42 入学試験
建物に入ると、窓すら無い物騒な部屋へと連れて来られた。
物騒な理由は単純明快。
金属製の盾はともかくとして、独特の光沢を帯びた武器が並べられているからに他ならない。
「荷物は置いていきなさい。その代わり、好きな武具を持って先に進むように」
「……この剣、刃引きされてないみたいだが?」
「それがどうかしまして? これから臨むのは真剣勝負なのですから、当然のことでしょう」
まさか殺し合いでもさせようってのか?
絶対に入学試験なんかじゃないだろ。
コイツ、さては頭がイカれてるんじゃないのかね。
剣は取らずに盾だけを持ってゆく。
「お待ちなさい。どういうつもりです?」
「あいにくと剣は不得手なもんでね。これなら万が一も起こり得ないだろ」
「……いいでしょう。その侮り、精々後悔することね」
もう案内するつもりは無いのか、踵を返して去って行く。
残ったのは厳つい男2人。
顎で行き先を指示してくる。
割とイラっときたものの、取り敢えずは従っておく。
平気で剣を持たそうとする辺り、こちらを制圧できる自信があってのことだろうしな。
どうにも俺は、筋肉な連中との相性が悪いらしい。
採光など皆無の通路。
唯一の光源となっている、通路の先を目指す。
到着したのは、砂の敷き詰められた円形の広場。
結構な規模。
学院の演習場が幾つも収まりそうなもんだ。
優に身長の2倍はありそうな壁に囲まれ、その上から大勢が見下ろしてくる。
どうやら、見世物にされるらしい。
「さあ! 中央へ進み出なさい!」
この声、さっきの校長か。
他とは造りの異なる一角に、その姿を見付ける。
「どうしました? もう怖気づきましたか?」
ドッと笑いが起こる。
連中の恰好からして、生徒なのだろう。
騎士ってのは、もっとちゃんとしてるもんだと思ってたが、割と俗っぽいようだ。
いや、ゲスと言うべきか。
人の生き死にを眺めて悦に浸るような手合いなど、何より性根が腐っている。
「何だ、アンタが相手してくれるわけじゃないのかよ? 言葉じゃなく行動で手本を示して欲しいもんだがね」
「……なるほど、軽口を叩ける程度には、肝が据わっているようね」
笑いが一転、シンと静まり返った。
「ですがその余裕、いつまで持つかしら。とっても楽しみだわ」
その声を契機としたのか、向かい側から誰かが歩み出て来た。
っておいおい、ご大層に鎧兜まで着込んでいやがる。
しかも手にしているのは、槍ときたもんだ。
「さあ、学内随一の槍の使い手よ! 王国の軟弱な学生が敵うかしらね」
随分と煽ってくるな。
いやホント、今まで交換留学してこなくて正解だよ。
一般の生徒じゃあ、怪我で済むかも怪しいもんだ。
学院の面子なぞ知ったこっちゃないが、俺には俺の目的がある。
邪魔する奴に、容赦はしない。
学生はどうでもいいが、あの校長には目に物見せてやらねば。
「始めなさい!」
生徒が歓声を上げる。
「いざ、参る!」
号令と共に、相手が駆け出した……と思ったのだが。
随分と鈍い。
鎧を着込んだ所為で、動きに支障をきたしてるんじゃないのか?
のそのそと近づいてくるのを、ぼうっと眺めながら待つ。
こっちの武器……というか防具は盾のみ。
当然ながら、槍の間合いのほうが広いわけで。
倒すとなると、顎への一撃が良さそうだが。
無難に勝つなら、魔術で昏倒させるのが手っ取り早い。
とはいえ、相手はコイツ一人とも限らない。
魔力はできるだけ温存しておくべきかね。
「もらったぁーーー!」
ようやく間合いに届いたのか、相手が叫びながら槍を突き出してきた。
が、やはり遅い。
ヒョイと横にズレる。
横を素通りしてゆく槍。
「なんの、まだまだぁーーー!」
突きが連続する。
少しだけ速度が上がった。
それでも、避けられないほどではない。
まさか、これが全力ではあるまい。
念の為にと、後退りながら避け続ける。
が、すぐに背が何かにぶつかった。
背後は通路だったはずだが、封鎖でもされたのか。
「覚悟ォーーー!」
今までで一番速い突きが見舞われる。
それでも、避けられないほどではない。
槍の横をスタスタ近づき、盾で思いっきり顎を殴り飛ばす。
「おごッ⁉」
兜の中からくぐもった声が漏れ、そのまま仰向けに倒れ込んでしまった。
歓声は止み、ざわめきが広がる。
「な──何をしているのですか! 早く立ち上がりなさい!」
本当にコイツで合ってたのか?
