38 STOP
魔術の覚えが良いと見なされ、魔術開発に回された。
上級はそもそも未収得のため、中級ないし初級の、新たな精神魔術の構築が課題となるわけで。
中級は初級の複合、または、初級の強化が主。
よって、新たな初級を見出すことが、より重要になってくる。
とはいえ、だ。
主だった感情や本能に作用する精神魔術は構築済み。
即ち、新しい魔術とは、新しい感情にも等しい。
既知のモノを覚えるのと、未知のモノを創り出すのとでは、難易度が違い過ぎる。
こればっかりは、過去の経験を活かせもしない。
あれほど長く感じた一日が、瞬く間に過ぎてゆく。
何も成せないままに、貴重な時間だけが失われ続ける。
自分に起こっている現象こそ特殊と言えるが、俺自身は凡人に過ぎない。
せめて、過去に目新しい何かを見知ってさえいれば。
何かしらの貢献はできたのかもしれないのだが。
今までが順調に感じていた分、何の成果も出せない状況は殊更に堪える。
停滞が続く。
『うがー、何も思い浮かばねー』
『あーでもない、こーでもない』
『オレの考える最強の精神魔術~、みたいなのでいいんだよ。何か思い付けよ』
『ごめんなさいごめんなさい。何も思い付かなくてごめんなさい』
独り言ならぬ、念話の乱放出。
これが余計に思考を乱してくる。
≪遮断≫
精神魔術の中級。
周囲の局員から無駄に発せられる念話を遮断する。
まったく、息苦しいったらない。
ここのところ、念話をしてなくても頭痛がする始末。
こうも閉じ籠ってばかりいては、同じ考えしか思いつかないだろうに。
フラフラと研究室から出る。
廊下に出ても、気分は晴れやしない。
外の空気が吸いたい、景色が見たい。
痛む頭を摩りつつ、階段を目指す。
ズン。
……揺れてる、のか?
階段を上る途中、微かな揺れを感じた。
念の為立ち止まり、様子を窺う。
10、20、30と数え続けても、何も起こらない。
歩みを再開する。
『今何処です⁉ 何故研究室に居ないんですか⁉』
「──あがッ」
遮断を突破して、念話が届く。
堪らず壁に寄り掛かり、強烈な頭痛に耐える。
『無事なら返事をしてください!』
『うるせえよ。頭痛で死にそうだ』
『良かった、無事だったんですね。今何処に居るのです?』
『階段だよ。息抜きがてら、外に出ようかと思ってな』
『そちらは揺れなかったのですか?』
『少し揺れたな。なあ、無駄に世話を焼くのは止めてくれ。もう気は済んだろ』
『少し? こちらはかなりの揺れでした。本当に無事なんですね?』
『こっちは何ともないが……おい、そっちこそ大丈夫なのかよ』
『……上階のほうが揺れが少ない? では念の為、地上まで出てください。くれぐれも、地下には戻らないように』
『お、おい! そんなにヤバいのかよ⁉』
『心配無用です。それでは』
アホか!
心配しか覚えないだろ!
まだ痛む頭を摩りながら、上ではなく下を目指す。
「──おい! 無事か⁉」
できるだけ急いで研究室へと戻って来た。
部屋の中では、書類や機材が床にぶちまけられている。
「ほらね、やっぱり戻って来たでしょう?」
「何だかんだ言いつつ、主任のことが心配なんですってば」
「だなー。傍から見てる分じゃ、まるきり姉弟のそれだ」
いきなり随分な言われようだった。
局員は落ち着き払っており、特に慌てている様子もない。
「もう……何で戻って来るんですか」
「あんな意味深なこと言われて無視できないだろ。誰も怪我はしてないのか?」
「ええ。というか、忘れていませんか? ワタシを含めて、この研究室には治癒魔術師が複数名居るんですよ」
「だからって、怪我しないわけじゃないだろ」
「それもそうですけど。ご覧のとおり全員無事です。今は、万が一に備えて、必要最低限の資料なんかを選別していたところです」
「避難するのか?」
「ええ。状況がハッキリするまでは、そのほうが良いでしょう。ですから、外に行くように伝えておいたのに」
言葉が足りないにも程があるだろ。
にしても、此処は結構揺れたみたいだな。
階段でこれだけ揺れてたら、結構危なかったかもしれない。
「なあ、さっきみたいなのって、割とよくあることなのか?」
「いいえ、そんなことはありません。もしかしたら、最下階で何らかの実験が行われたのかもしれませんね」
そういや、最下階には行ったことがないな。
「最下階には何があるんだ?」
「二階層分、吹き抜けの実験場となっています」
「……随分な広さだな」
「外に出せないモノもありますからね。普段使っている階段とは反対側に、貨物用の昇降機が設置されています」
「しょう……何だって?」
「昇降機です。歩かなくても昇り降りできる便利な装置なんですよ」
そんなもんまであったのか。
意外と知らないもんだな。
「──主任、そろそろ」
