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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
七章 四周目 騎士学校
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52 少女との訓練

 後日、改めて例の上級生へと制裁を加えてから、次の行動へと移る。


 試験も調査もまた半年後。


 その間を、授業と自主鍛錬にだけ費やすのは、時間が勿体ない。


 幸いにして、この学校には未だ勝ち得ない相手がいる。


 利用しない手は無い。


 頼めば、というか、命令すれば要望は容易く叶うに違いあるまい。


 むしろ、話し掛けることのほうが、余程に難しそうだ。


 例の取り巻き連中の存在が邪魔過ぎる。


 前回の接触により、印象は更に悪化していることだろう。


 そうだとしても、方針は変わらない。


 銀髪の少女と戦闘訓練を重ねることで、もっと強くなってみせる。






 授業を終えると、その足で2年生の教室へと向かう。


 とはいえ、クラスは複数あるわけで。


 当然の如く、クラスなど把握してはいないので、廊下で待機しておく。


 視線が刺さる勢いで注がれる。


 絡んでこそ来ないものの、邪険にされている雰囲気をありありと感じる。



「ひぃッ⁉ 何か薄ら笑い浮かべてない⁉」


「おい、あんま大きな声出すなっての。聞こえたら、医務室送りにされるぞ」


「何だって、あの問題児が此処に居るんだよ」


「相っ変わらず目つき悪ぅ~」



 いや、聞こえてるし。


 我ながら随分と嫌われたものだ。



「お姉様が寮にお帰りになるわ。粛々と道を空けなさい」


「まだ帰るには早くないですかぁ~? 食堂にでも行きませ~ん?」


「こらッ! お姉様に直接お声掛けするなんて、身の程をわきまえなさい!」


「そうよ。お姉様につき従い見守ること。それだけが唯一許された行為なんだから」


「あんまり怒ってばかりいると、綺麗な顔が台無しだ。ほら、笑って」


「アナタという人は……相変わらずですわね」



 ようやくやかましい連中が出てきたな。


 分かり易くて助かる。


 もっとも、少女だけでも目立つとは思うが。



「──あら? 何故、アナタがこの階に居るのかしら」


「取り巻きに用は無いんでね。悪いが退いてくれ」


「はあぁ~⁉ コイツ、何を言っちゃってくれてるわけぇ~⁉」


「ご自分の立場を理解していないのかしら? お姉様こそが、この学校に於ける至高の存在。何人なんぴとも──」


「あーはいはい、講釈は結構。自主的に解散してくれると助かる」


「ちょっと、まさか乱暴するつもり? 信じらんないんですけど」


「女子に手を上げるのは感心しないね。これは相応の指導が必要かな?」


「どうやら、僅かな良識すらも持ち合わせてはいないようですね」


「1年の癖に、生意気なのよ!」


「この人数相手に、勝てるつもりなわけ?」



 一触即発な雰囲気だな。


 まあ、そうなったのは俺の所為でもあるんだろうが。



「何?」


「お、お姉様⁉」



 お? 珍しいな。


 受動的なのが常みたいな奴なのに、自分から話し掛けてくるなんて。



「実は頼みたいことがあってな。少し時間をもらえないか?」


「頼み……命令…………了解」


「お待ちになってくださいまし、お姉様! アイツは危険人物ですわ! 二人きりになどなっては、何をされるか分かったものではありません!」


「そ、そうですよ! どうせよからぬことを企んでるに決まってます!」


「皆さん! お姉様をお守りするのよ!」


「はい」


「ええ」


「もちろん」



 本人が了承してるってのに、勝手な連中だな。


 ついでにコイツらも連れて行っちまうか。


 どうせ勘繰られるだろうしな。



「分かった分かった。相手してやるから、場所を移動するぞ」


「アナタが勝手に決めないでくださいまし!」