何だったら、兜の下は違う生徒だったりしないだろうな。
鎧さえ着込んでいなければ、もっと素早く動いてみせたのかもだが。
しばらく待っても、動きだす様子はない。
「思うに、鎧は着させないほうがいいんじゃないか? こっちは素手も同然なんだしよ」
「くッ、つ、次の者を! 敗者は早々に片付けなさい!」
自分とこの生徒だろうに。
もう少し扱いってものがあるだろう。
もしも王国ではなく帝国で生まれていたなら、この学校を日常として過ごしていたんだろうか。
やれやれ、どうにもゾッとしないね。
「先程の彼と同じなどとは思わないことだ。序列は自分のほうが上なんだからね」
今度は両手に剣持ちか。
騎士ってのは、盾を使うんじゃないのかよ。
「そうかい。もういっそのこと、一番強い奴を出してくれると、事が早く済んで助かるんだが」
「チッ、生意気な小僧が」
「──おい、俺をそう呼んでいいのは、この世で一人だけだ。テメェ如きが口にすんな」
「ほぅ、それはいいことを聞いた。今後は小僧と呼ばせてもらうよ。いや、もう呼ぶ機会は訪れそうもないがね」
「二度目だ。オマエは気絶程度じゃ済まさないぞ」
「粋がるなよ、小僧が!」
開始を待たずに、相手が駆け出した。
……やっぱり、おかしいのは俺のほうなのか。
今度の相手は、さっきの奴よりも明らかに軽装。
にも拘わらず、動きが遅い。
この盾にしたってそうだ。
金属製なのに、何でこうも軽々と持っていられるんだ?
俺の体は昔のまま。
鍛えられてやしないどころか、薄っすら骨が見えるほどだ。
何で今回は、いつもと違ってるんだ?
いったい、俺に何が起きてるっていうんだ。
「命の懸かった勝負の最中、他事を考えるとは笑止! 死ねぇい!」
剣が両側から迫りくる。
狙いは首か。
下側から盾で以て弾き飛ばす。
「──な、にぃ⁉」
変化しているのは、動体視力だけじゃあない。
がら空きとなった腹に拳を叩き込む。
「ごふォ⁉」
「うらあぁぁぁーーー!」
盾を放り投げ、両の拳で以て腹を殴り続ける。
宙に浮き続ける体。
呻き声が途絶えたのを確認し、殴るのを止めた。
その後も、対戦相手は出続けた。
一応は、序列とやらが上がっているらしい。
女や双子が相手だったり、大槌や大剣を使ってくる奴もいた。
いよいよ以て、なりふり構わなくなってきている。
そこにきてのコレだ。
今まで以上の重装甲。
その上、身の丈ほどもある盾を、片手ずつ持っている。
「なあアンタ、ひょっとして武器を忘れてきてやしないか?」
「言葉は不要。いざ、尋常に勝負」
「そうかい」
まあ、人のことを、とやかく言える装備でもないか。
しっかし、あの恰好相手に打撃なんて通用するのかね。
「さあ、名誉挽回の機会よ! その力、知らしめてみせなさい!」
「応!」
──速ッ⁉
超重量など微塵も感じさせず、肉薄された。
壁と見紛う盾が、圧し潰さんと迫る。
すかさず横へ跳び退く。
と、もう一方の盾が、今度は横薙ぎで振るわれた。
狙われたのは腰付近。
上へも下へも避け辛い、絶妙な位置取りだ。
回避は困難。
防御を選択。
盾で盾を防ぐ。
嫌な音を立てながら、盾が変形してゆく。
勢いが殺しきれない。
「うおッ⁉」
踏ん張りが利かず、軽々と吹き飛ばされた。
宙に浮いてる最中にも、相手が動く。
落下地点へと素早く回り込まれてしまう。
時間が間延びする。
今まで相手した連中とは、格が違うらしい。
だがそれでも。
赤竜は言うに及ばず、いつだか見た最強の団長や、先生ほどではない。
漠然とだが、そう感じる。
あの人たちに並び立つことなど叶うまい。
ならばせめて、他の連中ぐらいには、勝ってみせねば。
相手が構えを取る。
叩くか、潰すか、殴り飛ばすつもりか。
いずれにせよ、盾を使うはず。
……盾か。
相手に倣って、こちらも盾を使うとしよう。
盾を構え、相手へと落下してゆく。
僅かも目を逸らさずに。
動作から、行動を予測。
片方の盾で防いで、もう片方の盾でトドメを刺す算段か。
タイミングを計る。
盾と盾が衝突する瞬間、盾を突き飛ばすようにして、体を僅かに浮かせる。
弾き飛ばされる盾。
相手が即座に次の行動へと移る。
横殴りにしようと揮われる、もう一方の盾。
だが、僅かにタイミングがズレている。
