43 護送中?
「──ううッ⁉」
酷く頭が痛む。
寝起きの割に、妙に気怠い。
ってか、此処は何処だ?
見覚えのない場所……だよな?
「ようやっと目覚めたようじゃな」
……誰だ、この爺さん。
見覚えは無い……よな?
「アンタ誰だ? 此処は? 何がどうなってる?」
「ヒョホホ、元気なもんじゃ。では順番に済ませようかのう。我輩は医者……というよりかは研究者と言ったほうが相応しいじゃろうな。此処は宿屋。現在、城へと赴くべく、移動の最中に宿泊しておる」
「城……? 確か、騎士学校に行ったはずじゃ……?」
「左様。闘技場での一件、とっくりと観戦させてもらったわい。いやはや、実に興味深い」
とうぎじょう?
最近、聞いたような気が……するような、しないような。
「よもや王国に現れておるとは意外じゃったが、態々留学生として見舞えるとはのう。これは思わぬ拾い物じゃったわい。ヒョホホホホ」
何だ? 何を言ってる?
「もしも陛下の御裁可を賜れた暁には……ヒョホ、ヒョホホホホ」
「分かるように説明しろ」
「いかんいかん。年甲斐もなく、ついはしゃいでしもうたわい。して、何を知りたいんじゃ?」
「俺が此処に居る経緯は?」
「はて、覚えておらんのか? 干渉による副作用じゃろうか……いやしかし、彼我の距離を鑑みれば……」
ブツブツと、何を言ってるんだ?
「おい! 爺さん!」
「おっと、ついつい思案に耽ってしまうわい。知りたいのは経緯じゃったな。どれ、ざっと説明してしんぜよう」
そう、そうだった。
試験とやらで、強制的に戦わされたんだったな。
確か最後に銀髪の少女と戦って。
それで……それで、どうしたんだ?
「最後はどうなったんだ?」
「勝敗という意味か? であれば、引き分けになったわい」
「引き分け?」
「左様。共に気絶しおったからのう。嬢に何が起こったのやら」
気絶した?
それから今の今まで、気を失ってたってことか?
「ふぅ、喋った所為か、ちと喉が渇いたのう。どれ、水を貰ってくるとしようか」
「あ、ならついでに俺の分も頼む」
「良かろう。大人しゅう待っておれ」
……出て行ったか。
随分と奇妙な爺さんだったな。
気怠さはあるものの、手も足も問題なく動く。
頭痛も多少は治まってきた。
窓から見える様子からして、もう夜みたいだな。
さて、これからどうしたものか。
聞いてた感じ、騎士学校では無いらしいが。
何か、城に行くみたいなことも言ってたよな。
試験には不合格だったってことか?
いやでも、それなら城に連れていかれる理由は何だ?
局長からの注意も空しく、これ以上ないぐらいに目立った。
とはいえ、状況から言って仕方がなかったが。
負けたら殺されるか、何かの実験体にでもされそうな雰囲気だったしな。
……いや待て。
あの爺さん、研究者だとか言ってなかったか?
これは……割とマズい状況か?
魔術を使えば逃げるのは容易いだろうが。
その後をどうしたものか。
帝国まで来ておいて、何も成せずに帰るなんて選択肢は当然却下だ。
いっそのこと、城の誰かを操って、滞在するってのもアリなのか?
今、皇帝を操っても、時機が早過ぎる。
まあ、魔獣の数を減らしておくことは、後々意味を持ってはくるかもしれないが。
結局のところ、あの怪物が自在に魔獣を生み出せるなら、事前に数を減らしておくことには、あまり意味が無いようにも思える。
「ヒョホホホ。結構結構。逃げずにおったようじゃな」
戻ってくるなり、随分な言い様だな。
退出して見せたのは、態とだったのか?
「もっとも、宿周辺には騎士を配しておるでな。大人しゅうしておるのが、身のためじゃろうて。ほれ、水じゃ」
「……どうも」
「安心せい、毒など盛ってはおらんよ。何なら、代わりに飲んでみせようか?」
「いいや、その必要はない」
「良いのか? 毒入りじゃぞ?」
「おい、どっちなんだよ」
「ヒョホホホ。其方をより深く知るために、城に着くまでの間、色々と試させてもらおうかと思ってな」
取り敢えず、コイツから提供される物を口にするのは、止めておいたほうが良さそうなのはハッキリしたな。
仕方ない、自分で取りに行くか。
「おや、今更逃げ出すつもりか? 先程も言ったが──」
「何処にも逃げやしない。水が欲しいだけだ」
「何じゃ。折角持ってきてやったものを、飲まんのか?」
「まあな」
「して、この宿の水が何故安全だと思うんじゃ?」
……ったく、このジジイ、いちいち面倒臭い奴だな。
≪念話≫ ≪催眠≫
精神魔術の中級と初級の複合。
手を触れずに、暗示を施す。
「真実のみを語れ」
「──はい」
「この宿の水は安全か?」
「──安全、です」
ハッタリかよ!
色々と聞き出したいことはあるが、今は喉の渇きをどうにかしたい。
さっさと水を貰ってこよう。
「この部屋を動くな」
「──はい。分かり、ました」
チッ、また頭が痛みだしたな。
「──逃亡?」
「うおッ⁉」
銀髪の少女!
コイツも居たのかよ!
一階の食堂に、他の騎士の姿は見当たらない。
他の連中は外なのか?
