53 後期試験
「フフ、フフフフフ。よ、ようやく二撃目を耐え切りましてよ」
「凄いです!」
「やるじゃないか」
「もういやぁ~」
相も変わらず賑やかな連中だ。
劇的な変化こそ見受けられないものの、打たれ強くはなっているのかもしれない。
もしくは少女が、さらに手加減しているに過ぎないのか。
元の少女に戻すには、いったいどうすればいい。
常にこちらの上を行く少女に対し、説得するというのも難しい。
それとも、この変化の先に、さらなる強さを手にし得るのか。
未だ指先すらも届かぬ高みは、到底理解の及ぶところではない。
いよいよ以て、明確な差が開きつつあった。
強過ぎる。
そして何より、速過ぎる。
もう殆ど避けられなくなってきている。
残像。
いや、最早分身か。
ある時は一瞬で左右に現れ、その両方から攻撃が見舞われ。
またある時は正面からの攻撃を避けた瞬間、背後から痛烈な一撃を叩き込まれる。
視認できやしない。
気配はそこかしこから発せられ、こちらも判別不可。
日が陰りだすと、その凶悪さは増す。
残像に影は生じない。
そんな僅かな攻略法さえ、光が無ければ通用しなくなる。
「終わり?」
「……ああ、降参だ」
「そう」
いつもの遣り取り。
俺が強くなろうとしていたはずが、いつの間にやら、少女の試しに付き合わされている気すらしてくる始末。
届かない。
例え想像の中でさえ、届く気がしない。
無理なものは無理。
つまりは、そういうことなのか。
「お二人共、よくこんな時間まで続けられますわね」
「ん? 何だよ、まだ帰ってなかったのか?」
「敬語」
「は?」
「ワタクシは1年だけとはいえ、それでも先輩なのですよ。その粗野な口調は改めなさい」
「今更過ぎやしないか」
「……ですわね。どうせお姉様以外には、関心も無いのでしょうし」
妙な勘繰りでもしてるのか?
あるいは、変な気を持たれてしまっているのか。
「ひとつ、聞いてもいいかしら」
「何だよ」
「どうして続けていられるの? お姉様に敵うはずがないことぐらい、アナタも気付いているのでしょう?」
「手厳しいな」
「いつもいつも、立てなくなるまで戦って。それでも翌日には懲りずに挑むだなんて。勝てない相手に、どうして挑み続けられるのですか?」
「強くなるためだ」
「それはお姉様よりも、という意味かしら?」
「斃したいのは、アイツじゃあない。魔獣だ。そして──」
あの怪物だ。
「では、お姉様は目的ではなく手段だったと? 失礼極まるお話ですわね」
「最近じゃあ、俺のほうが成長の糧にされてるようだがな。アイツは凄い奴だよ、ホント。まだまだ強くなっていくんだからな」
「……お姉様のこと、認めていらっしゃるのね」
「オマエらだってそうだろ」
「いいえ。それを言うなら、校内全ての者が、の間違いですわ。羨ましい」
どうにも余計な感情を抱かれてるように思えてならない。
さっさと退散したほうが良さそうだ。
「ねぇ、お気付きになられていて?」
この流れ……。
何となく、その先を聞かないほうがいい気がする。
「寮に帰るぞ。そろそろ夕食の時間だろ」
「そう、もうこんなに暗くなっているのですよ。以前であれば、日が沈む前に終わっていたというのに」
「あ?」
何を言ってるんだ?
予想に反した答えに戸惑ってしまう。
「ご安心なさいませ。アナタもまた、強くなっているということですわ。では、帰りましょうか。もちろん、送ってくださるのですわよね?」
「あ、ああ、まあ構わないが」
俺が強くなってる?
そんなバカな。
毎日毎日、倒されてばかりいるんだぞ。
「もうすぐ試験の時期ですわね。早いものです。あれから、半年も過ぎてしまったなんて」
試験が終われば、また調査か。
怪物の出現まで後7年。
局長たちの協力もあって、前回よりも準備は進んでいるはず。
なら、俺はどうだ?