体を浮かせてみせた分、攻撃が先行し過ぎたのだ。
ギリギリの距離を、盾が通過してゆく。
そうして晒されるのは、ガラ空きとなった脇腹。
着地から即座に、両手で以て掌底を叩き込む。
重量物が衝突したような轟音が響き渡った。
こちとら、伊達に魔術局で何年も戦闘訓練を行ってたわけじゃあない。
体は昔の状態に戻っても、得られた経験や知識は健在だ。
一言も発することもなく、相手が地面へと倒れ込んで動かなくなった。
数人がかりで運ばれて行く様を横目に、へしゃげた盾を拾い上げつつ、気色悪い野郎へと声を投げかける。
「なあ、まだ続けるのか? つーか、俺が全員倒しちまったら、此処で学ぶことも無さそうだけどな」
「キィーッ! 言わせておけば! もういいわ! 彼女を寄越して頂戴!」
また女が相手かよ。
怪我させないよう倒すってのは、中々に気を使うんだが。
「──ッ⁉」
何だ、この感じ。
胸や背中がやたらと冷える。
視界からは色が消えてゆくようだ。
「お望みどおり、最強の相手よ!」
声が遠い。
呼吸がし辛い。
喉が渇く。
それでも、視線だけは逸らせやしない。
現れたのは、銀色の長髪をなびかせる、色白の少女。
どこか、エルフにも似た容姿。
作り物めいた美しさを湛えている。
そう、まるで作り物のよう。
表情からは、感情が一切読み取れない。
無表情。
ただ存在しているだけ。
だというのに、どうしてこうも恐ろしくて堪らないのか。
知らず、後退りしてしまう。
「あらあら、どうしたの? アナタ程度でも、彼女の強さが分かるのかしら?」
強さだと?
バカを言うな。
そんな生易しいもんじゃない。
全身がヤバさを伝え続けている。
逃げろと、そう促している。
常人なんかじゃあない。
恐らくコイツは──。
「さあ、これが最終戦です! 一撃で決着なさい!」
「──了解」
反射的に盾を構える。
次の瞬間には、盾に剣が食い込んでいた。
速過ぎる!
もう、目で動きを追うことは叶いそうもない。
今まで戦った中で、間違いなく最強の相手。
そんな僅かな思考すらも、相手の有利に繋がる。
気が付けば、盾が切断され始めていた。
なりふり構っている場合じゃない。
相手の腹目掛け、全力で足蹴りをぶちかます。
と同時に、後方へと体を逃がす。
カラン。
割れた盾が落ちた。
ギリギリだった。
もう少しでも判断が遅れていれば、腕諸共落ちていたに違いあるまい。
何故だか相手は動かない。
追撃してくる素振りもない。
今の内に準備を──。
「何故動きを止めたのですか!」
「命令は一撃」
「相変わらず融通の利かない子ね! ならば命令です! 相手を確実に殺しなさい!」
「了解」
脳内で文句を言う間も与えられず、再び凶刃が振るわれる。
もう盾で防ぐのも難しい。
──ならば。
≪念話≫
精神魔術の中級。
最大出力!
『────────』
距離は至近。
何を伝えるでもなく、ただただ相手の脳を刺激する。
「がぁッ⁉」
剣を取り落とし、頭を抱えてヨロヨロとその場を動き回る。
事前に備えておいて良かった。
咄嗟に動いたんじゃあ、間に合わなかっただろう。
『──我、を』
……何だ?
何か今、聞こえたような……?
『滅せ、よ』
この声、確か最近聞いた覚えが──。
『我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ』
「ぎッ⁉ あがッ⁉」
強制的に、頭の中へと声が流れ込んで来る。
止まらない、止められない。
目の奥で、頭の中で、火花が散る。
『我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ我を滅せよ』
「ぐあァーーーーー!」
頭が……割れち、まう……ッ!
早く……遮断、を……。
≪遮断≫
精神魔術の中級。
途端に声が止む。
「ガハッ、ハアッ、ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ……」
くそッ、猛烈な眠気、が。
魔力を、根こそ、ぎ持ってい、かれた、のか?
何が、どうな、ってやが、る。
視界が……暗く……なって……。
も……う……。
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