少女が食事の手を止め、こちらに向き直る。
途端、戦った時と同様に、あの嫌な感覚が戻ってくる。
「待て待て、俺はただ水を飲みに来ただけだ」
「……そう」
剣呑な気配が霧散してゆく。
もうこちらに興味は失せたのか、食事を再開した。
……妙に素直な奴だな。
一応警戒しつつ、水を貰いに奥へと向かう。
「すまない。水を貰いたいんだが」
「ああ、構わないよ。コップがいいかい? それとも瓶かい?」
「それじゃあ、瓶で頼む」
「あいよ。ほら、どうぞ」
「ありがとう、助かるよ」
さっそく口をつけ、喉を潤してゆく。
「おいおい、そんなに勢いよく飲んじまって大丈夫かい?」
「──プハァッ! ふぅ、大丈夫だって」
「そうかい? ならいいんだが」
「あーそれと、何か食べらるか?」
「……確認しとくが、アンタ、うちの宿泊客なんだよな?」
「ああ、そのはずだ。寝てる間に爺さんに連れて来られた」
「さっきのお爺さんのお連れさんだったのかい。なら座っとくれ。すぐに用意するよ」
「よろしく頼む」
念の為、少女とは離れた位置に腰かける。
まあ、距離を取ったところで、意味は無いかもだが。
戦った際に見せた動きを思い出す。
尋常ならざる速さだった。
そして、容易く金属製の盾を切断してみせる技量。
彼女もまた、竜と呼ばれる騎士の1人なのだろうか。
もしくは、彼女こそが黒竜なのか。
あの時、最初の一撃が横薙ぎではなく突きだったなら。
きっと無事には済まなかった。
まさか、初日に遭遇するだけでなく、戦う羽目になろうとは。
早々に死ぬところだったぞ。
考えてみれば、あの怪物に殺される以外の要因で死んだ場合、また繰り返すことが可能かも不明なのだ。
怪物を斃せば、この繰り返しから解放されるのか?
分からない。
そもそも、あの怪物が原因なのかすら、定かじゃない。
少なくとも局長が知らない以上、王国に情報は無さそうだ。
帝国でなら、何か分かったりしないだろうか。
「──はいよ、お待ちどうさん」
「あ、ああ、ありがとう」
「寝起きみたいなことを言ってたから軽めにしといたよ。足りなかったら言っておくれ」
「分かった」
まあいい。
怪物を確実に斃せる方法さえ見出せれば、例え何度繰り返そうが、それをなぞれば済む話。
その後でゆっくりと、繰り返しを脱する方法を探すだけだ。
もしかしたら、怪物を斃せば、そっちも解決するかもだしな。
部屋に戻ると、まだ爺さんは棒立ちしたままだった。
まあ、別に座らせなくてもいいか。
消耗させておいたほうが、今後も何かとやり易いだろうしな。
よく分からん実験に付き合わされたくもない。
ベッドに腰かけ、何を聞き出すべきかを考えてみる。
まず気になるのは、このままだとどうなるかってとこだよな。
「質問に答えろ」
「──はい」
「俺を城へ連れていって、どうするつもりだ?」
「──陛下へ、ご報告、を」
「何を報告する?」
「──王国、留学生、監視、結果、干渉、因子、可能性、興味」
おいおい、いきなりどうしたんだ?
妙に断片的な内容に変化しやがって。
「もっと正確に報告内容を答えろ」
「──お、おうこ、く、あ、あああ、おうこ、く、ああ、おう、こく、あああ」
ったく、何なんだよ。
爺さん相手に使ったら、マズい魔術だったのか?
「あああ、ああああああ」
「チッ、もういい。別の部屋へ行け」
「あああ、あああ、あああ」
ヨロヨロと扉へと歩いてゆく。
「黙って動け」
ようやく、不快な声を発しなくなった。
そのまま廊下へと姿を消す。
「ふぅ、やれやれだ」
放置し過ぎたのが悪かったのか?
それとも、体だけでなく、魔力も強まってるとかか?
寝るように指示を与えなかったから、効果が切れるまで、ずっと立ち尽くしてそうだが。
明日になっても元に戻ってなかったらどうしたもんか。
……まあ、明日考えればいいか。
取り敢えず、寝ておこう。
のんびり朝食を取っていると、爺さんが少しふらつきながら食堂に姿を現わした。
「我輩に何をしおった! 白状せい!」
ふむ、どうやら正気には戻れたらしい。
機嫌は最悪のようだが。
「どうかしたのか、爺さん」
「惚けるでない! 昨晩、何かしおったじゃろう!」
「おいおい、こりゃあいったい、何の騒ぎだい?」
「騒がしくしてすまない。どうやら爺さんがボケちまったらしい」
「何じゃと! 言うに事を欠いて──」
「あんまり興奮すると、頭の血管が切れちまうよ、お爺さん」
「ええい、喧しいわい! 凡夫風情が気安く触れるでない!」
流石に宿にも他の客にも迷惑過ぎるか。
とっとと出たほうがいいな。
「ご馳走さん。美味かったよ」
「お、おう、そいつはどうも。って、そんなことよりも──」
「ああ、分かってる。おい爺さん、これ以上は迷惑になる。外に行こうぜ」
「何をぬけぬけと! そもそも其方が──」
「あーはいはい、続きは外でな」
喚き散らす爺さんを拘束すると同時、隣に気配が生じた。
「……おいおい、此処で暴れてくれるなよ? 俺はただ、外に出るだけだ」
「出すなと命令。行かせない」
気配が強まる。
全身が逃げろと訴えてくる。
「そうかい。俺は遠慮なく爺さんを盾にさせてもらうが、それでもいいんだな?」
「ん」
「ま、待て、止さんか! よい、命令は撤回じゃ。外へ出るぞい」
「了解」
どうにも先行きが不安で仕方がないね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