まだ1年? もう1年?
こんな調子で間に合うのか?
卒業まで、騎士への働きかけはできそうもない。
そして、自由な行動ができるかも分からない。
この猶予期間の行動次第で、決戦時にできることが変わってくるはず。
僅かの時間も無駄にすることなく、日々を過ごさなければ。
そうして試験当日。
早朝から少女と共に呼び出された。
「久方ぶりじゃな。して、何故に其方はもう疲弊しておるんじゃ。これから試験じゃと分かっとるのか?」
「毎日忙しくしてるもんでね」
「皮肉のつもりか? 学生が何を言いおる」
「見てのとおり疲れてるんだ。話は簡潔に頼む」
「何?」
「は?」
「嬢や、どうかしおったのか?」
「頼む、言った。何?」
あー、なるほど。
俺の”頼む”って言葉に、律儀に反応しちまったのか。
命令として受け取るよう、言い聞かせてあったんだったな。
「今のは命令じゃない。気にしないでくれ」
「ん」
「……嬢に何ぞしておるのか?」
「いちいち命令ってのは面倒だし仰々しいだろ。だから、違う言葉を使ってただけだ。妙な真似はしてない」
「本当じゃろうな?」
「もちろんだ」
「言うておくが、もし不埒な真似を仕出かそうものなら…………切除するぞい。努々忘れぬことじゃ」
何を、とは聞くまでもないんだろうな。
「誓ってしやしない」
「……どうじゃかな。嬢の卒業まで後3年ほどか。どうにも不安じゃのう」
「なあ、もう戻っていいか? 少しでも休んでおきたいんだが」
「戯け。まだ話は済んでおらんわい。重要なのは試験後のことじゃ。休校初日から調査に向かうからのう。準備をしておくようにな」
そういや、調査の間は戦闘訓練もお預けになるのか。
この試験といい、邪魔なもんだ。
「それだけか? ならもう行くぜ」
「待たんか。前回のような大惨事を起こすでないぞ。よいな?」
「アレをやったのは前校長だっての。しつこいぞ」
「抜かせ。よいか、くれぐれも大人しゅうしておれ」
「へいへい」
まあ大丈夫だろ。
厄介だった5年生は、もう今回の試験には参加しないはずだしな。
そうなると、序列も結構変わるってわけか。
少女以外、殆どを4年生が占めるんだろうがな。
5年生が不参加のため、1日分、試験が早く済む。
4年、3年と順調に消化されてゆき、2年生の試験が開始された。
結果や意外。
あの取り巻き連中が、学年序列入りを果たしてみせた。
いつも少女に倒されているだけだったはずだが。
それでも意味はあったということなのか。
これは、俺も不覚を取るわけにはいくまい。
1年生の試験。
──何事もなく終了。
いやホント、記憶にも残らないほど、アッサリとしたものだった。
連日の試験続きで、闘技場の私的利用は当然の如く不可。
疲弊していた体も、どうにか復調してきた。
そうして学内序列を決定すべく、各学年上位者による総当たり戦が開始される。
初戦の相手となったのは、例の取り巻きの一人。
「こうして戦うのは二度目になりますわね」
「二度目?」
「まさか、お忘れになられたの? お姉様を闘技場へ連れ出した際、ワタクシたちと戦ったでしょうに」
「あー」
そんなこともあったな。
最近は当然のように戦闘訓練に参加してくるし、切っ掛けをすっかり忘れていた。
「前回と同じとはお思いにならないことね」
「そうかい」
手加減をしては、彼女に失礼か。
「真っ直ぐ行く。避けられないようなら、防御を固めておけよ」
「──ッ! ワタクシを侮らないことね」
宣言どおり、開始と同時に真正面から突っ込む。
よしよし、ちゃんと盾を構えてるな。
魔獣の突進よろしく、そのまま体当たりをぶちかます。
「────」
声も出せぬままに、壁まで吹き飛んでいった。
