52 少女との訓練
後日、改めて例の上級生へと制裁を加えてから、次の行動へと移る。
試験も調査もまた半年後。
その間を、授業と自主鍛錬にだけ費やすのは、時間が勿体ない。
幸いにして、この学校には未だ勝ち得ない相手がいる。
利用しない手は無い。
頼めば、というか、命令すれば要望は容易く叶うに違いあるまい。
むしろ、話し掛けることのほうが、余程に難しそうだ。
例の取り巻き連中の存在が邪魔過ぎる。
前回の接触により、印象は更に悪化していることだろう。
そうだとしても、方針は変わらない。
銀髪の少女と戦闘訓練を重ねることで、もっと強くなってみせる。
授業を終えると、その足で2年生の教室へと向かう。
とはいえ、クラスは複数あるわけで。
当然の如く、クラスなど把握してはいないので、廊下で待機しておく。
視線が刺さる勢いで注がれる。
絡んでこそ来ないものの、邪険にされている雰囲気をありありと感じる。
「ひぃッ⁉ 何か薄ら笑い浮かべてない⁉」
「おい、あんま大きな声出すなっての。聞こえたら、医務室送りにされるぞ」
「何だって、あの問題児が此処に居るんだよ」
「相っ変わらず目つき悪ぅ~」
いや、聞こえてるし。
我ながら随分と嫌われたものだ。
「お姉様が寮にお帰りになるわ。粛々と道を空けなさい」
「まだ帰るには早くないですかぁ~? 食堂にでも行きませ~ん?」
「こらッ! お姉様に直接お声掛けするなんて、身の程を弁えなさい!」
「そうよ。お姉様につき従い見守ること。それだけが唯一許された行為なんだから」
「あんまり怒ってばかりいると、綺麗な顔が台無しだ。ほら、笑って」
「アナタという人は……相変わらずですわね」
ようやく喧しい連中が出てきたな。
分かり易くて助かる。
もっとも、少女だけでも目立つとは思うが。
「──あら? 何故、アナタがこの階に居るのかしら」
「取り巻きに用は無いんでね。悪いが退いてくれ」
「はあぁ~⁉ コイツ、何を言っちゃってくれてるわけぇ~⁉」
「ご自分の立場を理解していないのかしら? お姉様こそが、この学校に於ける至高の存在。何人も──」
「あーはいはい、講釈は結構。自主的に解散してくれると助かる」
「ちょっと、まさか乱暴するつもり? 信じらんないんですけど」
「女子に手を上げるのは感心しないね。これは相応の指導が必要かな?」
「どうやら、僅かな良識すらも持ち合わせてはいないようですね」
「1年の癖に、生意気なのよ!」
「この人数相手に、勝てるつもりなわけ?」
一触即発な雰囲気だな。
まあ、そうなったのは俺の所為でもあるんだろうが。
「何?」
「お、お姉様⁉」
お? 珍しいな。
受動的なのが常みたいな奴なのに、自分から話し掛けてくるなんて。
「実は頼みたいことがあってな。少し時間をもらえないか?」
「頼み……命令…………了解」
「お待ちになってくださいまし、お姉様! アイツは危険人物ですわ! 二人きりになどなっては、何をされるか分かったものではありません!」
「そ、そうですよ! どうせよからぬことを企んでるに決まってます!」
「皆さん! お姉様をお守りするのよ!」
「はい」
「ええ」
「もちろん」
本人が了承してるってのに、勝手な連中だな。
ついでにコイツらも連れて行っちまうか。
どうせ勘繰られるだろうしな。
「分かった分かった。相手してやるから、場所を移動するぞ」
「アナタが勝手に決めないでくださいまし!」
文句を言いつつも、ぞろぞろと付いて来た。
到着したのは闘技場。
「ねえ、もしかして、これマジなヤツじゃない?」
「ま、まっさかぁ」
「いくら何でも、ねぇ」
おいおい、さっきまでの勢いはどうしたよ。
「こんな場所にお姉様を連れ出して、どういうつもりかしら」
「戦闘訓練だ。それ以外にあるか?」
「あれほど無様に完敗しておいて、お姉様のお手を煩わせようなどと。恥を知りなさい」
「そんなものが、何の足しになる」
頭の中はお花畑かよ。
魔獣を前に、格好をつける余裕がどこにあるってんだ。
「何ですって?」
「実戦でも恥とやらが気になるってのか? 随分と羞恥心が旺盛らしいな」
「皮肉のつもりかしら。なら、お生憎様。こと戦闘に於いても、気品や優雅さを忘れてなどおりません。そう、お姉様のように」
「御託は結構。先にアンタらを相手してやるって話だったろ。実際にやって見せればいいさ」
「……いいでしょう。精々後悔することね」
「おっと、一人ずつなんて真似は止してくれよ。全員で頼むぜ」
「随分な自信ですわね」
「でないと時間の無駄だからな」
「コイツ!」
「もう許せない!」
「その驕り、誅するに何ら躊躇いはありません。皆さん、準備はよろしくて」
「やってやるんだから!」
「また医務室に送り返してあげるわ!」
倒れた連中を通路まで運び終え、ようやく少女と対峙する。
「さてと、待たせたな」
「戦う?」
「ああ。できれば、明日以降も頼みたい」
「了解」
流石、話が早くて助かる──よォッ⁉
容赦の無い刺突を、間一髪のところで躱す。
あ、あぶねぇ。
もう副局長たちは帰国してしまっている。
つまり、怪我はそう簡単には治らない。
間を置かず、幾筋もの剣閃が迫りくる。
攻撃は二の次だ。
回避に全力を注ぐ。
まずは、この速度に慣れないと。
魔獣はもっと素早く動いてみせたはず。
