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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
七章 四周目 騎士学校
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SS 少女育成計画?

 帝国西部。


 農耕と畜産が盛んなこの地域は、今まで見た中で一番自然豊かな場所だった。


 これだけ人工物が少なく、また、遮蔽物の無い光景というのも珍しい。


 ただただ見入ってしまう。


 此処には求めて止まない平和があった。


 同じ世界に魔獣という脅威が存在していることなど、想像もできないほどに。


 こんな場所に、マザーたちを移住させてあげられたのなら。


 もうどれほどの期間、会えていないんだったか。


 この感覚は、俺だけのものに過ぎないことは分かってる。


 分かってはいるが、それでも、俺を知る人々から忘れ去られてしまったかのようで。


 寂寥感せきりょうかんが、どうしようもなく胸をつく。



「何をぼさっとしておるんじゃ。日が暮れてしまうぞい」


「……ああ、分かってる」



 まだ会えやしない。


 けどいつか、怪物をたおすことが叶ったならば。


 今度こそ、あの廃墟の中から助け出そう。






 日が沈み、どうにか宿へと戻って来られた。


 数日はこの宿を拠点として行動することになるようだ。


 探しているのが地下だからか、想像以上に細かく調査をするつもりらしい。



「ではな。明日は日の出と共に出立するぞい」



 早々に食事を終えると、一方的にそう言い放ち、部屋へと入って行く。


 今回、護衛の騎士は居ない。


 爺さんと、少女と、御者ぎょしゃと、俺の4人きり。


 贅沢なことに、御者ぎょしゃも含めて、1人1部屋なのはありがたい。


 爺さんに構わず、のんびりと食事にありつく。


 っと、いかんいかん。


 折角の機会を活かさずにどうする。


 少女と二人きりという状況は、極めて稀と言える。


 学校では、訓練中も取り巻きが離れやしないしな。


 強くなることとは別にして、少しでも意思疎通を図っておきたいところ。



「なあ、此処らに来たことあるのか?」


「命令?」



 ホント、ある意味ブレない奴だな。


 雑談するのも一苦労だ。



「頼む、少し雑談に付き合ってくれよ」


「了解」


「で、来たことあるのか?」


「無い」


「じゃあ、ずっと帝都暮らしだったのか?」


「そう」


「あー、えっと、何だ……そうそう、騎士学校では随分と人気者みたいだな」


「人気者?」


「ああ、取り巻き──っと、友人たちと一緒にいるところをよく見かけたからな」


「友人?」


「違うのか? 特に女子連中から慕われてるように見えたが」


「他人と友人の違いは何?」


「あ? そ、そうだな……」



 同じような遣り取りの中、少し違った反応に戸惑ってしまった。


 つっても、俺も言うほどいやしないんだが。


 仲間といたのも、もう随分と昔のことだ。


 微かな記憶を手繰るようにして、何とか言葉にしてゆく。



「対立関係にない、よく会話や行動を共にする相手、とかじゃないか。とはいえ、これが正解かは分からないがな」


「会話はしない。付いてはくる。これは友人?」


「う、うーむ、どうだろうな。オマエが相手を嫌っていないなら、そう呼んでもいいとは思うが」



 会話もしてないのか?


 はて、どうだったか。


 思い返してみても、会話している場面が中々出てこない。


 取り巻き連中からは、話し掛けてたようにも思えるんだが。



好悪こうおはない」



 こうお、ってのは好き嫌いって意味か?


