44 謁見
箱馬車の中で異変が起きた。
強まり続ける頭痛。
やがてそれは、耐えられないほどに悪化する。
「ぐッ……がぁッ……」
「ほう、もしや頭が痛むのか? まだ城まで随分と距離があると言うに、もう反応しおるのか。素晴らしい、実に興味深いのう。ヒョホホホホホホ」
何だってこうも頭が痛むんだ⁉
「あがァーーーッ!」
「ドクター、これはいったい? 何か処置を施さなくて大丈夫なのですか?」
「構わぬ。しばらく放置しておけ。良い気味じゃて、ヒョホホホホ」
「お言葉ですが、陛下にご覧いただくまでに何はあっては……」
「……ぐむぅ、それもそうじゃな。致し方ないのう」
痛い痛いイたイ痛い痛いイタい痛い痛いいタイ痛い痛い。
頭が……割れちまう!
「ほれ、これを首に下げておれ。多少はマシになるじゃろうて」
何かが頭に触れる。
するとどうしたことか、激痛が鈍痛ぐらいにまで和らいでみせた。
「がはッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」
「ほれほれ、しっかり身に着けておかんか。外れるとまた同じ目に遭うぞい」
「……これ、は?」
随分と昔に、似たような物を見た覚えがあるような……?
「なあに、城に着くまでの辛抱じゃて」
城に着いたら、どうなるって?
くそッ、頭が回らねぇ。
「ドクター、彼女は大丈夫でしょうか?」
「問題無い。他の者には影響せん」
「そうでしたか。失礼しました」
「よい、気にするな。どれ、もう半日もせず城に着いてしまうのう。色々と試せんで残念じゃわい」
あー畜生、頭がいてぇ。
窓の外をぼぅっと眺める。
極力何も考えないように。
少しでも、頭痛を和らげようと苦心する。
徐々に視界を埋めてゆくのが、目的地の城なのか。
『──我を滅せよ』
「ぐあぁッ⁉」
またかよ!
何なんだ、この声は⁉
頭の中に、直接声が響きやがる。
「む? もう干渉してきおったのか? 御者を急がせい。もう緩和する手段は持ち合わせておらんぞ」
「は、ハイ!」
「未だ力は健在か。結構結構。そうでなくては困るというものよ。ヒョホホホホホ」
どうしたことか。
あれほど強烈だった頭痛が、ピタリと止んだ。
僅かな疼きさえ感じられない。
「さてと、まずは風呂と着替えじゃな。支度は任せるぞい。準備が整い次第、連れて来るようにな」
「「畏まりました」」
箱馬車から降ろされた先は、もう城の内部のようだった。
待ち構えていた女性たちによって、何処かへと連れて行かれる。
此処が帝国の城ってわけか。
今まで見たどの建物よりも、高くて大きくて広い。
ただの廊下ですら、馬車が余裕ですれ違えるぐらいはある。
さてと、半日ぶりぐらいに頭が回るようになったことだし、色々と考えないとな。
周囲に居るのは、気配から察するに、騎士じゃあない。
雑用なんかをする一般人なのだろう。
離脱するのは容易いが。
これ見よがしに、廊下には等間隔に騎士が配されてもいる。
逃げ出せば、すぐ騒ぎになること請け合いだ。
しかし、このままってのもマズい気がする。
あの爺さんの物言いからして、碌な目に遭わされそうもない。
だが同時に、情報を得る機会とも言える。
俺の知らない情報を、色々と握っていそうな雰囲気を、これでもかと漂わせてた。
この場所でなら、頭痛に悩まされることも無さそうだ。
動くなら、この場を於いて他にあるまい。
「こちらになります。どうぞ、お入りください」
「ん?」
開かれた扉の先からは、かなりの湿気を感じた。
そういや、風呂がどうとか言ってたか?
「すぐに替えのお召し物をお持ちいたします。それまではどうか、ゆるりとお寛ぎくださいませ」
「あ、ああ、どうも」
「では、失礼して」
「お、おい⁉ 何で服を脱がしてくるんだよ⁉ 自分で脱げるっての! もう世話は必要ないって!」
「湯あみのお手伝いを」
「いらねぇ!」
次々と伸びてくる手を躱す。
「ですが」
「要らん世話だ! 外で待っててくれ!」
「そうは参りません。仕事を全うせぬ侍女になど、如何程の価値がありましょうか」
んなもん、俺が知るか!
しばしの押し問答の末。
結局、退出させることは叶わなかった。
こんなところで、無駄に魔力を消耗するわけにもいかない。
衆人環視の中、脱衣と入浴を強要される。
と、首に下げられた物に気が付いた。
そういや、何か渡されたんだっけか。
よくよく観察してみると、団証に似ている。
それも、討伐組の物に。
印章こそ刻印されてはいないものの、骨のように見受けられる。
これが頭痛を緩和してみせたってのか?
どういう理屈だ?
