45 竜の御子
皇帝との謁見を終えると、爺さんにまた別の部屋へと案内された。
来客用の部屋なのか、高級そうな机と椅子があるのみ。
机を挟んで着席すると、おもむろに爺さんが口を開いた。
「最初こそ肝を冷やしたが、よく最後まで口を開かなんだな。褒めてやるわい」
「そりゃどうも。ただ、そもそもが何を話してるのかサッパリだったってのもあるけどな」
「じゃが、陛下の勅命を賜っておる以上、無知というわけにもゆかぬでな。色々と説明してやろう」
そいつは願ってもない。
訳の分からない単語が、幾つか出てきてもいたしな。
「それなら、みこ、ってのは何だ? 俺のことを言ってたんだよな?」
「そう焦るでない。順を追って話して聞かせてやるわい」
「まずはそうじゃな……其方は人族は何から生まれたか知っておるか?」
「……どういう意味だ? 人族同士の交配でって意味じゃないんだよな?」
「左様。竜が人を、精霊がエルフを、そして魔獣が獣人と魔族を生み出したのじゃて」
「はあ? 何だよそりゃ? そんなもん、習ったこともないぞ」
「それはそうじゃろう。其方はまだ碌に学徒として学んでおらんのじゃからな」
「いや、そういう問題じゃ……」
こちとら、王国では学院どころか魔術局にまで入って学んでたんだぞ。
だっていうのに、そんな話、例え伝承でだって見聞きした覚えがない。
伝承では、魔獣によって竜や精霊が滅ぼされた後、どうやって人種が生まれてきたのかってのは、疑問には思ったが。
「これは歴とした事実じゃ。異論を挟む余地などない」
「どうしてそう言い切れる? 長命なエルフだって、そんな長生きはできないはずだろ」
「人種では無理じゃな。とは言え、今へと伝えたのは人族には違いないがのう」
何を言ってるんだ?
まさかとは思うが、魔術の後遺症で頭がイカれてるわけじゃないだろうな。
「遥かな昔より存在し、伝えるモノがおったのじゃよ」
「まさか……それが竜なのか?」
「ほう、少しは物分かりが良いようじゃな。左様、伝承にある竜は実在しておる。いや、正確には”いた”と表現するべきじゃろうな」
「帝国の騎士が竜って呼ばれてるのも、当然関係してるんだよな?」
「それも知っておるのか。ふむ、それもそうか。学院には王宮付きの魔女がおったんじゃったな」
局長以外は知らないことなのか?
「ちと話が逸れたかの。竜は確かに実在しておった。現在も残っておるのは、骸だけじゃて」
竜が実在してたからどうだって言うんだ?
もうとっくの昔に死んでるってことだろ。
「じゃが、流石は竜と称するべきか。骸となり果ててなお、その魂は健在のようでな。その力と知恵を、人族に分け与えたことで、今の帝国があると言っても過言ではない」
……何だ?
何かが引っかかる。
そんなような話を、いつだか聞いた気が。
「誰あろう、初代皇帝こそが竜の御子じゃったわけじゃ」
そうそう、初代皇帝が魔獣を斃して、帝国を築き上げたとか何とか。
あれは、誰に聞いた話だったか。
っと、そんなことよりも、だ。
やっと”みこ”ってのが出てきたな。
「それだそれ。”みこ”ってのは何なんだよ」
「ええい、そう慌てるでない。人族は皆、竜の因子を生まれながらに備えておる。ただし、エルフや獣人との混血では、その因子は失われてしまうようじゃ」
「いんし?」
「そうじゃのう、分かり易く表現するならば、竜の痕跡、とでも言えば伝わるか?」
「あー、まあ、何となくだが」
「その因子がより色濃く引き継がれておる者ほど、人族の祖たる竜に近しい力を発揮できるというわけじゃ。騎士然り、魔術師然りな」
魔術の資質自体が、その”いんし”ってモノの所為ってわけか?
「そして竜の御子とは、竜と意思を通わせることのできる者のことを表しておる。つまりは竜の代弁者じゃな」
「意思を通わせる……? じゃあまさか、あの頭の中に響いてくるのは」
「ヒョホホホホホホ。やはり聞こえておったようじゃな」
「だが、あれは……あの言葉は……」
「我を滅せよ、じゃろう?」
「──ッ⁉」
不意を突かれた。
あの声が、また頭の中に響いたのかと身構えてしまった。
「そうかそうか。相も変わらずのようじゃな」
「どうして知って……いや、そうか。他にも”みこ”ってのが居るわけか」
「正確には、居たじゃがな。何せ、御子は希少な存在でな。如何な帝国であっても、必ず生まれてくるというわけではないのじゃ」
「単に見付けられてないだけじゃないのか?」
「毎年、全国民に対し、城に来ることを義務づけておるのじゃよ。そこで反応を窺っておれば、自ずと察しは付く」
じゃあ何か?
