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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
六章 三周目 魔術局
46/97

39 決戦

 無情にも時間は過ぎていった。


 そうして迎えた日食。


 遂に、怪物と相まみえる。


 集結するのは、戦士団の討伐組と魔術局の魔術師たち。


 場所は北壁ほくへきの最西端に位置する第一門。


 いざという時には、怪物を帝国へとなすり付ける算段。


 壁上の内側に足場を設けて魔術師を配し、壁外の魔獣を掃討。


 戦士団は開放した門の内側に展開し、討ち漏らした魔獣の討滅。


 後方には、治癒魔術師や攻撃系の魔術適性の無い魔術師たち、そして一般組の戦士団が救護班兼支援役として控える。


 余裕があれば魔石を回収し、怪物対策へと運用。


 一番後方に対怪物用の魔石部隊。


 もし万が一、魔獣に到達された際は、止む無く魔石の消滅現象により迎撃する手筈となっている。


 局長たちと共に、俺も此処で待機していた。


 これより後ろには、もう住民は居ない。


 全て他区へと避難済みだ。






「現実にあのようなモノが存在しようとは……こうして目視してなお、にわかには信じられません」


「明らかに他の魔獣とは形態が異なります。そもそも、アレは本当に魔獣なのでしょうか?」


「例え長命なエルフと言えども、知る由も無いでしょう。あの呼び名といい、誰がどうやって伝えたのか」



 2人の会話を聞き流しつつ、怪物を見据える。


 万全とまでは言えぬものの、準備は整えた。


 もう、ただ殺されるだけではない。


 今度こそ、今回こそ、たおしてみせる。



「想定よりも大きいでしょうか。目算で全長300メル以上ありそうですね。もう少し後退しておきましょう」


「分かりました。伝達します」



 結局、念話の道具化は叶わなかった。


 よって、各部隊に配された精神魔術師が、情報のやり取りを担っている。


 成果らしい成果と言えば、魔石を収納する箱か。


 数年前の事故を踏まえ、開発された品。


 あの時、臨界点を超過した原因は、触れている魔術師の魔力を、魔石が勝手に吸収する分を考慮していなかったことにあった。


 それを踏まえて、精神魔術を遮断する兜の技術を応用し、魔力を遮断する箱が用意されたわけだ。


 箱に収納したことで、持ち運ぶのもかなり楽になった。


 後用意できたのは、魔石を投射するための、巨大な投石機。


 これを用いて、怪物の足元を狙う。






 壁の辺りが騒がしくなってきた。


 魔術師に反応したのか、それとも魔術に反応したのか。


 魔獣が襲来し始めたようだ。



「精神魔術による高揚付与を」


「ハイ」



 念話とは別に、精神魔術師が担うのは、魔獣への恐怖対策。


 何せ、見られるだけで、息すらできなくなってしまうのだ。


 俺を含め、多くの者が戦う前に動けなくなってしまう。



「魔術による掃討は、壁から離れた位置に限定するよう徹底させなさい。死骸が積み上がると、壁を乗り越えられます」


「ハイ」



 総指揮を預かっている局長が次々と指示を出してゆく。


 これもひとえに、念話があればこそ。


 何かにつけて大事だと言い続けられた意味が、ようやく実感を伴ってくる。



「怪物と同じく、魔獣の誘導にも成功している模様。他の地点では、敵影を確認できないとのことです」


