48 休校
あの後、試験は当然の如く、中断を余儀なくされた。
負傷者が多数に及ぶため、予定を前倒しにして休校とし、生徒の回復を待ってから試験を再開するそうだ。
そんなわけで、事態を聞きつけた爺さんに呼び出しを喰らった。
「盛大にやらかしおったな」
「おいおい、責任を問うべき相手が違うんじゃないか?」
「抜かせ。奇跡的に死者こそ出なんだが、怪我人は百人以上おるんじゃぞ。その中には、校長も含まれておる始末じゃ」
「そいつは災難だったな」
「しらばっくれるでない。目撃者の証言からして、其方の仕業であることなど明白じゃわい」
「いやいや、どう考えても校長の責任だろ。野郎が生徒を巻き込んだ張本人だ。あの場に居合わせた生徒なら、それも目撃してるはずだぜ」
「其方に言われんでも分かっとるわい。陛下のご不快を買うのは、最早避け得ぬ事態にまで及んでおる。何せ、王国の治癒魔術師を頼らねばならぬのじゃ」
「普通に試験をやってさえいれば、あんなことにはならなかっただろうさ」
「序列上位の者が一名、重傷とも聞き及んでおるが? 大規模な乱闘があったとはいえ、その辺の生徒に後れを取るとも思えん。何ぞ申し開きはあるか?」
「そいつは気の毒にな。日頃の行いでも悪かったんだろうさ」
「……フゥ、もうよい、黙っとれ」
呼び出しといてそれかよ。
我ながら上手く収拾をつけたつもりだったんだがな。
不幸中の幸いだったのは、試験直後の銀髪少女が、あの場に居合わせなかったことに尽きる。
もし彼女に参戦されていたら、無事では済まなかったに違いあるまい。
「当初の予定とは、大分狂いが生じておる。明日にも調査に向かうぞい」
「俺は別に今日でも構わないがな」
「我輩とて、できることならそうしておるわい。其方らの所為で、後任人事やらの事後処理をせねばならんのじゃ」
「校長が代わるのか?」
「当然じゃ。責任とは立場ある者が取るのが道理。加えて、此度の事態は当人の過失じゃからのう」
そいつは結構なことだ。
これでもう、余計なちょっかいを掛けられずに済む。
「これ以上、余計な真似をされては敵わん」
「ハハハ」
「笑いごとでは無いわい」
「いやなに、丁度同じようなことを考えてたんで、ついな」
「気楽なもんじゃな。もう下がって構わん。明日の準備でもしておれ。朝食を終えたころに迎えを寄越すでな」
「へいへい」
「おっと、そうじゃった。ついでに嬢へも伝えておくように頼むぞい」
「あ? なら一緒に呼び出せば良かっただろ」
「叱責を受けるべきは其方のみじゃ。呼び出すには値せぬ」
「俺も被害者だっての」
「ともかく、任せたぞい。我輩は誰ぞの所為で忙しい身ゆえな」
「ああそうかい」
取り巻き連中が居ると、まず間違いなく面倒事になるだろう。
できれば、行きたくはないんだがな。
休校中だし、邪魔者は帰省しててくれると助かるね。
妙なもので、同じ造りのはずなのに、別学年の寮というだけで、雰囲気が違う。
またも悪目立ちし過ぎた所為か、帰省しなかった生徒たちが、俺を見るなり踵を返してゆく。
まあ、それはいい。
周囲の様子に構わず、管理人室で少女の部屋を尋ねる。
「アナタ、例の1年生よね。お姉様に何の御用かしら」
「あ?」
すんなり教えてもらったと思いきや、遠巻きにしていた生徒の幾人かが、詰め寄ってきた。
全員女。
いちいち顔まで覚えてないが、言動からして、例の取り巻き連中なのだろう。
「例のってのが何かは知らないが、1年なのは間違いないね。んじゃ」
「コイツ!」
「1年のくせに生意気よ!」
「待ちなさい。まだ話は終わってないわ」
「……何だよ。アンタらに用事は無いんだが」
「お姉様のお部屋を訪ねるおつもり?」
「だったら?」
「お姉様のお部屋は不可侵。何人も立ち入ることおろか、中を窺うことさえ許されないわ。さっさと自分の寮へ戻りなさい」
「そうよそうよ!」
「帰れ! 帰れ!」
やれやれだ。
さっそく厄介なのに絡まれたってわけか。
だから来たくなかったんだが。
「伝言を頼まれてるだけだ。部屋に入るつもりも、中を見るつもりもない」
相手は女。
試験はあんな騒ぎになったわけだが、積極的に事を構えたくはない。
「伝言ですって? いいわ、なら代わりに伝えておいてあげるから、内容を教えて頂戴な」
さて、どうしたものか。
言うとおりに伝えるかも怪しい。
が、内容自体が、明日から出掛けるってなもんだ。
言えば余計に騒ぎ出すに違いあるまい。
「遠慮しとくよ」
「はあぁ? アナタ、自分の立場ってものが分かってないわけ?」
「立場がどうしたって?」
「あれだけの騒ぎを起こしておいて、よくもまあ、平然と在籍してられるわね」
「試験の件を言ってるのか? なら、俺は被害者筆頭のはずなんだが」
「ふざけないで!」
いやいや、ふざけてはいないんだが。
ま、どうせ何を言っても納得などしないのか。
「先輩も同級生も、大勢が怪我したのよ! それを──絶対に許さない!」
「そうかい。どう思うかはアンタの勝手だ。好きにしたらいいさ」
「アンタさぁ、空気読みなさいよね」
「ホントよ、どういう神経してるわけ?」
こんな子供が騎士になるってわけか。
ならいずれ、俺が戦場へ駆り出すことになるんだよな。
今此処で、騎士を諦めさせてやることが、優しさってやつなのかね。
「怪我ぐらいで動揺するなら、騎士には向いてないんじゃないか?」
「何ですって!」
「そんな調子で魔獣と戦えるのか? 本当に覚悟ができてるのか?」
「何よコイツ、頭おかしいんじゃないの」
「1年のくせに、何様のつもりなわけ」
「いざ戦場に立って後悔するぐらいなら、今の内に考え直すことだな」
それ以上は構わず、背を向ける。
「あ、コラ、待ちなさい!」
「勝手に話を終わらせてるんじゃないわよ!」
脚力に任せて、一気に引き離す。
コンコン。
……中からの反応は無い。
コンコン。
……まさか、あれだけ苦労して、不在だったりしないよな。
「おい、居ないのか? 爺さんからの伝言が──」
と、そこまで言いかけて、ふと思い至る。
ここでも命令待ちか?