が、そのまま終わりはしなかった。
ふらつきながらも、再びこちらへと歩み寄ってくる。
……へぇ、アレを耐えてみせたのか。
手加減はしなかった。
あの双盾野郎ならいざ知らず、こんな女子が耐えられる威力じゃあないはず。
そういや、銀髪の少女の攻撃を、二度耐えてみせていた。
彼女もまた、強くなったのだ。
「まだ、ですわ……まだ、ワタクシは戦えます」
「いいんだな? これ以上は次の試合に差し支えるぞ」
「構いません。アナタは立てなくなるまで戦っていたのです。ワタクシも、覚悟を決めておりますわ」
もしかしたら、序列10位内にも入れるかもしれない。
それを放棄してまでの覚悟。
汲んでやるべきか。
「次は掌底で行く」
「宣言など不要ですわ。いいから、掛かってきなさい」
彼女が構えるのを待ち、駆け出す。
距離が詰まるのは一瞬。
盾に掌底を突き入れる。
足の踏ん張りが利かないのか、再び吹き飛ぶ。
一際強く、足を踏み込む。
追い駆ける。
追い付く。
そして追い越す。
壁へと衝突する寸前で、どうにか抱き留めた。
腕の中では、既に気を失っている。
運が良ければ、試験中に目を覚ますだろ。
それに、まだ銀髪の少女との一戦が待ってもいることだしな。
大抵の相手が一撃で沈みゆく中、粘ってみせたのは、やはり取り巻きの女子たちだった。
いやはや全く、大したものだ。
冗談抜きに、序列を席捲しそうな勢いである。
そうして迎えた、銀髪の少女との一戦。
少女の手に握られているのは、久方ぶりに見る剣。
以前よりも格段に素早くなってもいる。
避けられるのか?
分からない。
此処までの少女の試験は、全て一撃で終了している。
僅かの参考にすら、なりはしない。
「行く」
「応ともさ!」
勢いよく返事をすると同時、全力で横へと跳び退く。
至近を銀閃が通過する。
足は止めない。
そして、背を向けてもならない。
視界に捉え続けたまま、避けなければダメだ。
見失えば一瞬で終わる。
すぐさま最短距離で以て肉薄してくる銀閃。
その数、3。
残像だ。
反射的に影を探す。
が、全てに影無し。
──本体が居ない⁉
急制動。
反転して、再び駆け出す。
向かう先には残像。
構わず突っ切る。
途端、左右に生じる気配。
視界の端に銀閃を捉える。
無理矢理仰向けに倒れて、横薙ぎの斬撃を躱す。
間を置かず上体を起こす。
その背を剣が掠めてゆく。
前転、前転、両手をつき、立ち上がって再び駆け出す。
視界に捉え続けるとか、無理過ぎる。
もう、そういう速さじゃあない。
だがまだだ。
まだ戦える。
素手の時よりかは、余程に避け易くさえ感じられる。
戦闘訓練ができない分、限界ギリギリまで戦い続けてやるさ。
日が暮れるころ、遂にこちらの体力が尽きた。
喉元へと突き立てられる剣先。
「終わり?」
「ああ。俺の負けだ」
「そう」
剣を鞘に納めるなり、観覧席から拍手が降り注いできた。
長い。
止まない。
足を止め、不思議そうに首を傾げてみせる少女。
この称賛は、少女に対するものか。
さもありなん。
こっちはもう動けやしないってのに、まだケロっとしてるときたもんだ。
赤竜や黒竜でなくば、相手足り得ないか。
そういえば、気絶はせずに済んだな。
耳鳴りのような拍手は続く。
やれやれ、疲れた。
もういっそのこと、このまま寝てしまいたい。
1日で終了するはずの試験はしかし、とある1戦が長引いたがために、翌日へとズレ込んだ。
「またやりおったな! この戯けめが!」
いやいや、そりゃああんまりだぜ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




