47 前期試験
入学時の印象がマズかったのだろう。
騎士学校での生活が始まり、しばらく経過したわけだが、それはもう見事なまでに孤立しまくっていた。
誰も彼もが一切関わろうとしやしない。
とはいえ、だ。
実年齢というのか、繰り返しを通じて精神年齢は加算され続けているわけで。
今更、親子以上も歳の離れた連中と、友人関係を築こうとも思わない。
一方で、例の少女はと言えば。
心配は杞憂に過ぎなかった。
友人と呼べるのかは多少疑問の余地はあるものの、多くの者に慕われている様子。
何だったら崇拝されているとさえ言えるほどに。
最早恒例となった、眼前で繰り広げられる日常風景。
彼女を中心として、群衆が形成されていた。
「お姉様がお通りになります。道をお開けなさい」
「次の授業は校庭で演習ですね、お姉様ぁ~。お着替え、お手伝いします~」
「ちょっとアナタ、お世話役は当番制なのをお忘れになって? でしゃばるのも大概になさい」
「お姉様に話しかけるなど、恐れ多いにもほどがありますわ。ご自重なさって」
「我々はただ、お姉様にご奉仕するのみ。お言葉を賜ろうなどと、思うことすらおこがましい」
「ですです。抜け駆け禁止」
「だってぇ~」
「やれやれ。どうにもやり方が過剰に思えるけどね」
「お姉様の歩みを妨げるなど、あってはなりません。さあ、お退きなさい」
「男子! お姉様に視線を向けたら承知しませんよ!」
んな理不尽な。
とまあこんな具合に、親衛隊とやらが常に周囲を固めている状態だった。
食堂など、生徒の集まり易い場では、さらにその数を増してみせる。
彼女は貴重な戦力。
是非とも協力関係を形成しておきたい。
とは思うのだが、話し掛けることはおろか、接近することもままならず。
無為な時間だけが過ぎてゆく。
半年ほどが過ぎたころ。
とある一室へと呼び出された。
「久方ぶりじゃな、二人共。何ぞ問題を起こしたりはしておらんじゃろうな?」
「問題無い」
「右に同じく」
「結構結構。どうやら、然しもの校長も、余計な真似はしておらんようじゃな」
そういや、最初こそアレだったが、もう顔も見せなくなったな。
頻繁に見たいような奴ではないが。
「呼び出したのは他でもない、例の調査についての予定が決まったのでな。休校期間に合わせ、最初の調査に向かうぞい」
「ん? 学校が休みの期間があるのか?」
「何故に生徒の其方が知らぬのじゃ」
いやまあ、話を聞けるような相手も居ないもんでね。
「もうすぐ定期試験の時期じゃ。その後、半月ほどが休みとなる」
「ふーん」
試験がどうとかってのは、ちらほらと耳にはしていたな。
「呑気なもんじゃな。油断しておると怪我では済まんぞい」
「たかが試験で、何で怪我することになるんだよ」
「王国の学院ではどうだったか知らんが、此処で言う試験とは、すなわち実戦じゃ」
「あ?」
「其方が此処へ来た初日を覚えとらんのか? アレと似たようなもんじゃ」
「おいおい、またやんのかよ」
「むしろ、アレのほうが異例じゃったんじゃ。試験は年に2回。半年後にも行われるわい」
「あんなもんで何を試験するってんだか」
「重要なのは試験で決定される序列のほうじゃ。最終学年では、その序列に従い騎士に叙されることになるからのう」
へぇ、そんな仕組みがあったのか。
「ちなみに、現在の序列1位は、そこな嬢じゃでな」
「そりゃあそうだろうよ」
コイツよりも強い生徒なんざ、そうそういて堪るかっての。
「先々のことも考えると、其方も騎士となったほうが、何かと都合が良かろう」
「王国出身なんだぞ? 留学してるだけだってのに、帝国の騎士になれるのかよ?」
「王国が帝国の意向に逆らえると思うとるのか?」
帝国から独立したのが王国なわけだが。
未だに力関係は変わっていないらしい。
しっかし、帝国騎士ねぇ。
色々と面倒臭そうなんだが。
ま、考えようによっちゃ、事を起こす際に都合が良いとも言えるか。
「学内1位は不動のものじゃが、以前の結果からして、2位ぐらいにはなれるじゃろ」
「まさかとは思うが、全生徒と戦わされるわけじゃないだろうな」
「一から十まで、説明させるつもりか? そこらの教師にでも尋ねれば良かろう」
「そうかい。そりゃあ親切にどうも」
「とはいえ、目的は試験の後にこそあるんじゃ。油断して怪我などするでないぞ」
だったら試験を免除してくれ。
それから数日後。
例の闘技場で、試験とやらが開始された。
武闘祭だか、闘技祭だか、勝手な呼び名で会話が交わされている。
まずは学年別での対戦が実施されるらしく、最上級生から順に試合が消化されてゆく。
流石に総当たりではなく、トーナメント形式のようだ。
序列ってのは、そのトーナメントの上位者になるわけか。
今、勝ち残ってるのは、入学時に戦った顔ぶれが目立つ。
1年の俺相手に、5年の生徒をぶつけていたとは。
あの気色悪い校長は、相当な鬼畜野郎に違いあるまい。
そういえば、野郎を見かけないな。
この試験には携わってはいないのか。
居ないなら居ないほうが楽でいい。
結局、1日がかりで5年生の試合が終了した。
この分だと、後4日は掛かるわけか。
敷地が余ってるんだから、増設すればいいものを。
2年生の試合。
これはもう、予定調和に過ぎない。
少女が危うげなく勝ち上がり、見事学年1位となった。
ただ、圧倒的過ぎたために、他の学年とは違って時間が余る。
というわけで、前倒しで1年の試験が開始される運びとなった。
「ようやく……ようやくこの日を迎えることができたわ」
「あ? 何が始まったんだ?」
試合開始の合図を待っていると、何処からか嫌気のさす声が響いてきた。
「さあ覚悟なさい。前回のように、引き分けなど許さないわよ」
「……何だよ、居たのかよ」
大して時間をかけずに、声の主を捉える。
例によってドピンク頭をした、気色の悪い校長。
「爺さんの言いつけを守らなくていいのか?」
「黙らっしゃい! これは歴とした授業の一環。誰に見咎められることも、ありはしないわ」
「そうか?」
「そうなのよ! さあ、ワタクシの可愛い生徒たち! 必ずや息の根を止めてみせて頂戴!」
オマエの所為で、対戦相手が随分と委縮してるみたいなんだが。
こっからでも、震えているのが分かるぞ。
大体、同学年相手に、負けるわけないだろ。
「あらあら、どうしたのかしら? そんなに震えてしまって。え? 気分が優れないですって? まあ、それは大変! すぐに医務室へ向かいなさい。けど困ったわね。これでは試験にならないわ」
……何だ?