俺みたいに、苦しみだした奴がいたら、ってわけかよ。
「悪趣味だな」
「先も言ったように、そうそう見付かりはせん」
「そもそも、その”みこ”ってのを探す理由は何なんだ?」
「無論、竜の意思を確かめるためじゃて」
「我を滅せよ、ってヤツをか? 何のために? いや、意思を知っていながら、叶えてはやらないのかよ?」
「ヒョホホホホホホ。竜の権能は絶大じゃ、容易く居なくなってもらっては困るわい」
いや待てよ。
もう死んでるって話だったよな。
魂がどうとかって。
我を滅せよってことは、単純に殺せって意味じゃあないのか。
「オマエら、竜の死骸に何かしてるのか?」
「……さてな。其方が全てを知る必要などあるまい。その資格も無いしのう」
竜の死骸について、存在を否定しなかったな。
初代皇帝が力を借りたみたいなことを言っていたが。
帝国が建国されたのは、凡そ千年前だったか。
なら、そのころから、朽ちることなく存在し続けてるわけで。
その死骸から、初代皇帝と同じように、力を借り続けてやがるのか?
”いんし”ってのが強さと関係してるとも言ってた。
つまり、”いんし”を意図的に操作できる?
ってことは、竜と呼ばれる騎士は、その産物か?
「竜と呼ばれる騎士は何だ? ”みこ”ってのとは違うのか?」
「あの者らは、力に特化した存在じゃ。御子ではない」
つまり”みこ”ってのは、竜の意思を確認するために必要な存在。
竜と呼ばれる騎士は、竜の力が発現した存在ってわけか。
「その連中はどうやって見付けてるんだ? 竜の意思とやらは受け取れないんだろ?」
「其方に関係あるのは、御子についてじゃ。その力、帝国のために役立ててみせい」
どうやら、教えたくないらしい。
「なら、”みこ”には他に何か特別な力とかは無いのか?」
そう、例えば、死んでもまたある時点から繰り返す、というような力が。
「あるやもしれん。が、何せ調べるための検体は、常に不足しておる状態じゃ。遅々として解明は進んでおらんな」
そういや、俺を研究しようとしてたっぽかったな。
現状、”みこ”が俺一人なんだとして、竜と呼ばれる騎士は、恐らくあの少女も含めると、三人もいるわけだ。
”みこ”は希少な存在。
対して、竜と呼ばれる騎士は、局長の話だと、帝国に常に存在し続けているとか。
騎士はある程度意図的に生み出せても、”みこ”はそうもいかないってことか?
「で、俺に何をしろって?」
「陛下のお言葉を、もう失念しおったのか?」
「……そういや、骸を探せとか言ってたか」
「命が惜しくば、言葉遣いには努々気を付けることじゃ。其方が如何に希少な存在とはいえ、替えが効かぬわけではないのじゃからな」
「ふーん、命令されてたのは、俺だけじゃあ無かったと思うがね」
「つまらぬ挑発じゃな。説明は終いじゃ。騎士学校へ向かうぞい」
「さっきので城での用事は済んだってわけか」
「皆、歓迎してくれることじゃろうて。其方も楽しみであろう?」
入学試験とやらの雰囲気から察するに、間違いなく目の敵にされるだろうな。
やれやれだぜ。
「予定を組み上げるまでの間は、騎士学校で生徒として過ごすがよい」
予定ねぇ。
竜の死骸を探せってわけか。
……待てよ。
”みこ”を判別するために、城に呼び寄せるとか言ってたよな。
それはつまり、この城に竜の死骸があるってことか。
……いや、それはそれでおかしい。
ならなんで、頭痛が消えてるんだ?
「なあ、もう一つ聞きたいんだが」
「説明は終いじゃと言うたばかりじゃろうに。ほれ、行くぞ」
「城に入った途端、頭痛が止んだのはどういう理屈だ? この団証に似た首飾りも、関係あるんだよな?」
「……質問が二つに増えておるようじゃが」
「ケチ臭いこと言うなよ」
「ならば、これが最後じゃ。よいな?」
「分かったよ」
立ち上がりかけたのを止め、再び座り直してみせた。
「よっこらせと。まあ話は単純なもんじゃわい。城の建材にも、その首飾りと同じ物が使われておるというだけのことじゃて」
「魔獣の骨か」
「何じゃ、知っとるのではないか」
「戦士団の団証と同じだからな」
「同じじゃと? 凡夫どもの猿真似とか? 抜かしおるわい」
「あ? どういう意味だ?」
「こちらが本家本元じゃ。アレは真似ておるだけに過ぎん」
団証がこの首飾りを真似た物?
「今でこそ希少な御子じゃが、かつてはもっと数がおったという。その者らが身に着けておったのを、次第に他の者まで身に着けるようになり、今ではお守りとして、帝国民の殆どが身に着けておる」
「それを王国が真似したってのか?」
「帝国から独立した奴等めが、意味も知らずに形だけ真似たんじゃろう」
ふーん、そんな経緯だったのか。
っと、それよりも、肝心の話が聞けてないな。
「魔獣の骨に、竜の意思とやらを遮る力があるのか?」
「そのようじゃな。偶然か意図してか、初代皇帝は斃した魔獣どもを使い、この城を造りあげたわけじゃ」
何と言うか、とんでもないな。
この城の規模からして、数百単位だろうに。
恐るべきは、それだけ斃されてもなお滅びていない魔獣の繁殖力か。
それとも、そんな魔獣の死骸を利用してみせる、人の所業こそか。
「ふぅ、喋り続けた所為で、喉が痛くて敵わん」
「そうかい。そいつは結構。帰りの道中は静かに過ごせそうだ」
「所用を済ませたら、すぐに出立する。それまでは、この部屋で待機しておれ」
どうせなら、城を見て回っても良さそうだが。
「侍女を寄越す。何か不手際があれば、その責は侍女に向くじゃろうな」
「チッ、大人しくしてればいいんだろ」
「左様。道理を弁えておればよい」
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