「忘れ物はありませんか?」
「はい」
「大丈夫です」
「問題ありません」
「あのー、自室に寄ったりとかは」
「却下です。では、皆は慌てず地上に避難を。ワタシは局長と連絡を取ります」
「来ないのか?」
「ワタシは副局長の任を預かる身です。局長に何かあれば、ワタシが全体指揮を執らねばなりません。さあ、キミも行きなさい」
「……分かった。気を付けてな」
「ええ。キミも」
以降、何度か揺れが起こった。
それっぽい別れの演出をしてはみたものの、いずれも微々たるもの。
揺れの原因は、やはり最下階での実験によるものだったらしい。
翌日、局長の部屋へと呼び出された。
「改めて尋ねたいことがあります」
「何だ?」
『敬意! 何でそう言葉遣いを改め──』
≪遮断≫
精神魔術の中級。
同席している眼鏡女の念話を遮断する。
「アナタの目撃したと言う消滅現象。規模はどの程度でしたか? できるだけ正確に教えてください」
何だってまて、そんな話を蒸し返してくるのやら。
ええっと確か、あの時は王宮のある高台から見下ろしていたはず。
魔術局と学院に、魔獣が群がっていた。
白い発光。
その後、建物は跡形も無くなり、地面も抉れていた。
「正確にって言われてもな。魔術局と学院は無くなってたのは確かなんだが。それ以上となると、判断がつかないな」
「魔術局の地下はどうでしたか?」
「……いや、覚えてないな。そもそも地下があるとも思ってなかったしな」
「そうですか」
「それがどうかしたのか?」
「昨日、とある実験……いえ、事故が起こりました」
「……おいおい、穏やかじゃないな」
「幸い、死傷者こそ出ませんでしたが、施設の一部が消滅しました」
「それってつまり……」
「魔石の消滅現象です。臨界点を見誤り、複数同時に消滅した結果、単体では起こり得ぬ規模の消滅現象が発生したのです」
眼鏡女が騒がないってことは、事前に知らされてたってわけか。
「アナタの目撃したと言う消滅現象は、その規模から察するに、大量の魔石による反応と見て、まず間違いないでしょう」
「魔石が多ければ多いほど、規模が増すってことか」
「いえ、単純に数を揃えれば良いという話ではありません。接触した状態、且つ、同時に臨界を迎えること。それが条件のようです」
昨日、何度か揺れたのは、それを検証してたってわけかよ。
「そんな話、俺に聞かせて良かったのか? 結局、携われてやしないんだが」
「次回への備えです」
「は? どういう意味だよ?」
「全てがアナタの言うとおりだとすれば、今回失敗した場合、次の機会があるのはアナタのみ。ならば、できる限りの情報を引き継いでもらう必要があります」
おいおいおいおい。
勘弁してくれ。
俺だけずっと、繰り返してろってのかよ。
「次があるとは限らないだろ」
「無いとも限りません。今回の一件、ワタシたちは知り得ない現象でした。それを予見してみせたアナタの言は、さらに信憑性が上がったわけです」
「なあ、まさかとは思うが、今のままじゃ斃せないのか?」
「以前話に上がった、転倒させるという案。アレが成功すれば、頭部か魔石を消滅に巻き込むことは可能でしょう」
「……難しいのか?」
「そうですね。正確な体長が不明なため、備えるにしても限界があります。現場での判断が成否を分けることになるでしょう」
北壁や王宮よりもデカいのは確かなのだ。
けどまさか、正確な大きさが必要になってくるとは思わなかった。
前回、それを測れなかったことが悔やまれる。
「今回で凡その計測結果は導き出せるでしょう。そうすれば、次回こそは」
「待ってくれよ。帝国は頼れないのか?」
「当然、要請はします。しかし、出現するのを待たなければ、了承を得ることは困難と言わざるを得ません」
「なら、活動し始める前に、怪物を見付けられれば」
「魔族領をですか? その前に、魔獣の掃討をしなければ無理でしょう」
「何か、何か手があるだろ」
納得できるわけがない。
次回がある保証なんて、どこにもないだろ。
今回を犠牲にして次回に託す?
そんなわけにいくかよ!
「もちろん、諦めているわけではありません。まだ時間はあります。ですがもしもの時は、アナタに望みを託します」
何かできることは無いのかよ……。
「あの、念話を使ってはどうでしょうか?」
「どういう意味です?」
「念話は言葉だけでなく、映像も送ることが可能です。それを利用すれば、彼の見た光景をワタシたちも見ることができるのではないかと」
「……なるほど確かに。どうでしょう、できそうですか?」
「映像の伝達はまだあまり上手く無いんだが……取り敢えず、やってみるよ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




