46 命令
城から十分に離れ、頭痛が治まってきたところで、ようやく頭が働き出す。
騎士学校に到着するまでは3日ほどか。
それでも無為に過ごすわけにもいかない。
爺さんの相手もそこそこに、得られた情報の整理に努める。
まず何といっても、竜という存在が大きい。
極少数の人族の異常なまでの強さ。
それは、人族の祖たる竜の因子によるものだと云う。
この国に於ける行動についても、その竜に影響されることになる。
御子という、竜の意思を受け取ることができる存在。
どうやら、俺がそうらしい。
今のところ、頭痛を齎すだけの、厄介な代物でしかないのだが。
一介の生徒よりかは、できることも増える……と思いたい。
少なくとも、城へ行く機会はありそうだ。
もれなく頭痛を伴うのが、何とも厄介に過ぎるが。
まあ、それはともかくとして、怪物を斃すためには、竜の力はかなり重要になるだろう。
もっとよく理解しておきたいところ。
加えて、幾つか疑問が生じてもいる。
初代皇帝、竜と呼ばれる騎士、御子、そして俺。
初代皇帝は、武力と御子の感応、両方の力を有していたように思われる。
しかしどういうわけか、現在では、その二つは別モノとなっているような話しぶりだった。
そこでややこしいのが、俺の状態なわけで。
前回までは持ち得なかった力を、今回は明らかに有している。
赤竜のように圧倒的なモノではないが、それでも、騎士学校の生徒ぐらいは軽くあしらえるほど。
この状態は、初代皇帝に近しいように思えてならない。
後はこの、繰り返す状況に関して。
当初は怪物の影響にも思えたが、今となっては竜が怪しくも思えてくる。
頭の中に重く響き渡る声。
川岸で意識を取り戻す間際に聞いたのは、正しくあの声だった。
御子に共通の現象なのか、それとも、俺だけに起きているのか。
竜の仕業だとすれば、望みを叶えることで、この繰り返しから解放されるかもしれない。
既に死んでいるとされる竜。
残っているのは骸だけのようだが。
そんな状態で滅せよとは、死骸を処分しろということなのか。
城の何処かに安置されているであろうその死骸に、念話を試みることができたなら。
色々と判明するかもしれない。
次に城を訪れたとき、捜索してみるべきだろう。
道中、3泊を挟んでから、ようやく騎士学校へと戻ってくることができた。
どうやら城へ向かう際は、2日ほど寝入っていたようだ。
強制的な睡眠は、魔力の枯渇による影響。
あの時使ったのは、念話と遮断のみ。
念話で思いっきり魔力を使ったことが原因だったのか。
それとも、あの声が聞こえた時点で、無理矢理に念話を使用させられていたのか。
遮断で治まったことからも、念話に近しい何かなのは、まず間違いあるまい。
今度、城に近づく場合は、忘れずに遮断を使っておこう。
「──何をしておる、さっさと降りてこんか」
「ああ、分かってるって」
最初見たときは、城のようだと思った校舎も、実際に帝国の城を間近で見た今となっては、小さく見えるのだから不思議なものだ。
「まずは校長に会うとするかのう。2人共、付いて参れ」
「命令?」
「そうじゃ」
「了解」
銀髪の少女も一緒なわけか。
そういや俺の荷物って、あの後どうなったのだろうか。
マザーが用意してくれた物だって入ってたわけだしな。
もし処分でもされてようものなら、あの気持ち悪い野郎を、とっくりと後悔させてやる。
部屋の主の見た目に反して、部屋は案外まともだった。
過度な調度品の類いも見当たらず、実利重視といった様式。
俺たちが座り、校長は直立不動で応対している。
「陛下より勅命を賜っておる。2人は我輩の預かりとさせてもらう」
「なッ⁉ そのような勝手を──」
「まさかとは思うが、否やはあるまいな? ん?」
「くッ」
「返事が聞こえなんだが?」
「……承知いたしました」
「以降、一切の手出しは禁ずる。もし違えることがあらばどうなるか、分かっていような?」
「は、はい。勿論でございます」
「うむ。外へと連れ出す機会も増えよう。それ以外は、普通の生徒として教育せい。よいな、普通の生徒として、じゃぞ」
「お任せください」
「そうそう、忘れるところじゃった」
「まだ何かございましたでしょうか」
「我輩の部屋を用意せい。此処に滞在する機会も増えるじゃろうしな。言うまでもないが、寮とは別でな」
「すぐにご用意いたします。それまでの間は、貴賓室をご自由にお使いください」
「頼むぞい」
力関係は、爺さんのほうが上らしいな。
遣り取りが一段落したところを見計らって声をかけることにする。
「なあ、俺の荷物はどうなってる?」
「……寮の部屋へと運ばせてあるわ」
「そうか。ならいいんだ」
流石に処分するような真似はしていなかったか。
息を吐きつつ、魔術の準備を解く。
「時間を無為にするものあれじゃでな。嬢や、学内を案内してやるがよかろう」
「命令?」
「まあそうじゃな。護衛をしつつ、最後は寮に連れてゆくようにな」
「了解」
「うおッ⁉」
ったく、何て力してやがる。
隣に座っていたところを、首根っこを掴まれ強制的に立ち上がらされてしまった。
「これ、あまり乱暴に扱うでないわい。用をなさずに壊れてしまうじゃろうが」
「間違った?」
「もそっと加減をせい」
絶対にコイツ、理解してないだろ!