「──差し出がましいようですが、やはりお手伝いが必要なのではありませんか?」
「あ? いや、必要ないって」
首飾りを外すことは躊躇われたので、他を全て脱ぎ去り、さっさと湯に浸かる。
何故だか、残念がるような声が背後から聞こえた。
「お召し物のご用意が整いました」
「ああ、どうも」
めっちゃ見られてる。
服を置いて下がる様子もない。
「服は置いておいてくれ」
「それではお召し物が汚れてしまいます」
「いや、床じゃなくて、棚の上とかで構わないから」
「そういうわけには参りません」
「……じゃあ、せめて拭く物を」
「こちらにご用意しております。すぐにお拭きいたしますので、ご安心くださいませ」
大人しく湯に入らせたのは、これを見越してのことだったのか。
ずっと湯に浸かっているわけにもいかない。
色々と諦めて、身を委ねることにした。
羞恥を味わった末に案内されたのは、一際大きな扉の前。
両脇に控える騎士とは別に、爺さんが苛立たしげに待ち構えていた。
「大変お待たせいたしました。準備万端、整いましてございます」
「ようやく連れて来おったか。逃げられでもしたかと勘繰っておったところじゃ。それにしても、随分と時間がかかったものだのう」
「申し訳ございません」
「おい、うざ絡みするなよ。俺がもたついてただけだ。文句なら俺に言え」
「喧しいわい」
「騒いでんのはそっちだろ」
「何じゃとぉ?」
「静粛に願います。既に陛下が中でお待ちです」
「ぐ、むぅ。ええい、いつまで侍っておる。さっさと元の作業に戻らんか」
「「はい、それでは失礼いたします」」
深々と頭を下げると、音も無く立ち去ってゆく。
「世話になった。ありがとな」
その背に、感謝の言葉を告げておく。
と、その足を止めて、態々頭を下げてきた。
「とんでもございません。僅かでもお役立ちできたのであれば、是幸いにございます。また、何なりとお申し付けください」
「ええい、早う下がらんか」
「はい」
「ふぅ。さてと、其方に言うておくことがある。中に入ったら、決して陛下に視線を向けてはならぬ。声も発するな。受け答えは全て我輩がするでな」
「そうかい」
「本当に分かっておるのか? 陛下のご不快を買えば、即命を落とすと心得よ」
「そいつはおっかないな」
この扉の先に、皇帝が居るってわけか。
何だって、単なる留学生風情に会うつもりになったんだかな。
「準備はよろしいか?」
「ああ、よろしく頼むぞい」
これまた無駄に広い空間。
床には、縦長の絨毯が壇上へと続いている。
人影は三つ。
壇の下に立つ二人と、壇上に座す一人。
その内の一人には、見覚えがあった。
制服姿から白装束へと変わってこそいるものの、今朝ぶりに見る銀髪の少女。
もう片方は見覚えの無い、黒装束を身に纏ったガタイのいい男。
もしかして、アイツが黒竜なのか?
そういや、皇帝ってのはどんな奴──。
「──痴れ者めが、顔は下を向けておかぬか。視線は足元に固定せい」
爺さんが小声で指示を与えてきた。
無駄に逆らうことはせず、言うとおりに従っておく。
「──そこで止まれ。片膝立ちの姿勢で頭を下げておれ」
へいへいっと。
「皇帝陛下に於かれましては、ご健勝のこと祝着至極に存じます」
「爺よ、挨拶は省け。結果だけ報告せい」
声の感じからして、皇帝ってのは、結構若い男らしい。
「ハッ。これなる王国からの留学生、まず間違いなく、御子の資質を有しているかと」
「ほぅ、王国になんぞに御子がな。真の話とすれば、彼奴め、いよいよ以て手段を選ばぬとみえるな」
みこってのは何のことだ?
また俺の知らない情報かよ。
「それだけではございません。騎士学校にて、干渉を受けてもいた様子でして」
「……確かか? 随分な距離のはずだが」
「この目で確と。つきましては、陛下にお願いいたしたく」
「またいつものように、検体に寄越せ、か?」
「いえいえ、滅相もございません」
「ならば要らぬと申すか」
「い、いえ」
「今回は検体は無しだ。別の使い道を思いついた」
「……と、仰いますと?」
「骸探しだ」
「おお! なるほどなるほど、流石は陛下。ご慧眼、感服いたします」
「無為な追従はよせ。各地を巡らせ、新たな骸を探させろ」
むくろ?
何かの死骸を探せってことか?
「では、騎士学校は如何いたしましょうか」
「些末事だな。問題か?」
「各地へ赴かせるとして、少なからず人目につきましょう。王国の者に見つからぬとも限りませぬ」
「面倒なことだ。ならば不信を抱かせぬ程度に済ませよ。差配は任せる。ついでだ、白銀を護衛とするがよい」
「御意に。全ては陛下の御心のままに」
「これからは余の帝国のため、忠心を尽くすがいい、竜の御子よ」
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