49 調査
一歩踏み出す。
途端に生じ始める頭痛。
一歩下がる。
頭痛が治まってゆく。
「此処だな」
「ふむ、城から商業区の此処までが、感応範囲というわけか。地図と物差しを」
「こちらに」
「……地図じゃとこの辺りになるか。もう数か所で試す。移動するぞい。人払いに当たっている人員を撤収せい」
「「ハッ」」
「まだやるのか?」
「当り前じゃ。しかし、こうも異なるとはのう……原因は何なんじゃ」
「何がだよ」
「いや、今はよい。馬車へ戻るぞ」
爺さんに続き、路地から出る。
人の往来を制限していたからか、何事かと人だかりが形成されていた。
「町中は面倒で敵わんな」
そんなボヤキを零しつつ、馬車へと乗り込んでゆく。
その後も、商業区のあちこちで停車しては、感応範囲を確かめてゆく。
「凡そ一定距離を保っておるようじゃな。そうなると、やはり解せぬ」
「どうかしたのか?」
「詳しくは宿で話す。撤収じゃ。今日の調査は切り上げるぞい」
「「ハッ」」
何かが気掛かりな様子。
だか、見当がつかない。
慌てずとも、宿で聞かされるようではあるが。
「って、宿ってなんだよ。寮に帰るんじゃないのかよ」
「当然じゃろう。感応範囲は凡そ把握できたんじゃ。この結果を基にして、明日からは本格的な帝都内の調査をすることになるわい」
何がどう当然なんだか。
「どれ、明日は趣向を変えてみるとするかのう」
しかも不穏なことを言いだす始末。
やるのは俺だろうに、勝手なもんだぜ。
銀髪の少女と共に、宿の一室へと集められた。
「確か、2人が戦った際、干渉があったはずじゃな」
「あ? 突然何だよ」
「いいから答えんか。声を聞いたか? それとも頭痛のみか?」
「声だったな」
「……何か条件があるのか」
「おい、説明するんじゃなかったのか?」
「そう言えば、嬢の様子もおかしかったのう。嬢や、あの時、何があったんじゃ?」
「命令?」
「そうじゃ、答えよ」
「了解。戦闘した。頭痛した。気絶した」
「ふむう。嬢は御子でないのは確かじゃ。にも拘わらず、頭痛で気絶するなど、普通では考えられん」
なるほどな。
爺さんは一つ、勘違いをしているわけだ。
少女を気絶せしめたのは、干渉とやらではなく俺の魔術によるもの。
とはいえ、念話について教えるのは、余りにも危険過ぎる。
すっとぼけるしかないか。
「なあ、何がそんなに疑問なんだ?」
「まだ分からんのか? 感応距離に決まっとろうが。今日の調査では商業区が精々じゃ。だというに、以前は闘技場まで届いておった。誤差の範疇を逸脱しておる」
言われてみれば確かに。
そもそもが、王国の川岸だって、今回よりも遠いだろうしな。
「……嬢と共におることが条件ではない。ならば、戦闘か? 因子が活性化でもしおるのじゃろうか」
ブツブツと独り言を続けている。
王国の件は見当もつかないが、闘技場の件は、思い当たる節が無いでもない。
念話だ。
干渉ってのは念話に近いモノに思える。
加えて、闘技場では、全力で念話を使用してもいた。
通常、念話は受け手側の能力になど依存しない。
届く距離は、そのまま発動した術者の力量にのみ依存している。
だが、相手は人ではなく竜。
もしかしたら、こちらの使用した念話にすら、干渉し得るのかもしれない。
「どうにも決め手に欠けるわい。流石に、町中で戦闘させるわけにもゆかぬしのう」
「勘弁してくれ」
「仕方がない。当初の予定どおりに、他の方法を試してみるとするか」
その当初の予定とやらを、聞かせてもらってはいないのだが。
「ほれ、これで耳と鼻を塞げ。後は路上に腰を下ろし、目を閉じたら終いじゃ」
「は?」
「過去の実験結果から、他の感覚を遮ることで、より精度が増すことが分かっておるでな」
「鼻もかよ」
「鼻もじゃ。早うせんか。調査地点はまだまだあるんじゃぞ。今日のノルマを達成するまで、宿には戻れんと心せい」
昨日に引き続き、商業区での調査。
しかしながら、今日は注文が付け加えられていた。
「ハァッ、やればいいんだろやれば」
「そうじゃ」
やれやれだ。
こんなもんで、いったい何が変わるってんだか。
指示に従い、路上に腰を下ろして、耳栓と鼻栓を着ける。
……無様だ。
「これ、目も閉じんか」
完全には音を遮れないのか、くぐもった声が聞こえてきた。
大人しく目を閉じる。
決して無音ではないものの、喧騒が遠ざかる。
以前には無かった感覚。
気配を感じる。
一際強いのは、少女の気配。
暗闇の中にあって、そこだけ光り輝いているかのようだ。
他に感じるのは、周囲に展開した騎士たちの気配。
その外側に、住民たちの気配がある。
遠く。
さらに遠くへと、意識を向ける。
何かがあった。
『────────』
「ぐあッ⁉」
強烈な頭痛が襲いくる。
『────────』
「あ、がぁッ⁉」
何かが頭の中に……。
けど、分からない、理解できない。
「反応が妙じゃな。これ、もうよい、目を開けんか!」
頭が、割れ、る……。
早く、遮断、を、使わ、ない、と……。
≪遮断≫
精神魔術の中級。
「──カハッ! ハァッハァッ」
頭痛が引いてゆく。
くそッ、相変わらずとんでもないな。
「しっかりせい!」
「あ? ああ、もう大丈夫だ」
鬱陶しい栓を外す。
「何があったんじゃ?」
「分からない。けど、頭痛だけじゃなかった。何かが頭の中に入ってきたような……」
声ではなかった、と思う。
いや、より正確には、言葉ではなかった、と表するべきか。
あれは……叫び、なのか?