「結構。ではこれより作戦を第二段階へ移行します。総員の奮励努力を期待します」


「ハイ」



 第一段階の魔獣の誘導は成功したらしい。


 いよいよ第二段階、魔獣の掃討が開始される。


 先生……どうか無事でいてくれ。






 数百メルも離れている此処にまで、前線の音と振動が届く。


 治癒魔術師の存在など、所詮は気休めに過ぎない。


 何せ、一撃を喰らって生き延びるほうが稀なのだ。


 大抵は即死する。


 戦闘開始から数時間。


 未だ前線は持ち堪えているようだった。



「まだ怪物は到達しないのですか?」


「目標地点への到達は、もうしばらく掛かると思われます」


「前線の魔術師の状態は?」


「少々お待ちを…………魔力切れの組と随時交代中。残り二組。怪物の到達まで、とても持ちそうにありません」


「魔獣の残数は?」


「…………最初の勢いこそありませんが、未だ全滅はしていない模様。後方より、なおも増加中」


「想定以上の数ですね。こちらのほうが先に息切れを起こすとは」


「如何いたしましょう」


「今の均衡は魔術の迎撃があればこそ。仕方ありません、魔石の一部使用を許可します」


「ですが!」


「使用した分は回収すれば済む話です。惜しんでいては、突破されかねません」


「……分かりました。すぐに伝達します」


「予備の戦士団に魔獣の死骸の撤去を急がせなさい。後方部隊の前面に配し、防壁代わりとするように。魔石の摘出は後回しで構いません」


「ハイ」



 何とも歯痒い。


 どうして俺には、戦えるだけの力が備わっていないのか。


 あの時も、今も、戦いでは役に立てやしない。


 精神魔術なんかじゃなく、四大しだいの何れかだったなら。


 前線に立って、魔獣をたおすこともできただろうに。


 どれだけ歯噛みしようが、手の平の皮膚が破け血が滲もうが、現実は変わってなどくれない。






「──ッ⁉ 前線が突破されました! 成体1、こちらに向かって来ます!」


「見えています。問題ありません」


「「な」」



 一瞬の出来事だった。


 あの川岸で、局長の魔術を目の当たりにしてはいた。


 だが、氷漬けになっていたのは幼生体。


 速さも大きさも、まさしく桁が違う。


 それを一瞬で、しかも正確に、頭部のみを消し飛ばして見せた。


 地響きを伴って、残された胴体が地面へと倒れ、動かなくなった。



「さ、流石は局長!」


「世辞は結構。そろそろ戦士団の体力も尽きてきたようですね。帝国側の動きはどうです?」


「……依然として、川向うに集結しているのみです。こちらへ援軍を向かわせる様子は見受けられないとのことです」


「まだ動きませんか……またこの地を犠牲にして、歴史を繰り返すつもりなのですか……ッ」


「局長……」


「魔力切れを起こした者の移送を。水門を渡り、帝国領へと向かわせなさい」


「で、ですが、越境の許可が」


「構いません。精々が拘留される程度のことです。もし武力で以て拒むようならば、後方部隊を全て移動させましょう」


「しかし、川では北壁ほくへきの代わりはつとまりません! すぐにも踏破され接敵を許すことに」


「帝国領側に一歩踏み込めば、それはもう帝国にとっての敵に他なりません。如何な帝国とて、魔獣を見過ごしはしないでしょう。指示を急ぎなさい」


「わ、分かりました」



 もう前線が持ち堪えられそうにないのか。


 作戦開始が早過ぎた?


