51 医務室にて
魔術は用いず、肉弾戦を挑み続ける。
その行為自体は、入学試験の時と変わりはしない。
変わったのは、自身の心構えのほう。
全ての試合で手加減などせず。
対人ではなく、対魔獣を想定して行動を選択してゆく。
攻撃されれば、魔獣の一撃と思い回避に専念し。
攻撃する際は、魔獣の防御を突破するべく、相手の防御が脆い箇所を狙う。
とはいえ、所詮は勝手な妄想に過ぎないわけで。
実際の魔獣には遠く及ばない。
もっと素早く、もっと怪力で、もっと頑強だ。
それはある意味当然で。
単独で斃すことなど、そもそも想定されてはいない敵。
戦士団も騎士も、集団で一体を相手取るのが当たり前なのだ。
だからこそ、目指すべきはその先。
魔術であれば、局長を。
身体能力であれば、竜の名を冠する騎士を。
そうして対峙する。
学内最強。
銀髪の少女と。
戦闘時に於ける彼女の気配は別物に過ぎる。
魔獣の成体を彷彿とさせる、強烈な悪寒。
頭を過る、一瞬後の死の光景。
振り払うようにして、ひたすらに動き続ける。
その一撃は、金属製の盾を容易く両断してみせる威力。
喰らえば死ぬ。
回避は常に全力を強いられる。
それでも、切り傷が次々と刻まれてゆく。
避け切れない。
否、例え剣を避け切っても、空気すらも切り裂いているのか。
今もまた、傷が一つ刻まれた。
斬撃の方向へ避けてはダメだ。
が、縦はそれで良くとも、横を避けるのは至難の業。
時に跳び上がり、時に地面を転げ回って。
気が緩めば、観覧席からの嘲笑が聞こえてもくる。
そうして意識を逸らせば、体の傷はさらに増えた。
攻撃を加える隙が見出せない。
回避に専念するため、今回、盾は持ってきてはいない。
目標として定めるのは、彼女に勝つことではない。
彼女を通して、魔獣にこそ勝たなければ、意味がないのだ。
半年間の鍛錬。
僅かに備わった体力が、凄まじい勢いで消費されてゆく。
相手の勢いは衰えない。
対して、こちらの動きは精彩を欠いてゆく。
連続して揮われる剣技に、遂に足が縺れて回避が遅れた。
見舞われるのは、胴狙いの横薙ぎ。
何とか逃れようと跳び退くも、容易く剣に追いつかれる。
当たる。
避け切れない。
脳裏には、ありありと両断された自分の姿が浮かぶ。
咄嗟に体を丸め、腕と脚で以て最後の盾とする。
到達する剣。
次の瞬間、闘技場の壁面へと叩き付けられていた。
腕と脚の感覚が無い。
背中からは激痛。
視界が暗転し、意識が落ちる。
目覚めたのは医務室。
すぐそばには、見知った人物が座っていた。
眼鏡越しに、こちらを覗き込んでくる。
「気が付きましたか?」
「……何で、まだ生きてるんだ」
「もう、何て無茶な真似をするんですか。見ていて何度止めに入ろうと思ったことか」
「見てたのか……ですか」
「無理して口調を直す必要はありませんよ。彼女に感謝することです」
「それはどういう……?」
「最後、剣の持ち方を変えて、腹の部分で殴り飛ばしてくれたようです。そうでなければ、流石のワタシでも治せませんでした」
言われ、まだ手足が繋がっていることに気が付いた。
……強かった。
成す術が無かった。
以前、蹴りを当てられたのは、盾で一瞬でも攻撃を防いでいればこそだったのか。
「しかし残念でしたね。もう試験も終わったころでしょう」
「残念?」
「試験は総当たり戦だったのでしょう? キミは残りの対戦を全て棄権してしまいましたから。序列というモノにも入れたかどうか」
「ああ、そんなこと」
別にどうだって構いやしない。
卒業時に上位にさえついていればいい。
銀髪の少女は、俺よりも1年早く卒業してしまう。
それまでの間に、1回でも多く戦っておかねば。
強くなるために。
相応しい相手は、彼女をおいて他にない。
「悔しくはないのですか?」
「まあ……強いて言えば、弱いことが」
「それは男の子特有のモノですか? まったく、一番の重傷者がキミになるなんて。今後は、くれぐれも気を付けるように。ワタシたちは帰国してしまうんですからね」
なるほど、それは大変だ。
治癒魔術師を常駐させてくれると有難いのだが。
「怪我は治っていると思いますが、念の為、今晩は泊ってゆくように。いいですね?」
「はい」
「よろしい。お腹は空いていますか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか。では、少し席を外しますね。他の生徒を診に行ってきます。ああそれと、水は横の机に置いてありますから」
「分かりました」
「安静にしているように。では、また後で」
「──ようやく邪魔者が居なくなったか。いいザマだな、小僧」
またコイツか。
しつこいと言うか、懲りないと言うか。
治癒魔術師さえ来なければ、そうそう治る怪我ではなかったろうに。
その分、俺も助かったようなものだが。
「お蔭で最後の序列戦に参加できなかったんだ。たっぷりと礼をしてやらないとな」
そういや、コイツも5年生だったか。