 好ましく思っていないのは微妙だが、嫌っていないだけマシか。



「なら、何か会話してやればいいんじゃないか。きっと喜ぶと思うぞ」


「何故?」


「何故って、そりゃあ──」



 奇妙な遣り取りは続く。


 何かこの感じ、随分と懐かしいな。


 あれはそう、ようやく言葉を話せるようになった獣人の子供と、こんな遣り取りをしていたような。


 とはいえ、この少女ほど手は掛からなかったが。


 本当に懐かしい。


 あの子は今、何処でどう過ごしているのだろう。


 俺は、助けてやれたのだろうか。


 他の連中も、学院で仲良くやれてるといいが。


 もう二度と、アイツらとは関わることもあるまい。


 どの道、アイツらにとって今の俺は、見知らぬ他人に過ぎない。


 それがどうにも、寂しくはある。


 だが、たとえどう思われていようとも、アイツらを、マザーを、先生を、助けてみせる。


 そのためだけに、俺は──。


 少女を含めた帝国の騎士たちを、戦場へと導くのだから。






 休校期間が明け、無事進級を果たし。


 新たな学校生活が始まった。


 そうして、少女たちの様子をよくよく観察してみる。


 うーむ、どうなんだろうか。


 以前に比べれば、少女が言葉を発しているようには見受けられる。


 アレを会話と呼べるかは、議論の余地がありそうだが。



「……妙な視線を感じると思えば、何か御用でもありまして?」


「あ? いや、そういうわけじゃあないんだが」


「また随分と挙動不審ですわね……皆さん、確保してくださいまし!」


「わっかりましたー」


「かしこまり~」


「さあ、大人しくするんだ」


「なッ⁉ おいこら、放せっての!」



 くそッ、何でこういう時だけ、こんなに力が強いんだよ。



「おや? おやおやおやおや? キミぃ~、結構いい躰してるねぇ~」


「だよねだよね。着やせするタイプなのかな」


「へぇ、意外だね。どれ、お姉さんに見せてみなよ」


「アホか! 脱がそうとするな!」


「ちょ、ちょっと皆さん⁉ 何をなさっていらっしゃるんですの⁉ お止めなさい!」


「え~、いいじゃん、減るもんじゃないんだし~」


「ですです。見るだけ見るだけ」


「ほほぅ、これは中々……」


「お・や・め・な・さ・い!」


「うひぃ⁉」


「きゃッ⁉」


「おっと、ゴメンゴメン、やり過ぎちゃったかな」



 拘束が緩んだ隙に、全員を放り投げる。



「え、あ、ちょーーーッ⁉」


「きゃーーーーーッ!」


「おや、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないかーーー」



 乱れた着衣を整え、ギッと睨み付ける。


 やる側が男であれ女であれ、またやられる側が男であれ女であれ。


 無理矢理は良くない。


 それがよーく分かった。



「申し訳ございませんでした。まさかあのような不埒な真似をするなんて、思いも寄りませんでしたもので」


「次は埋める」


「じょ、冗談だってば~。そんな、怒んないでよ~」


「スキンシップ、スキンシップ」


「女の子の柔らかい体も捨てがたいが、男の子のがっしりとした体もまた……いい」



 ったく、何て女子共だ。


 養護院の子供たちが、随分と大人しく思えてくるぜ。



「ん」


「うおッ⁉」


「お姉様まで⁉ 何をなさっていらっしゃるんですの⁉」



 突然上半身の服をめくられ、腹をマジマジと覗かれている。



「お姉様、大胆!」


「キャーキャー、そのまま脱がしちゃえー」


「ぐはぁッ⁉ こ、これはッ⁉ 少女の異性への目覚めの瞬間を目撃しているのかッ!」


「普通」



 どことなく残念な声色で、服から手を離した。


 いやいや、俺に何を期待していたんだよ。



「もう! お姉様へ変な影響を与えないでくださいまし!」


「いや~、こうなるとは予想外じゃん」


「だよねだよね。ドッキドキだったよ」


「いい……とてもいい……ああ、堪らん!」



 もしかしたら、少女なりに親睦を深めようとしたのか。


 とはいえ、こんな方向への成長は望んでいない。



「いいだろう。今日の訓練、オマエらの相手は俺がしてやるよ。精々、服の心配をしておくことだな」


「おおぅ、この展開も予想外……」


「キャー、何をされちゃうのかなー」


「フフフ、いいだろう。さぁ、きたまえ! 準備はできているとも!」



 ……割と嫌がってないのは何でなんだよ。






 以降も、少女の奇行は続いた。


 その殆どが、取り巻きの行動を真似てみるというもの。


 抱きついたのを見れば、骨を砕かんばかりに絞められたり。


 背中を叩くのを見れば、思いっきり吹き飛ばされたり。


 一番不気味だったのは、笑うのを真似たものだったか。


 彼女なりに、皆と打ち解けようとしているのか。


 まずは会話をこそ試して欲しい。



「いいか? 頼むから、体に触れる行為は真似するな。怪我しかねん」


「了解」


「すべきは会話だ。こんにちは、みたいな挨拶だっていい。自分から話し掛けてみろ」


「ん。こんにちは」


「……できれば、俺以外に頼む」


「了解」



 俺から離れると、取り巻きたちの元へと向かって行く。



「あら? もうお話は済みましたのですか?」


「こんにちは」


「んなッ⁉ み、み、皆さん、お聞きになりまして⁉ お姉様が、お姉様が!」


「お姉様が挨拶を! 感激ぃ!」


「こここ、こんんにににちちははははは」


「御機嫌よう。いやぁ、実に素晴らしい。今日は記念日だね」


「こんにちは」


「え、ええ、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。御機嫌よう、お姉様」


「こんにちはー」


「こここここ」


「おいおい、緊張し過ぎだろうに」


「こんにちは」


「……お、お姉様? どうかなさいまして?」



 む、マズいな。


 ずっと同じ言葉を繰り返すとまでは予想していなかった。


 急いで回収に向かう。






「よく頑張ったな。しかし、挨拶は一回で十分だ。繰り返す必要は無いぞ」


「命令?」


「……なあ、命令じゃないといけないのか?」


「?」



 可愛らしく小首を傾げられてしまった。


 遠目に様子を窺っていたらしい連中から、奇声が聞こえてもくる。


 が、今は構うまい。



「これは強制じゃあない。好きなように振舞って構わないんだ」


「?」



 ……ダメか。


 どういう風にして育ってきたんだろうか。


 異常なまでの身体能力の高さ。


 それに反比例するような、自我の希薄さ。


 詳しい事情を知っていそうな心当たりといえば、あの爺さんぐらいしか思い当たらない。


 今度会った際、尋ねてみるべきか。






「──何じゃと?」


「だから、あの子の生い立ちについて、何か知らないか?」


「二度も言わんでいい。何故、そのようなことが知りたいんじゃ? 其方そちには関係無かろう」


「知りたいというか、普通気になるだろ。あまりにも不自然過ぎる」


「嬢は何と答えておった?」


「いや、本人には尋ねてない」


「嬢は歴代の中でも特別じゃ。妙な詮索はするでない」


「……れきだい? どういう意味だよ」


くどいぞ。其方そちの役目は骸の発見にこそある。何かを強請ねだるなら、まずは成果を出してみせい」



 チッ、何かを知ってはいるらしいが。


 いっそのこと、魔術で聞き出すか?


 だが、事情を知ったところでどうする?


 俺はアイツをどうしてやりたいんだ?


 必要なのは、あの圧倒的なまでの戦闘能力。


 余計な真似をすることで、それが失われては堪らない。


 貴重な戦力なのだ。


 俺などよりも余程に。


 優先すべきは何だ?


 他人を案じている場合か?


 違うだろ。


 そうじゃないだろ。


 怪物だ。


 怪物をたおすことに決まってる。


 他は全て些末事に過ぎない。


 何をするにせよ、怪物をたおしてから考えればいい。


 少女のことは、あの取り巻き連中に任せようじゃないか。


 そう、それでいいはずだ。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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