 文句を言いつつも、ぞろぞろと付いて来た。


 到着したのは闘技場。



「ねえ、もしかして、これマジなヤツじゃない?」


「ま、まっさかぁ」


「いくら何でも、ねぇ」



 おいおい、さっきまでの勢いはどうしたよ。



「こんな場所にお姉様を連れ出して、どういうつもりかしら」


「戦闘訓練だ。それ以外にあるか?」


「あれほど無様に完敗しておいて、お姉様のお手を煩わせようなどと。恥を知りなさい」


「そんなものが、何の足しになる」



 頭の中はお花畑かよ。


 魔獣を前に、格好をつける余裕がどこにあるってんだ。



「何ですって?」


「実戦でも恥とやらが気になるってのか? 随分と羞恥心が旺盛らしいな」


「皮肉のつもりかしら。なら、お生憎様。こと戦闘に於いても、気品や優雅さを忘れてなどおりません。そう、お姉様のように」


「御託は結構。先にアンタらを相手してやるって話だったろ。実際にやって見せればいいさ」


「……いいでしょう。精々後悔することね」


「おっと、一人ずつなんて真似は止してくれよ。全員で頼むぜ」


「随分な自信ですわね」


「でないと時間の無駄だからな」


「コイツ!」


「もう許せない!」


「そのおごり、誅するに何ら躊躇いはありません。皆さん、準備はよろしくて」


「やってやるんだから!」


「また医務室に送り返してあげるわ!」






 倒れた連中を通路まで運び終え、ようやく少女と対峙する。



「さてと、待たせたな」


「戦う?」


「ああ。できれば、明日以降も頼みたい」


「了解」



 流石、話が早くて助かる──よォッ⁉


 容赦の無い刺突を、間一髪のところで躱す。


 あ、あぶねぇ。


 もう副局長たちは帰国してしまっている。


 つまり、怪我はそう簡単には治らない。


 間を置かず、幾筋もの剣閃が迫りくる。


 攻撃は二の次だ。


 回避に全力を注ぐ。


 まずは、この速度に慣れないと。


 魔獣はもっと素早く動いてみせたはず。


 これを避けられないで、どうして魔獣に敵うと言うのか。






 斬られるのを恐れるあまり、体術に対する反応が遅れる。


 殴られ、蹴られ、一方的な展開が繰り広げられた。



「ぐッ……」


「終わり?」


「まだだ。まだいける」


「そう。なら続ける」


「望むところだ!」



 少女は学習している。


 剣が当たらぬと知ってか、体術の頻度が増した。


 時に剣を囮とし、時に剣を手放して。


 素手でもなお、これほどの強さ。


 回避が追い付かない。


 防御を仕損じれば、すぐさま昏倒させられるだろう、重い一撃。


 避ける頻度と入れ替わるように、攻撃を喰らう頻度が増えてゆく。


 蓄積されてゆく痛みと疲労。


 これが魔獣相手であったなら、もう何度死んでいることか。


 情けない。


 まだ油断が捨てきれてやしない。


 死ぬことはないのだと、そんな思いが透けて見える。


 10発中3発。


 5発中2発。


 2発中1発。


 もうほぼ避けられてやしない。


 見舞われる重撃。


 足がまず止まり、次いで腕が上がらなくなった。


 回避も防御も不可。


 そこに満を持して、必殺の剣閃が揮われる。



「お姉様! それ以上はいけません!」



 髪に剣が触れる。


 縦に両断されるはずのそれが、頭頂にて静止していた。



「お姉様、もうお止しになってくださいまし。死んでしまいますわ」


「ん。続ける?」


「……いや、降参だ」


「そう」



 剣を鞘に納めるなり、スタスタと歩み去ってゆく。


 見上げる空は、未だ青さを保っている。


 まだ日が沈むには幾分早い頃合いか。


 大して戦えもしなかったらしい。


 自重を支えきれず地面に倒れ込む。



「大丈夫ですの⁉ 意識はまだありまして⁉」



 ハッ、ハハハッ、倒した取り巻きに助けられるとか、情けないにもほどがある。



「構うことはない。放っておいてくれ。動けるようになったら、寮に戻るさ」