この展開、対戦相手もグルってオチか?
「折角の試験が不戦敗だなんて、可哀想過ぎるわよね。ワタクシの心優しい生徒たち。彼の代わりに誰か立候補してくれないかしら?」
はあぁ⁉
んなアホな。
「では、僭越ながら自分が」
「まあまあ、素晴らしい生徒だわ。きっと勝ってみせて頂戴ね」
「御意に」
何処ぞで見たバカが、颯爽と飛び降りてきた。
「また会ったな小僧」
「……どうやら前回のじゃ、加減が過ぎたらしいな」
「半年間、鍛えに鍛え抜いた剣の冴え。存分に馳走してやろう」
入学試験でのした双剣使い。
相変わらずの呼び方をしてきやがって。
全く以て懲りてないらしい。
「さあ、準備はいいかしら? そろそろ始めるわよ? じゃあ皆、やっておしまいなさい!」
あ? 皆だと?
何を言って──。
するとどうしたことか、生徒が次々と壁を飛び降りてくる。
しかも各々、その手に武器を持って、だ。
「ハッ! どうだ、この数には敵うまい!」
おいおい、全員がグルかよ⁉
双剣を避けつつ、周囲を確認する。
数十どころじゃない。
百にも届く生徒が、俺を狙い殺到してくる。
「ほれほれどうした! 逃げ場なんぞありはしないぞ!」
……ああそうかい。
そっちがその気なら、俺も手加減する必要は無いわけだ。
騎士学校に来たからって、魔術の鍛錬を疎かにはしてないんだぜ?
範囲指定は俺を中心とした横方向の楕円形。
飛び降りてきた連中全員を対象として定める。
「やれやれだ。どうにも理解が及んでない連中ばっかりだな」
「ハッ、理解が及んでないのは、小僧のほうだろうが!」
「いいや、違うね。魔術師相手に数を頼みにしてるってのが、どうにも間が抜けてるって話さ」
「はあぁ? 何を言って──」
≪狂乱≫
精神魔術の中級。
さあ見ろ、周囲に居る誰も彼もが敵だ。
どう唆されたかは知らないが、殺そうとしてきたのはオマエらのほうだ。
精々死なない程度に殺し合ってろ。
さてと、他はともかく、コイツは何度も小僧と呼んできやがったよな。
もう見掛けずに済むよう、念入りに壊しておくとしようか。
寸劇は一転、惨劇へと切り替わる。
皆、狂ったように喚き散らし、お互いを傷付けあっている。
「な、な、な……これは、いったい……?」
「不思議か?」
「ひいぃッ⁉ いつの間に⁉」
随分と人数を減らした闘技場の観覧席。
見間違えるはずもない野郎へと迫る。
「あ、アナタの仕業なの⁉」
「さあて、どうだかね」
「ち、近づかないで! だ、誰か、助けに来て頂戴!」
「おいおいどうした? 何をそんなに怖がってるんだ?」
「や、やっぱり思ったとおりだったわ。ようやく本性をあらわしたわね! あの方の弟子というのも嘘だったのでしょう!」
「弟子? 局長がどうしたって?」
「あの方も、その怪しげな力で操ったんでしょう! そうに決まってるわ!」
何を言ってるんだコイツは。
「おっと」
以前に見かけた厳つい護衛が掴みかかってきたのを、寸でのところで躱す。
さらに足を払ってやり、下への案内も忘れない。
そのまま闘技場の舞台へと落ちてゆく。
さて、護衛は2人いたはず。
もう1人は何処だ?
「どうしてこう、役立たずばっかりなの⁉」
「その筆頭が言う台詞かね」
「キャッ⁉」
触るのも遠慮したいところだが、グッと堪えておく。
「オマエ、やり過ぎだぜ」
「汚らわしい手で触れないで! さっさと放しなさい!」
ドピンクの髪を掴み上げ、周囲をゆっくりと巡らす。
「お、やっともう1人も現れてくれたか」
「何をぼさっとしてるの! 早く助けなさい!」
2人分ぐらい、残りの魔力でも何とかなりそうか。
ドピンク頭の横に手を伸ばす。
親指を校長に、人差し指を護衛へと向ける。
「さあ、可愛い生徒たちが下でお待ちかねだぜ」
「止めて! 放して!」
≪セット Α《アルファ》・Ε《エプシロン》≫
≪指人形≫
精神魔術の中級。
親指と人差し指が光を宿したのを確認し、髪から手を放す。
「下へ落ちろ。生徒と遊んでやれ」
「「はい」」
この様子じゃあ、今日の試験は中止かね。
休みが待ち遠しくて堪らないぜ。
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