41 手荒い歓迎
王都を発ち、都度宿泊を挟みつつ、馬車に揺られ続けること3日。
いよいよ帝国が近づいてきた。
いや、近づいてるのは俺たちのほうか。
西区から伸びる橋を渡り、目指すは中央門。
帝国には、南北に跨る巨大な壁が行く手を阻んでいる。
壁を通るための門は2か所。
今、目指している箇所以外では、水門に程近い箇所にあるだけ。
あちらは、魔族領への派兵用らしいから、一般に利用されるのはこちらのみというわけだ。
「……フゥ、無事に川は通過できましたか」
随分真剣な表情をしていると思ったら、箱馬車の窓から川の様子を窺っていたのか。
引率役として、態々局長自らが同行してくれた。
まあ、他に適当な人選は無いと言えば無いのだが。
他に事情を知る副局長は、学院の教師ではないわけだしな。
「魔獣が現れたのは、つい最近のことでしたね。いつものことなので、あまり気にしてませんでしたけど」
「いつものこと、ですか?」
「毎回、あの川岸で目が覚めるので」
「そうでしたか。では、あの川岸に、繰り返しの原因があるのかもしれませんね」
「……どうなんですかね」
繰り返しの原因、か。
そう言えば、ちゃんと考えたことは無かったな。
無関係、ということは無いのだろうけれども。
あの場に居たのは、俺だけではない。
何故、俺だけなのか。
どうせなら、両親を助けられる時間まで戻ってくれればいいものを。
「そう言えば、魔獣が出現した原因は分かったんですか?」
「いいえ。ですが、水門に破壊された形跡は見受けられなかったとの報告がありました」
それはつまり……どういうことになるんだ?
魔獣が態々建造物を避けるとも思えない。
じゃあ、誰かが意図的に通させたとかか?
「帝国の動向は不透明です。十分に気を付けてください」
「はい、気を付けます」
巨大な門を潜り抜け、遂に帝国へと入った。
町並みは王都を彷彿とさせるものの、珍しいとまでは言えない。
だが、活気がまるで異なる。
祭りでも開催されているかの如く。
人の多さと声の多さに、しばし言葉を失う。
「帝都は相変わらず盛況のようですね」
「いつもこうなんですか?」
「と、言うと?」
「いえ、人出が多いなと」
「今日が特別多いということはありませんよ。王国とは人口が桁違いですから」
何かこう、王国の人々とは、存在感というか気迫が違う。
「本当に一般人なんでしょうか。何か雰囲気が異なるような気が」
「帝都の住民には、騎士学校の卒業生が多いことが関係しているのでしょうね。有事の際には、騎士としての従軍を義務付けられていると聞き及んでいます」
「え? では、そこらの店で働いてるような人も?」
「ええ。一般の人々は、帝国の中央で暮らしていますから、そちらは王国と似た雰囲気を抱くと思いますよ」
「なるほど」
そこかしこから感じる、この妙な感覚。
かつて仲間が言っていた気配とは、こういう感覚なのだろうか。
敏感肌にでもなったようで、どうにも落ち着かない。
「到着するのは三日後です。今から気負っていては、疲れてしまいますよ」
「まだそんなに掛かるんですか? もう帝都には入りましたよね」
「帝国は国土も広いですからね。これでも近いほうです」
「はあ……そういうものですか」
窓の外を眺める。
あの決戦の日、加勢してくれた騎士の数よりも、通りを歩いている人々のほうがよっぽど多く見える。
もっと多くの人が加勢に来てくれていたなら、あるいは……。
そう思わずにはいられない。
っと、いかんいかん。
どうにもダメだな。
知らず知らずのうちに、他者を頼みとしてしまっている。
商会の一件でもそうだ。
容易く局長を頼ってしまっていた。
確かに、帝国の協力は必要だ。
けど、だからといって、頼り切りになってはダメだ。
自分に都合があるように、他者にも各々の都合がある。
あの怪物は、人種にとって、共通の脅威に他なるまい。
それでも、全ての人が戦えるわけでもない。
自分の命を、自分以外の何かのために懸けられる。
そういう志の者でなくば、あの場に立って戦うことはできないのだろう。
視界を埋め尽くす魔獣の群れ。
それらを生み出してみせた怪物。
俺だって、魔術の影響下になければ、魔獣を前に動くこともできなかったはず。
集った騎士たちに、魔術はかかっていたのだろうか?
赤竜と呼ばれる騎士はどうだ?
俺なんかよりも、よっぽどの覚悟を決めて、あの場へと馳せ参じたのか。
眼前の人々はどうなのだろう。
彼らもまた、そうした覚悟を持ち合わせているのだろうか。
分からない。
けれど、ただ一つ確かなこと。
それは、俺が彼らを死地へと誘うであろうことだ。
帝都での宿泊を挟み、ようやく騎士学校へと到着した……らしいのだが。
広過ぎてよく分からない。
塀の内側には、草原が広がるのみ。
肝心の建物が見当たらない。
「本当に此処で合ってますか?」
「ええ。この辺りは校庭になります。校舎はもっと奥です。このまま馬車で移動しましょう」
校庭って……広過ぎやしないか?