 だが、事前に魔獣の数を減らしておかなければ、怪物に壁を壊された時点で、あの日の再現が起きてしまう。


 万全とはいかなくとも、十全に戦力が整ってさえいれば。


 怪物の到達までは、持ち堪えてみせたのではなかろうか。


 帝国を動かせるだけの力が、足りていなかったことが悔やまれる。






 散発的に魔獣が前線を突破し始めた。


 止む無く、魔石による迎撃が開始される。



「後方部隊を急ぎ下がらせなさい!」


「ハイ!」



 消滅を掻い潜って来た個体を、局長が適宜斃たおしてゆく。



「──ッ⁉ 局長! 怪物が目標地点へと間も無く到達します!」


「ようやくですか。急ぎ閉門! 作戦を第三段階へと移行! 壁内の魔獣を掃討次第、速やかに壁に居る全ての者の退避を開始させなさい!」


「ハイ!」



 第三段階。


 ようやく怪物退治の始まりだ。


 これまで魔獣をたおし続けたのも、この時間、壁で耐え凌ぐため。


 壁内の魔獣を掃討、人員の退避が完了次第、投石機による魔石の爆撃が開始される。


 狙うは怪物の足元。


 事前に穴を掘る案は却下され、壁越しに爆撃する運びとなった。


 当然、あの巨体が倒れてくれば、壁も潰されてしまう。


 だが、それは群がっている魔獣も同じこと。


 倒れた怪物の頭部を破壊し、残る魔獣を撃退できれば、作戦は完遂となる。


 懸念としては、魔石の残量と、魔獣がどれだけ残存しているかだが。






 やっと作戦に加われる。


 魔石への魔力の注入作業に従事する。


 黒雲に覆われた空を、白く発光する魔石群が、次から次へと止むこと無く流れてゆく。



「部隊の状況は?」


「戦えない者は帝国領へと避難を継続中。治癒を終えた戦士団が防衛線を構築中です」


「怪物は?」


「攻撃は命中している模様ですが、依然として姿勢に変化は見受けられません」


「投石機が小さ過ぎましたか……攻撃の手を緩めないように。何としても、壁が破られる前に転倒させるのです」


「ハイ」



 魔石は接触している数が多いほど、消滅範囲が拡大するらしいからな。


 いかに魔石に蓄えがあっても、投石機に載せられる数には限りがある。


 必然的に、一発の威力は下がってしまう。


 とはいえ、数が多過ぎれば、それだけ魔力の注入に時間を要するわけで。


 必死に連続運用の限界を維持し続けている。



「──ッ⁉ 怪物に動きあり! さらに接近して来ます!」


「投石中止! 後退を優先します!」


「ハイ!」






 壁の破壊を待たず、魔獣が壁を乗り越えて来た。


 恐らくは、殺到した背に乗り上げているのだろう。


 成体の三倍はあろう高さが、そうして突破されてゆく。



「きょ、局長!」


「見えています。どうにか戦士団に持ち堪えてもらうしかありません。投石機は引き続き怪物へ攻撃を集中させるように」


「わ、分かりました!」



 ここまでなのかよッ!


