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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
七章 四周目 騎士学校
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53 後期試験

「フフ、フフフフフ。よ、ようやく二撃目を耐え切りましてよ」


「凄いです!」


「やるじゃないか」


「もういやぁ~」



 相も変わらず賑やかな連中だ。


 劇的な変化こそ見受けられないものの、打たれ強くはなっているのかもしれない。


 もしくは少女が、さらに手加減しているに過ぎないのか。


 元の少女に戻すには、いったいどうすればいい。


 常にこちらの上を行く少女に対し、説得するというのも難しい。


 それとも、この変化の先に、さらなる強さを手にし得るのか。


 未だ指先すらも届かぬ高みは、到底理解の及ぶところではない。






 いよいよ以て、明確な差が開きつつあった。


 強過ぎる。


 そして何より、速過ぎる。


 もう殆ど避けられなくなってきている。


 残像。


 いや、最早分身か。


 ある時は一瞬で左右に現れ、その両方から攻撃が見舞われ。


 またある時は正面からの攻撃を避けた瞬間、背後から痛烈な一撃を叩き込まれる。


 視認できやしない。


 気配はそこかしこから発せられ、こちらも判別不可。


 日が陰りだすと、その凶悪さは増す。


 残像に影は生じない。


 そんな僅かな攻略法さえ、光が無ければ通用しなくなる。



「終わり?」


「……ああ、降参だ」


「そう」



 いつもの遣り取り。


 俺が強くなろうとしていたはずが、いつの間にやら、少女の試しに付き合わされている気すらしてくる始末。


 届かない。


 例え想像の中でさえ、届く気がしない。


 無理なものは無理。


 つまりは、そういうことなのか。



「お二人共、よくこんな時間まで続けられますわね」


「ん? 何だよ、まだ帰ってなかったのか?」


「敬語」


「は?」


「ワタクシは1年だけとはいえ、それでも先輩なのですよ。その粗野な口調は改めなさい」


「今更過ぎやしないか」


「……ですわね。どうせお姉様以外には、関心も無いのでしょうし」



 妙な勘繰りでもしてるのか?


 あるいは、変な気を持たれてしまっているのか。



「ひとつ、聞いてもいいかしら」


「何だよ」


「どうして続けていられるの? お姉様に敵うはずがないことぐらい、アナタも気付いているのでしょう?」


「手厳しいな」


「いつもいつも、立てなくなるまで戦って。それでも翌日には懲りずに挑むだなんて。勝てない相手に、どうして挑み続けられるのですか?」


「強くなるためだ」


「それはお姉様よりも、という意味かしら?」


たおしたいのは、アイツじゃあない。魔獣だ。そして──」



 あの怪物だ。



「では、お姉様は目的ではなく手段だったと? 失礼極まるお話ですわね」


「最近じゃあ、俺のほうが成長の糧にされてるようだがな。アイツは凄い奴だよ、ホント。まだまだ強くなっていくんだからな」


「……お姉様のこと、認めていらっしゃるのね」


「オマエらだってそうだろ」


「いいえ。それを言うなら、校内全ての者が、の間違いですわ。羨ましい」



 どうにも余計な感情を抱かれてるように思えてならない。


 さっさと退散したほうが良さそうだ。



「ねぇ、お気付きになられていて?」



 この流れ……。


 何となく、その先を聞かないほうがいい気がする。



「寮に帰るぞ。そろそろ夕食の時間だろ」


「そう、もうこんなに暗くなっているのですよ。以前であれば、日が沈む前に終わっていたというのに」


「あ?」



 何を言ってるんだ?


 予想に反した答えに戸惑ってしまう。



「ご安心なさいませ。アナタもまた、強くなっているということですわ。では、帰りましょうか。もちろん、送ってくださるのですわよね?」


「あ、ああ、まあ構わないが」



 俺が強くなってる?


 そんなバカな。


 毎日毎日、倒されてばかりいるんだぞ。



「もうすぐ試験の時期ですわね。早いものです。あれから、半年も過ぎてしまったなんて」



 試験が終われば、また調査か。


 怪物の出現まで後7年。


 局長たちの協力もあって、前回よりも準備は進んでいるはず。


 なら、俺はどうだ?