これを避けられないで、どうして魔獣に敵うと言うのか。
斬られるのを恐れるあまり、体術に対する反応が遅れる。
殴られ、蹴られ、一方的な展開が繰り広げられた。
「ぐッ……」
「終わり?」
「まだだ。まだいける」
「そう。なら続ける」
「望むところだ!」
少女は学習している。
剣が当たらぬと知ってか、体術の頻度が増した。
時に剣を囮とし、時に剣を手放して。
素手でもなお、これほどの強さ。
回避が追い付かない。
防御を仕損じれば、すぐさま昏倒させられるだろう、重い一撃。
避ける頻度と入れ替わるように、攻撃を喰らう頻度が増えてゆく。
蓄積されてゆく痛みと疲労。
これが魔獣相手であったなら、もう何度死んでいることか。
情けない。
まだ油断が捨てきれてやしない。
死ぬことはないのだと、そんな思いが透けて見える。
10発中3発。
5発中2発。
2発中1発。
もうほぼ避けられてやしない。
見舞われる重撃。
足がまず止まり、次いで腕が上がらなくなった。
回避も防御も不可。
そこに満を持して、必殺の剣閃が揮われる。
「お姉様! それ以上はいけません!」
髪に剣が触れる。
縦に両断されるはずのそれが、頭頂にて静止していた。
「お姉様、もうお止しになってくださいまし。死んでしまいますわ」
「ん。続ける?」
「……いや、降参だ」
「そう」
剣を鞘に納めるなり、スタスタと歩み去ってゆく。
見上げる空は、未だ青さを保っている。
まだ日が沈むには幾分早い頃合いか。
大して戦えもしなかったらしい。
自重を支えきれず地面に倒れ込む。
「大丈夫ですの⁉ 意識はまだありまして⁉」
ハッ、ハハハッ、倒した取り巻きに助けられるとか、情けないにもほどがある。
「構うことはない。放っておいてくれ。動けるようになったら、寮に戻るさ」
「アナタ、頭がおかしいんじゃありませんこと⁉ もう少しで、お姉様に殺されるところでしたのよ⁉」
違いない。
どうかしてる。
こんなとこで死ぬわけにはいかないってのに。
真剣勝負を挑むには、時期尚早だったか。
「誰か、手を貸してくださいまし! 医務室へ運びますわよ!」
「……おい、人の話を聞いてたか? 放っておいてくれ」
「アナタがどのような性質の人間であれ、それでワタクシの行動が変わることはありませんわ」
ああ全く、情けない限りだぜ。
「アナタ……懲りずに今日もいらしたの? 正気でして?」
「戦闘訓練を頼む」
「了解」
「お姉様まで⁉ お止めになってくださいまし。彼は重傷ですわ。今度こそ死んでしまいます」
「で、ですよね。流石にやり過ぎって言うか……」
「いい加減、諦めなさいよね。敵わないって分からないわけ?」
ヨロヨロと壁を伝い、闘技場へと向かう。
その背に、説得だか罵倒だかの声が投げかけられる。
何だかんだ言いつつも、割とイイ奴等なんだな。
そうして辿り着いた闘技場で、少女に提案を持ちかける。
「当分の間は素手で相手してくれ。剣は無しで頼む」
「了解」
これならまあ、打撲程度で済むだろう。
いやいや、違うだろ。
打撲せずに済むよう、立ち回るんだ。
「そんな立つのもやっとな状態で、何を言っているのですか!」
「お姉様ぁ~、もうこんな危ない奴なんか放っておいて、帰りましょうよぉ~」
「そうですよ。付き合うことないです」
「邪魔。下がらないと危険」
「きゃッ⁉」
「お姉様? 今、話しかけて……え?」
気配が強まると同時、横っ跳びで躱す。
そうそう、魔獣はこんな感じだった。
反応はできる。
後は、体が付いて行けるかどうか。
思考を切り替えろ。
アレは魔獣。
一撃でも喰らうのはマズい代物だ。
痛みは忘れろ!
とにかく避けろ!
休まず体を動かせ!
そんな光景が日常と化す中、変化が生じ始めた。
「お姉様、ワタクシたちにも訓練をつけてくださいませんか?」
「うえぇッ⁉ ちょ、ちょっと何を言い出してるんですか⁉」
「アレは無理ですってば。初撃も避けられませんて」
「死んじゃうよぅ」
「だね。要らぬ怪我を負うだけさ」
「お黙りなさい! お姉様のお言葉を遮ってはなりません!」
「やる?」
「はい、是非に!」
そんな遣り取りのもと、授業後の戦闘訓練に取り巻きたちまでが加わった。
それも一瞬で蹴散らされるわけだが。
「つ、強い……ッ」
「生きてる……まだ生きてるよぅ」
「もう無理ぃ~」
「彼は、これを毎日続けているというの……? 信じられませんわね」
確実に手加減してるよな。
以前では見られなかった。
良い変化、と言えるのかどうか。
ともすれば、俺の所為で弱くしてしまったのではと、そう考えてもしまう。
「始める」
「ああ、今日も頼むぜ」
戦闘に於いても、変化が生まれた。
フェイントだ。
一撃を囮として、次の一撃を当てにくる。
かと思えば、二撃ともが囮で、その次こそ本命。
対人戦ならば有効だろう。
だが、魔獣相手に通用するものではない。
これは完全に良くない傾向だ。
そうではないんだ。
そんな風に変わって欲しかったわけじゃない。
ただ強く。
そうあり続けてさえいてくれれば。
それだけで良かったのに。
余分な行動は、当然時間を浪費してしまう。
魔獣と戦う際、その時間は致命的。
正さねば。
どうにかして、以前の彼女へと戻さねば。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