後半年で卒業してくれるとはいえ、それまで付き纏われるのは面倒だな。
「どうした、怖気づいて声も出せないか? 外は見張らせてある。誰も助けには来ない」
幾ら土地が有り余ってるからって、医務室まで個室にした弊害かねぇ。
「さっきの女は知り合いか? いい女だ、小僧には勿体ない。どれ、代わりに仲良くしておいてやろう。色々と愉しま──」
勢いよく上体を起こし、喉を潰す。
「ごッ⁉」
俺はともかく、副局長にまで手を出すってのは見過ごせない。
彼女もまた恩人だ。
前回は随分と世話になった。
そして今回も。
「やっと気色の悪い校長が居なくなったと思ったら、まだこんなのが残ってたな」
「ぎ、ざま……ッ!」
今度は腹に一撃。
「うぼッ⁉ げふッ、がはッ!」
怪我では改心しなかったわけか。
ならどうしたものか。
「よ、ぐも……ゆる、ざん……ぞ!」
やっぱり懲りてはいないらしい。
仕様のない奴だ。
暗示を掛けておくか。
≪睡眠≫
精神魔術の初級。
素早く手で触れて、眠らせる。
と、事もあろうに、覆い被さるように倒れてきた。
咄嗟に殴り飛ばす。
派手に物音を立て、床を転がってゆく。
「──あのぉ、大丈夫っすか?」
む、そういや、部屋の外にも居たんだったか。
「うぐッ、ぐぞがぁッ。おい、でづだえ!」
こっちはこっちで起きちまったし。
「は、はい!」
「どうしたんすか⁉」
入って来たのは男子が2人。
まあいい、なら手伝ってもらうとするか。
指を向ける。
≪セット Α《アルファ》・Β《ベータ》≫
≪指人形≫
精神魔術の中級。
光る指は2本。
当然、与えるべき指示は──。
「倒れてる奴を殴れ」
「な、なんだよ……おい、やめッ、ぐるな」
「──どうして少し離れただけで、こんな状況になってるんですか!」
「そいつらの治療はしなくていい……です」
「そういうわけにはいきません!」
「連れてけ。全速力」
微かに呻き声を漏らす生徒の腕と脚を持ち、医務室から駆け出してゆく。
「あ、ちょっと、待ちなさい! キミ、何かして──」
「いいから、少し落ち着いてくれ……ください」
「その指……魔術を使っていますね。何でそんな真似を」
「寝込みを襲ってきた連中から、自分の身を守っただけだ……です」
「もう語尾を直さなくていいですから。普通に話してください」
「──なるほど、因縁のある生徒だったのですね。ごめんなさい、安易に離れるべきではありませんでした」
「いや、何も副局長が謝るようなことでは」
「もしまた寝ていたら、怪我してたのはキミのほうだったんですよ」
「どちらにしろ、悪いのは奴等のほうでしょう」
「結果的には、キミが一番悪いんですけどね。ハァッ、彼らを捜しに行かないと」
「まだ魔術を解いてはいないので、その必要はありませんよ。それと、怪我してた奴には、もう近づかないほうがいいでしょう」
「それはどういう……とにかく、こんなことを続けていたら、余計に悪印象を与えるばかりじゃありませんか。もっと行動を改めてください」
いいや、これでいいんだ。
慕われるぐらいなら、嫌われてるほうが何倍もマシだ。
俺は巻き込む側で。
巻き込まれる側の連中からしたら、今の関係こそが正しい。
「……とても納得してる表情ではありませんね。どうしてこう頑ななのでしょう」
「すみません」
「その言葉遣いにしてもそう。普通に話して構わないと再三言ってるのに」
「敬意を払うようにと、よく言われてましたから」
「誰にですか?」
言葉ではなく視線で答える。
「え、ワタシですか? そんな覚えは……って、もしかして」
「ええ。前回のことです」
「もう、キミって子は。そうやって、ワタシたちの知らない時間を、ずっとずっと繰り返しているんですよね」
これで四度目。
もう四度目なのだ。
何人を死なせ、何人を犠牲にしたことか。
今度こそ、今度こそは。
大事な人たちを犠牲になどせずに。
たとえ、他の人たちを見捨てようとも。
「前にも言いましたけど、キミは独りでは無いのですよ? ワタシも局長も協力を惜しむつもりはありません。もっと頼ってください」
「ありがとうございます」
前回、ギリギリのところで、どうにか助けられた。
けれども、その後はどうだったろうか。
あの時、魔獣を斃せるだけの力を身につけてさえいれば。
あるいは、違った結末を迎えられたかもしれない。
他者を頼みとするだけではダメなのだ。
分かっているはずなのに、実践できてやしない。
俺自身が強くなってみせる。
もう、目の前で誰かを喪わずに済むように。
「今日はこのまま付き添っていますから。安心して眠ってください。あと、先程の生徒たちは、ちゃんと元の状態に戻しておくように。いいですね?」
繰り返しの中で、大事な人が増えてゆく。
全員を喪わずに済む選択を。
間違えずに。
選び取らなければ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




