
そう、それでいいはずだ。
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