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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
七章 四周目 騎士学校
58/97

49 調査

 一歩踏み出す。


 途端に生じ始める頭痛。


 一歩下がる。


 頭痛が治まってゆく。



「此処だな」


「ふむ、城から商業区の此処までが、感応範囲というわけか。地図と物差しを」


「こちらに」


「……地図じゃとこの辺りになるか。もう数か所で試す。移動するぞい。人払いに当たっている人員を撤収せい」


「「ハッ」」


「まだやるのか?」


「当り前じゃ。しかし、こうも異なるとはのう……原因は何なんじゃ」


「何がだよ」


「いや、今はよい。馬車へ戻るぞ」



 爺さんに続き、路地から出る。


 人の往来を制限していたからか、何事かと人だかりが形成されていた。



「町中は面倒で敵わんな」



 そんなボヤキを零しつつ、馬車へと乗り込んでゆく。






 その後も、商業区のあちこちで停車しては、感応範囲を確かめてゆく。



おおよそ一定距離を保っておるようじゃな。そうなると、やはり解せぬ」


「どうかしたのか?」


「詳しくは宿で話す。撤収じゃ。今日の調査は切り上げるぞい」


「「ハッ」」



 何かが気掛かりな様子。


 だか、見当がつかない。


 慌てずとも、宿で聞かされるようではあるが。



「って、宿ってなんだよ。寮に帰るんじゃないのかよ」


「当然じゃろう。感応範囲はおおよそ把握できたんじゃ。この結果をもとにして、明日からは本格的な帝都内の調査をすることになるわい」



 何がどう当然なんだか。



「どれ、明日は趣向を変えてみるとするかのう」



 しかも不穏なことを言いだす始末。


 やるのは俺だろうに、勝手なもんだぜ。






 銀髪の少女と共に、宿の一室へと集められた。



「確か、2人が戦った際、干渉があったはずじゃな」


「あ? 突然何だよ」


「いいから答えんか。声を聞いたか? それとも頭痛のみか?」


「声だったな」


「……何か条件があるのか」


「おい、説明するんじゃなかったのか?」


「そう言えば、嬢の様子もおかしかったのう。嬢や、あの時、何があったんじゃ?」


「命令?」


「そうじゃ、答えよ」


「了解。戦闘した。頭痛した。気絶した」


「ふむう。嬢は御子みこでないのは確かじゃ。にも拘わらず、頭痛で気絶するなど、普通では考えられん」



 なるほどな。


 爺さんは一つ、勘違いをしているわけだ。


 少女を気絶せしめたのは、干渉とやらではなく俺の魔術によるもの。


 とはいえ、念話について教えるのは、余りにも危険過ぎる。


 すっとぼけるしかないか。



「なあ、何がそんなに疑問なんだ?」


「まだ分からんのか? 感応距離に決まっとろうが。今日の調査では商業区が精々じゃ。だというに、以前は闘技場まで届いておった。誤差の範疇を逸脱しておる」



 言われてみれば確かに。


 そもそもが、王国の川岸だって、今回よりも遠いだろうしな。



「……嬢と共におることが条件ではない。ならば、戦闘か? 因子が活性化でもしおるのじゃろうか」



 ブツブツと独り言を続けている。


 王国の件は見当もつかないが、闘技場の件は、思い当たるふしが無いでもない。


 念話だ。


 干渉ってのは念話に近いモノに思える。


 加えて、闘技場では、全力で念話を使用してもいた。


 通常、念話は受け手側の能力になど依存しない。


 届く距離は、そのまま発動した術者の力量にのみ依存している。


 だが、相手は人ではなく竜。


 もしかしたら、こちらの使用した念話にすら、干渉し得るのかもしれない。



「どうにも決め手に欠けるわい。流石に、町中で戦闘させるわけにもゆかぬしのう」


「勘弁してくれ」


「仕方がない。当初の予定どおりに、他の方法を試してみるとするか」