声ならぬ声。
感情の塊のようなモノが、一気に流れ込んできたような。
「つまりは、昨日よりも強い感覚じゃったんじゃよな?」
「ああそうだ」
「そうかそうか。ならば結構。調査に際しては、この手法を採用するとしよう」
「んだと? こっちは死にそうな目に遭ってるんだぞ!」
「じゃが、こうして生きておるではないか。その命が続く限り、帝国に貢献してもらうぞい」
チッ、やっぱりコイツは信用ならない。
結局のところ、便利な道具ぐらいにしか見なされてない気がする。
「となれば、この手法の感応範囲を調べなくてはいかんのう。ほれ、いつまで座り込んでおるんじゃ。さっさと馬車へ戻らんか」
何度も何度も頭痛が襲う。
その度に遮断で防ぐ。
「随分と反応が鈍くなってきたのう」
いい加減、この感覚にも慣れてきたしな。
とはいえ、耐えられる類いじゃない。
慣れてきたのは、遮断するタイミングのほう。
頭痛が生じてから発動していたのを、徐々にその兆候を捉えて発動するように工夫してみた。
その甲斐あって、最初ほどの痛みは覚えずに済んでいる。
できれば、無意識で発動できるようになりたいもんだ。
あんな激痛、そうそう味わいたくはない。
「この手法じゃと、距離が伸びこそしたものの、如何せん数値が安定せんようじゃのう。ううむ、御子の状態に左右されておるのか?」
「もう夜だぞ。まだ続けるのか?」
「そうじゃな、今日のところは終いにするか」
帝都中を移動させられ続けること数日。
ようやく解放され、寮へと帰ってくることができた。
寮がこれほど有難く思えるとは。
「……ん? 何か騒がしいな」
寮から……ではなく、校舎のほうから聞こえるのか?
半月あったはずの休校期間も、残り僅か。
怪我してた連中はともかく、帰省してた連中が帰ってきたのかね。
いや、それなら寮が騒がしくなりそうなもんだが。
何とはなしに、校舎へ向かってみる。
と、すぐに人だかりに気が付いた。
あの辺りは確か、医務室だったか。
今更見舞いとかってオチか?
近付くのは避けたほうがいいだろう。
何せ、連中の大多数は、俺にやられたとでも思っているに違いない。
強ち間違いでもないが。
踵を返して、寮へと向かう。
『やっと見つけました! もう、何処に行っていたんですか?』
「うおッ⁉」
突然、念話が響いてきた。
しかもこの声は──。
『今は手を放せないので、夜になったら、忘れずに訪ねて来てください』
慌てて声の主を探す。
どうして此処で、彼女の声がするんだ?
しかしどうしたことか、見渡した限りには居やしない。
不審に思いつつも、連中に目をつけられるのは厄介だ。
諦めて、時間を改めることにする。
夜の校舎。
人気の失せた建物は、昼間とは別物のようだ。
「ちゃんと来ましたね」
そんな中、一人佇んでいたのは、見覚えのある眼鏡を掛けた女性。
「副局長……どうして此処に?」
「キミにそう呼ばれるのは、どうにも慣れませんね。此処へは治癒魔術師として派遣されてきたんです」
治癒魔術師として?
何か、最近そんな話を聞いたような。
「何でも、大量に怪我人が出たとかで、帝国から要請があったんですよ。キミと連絡を取るついでに、こうして参加したわけです」
あー、そういや、爺さんがそんな感じのことをぼやいてたな。
「なるほど、そういうわけでしたか」
「納得してくれましたか? では、移動しましょう。宛がわれている部屋があるので、そちらで話を聞かせてください」
「分かりました」
私室に案内された後、これまでの経緯を話して聞かせた。
「──そうですか。この短い期間で、随分と進展があったのですね」
「はい。それで今後のことなんですが、俺はこのまま騎士を目指そうと思います」
「そう結論を急がないでください。局長に判断を仰ぎましょう」
「ですが」
「話を最後まで聞きなさい。治癒魔術師の派遣に際し、局長も帝国へいらしています。明日にも連絡を取ってみますから」
局長まで帝国に来てたのか。
試験での一件が、思わぬ結果に繋がったな。
「キミは独りじゃありません。ワタシたちが付いています。ですから、無理し過ぎないでくださいね」
「ありがとうございます」
「もう、見た目は子供なのに、口調は相変わらずですね」
魔術局では随分と世話になった。
口調もそのときの癖が抜けきらない。
もちろん、前回の話ではあるのだが。
「すみません」
「いえ、謝るようなことではありません。けど、もっと気楽に話して大丈夫ですからね」
ハハハッ、前とは逆だな。
むしろ言葉遣いをよく注意されたもんだ。
懐かしい。
が、この思いは、誰に共感されるわけもない。
「学校生活はどうですか?」
「問題ありません」
「本当に?」
「はい」
「友達はできました? あ、もう彼女ができてたりとか」
「いえ、遊びに来たわけではないですから」
「……キミの覚悟は立派に思います。けど、今この時間は、キミの人生でもあるんです。どうか、それを忘れないでください」
「もちろんです」
忘れるわけがない。
間違えてもいやしない。
こうしているのは全て、怪物を斃すためだ。
今回こそは、必ず。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