 これだけやって、たおせないってのか⁉



「局長!」


「今度は何ですか?」


「帝国騎士に動きが!」


「……ようやくですか」


「──え? それはどういう?」


「どうしました?」


「そ、それが、単独で接近してくると──」


「いや~、お久しぶりですね~。お元気でしたか~?」


「アナタは……赤竜」



 いつだか見た、頭髪から服装から赤尽くめの男が、局長のすぐそばに立っていた。



「局長!」


「大丈夫、彼は帝国の騎士です」


「どうにも陛下の許可が下りなかったもので~、一足先にこうして来ちゃいました~。他の騎士も水門を越えさせてますよ~」


「では、助力を期待しても?」


「もちろんですとも~。どう見たって、アレは尋常な相手ではありませんから~。帝国にとっても脅威ですしね~」



 相変わらず、間延びした喋り方をして、気持ちの悪い奴だ。



「では、壁内の魔獣への対処をお願いしたいのですが、構いませんか?」


「いいですとも~。では、早速行ってきましょうかね~」



 それはまるで、赤い閃光。


 描かれた軌跡には、肉片だけが残る。



「す、凄い……魔術も無しに、ああも容易く……」


「黒竜までは寄越してくれませんか……今の内に態勢を立て直します」







 帝国騎士が合流し、戦況は優勢へと大きく傾く。



「どうにか持ち直しましたね」


「はい。防衛線の構築も完了。魔石の回収を急がせています」


「肝心の怪物についてはどうです?」


「破損個所は順調に拡大中。このまま推移すれば、自重を支えられなくなるはずです」


「油断しないよう、総員に通達を。転倒させてからこそが、本番なのです」


「分かりました」



 確かに、周囲の雰囲気が弛緩してきている。


 少し前までの焦燥感が嘘のようだ。


 勝てると、誰しもが考え始めていることだろう。


 そう、勝てる、勝てるのだ。


 あの途轍もない怪物を相手にして。


 これで、かつて巻き添えにしてしまった仲間たちに、報いることができるはず。



「怪物に変化あり! 姿勢が変わり始めました! 作戦成功です!」


「総員、全作業を即時中断! 全速力で後退!」


「ハイ!」



 巨大過ぎてどうにも分かり辛いが、既に倒れ始めているらしい。


 急いで、投石機の移動を手伝う。






 いよいよ怪物が地面へと迫る。


 が、想定外の動きをしてみせた。


 大激震。


 誰もが地面へと倒れ込む。


 腕だ。


 倒れる体に先んじて、両腕をつき、転倒を堪えてみせたのだ。



「た、高い……!」



 地面より遠く離れた頭部。


 遠投を目的とした投石機では、高さには対応しきれない。



「ど、どうしましょう、局長⁉」


「目標を左腕へ変更。攻撃可能な距離まで、頭部を下げさせます」


「お、お待ちください! 壁の一部が破損した模様! 魔獣が侵入して来ます!」


「後もう少しと言うところで……ッ! 急ぎ迎撃を!」


「た、大変です! 壁ではなく、怪物の体から魔獣が!」


「どういうことです⁉ 情報は正確に!」


「そ、それが、怪物の体から、魔獣が次々と出現していると! 防衛線が維持できません!」


「……怪物こそが、魔獣を生み出した元凶だった? 帝国領へと撤退します! 魔石は全て迎撃に使いなさい!」



 瞬く間に事態が悪化の一途を辿ってゆく。


 ここから挽回するすべなど、果たして残されているのだろうか。


 っと、マズい!


 2人に迫る影に気付き、咄嗟に体を突き飛ばす。


 次の瞬間、宙を舞った。



「がはッ⁉」



 成体が下半身を掠めた。


 たったそれだけのことで、人がこうも簡単に吹き飛ばされるとは。


 幸いなことに、下半身はまだくっついている。


 元の形を成してはいないが。


 これではもう、歩くのも無理そうだ。



「ぐはッ⁉ かは、かはッ⁉」



 碌に受け身も取れず、地面へと激突した。



「そ、そんな⁉ 何て無茶な真似を⁉」


「狙いをつける必要はありません! 魔石を起動させたらばら撒きなさい!」



 声が遠い。


 もう、部隊はまともに機能していないらしく、人と魔獣が入り乱れ、そこかしこで絶叫が上がる。



「いよいよマズいね~。魔女さんたちも逃げたほうがいいぜ~」


「ワタシは指揮を預かる身! 逃げるなど──」


「そんなこと言ってる状況かよ~。ほら、さっさと行きな~。殿しんがりは任せときなってね~」


「か、彼がまだ! 助けに行かないと!」


「ワタシもまだ戦えます!」


「やれやれ、仕方がないね~、連れてってくれ~」


「ハッ! 御武運を!」


「あいよ、ありがとうよ~」


「放して、放してください!」



 2人の声が遠ざかってゆく。



「さてさて~、んじゃ、もういっちょ頑張りますかね~」






 にわかには信じられない光景だった。


 たった1人きり。


 その彼が、何十もの魔獣を屠り続けている。



「ふぅ~、これじゃあ、キリが無いねぇ~」



 無傷ではない。


 赤い服装は、今や黒々と変色していた。


 偶然なのか、意図してのことか。


 俺のすぐそばで、ずっとずっと戦い続けている。



「悪いね~、どうにも逃がしてやれそうにないよ~」



 ってことは、意図してだったのか。



「いい、さ……気に、しない、でくれ、よ……」



 腕で這ったところで、失血死は免れまい。


 それに、怪物が動き出していた。


 巨大な手の平が迫っている。



「もう少しでたおせそうだったのにね~。無念だねぇ~」



 口調は僅かも変わらない。


 痛みも苦しみも怒りも悲しみも、何も滲ませはしていない。



「後は旦那に任せるしかないか~。いやはや、情けないね~」



 槍はとうの昔にへし折れ、腕と脚でたおし続ける。


 それももう、限界が近いようだ。


 動く度に、鮮血が辺りにまき散らされている。


 俺にまで幾らか掛かっているぐらいだ。



「次があるなら、たおし──」



 不意に、言葉が途切れた。


 一際大量の鮮血が降り注いでくる。


 俺も、彼のように強かったなら……こんな結末を迎えずに済んだのだろうか……。


 空が落ちてくる。


 魔獣に喰われる前に、さっさと終わらせてくれ。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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