 まだ1年? もう1年?


 こんな調子で間に合うのか?


 卒業まで、騎士への働きかけはできそうもない。


 そして、自由な行動ができるかも分からない。


 この猶予期間の行動次第で、決戦時にできることが変わってくるはず。


 僅かの時間も無駄にすることなく、日々を過ごさなければ。






 そうして試験当日。


 早朝から少女と共に呼び出された。



「久方ぶりじゃな。して、何故に其方そちはもう疲弊しておるんじゃ。これから試験じゃと分かっとるのか?」


「毎日忙しくしてるもんでね」


「皮肉のつもりか? 学生が何を言いおる」


「見てのとおり疲れてるんだ。話は簡潔に頼む」


「何?」


「は?」


「嬢や、どうかしおったのか?」


「頼む、言った。何?」



 あー、なるほど。


 俺の”頼む”って言葉に、律儀に反応しちまったのか。


 命令として受け取るよう、言い聞かせてあったんだったな。



「今のは命令じゃない。気にしないでくれ」


「ん」


「……嬢に何ぞしておるのか?」


「いちいち命令ってのは面倒だし仰々しいだろ。だから、違う言葉を使ってただけだ。妙な真似はしてない」


「本当じゃろうな?」


「もちろんだ」


「言うておくが、もし不埒な真似を仕出かそうものなら…………切除するぞい。努々忘れぬことじゃ」



 何を、とは聞くまでもないんだろうな。



「誓ってしやしない」


「……どうじゃかな。嬢の卒業まで後3年ほどか。どうにも不安じゃのう」


「なあ、もう戻っていいか? 少しでも休んでおきたいんだが」


「戯け。まだ話は済んでおらんわい。重要なのは試験後のことじゃ。休校初日から調査に向かうからのう。準備をしておくようにな」



 そういや、調査の間は戦闘訓練もお預けになるのか。


 この試験といい、邪魔なもんだ。



「それだけか? ならもう行くぜ」


「待たんか。前回のような大惨事を起こすでないぞ。よいな?」


「アレをやったのは前校長だっての。しつこいぞ」


「抜かせ。よいか、くれぐれも大人しゅうしておれ」


「へいへい」



 まあ大丈夫だろ。


 厄介だった5年生は、もう今回の試験には参加しないはずだしな。


 そうなると、序列も結構変わるってわけか。


 少女以外、殆どを4年生が占めるんだろうがな。






 5年生が不参加のため、1日分、試験が早く済む。


 4年、3年と順調に消化されてゆき、2年生の試験が開始された。


 結果や意外。


 あの取り巻き連中が、学年序列入りを果たしてみせた。


 いつも少女に倒されているだけだったはずだが。


 それでも意味はあったということなのか。


 これは、俺も不覚を取るわけにはいくまい。






 1年生の試験。


 ──何事もなく終了。


 いやホント、記憶にも残らないほど、アッサリとしたものだった。


 連日の試験続きで、闘技場の私的利用は当然の如く不可。


 疲弊していた体も、どうにか復調してきた。


 そうして学内序列を決定すべく、各学年上位者による総当たり戦が開始される。


 初戦の相手となったのは、例の取り巻きの一人。



「こうして戦うのは二度目になりますわね」


「二度目?」


「まさか、お忘れになられたの? お姉様を闘技場へ連れ出した際、ワタクシたちと戦ったでしょうに」


「あー」



 そんなこともあったな。


 最近は当然のように戦闘訓練に参加してくるし、切っ掛けをすっかり忘れていた。



「前回と同じとはお思いにならないことね」


「そうかい」



 手加減をしては、彼女に失礼か。



「真っ直ぐ行く。避けられないようなら、防御を固めておけよ」


「──ッ! ワタクシを侮らないことね」






 宣言どおり、開始と同時に真正面から突っ込む。


 よしよし、ちゃんと盾を構えてるな。


 魔獣の突進よろしく、そのまま体当たりをぶちかます。



「────」



 声も出せぬままに、壁まで吹き飛んでいった。


 が、そのまま終わりはしなかった。


 ふらつきながらも、再びこちらへと歩み寄ってくる。