 その当初の予定とやらを、聞かせてもらってはいないのだが。






「ほれ、これで耳と鼻を塞げ。後は路上に腰を下ろし、目を閉じたら終いじゃ」


「は?」


「過去の実験結果から、他の感覚を遮ることで、より精度が増すことが分かっておるでな」


「鼻もかよ」


「鼻もじゃ。早うせんか。調査地点はまだまだあるんじゃぞ。今日のノルマを達成するまで、宿には戻れんと心せい」



 昨日に引き続き、商業区での調査。


 しかしながら、今日は注文が付け加えられていた。



「ハァッ、やればいいんだろやれば」


「そうじゃ」



 やれやれだ。


 こんなもんで、いったい何が変わるってんだか。


 指示に従い、路上に腰を下ろして、耳栓と鼻栓を着ける。


 ……無様だ。



「これ、目も閉じんか」



 完全には音を遮れないのか、くぐもった声が聞こえてきた。


 大人しく目を閉じる。


 決して無音ではないものの、喧騒が遠ざかる。


 以前には無かった感覚。


 気配を感じる。


 一際強いのは、少女の気配。


 暗闇の中にあって、そこだけ光り輝いているかのようだ。


 他に感じるのは、周囲に展開した騎士たちの気配。


 その外側に、住民たちの気配がある。


 遠く。


 さらに遠くへと、意識を向ける。






 何かがあった。



『────────』


「ぐあッ⁉」



 強烈な頭痛が襲いくる。



『────────』


「あ、がぁッ⁉」



 何かが頭の中に……。


 けど、分からない、理解できない。



「反応が妙じゃな。これ、もうよい、目を開けんか!」



 頭が、割れ、る……。


 早く、遮断、を、使わ、ない、と……。



 ≪遮断ブロック



 精神魔術の中級。



「──カハッ! ハァッハァッ」



 頭痛が引いてゆく。


 くそッ、相変わらずとんでもないな。



「しっかりせい!」


「あ? ああ、もう大丈夫だ」



 鬱陶しい栓を外す。



「何があったんじゃ?」


「分からない。けど、頭痛だけじゃなかった。何かが頭の中に入ってきたような……」



 声ではなかった、と思う。


 いや、より正確には、言葉ではなかった、と表するべきか。


 あれは……叫び、なのか?


 声ならぬ声。


 感情の塊のようなモノが、一気に流れ込んできたような。



「つまりは、昨日よりも強い感覚じゃったんじゃよな?」


「ああそうだ」


「そうかそうか。ならば結構。調査に際しては、この手法を採用するとしよう」


「んだと? こっちは死にそうな目に遭ってるんだぞ!」


「じゃが、こうして生きておるではないか。その命が続く限り、帝国に貢献してもらうぞい」



 チッ、やっぱりコイツは信用ならない。


 結局のところ、便利な道具ぐらいにしか見なされてない気がする。



「となれば、この手法の感応範囲を調べなくてはいかんのう。ほれ、いつまで座り込んでおるんじゃ。さっさと馬車へ戻らんか」






 何度も何度も頭痛が襲う。


 その度に遮断で防ぐ。



「随分と反応が鈍くなってきたのう」



 いい加減、この感覚にも慣れてきたしな。


 とはいえ、耐えられる類いじゃない。


 慣れてきたのは、遮断するタイミングのほう。


 頭痛が生じてから発動していたのを、徐々にその兆候を捉えて発動するように工夫してみた。


 その甲斐あって、最初ほどの痛みは覚えずに済んでいる。


 できれば、無意識で発動できるようになりたいもんだ。


 あんな激痛、そうそう味わいたくはない。



「この手法じゃと、距離が伸びこそしたものの、如何せん数値が安定せんようじゃのう。ううむ、御子みこの状態に左右されておるのか?」


「もう夜だぞ。まだ続けるのか?」


「そうじゃな、今日のところは終いにするか」






 帝都中を移動させられ続けること数日。


 ようやく解放され、寮へと帰ってくることができた。


 寮がこれほど有難く思えるとは。



「……ん? 何か騒がしいな」



 寮から……ではなく、校舎のほうから聞こえるのか?