林だか森まで見えるんだが。
あそこに見えるのなんか、明らかに川だよな。
いったい、どうなってるんだ此処は。
「王国の戦士団とは違って、騎士は統率された軍隊です。演習ともなれば、これぐらいの広さは必要になるのでしょう」
「はあ……そういうものなんですかね」
その他にも、丘陵、砂地、湿地、等々。
多種多様な地形を有しているらしい。
学院と比べるまでもなく、体を酷使する教育方針なのは間違いあるまい。
詰まるところ、俺向きではない。
「こんな場所から交換留学された騎士は、随分と拍子抜けしてそうですね」
「そうかもしれませんね。運動のみならず、教養面に於いても、非常に優秀と聞き及んでいますし」
「優秀な生徒なんですね」
「交換留学生だけではありません。騎士学校で学ぶ生徒全員が、高い水準なのです」
それはまた、授業に慣れるだけで精一杯かもしれないな。
精々難点は、歴史ぐらいと予想していたんだが。
「無理に周りと合わせる必要はありません。騎士として身を立てるわけではないのですから」
「そう……ですよね」
「ともあれ最初の内は、学生として大いに学んでくると良いでしょう」
学院に魔術局にと、これでも割と勉強ばっかりしてるんだが。
まだ足りませんかそうですか。
「目立たず焦らず、機会を待つように」
目的は怪物退治に騎士を動員させること。
話に聞いた黒竜ってのには、確実に参戦してもらわないと困る。
それこそ、皇帝を魔術で操れさえすれば、話は簡単なんだが。
「校舎が見えてきましたね」
声に促されるようにして、窓を覗き込む。
いやいやいやいや。
デカ過ぎだから。
アレ、もう城とかの規模だから。
「……攻城戦でも想定してんのかよ」
「はい?」
「あ、いえ、ただの独り言です」
「これはこれは、遠路はるばる、ようこそお出でくださいました。ワタクシが当校を預かる校長です。どうぞ、お見知りおきくださいな」
「お出迎えいただき恐縮です。ワタシは学院で臨時教師を務めております──」
「いえいえ、自己紹介などとんでもない。貴女様の御高名は、この帝国にも広く知れ渡っておりますとも」
「……そうですか。この者が学院の生徒となります。どうか、よろしくお願いいたします」
「もちろんですとも。当方の生徒についても、何卒よろしくお願いいたします」
俺たちを出迎えたのは、女口調のなよなよとした男。
服装こそズボンを履いたスーツ姿だが、どぎついピンク髪に化粧まで施している。
ハッキリ言って、気持ちが悪い。
局長が顔色一つ変えずに応対しているのは、流石としか言いようがない。
その気持ち悪い奴の後ろには、厳つい男が2名控えている。
「お時間がございましたら、お茶でも如何でしょう。丁度、良い茶葉が手に入ったばかりですのよ」
「お誘いいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、本国に仕事を残しておりますので、本日は辞退させていただきます」
「あらそう、とっても残念ですわ。では、またの機会を心待ちにしておりますわ」
視線は局長に終始釘付け状態。
俺のことなど、はなから眼中には無いらしい。
遣り取りが終わり、局長を乗せた馬車が去って行く。
「さて、アナタにはこれから、入学試験を受けていただきます」
「──は?」
「付いていらっしゃい」
交換留学に入学試験なんてあるもんなのか?
「ぼさっとしない! それで本当にあの方の弟子なの?」
荷物を持ち上げ、後に続く。
すると、男2人がすぐ両脇に並んで歩きだした。
「本校は実力主義。相応しくない者に、機会など与えられないと知りなさい」
「試験とやらに受からなかったら、出て行けってわけか?」
「まあ、何て口の利き方でしょう。やはり素性が疑わしいわね」
やはりって何だよ。
もしかしなくても、怪しまれてたってことか?
「アナタ程度でも、興味を抱いている連中はいるようですから。そちらで引き取ってもらいましょう」
おいおいおいおい。
随分ときな臭くなってきたんだが。
校舎を素通りし、どんどんと奥へ奥へと進んで行く。
見えて来たのは……何だろう、壁か?
校舎よりかは小規模の建造物。
いまいち、何の施設か判然としない。
目的地はそこらしく、進路が変わる様子はない。
「何の建物ですか?」
「闘技場です」
「……何だって?」
「同じことを二度も言わせないで頂戴。闘技場よ。見て分からない? って、王国には無いんだったかしら」
とうぎじょう?
何をする場所なんだ?
「アナタにはこれから、生徒たちと戦ってもらいます」
……マジかよ。
しかも今、たちって言ったよな。
「わが校から派遣した生徒は、それはもう優秀でしたからね。当然、それにつり合うだけの実力を備えていなければ、お話になりませんでしょう? 自分の置かれた立場が、お分かりになって?」
大人しくしているよう、言いつけられてたんだがな。
事此処に至っては、仕方がないか。
この場の3人を魔術で操るのは容易いだろう。
だがしかし、所詮はその場凌ぎ。
これから世話になる場所だ。
正式に認められたほうが、動き易いには違いあるまい。
「実力の程、とくと拝見させていただきましょう」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