 ……へぇ、アレを耐えてみせたのか。


 手加減はしなかった。


 あの双盾野郎ならいざ知らず、こんな女子が耐えられる威力じゃあないはず。


 そういや、銀髪の少女の攻撃を、二度耐えてみせていた。


 彼女もまた、強くなったのだ。



「まだ、ですわ……まだ、ワタクシは戦えます」


「いいんだな? これ以上は次の試合に差し支えるぞ」


「構いません。アナタは立てなくなるまで戦っていたのです。ワタクシも、覚悟を決めておりますわ」



 もしかしたら、序列10位内にも入れるかもしれない。


 それを放棄してまでの覚悟。


 汲んでやるべきか。



「次は掌底で行く」


「宣言など不要ですわ。いいから、掛かってきなさい」



 彼女が構えるのを待ち、駆け出す。


 距離が詰まるのは一瞬。


 盾に掌底を突き入れる。


 足の踏ん張りが利かないのか、再び吹き飛ぶ。


 一際強く、足を踏み込む。


 追い駆ける。


 追い付く。


 そして追い越す。


 壁へと衝突する寸前で、どうにか抱き留めた。


 腕の中では、既に気を失っている。


 運が良ければ、試験中に目を覚ますだろ。


 それに、まだ銀髪の少女との一戦が待ってもいることだしな。






 大抵の相手が一撃で沈みゆく中、粘ってみせたのは、やはり取り巻きの女子たちだった。


 いやはや全く、大したものだ。


 冗談抜きに、序列を席捲せっけんしそうな勢いである。


 そうして迎えた、銀髪の少女との一戦。


 少女の手に握られているのは、久方ぶりに見る剣。


 以前よりも格段に素早くなってもいる。


 避けられるのか?


 分からない。


 此処までの少女の試験は、全て一撃で終了している。


 僅かの参考にすら、なりはしない。



「行く」


「応ともさ!」



 勢いよく返事をすると同時、全力で横へと跳び退く。


 至近を銀閃が通過する。


 足は止めない。


 そして、背を向けてもならない。


 視界に捉え続けたまま、避けなければダメだ。


 見失えば一瞬で終わる。


 すぐさま最短距離で以て肉薄してくる銀閃。


 その数、3。


 残像だ。


 反射的に影を探す。


 が、全てに影無し。


 ──本体が居ない⁉


 急制動。


 反転して、再び駆け出す。


 向かう先には残像。


 構わず突っ切る。


 途端、左右に生じる気配。


 視界の端に銀閃を捉える。


 無理矢理仰向けに倒れて、横薙ぎの斬撃を躱す。


 間を置かず上体を起こす。


 その背を剣が掠めてゆく。


 前転、前転、両手をつき、立ち上がって再び駆け出す。


 視界に捉え続けるとか、無理過ぎる。


 もう、そういう速さじゃあない。


 だがまだだ。


 まだ戦える。


 素手の時よりかは、余程に避け易くさえ感じられる。


 戦闘訓練ができない分、限界ギリギリまで戦い続けてやるさ。






 日が暮れるころ、遂にこちらの体力が尽きた。


 喉元へと突き立てられる剣先。



「終わり?」


「ああ。俺の負けだ」


「そう」



 剣を鞘に納めるなり、観覧席から拍手が降り注いできた。


 長い。


 止まない。


 足を止め、不思議そうに首を傾げてみせる少女。


 この称賛は、少女に対するものか。


 さもありなん。


 こっちはもう動けやしないってのに、まだケロっとしてるときたもんだ。


 赤竜や黒竜でなくば、相手足り得ないか。


 そういえば、気絶はせずに済んだな。


 耳鳴りのような拍手は続く。


 やれやれ、疲れた。


 もういっそのこと、このまま寝てしまいたい。






 1日で終了するはずの試験はしかし、とある1戦が長引いたがために、翌日へとズレ込んだ。



「またやりおったな! この戯けめが!」



 いやいや、そりゃああんまりだぜ。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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