「アナタ、頭がおかしいんじゃありませんこと⁉ もう少しで、お姉様に殺されるところでしたのよ⁉」



 違いない。


 どうかしてる。


 こんなとこで死ぬわけにはいかないってのに。


 真剣勝負を挑むには、時期尚早だったか。



「誰か、手を貸してくださいまし! 医務室へ運びますわよ!」


「……おい、人の話を聞いてたか? 放っておいてくれ」


「アナタがどのような性質の人間であれ、それでワタクシの行動が変わることはありませんわ」



 ああ全く、情けない限りだぜ。






「アナタ……懲りずに今日もいらしたの? 正気でして?」


「戦闘訓練を頼む」


「了解」


「お姉様まで⁉ お止めになってくださいまし。彼は重傷ですわ。今度こそ死んでしまいます」


「で、ですよね。流石にやり過ぎって言うか……」


「いい加減、諦めなさいよね。敵わないって分からないわけ?」



 ヨロヨロと壁を伝い、闘技場へと向かう。


 その背に、説得だか罵倒だかの声が投げかけられる。


 何だかんだ言いつつも、割とイイ奴等なんだな。


 そうして辿り着いた闘技場で、少女に提案を持ちかける。



「当分の間は素手で相手してくれ。剣は無しで頼む」


「了解」



 これならまあ、打撲程度で済むだろう。


 いやいや、違うだろ。


 打撲せずに済むよう、立ち回るんだ。



「そんな立つのもやっとな状態で、何を言っているのですか!」


「お姉様ぁ~、もうこんな危ない奴なんか放っておいて、帰りましょうよぉ~」


「そうですよ。付き合うことないです」


「邪魔。下がらないと危険」


「きゃッ⁉」


「お姉様? 今、話しかけて……え?」



 気配が強まると同時、横っ跳びで躱す。


 そうそう、魔獣はこんな感じだった。


 反応はできる。


 後は、体が付いて行けるかどうか。


 思考を切り替えろ。


 アレは魔獣。


 一撃でも喰らうのはマズい代物だ。


 痛みは忘れろ!


 とにかく避けろ!


 休まず体を動かせ!






 そんな光景が日常と化す中、変化が生じ始めた。



「お姉様、ワタクシたちにも訓練をつけてくださいませんか?」


「うえぇッ⁉ ちょ、ちょっと何を言い出してるんですか⁉」


「アレは無理ですってば。初撃も避けられませんて」


「死んじゃうよぅ」


「だね。要らぬ怪我を負うだけさ」


「お黙りなさい! お姉様のお言葉を遮ってはなりません!」


「やる?」


「はい、是非に!」



 そんな遣り取りのもと、授業後の戦闘訓練に取り巻きたちまでが加わった。


 それも一瞬で蹴散らされるわけだが。



「つ、強い……ッ」


「生きてる……まだ生きてるよぅ」


「もう無理ぃ~」


「彼は、これを毎日続けているというの……? 信じられませんわね」



 確実に手加減してるよな。


 以前では見られなかった。


 良い変化、と言えるのかどうか。


 ともすれば、俺の所為で弱くしてしまったのではと、そう考えてもしまう。



「始める」


「ああ、今日も頼むぜ」



 戦闘に於いても、変化が生まれた。


 フェイントだ。


 一撃を囮として、次の一撃を当てにくる。


 かと思えば、二撃ともが囮で、その次こそ本命。


 対人戦ならば有効だろう。


 だが、魔獣相手に通用するものではない。


 これは完全に良くない傾向だ。


 そうではないんだ。


 そんな風に変わって欲しかったわけじゃない。


 ただ強く。


 そうあり続けてさえいてくれれば。


 それだけで良かったのに。


 余分な行動は、当然時間を浪費してしまう。


 魔獣と戦う際、その時間は致命的。


 正さねば。


 どうにかして、以前の彼女へと戻さねば。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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