 半月あったはずの休校期間も、残り僅か。


 怪我してた連中はともかく、帰省してた連中が帰ってきたのかね。


 いや、それなら寮が騒がしくなりそうなもんだが。


 何とはなしに、校舎へ向かってみる。


 と、すぐに人だかりに気が付いた。


 あの辺りは確か、医務室だったか。


 今更見舞いとかってオチか?


 近付くのは避けたほうがいいだろう。


 何せ、連中の大多数は、俺にやられたとでも思っているに違いない。


 あながち間違いでもないが。


 踵を返して、寮へと向かう。



『やっと見つけました! もう、何処に行っていたんですか?』


「うおッ⁉」



 突然、念話が響いてきた。


 しかもこの声は──。



『今は手を放せないので、夜になったら、忘れずに訪ねて来てください』



 慌てて声の主を探す。


 どうして此処で、彼女の声がするんだ?


 しかしどうしたことか、見渡した限りには居やしない。


 不審に思いつつも、連中に目をつけられるのは厄介だ。


 諦めて、時間を改めることにする。






 夜の校舎。


 人気の失せた建物は、昼間とは別物のようだ。



「ちゃんと来ましたね」



 そんな中、一人佇んでいたのは、見覚えのある眼鏡を掛けた女性。



「副局長……どうして此処に?」


「キミにそう呼ばれるのは、どうにも慣れませんね。此処へは治癒魔術師として派遣されてきたんです」



 治癒魔術師として?


 何か、最近そんな話を聞いたような。



「何でも、大量に怪我人が出たとかで、帝国から要請があったんですよ。キミと連絡を取るついでに、こうして参加したわけです」



 あー、そういや、爺さんがそんな感じのことをぼやいてたな。



「なるほど、そういうわけでしたか」


「納得してくれましたか? では、移動しましょう。宛がわれている部屋があるので、そちらで話を聞かせてください」


「分かりました」






 私室に案内された後、これまでの経緯を話して聞かせた。



「──そうですか。この短い期間で、随分と進展があったのですね」


「はい。それで今後のことなんですが、俺はこのまま騎士を目指そうと思います」


「そう結論を急がないでください。局長に判断を仰ぎましょう」


「ですが」


「話を最後まで聞きなさい。治癒魔術師の派遣に際し、局長も帝国へいらしています。明日にも連絡を取ってみますから」



 局長まで帝国に来てたのか。


 試験での一件が、思わぬ結果に繋がったな。



「キミは独りじゃありません。ワタシたちが付いています。ですから、無理し過ぎないでくださいね」


「ありがとうございます」


「もう、見た目は子供なのに、口調は相変わらずですね」



 魔術局では随分と世話になった。


 口調もそのときの癖が抜けきらない。


 もちろん、前回の話ではあるのだが。



「すみません」


「いえ、謝るようなことではありません。けど、もっと気楽に話して大丈夫ですからね」



 ハハハッ、前とは逆だな。


 むしろ言葉遣いをよく注意されたもんだ。


 懐かしい。


 が、この思いは、誰に共感されるわけもない。



「学校生活はどうですか?」


「問題ありません」


「本当に?」


「はい」


「友達はできました? あ、もう彼女ができてたりとか」


「いえ、遊びに来たわけではないですから」


「……キミの覚悟は立派に思います。けど、今この時間は、キミの人生でもあるんです。どうか、それを忘れないでください」


「もちろんです」



 忘れるわけがない。


 間違えてもいやしない。


 こうしているのは全て、怪物をたおすためだ。


 今回こそは、必ず。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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