「あー、頼む。居るなら返事してくれ」
「いる」
やっぱりか。
先程の件もあるし、このまま扉越しに用件を伝えてしまおう。
「明日の朝食後、調査に向かうから準備しとけって爺さんが言ってたぜ」
「何の準備?」
「あ? それはまあ、着替えでいいんじゃないか」
「了解」
「用件はそれだけだ。じゃあ、また明日な」
「ん」
建物伝いに、声や足音が近づいてきている。
中々に執念深い連中のようだ。
遭遇する前に、さっさと退散するに限る。
翌朝、寮の前に馬車が何台も連なっていた。
「おいおい、また随分と多いな」
「今回の調査は帝都じゃからな。人避けの人員も兼ねておる」
「帝都って、此処もそうだよな」
「左様。今回は其方の感応範囲を正確に測ることが主な目的じゃでな。と、要らぬ衆目を集めておるようじゃな。さっさと乗り込め。道すがら説明するぞい」
「分かった」
「荷物はこちらへどうぞ」
「ん、ああ、お願いします」
手荷物を騎士に預け、爺さんに続いて、箱馬車へと乗り込む。
箱馬車はこの一台のみ。
他は幌馬車ばかりだ。
馬車に荷物を積み終えたのか、ゆっくりと動き出した。
「さてと、何処まで話したんじゃったか」
「範囲を測るとか何とか」
「そうそう、そうじゃったな。首飾りを外した状態に於ける感応範囲を測り、その結果を元にして、帝都内を調査してゆく」
「そんな近場にあるもんかね」
「まあ、恐らくは無いじゃろう。本格的な調査を開始するのは、また半年後じゃな」
「半年後?」
「もう失念しおったのか? 試験後の休校期間を使うんじゃから、当然じゃろう」
「そういや、まだやるんだったか」
「惚けるでない。今回の試験ですら、まだ終わってはおらんのじゃ。今度は余計な手間を増やすでないぞ」
「何もされなければな」
俺は極めて模範的な生徒と言っていい。
話す相手がいないから、私語の類いは一切ない。
勉強に於いては、帝国の歴史以外なら、復習しているようなもの。
実技もまあ、体力を除けば他の追随を許さないほどだ。
本来であれば、これほど悪目立ちすることも無かったはず。
これも全て、例の校長こそが端を発している。
「なまじ強いことが、なお質が悪いのう」
俺が強い、ねぇ。
ハッ、皮肉もいいとこだ。
繰り返しの影響が無ければ、ただの凡人に過ぎない。
今にしたって、必要なだけの強さが得られてるとは言い難い。
怪物は言うに及ばず、魔獣にだって通用するかどうか。
ただの一度だって、討伐してみせたことはない。
幼生体ぐらいなら、斃せる程度の力はあったりするのか?
「城勤めともなれば、黒鉄が性根を叩き直してもくれるじゃろうがな」
「くろがね? 誰だよそいつは」
「覚えておらんか? 謁見の間にて、嬢と一緒におった騎士じゃ」
「アイツが黒竜じゃないのか?」
「違わん。単に呼び方が異なっておるだけじゃ」
何だよ、ややこしい呼び方しやがって。
アイツも赤竜と同程度の強さを有しているはず。
城勤めになれば、接触する機会も自ずと増えるはずだよな。
「皇帝の護衛なんだよな」
「戯け! 皇帝陛下、もしくは、陛下とお呼びせんか!」
「悪かったって。そうカッかするなよ」
「全く、これじゃから最近の若いもんは……」
「確か、試験の序列が上なら、城に行けるんだったよな?」
「騎士に叙されると、まずは城勤めとなる。そこである程度の教育を受け、他の任務に就くのじゃ」
「まだ何か習う必要があるのかよ」
「そうに決まっとるじゃろうが。其方のおった王国の学院とて、5年で終いというわけではなかろうに」
そういや、初等部は5年制だったか。
騎士学校も5年制だし、何か関係あるのかね。
「そうでもない。進級せず辞める奴だって少なくない」
「……妙なことを言いおるな。其方が在籍しておった期間は、そう長くはないはずじゃがのう」
「何かおかしいか? 聞いた話を、そのまま言っただけだ」
おっと、余計なことまで喋り過ぎたか。
この爺さんが信用に足る人物かは、判断がつきかねるしな。
局長たちみたく、俺の事情を伝えるのは、どうにも躊躇われる。
「まあよい。そろそろ居住区に入る頃合いか。首飾りは外しておくようにな」
「ああ、分かった」
頭痛が酷くなるようなら、迷わず遮断を使っておこう。
前のようにはなりたくないしな。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