引きずられるようにして、部屋から連れ出されてゆく。
と、何故だか扉を再び開け放し、部屋へと入り直した。
「校長室」
「あ、ああ、そうらしいな」
「ん。次」
物凄く疲れそうな予感がする。
「な、なあ、いい加減、手を離してくれよ。歩き辛いんだが」
「命令?」
「いや、そういうわけじゃないが」
「そう」
相変わらず、首根っこを掴まれたままの移動を強いられる。
コイツ、命令じゃないと聞かないのか?
「なら命令だ。手を離せ」
「了解」
「うおっと」
移動はそのままに、手だけを離された。
あー、既に首が痛い。
「っておい、待てっての! 置いてくなよ!」
何から何まで命令しないとダメなのかよ⁉
慌てて後を追い駆ける。
歩くだけでも、常人よりも速いから大変だ。
反射神経やら膂力やらは増したようだが、体力だけは適応外らしい。
すぐにも息が切れてくる。
「ハァッ、ハァッ、も、もう少し、ゆっくり歩いてくれ」
「命令?」
「ああ、そうだよ」
「了解」
ようやく普通ぐらいまで速度が落ちた。
この手のかかりよう、今まで会った誰よりも上だな。
下手に力が強い分、子供よりも質が悪い。
「階段」
「だろうな。見れば分かる」
「ん。次……廊下」
「あー、いや、何かの部屋だけ教えてくれればいいんだ。その間の経路とかは省いてくれ」
「命令?」
「そうだ」
「了解」
やれやれだ。
その後も、授業中の教室やら、使用中の更衣室やらと、容赦の無い案内が繰り広げられた。
改めて実感させられたが、学院よりも数倍は広い。
ある程度は校舎毎に施設が分かれてもいるが、如何せん数が多過ぎる。
もう、校長室に戻るれるかも怪しいほどだ。
「闘技場」
「此処か。なあ、これって普段は何に使ってるんだ?」
「め──」
「命令だよ。つーか、この遣り取りが面倒臭過ぎるだろ。そうだな……今後、”頼む”と付けた場合は命令だと思ってくれ」
「それも命令?」
「ああ、頼む」
「了解」
しばらく沈黙が続く。
待てども、肝心の説明がされない。
「あーコホン。この施設の説明を頼む」
「ん。戦う場所」
「…………まさか、今ので説明は終わったのか?」
「次」
「へいへい」
不器用過ぎる案内も、どうやら次が最後のようだ。
「寮」
「此処がそうなのか。随分とデカいな」
寮だけで、学院ほどの規模がありそうだ。
自分の部屋を忘れないようにしないとな。
「どうすればいい?」
「……何がだ?」
珍しく向こうから話しかけられたから、戸惑ってしまった。
「次の命令」
「案内は寮までだったろ。なら、もう自由にしていいと思うぞ」
部屋が何処かは、管理人に尋ねれば分かるだろうしな。
「自由……」
コイツ、普段はどうやって生活してるんだよ。
指示待ちして、ずっと何処かで立ち尽くしてそうなんだが。
「何も思いつかないなら、自分の部屋に戻ったらどうだ? とにかく、普段どおりに生活しとけよ」
「命令?」
「……フゥーッ、頼む」
「了解」
「っと、忘れてた。案内、ありがとうな」
「ん」
どう考えても、普通じゃあない。
アイツも赤竜と同じく、特別な騎士のはず。
アレはアレで、妙な口調ではあったが、割と勝手に振舞ってはいた。
何か、面倒な事情がありそうだ。
せめて、友人でもいてくれればいいんだがな。
まさかの個室。
どうやら、生徒全員がそうらしい。
学年毎に建物自体が分けられているらしく、卒業まで同じ部屋を使うそうだ。
つまり、今年1年生の建物が、来年は2年生の建物という扱いに変わるだけで、利用している生徒に影響は無いわけだ。
中々に良い仕組みだ。
まあ、何百人居るかも分からないから、毎年引越しなどという手間を省いただけかもしれないが。
ともあれ、紆余曲折はあったが、どうにか当面の寝床は確保できた。
此処を拠点として、色々と行動しなくてはならない。
この学校に於いてすべきこと。
何と言っても、銀髪の少女を味方に引き入れることに尽きるだろう。
後はまあ、どれだけ自分が強くなれるかってとこかね。
今回こそは、怪物を斃してみせる。
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