37 STEP2
「どうしてそうなりますかね」
「いやいや、こっちのほうがどう考えても簡単だろ」
新たな魔術の習得は叶った。
しかし、求められているモノとはズレていたが。
「覚えるべきは念話のほうであって、遮断するほうではありません」
「分かってる。ちゃんと覚えるっての。だからそう睨むなよ」
「……本当ですか? ワザと嫌がらせしているのではありませんか?」
「そんなつもりはない」
ただし、念話が鬱陶しいから、こっちを優先したってのはあるが。
「むやみに遮断を使わないように。指示が伝えられませんので」
沈黙で返す。
「……もう、そんなに念話が苦手なんですか?」
「それはそうだろ。頭の中に直接声が響くってのは、どうにも不快だ」
そう、とにかく不快。
言葉では表現し辛いが、本能的な忌避感が拭い去れない。
何かを思い起こしそうにもなる。
それがまた不快感を助長させもするわけで。
「慣れてください」
「おい」
「こればっかりは、まかり通りません。遮断を使用するようなら、念話の出力を上げるまでのこと。より不快だと思いますよ?」
「……チッ」
「舌打ちしない」
「分かった分かった」
「ハァッ、まるで手のかかる弟のようですね」
「頼むから、家族扱いするのは止めてくれ」
どうしてこう、どいつもこいつも、他人を家族扱いしたがるんだか。
家族はもう死んだんだ。
他の誰も代わりになんて、なれやしない。
「失礼。この手の話題は苦手でしたね。軽口が過ぎました。では、引き続き念話の習得に励んでください」
やってることは変わらないってのに、こうも感じ方が変わるもんかね。
運動をしてるこの僅かな時間が、今では丁度良い息抜きになっている。
まあ実際のところ、息を切らしているわけなんだが。
「ぜェ、ハァ、ぜェ、ハァ」
「ウンウン、最近は熱が入って来た感じだね。そんなにボクとの時間が楽しいのかい?」
「ぜェ、ハァ、ちげぇ、ぜェ、ハァ、よ」
「それは残念! ボクはとっても楽しみさ! ハハッ!」
悪い奴ではない。
それは分かる。
分かるが、ウザい。
「体も仕上がってきてるし、そろそろ戦闘訓練に移行しても良さそうだね」
戦闘訓練ねぇ……。
学院でもそうだったが、意味なんてあるのか?
「ボクが思うに、キミは結構動けると思うんだよね。何て言うか、もう既に経験を積んでるような、そんな印象を時々受けるんだ」
分かるものなんだろうか。
学院での戦闘訓練に、戦士団での活動を熟してはいる。
もっとも、全ては過去の記憶……みたいなものに過ぎないが。
「キミと一緒なら、より高みを目指せると思うんだ」
俺は目指してないな。
「明日からは、もっとハードになるよ。覚悟しておいてくれ」
「程々でいいんだよ」
「それでは筋肉たちに失礼だ! キミには聞こえないのか? もっと酷使してくれという叫びが!」
「あいにくと、耳は正常なもんでね」
「おいおい、何を見当違いなことを言ってるんだい。筋肉は耳に付いてるんじゃあない。全身に付いているんだよ」
ダメだな。
話が通じやしない。
コイツに研究職なんかが勤まるのか?
「筋肉たちも明日が待ち遠しくて仕方がないらしい。ボクはもう少し運動していくことにするよ。キミは先に戻るといい。では、また明日」
「ああ」
筋肉野郎が魔術局の建物の壁をスルスルと登ってゆく。
アレをやらされなくて良かった。
『こうか?』
『そうそう、いい感じです』
「プハァッ! もう限界だ」
念話に集中しようとすると、どうしても無意識に息を止めてしまう。
「慣れですよ慣れ。次は言葉ではなく、何か物を伝達してみてください」
「待て待て。少し休憩させてくれ」
「情けないですね。運動するときは、もっと頑張ってみせるではありませんか」
「一緒にすんな。消耗する箇所が違うんだよ」
変な頭痛もしやがる。
後遺症とかあったりしないだろうな。
『泣き言禁止。口頭での会話まで禁止されたいですか?』
「だから止めろっての。頭痛がしてくるんだよ」
「何故でしょう。他の魔術師ならいざ知らず、精神魔術師なら、ある程度の耐性はあるはずなんですが」
「オマエが出力の調整をミスってるんじゃないのか?」
「ほぅ……」
「あ、いや待て。今のは言い過ぎた。だから──」
『制裁‼』
「ギヤャャャーーーーーース!」
頭の中で大音量が響き渡った。
堪らず床を転げ回る。
「あのぉ主任……できればもう少しだけでも静かにしていただけると、大変ありがたいのですが……」
「す、すみません。ほら、キミも謝って」
「アガァーーーーー!」
「こ、こら! いえホント、騒いでしまってすみません」
「進展はありましたか?」
「申し訳ありません。研究については未だ成果は上がっておりません」
「……そうですか」
随分と久しぶりに訪れたのは、最上階にある局長の部屋。
階段を辛いと感じない辺り、運動の成果は出ているのだろう。
「彼についてはどうです?」
「念話と遮断は習得済みとなります。運動についても、指導員からは問題無いとの報告を受けています」
「そうそう、運動で思い出しました」
「何かありましたか?」
「壁をよじ登るのは止めさせるようにお願いします」
「は?」
「次は感電程度では済まさないと伝えておいてください」
「は、はあ……承知しました」
筋肉野郎のことか。
そういや、そんなことしてたな。
魔女の魔術を喰らって、よく生きてたなアイツ。
「勉強にある程度の目処がついたとの報告は受けたのは、ひと月程前のことでしたか。随分と早いですね」
「理解は早いほうかと。態度のほうは相変わらずですが」
「一年余りでよく成長したものです。頑張りましたね」
「どうも」
『敬意!』
「……ありがとうございます」
「ワタシ相手に畏まる必要はありません。もちろん、他に人が居ない場合に限っての話ですが」
「それは助かる」
「ハァーッ」
「アナタと共に過ごしていたならば、娘はどのように変わっていったのでしょうか」
「さあな。もう随分と前のことなんでね」
「……詮の無いことを言いました。忘れてください」
俺が連れ出したばっかりに、あんな最期を迎えさせたのだ。
悔やんでも悔やみきれない。
もう二度とはすまい。
「来たるべき日に備え、魔石の収集を各所に依頼してあります。とはいえ、想定される全長は数百メル。今のままでは通用しないでしょう」
「……意外だな。信じて無いとばかりに思ってたんだが」
「誰にとっても次の機会などあり得ません。備えられるだけ備えておかねば」
「上級魔術なら、成体を斃せるとか言ってたよな」
「確かに言いましたね」
「魔石の消滅現象とやらと上級魔術なら、どっちが強いんだ?」
「消滅現象でしょう。現状、防ぐ術はありません」
「魔術なら防げるのか?」
「魔獣が、というわけではなく、魔術師相手ならば、という意味ですが」
「ほら、遮断と同じことですよ」
「ああ、そういやそうだな」
「加えて、魔石の大小によって変わるのは効果範囲のみ。威力に差異はありません」
「魔術では術者の力量に左右されてしまいますからね」
使い手を選ばないで済むってわけか。
その分、巻き込む相手すら選ばないわけでもあるんだろうがな。
「アレは二足歩行していやがった。足を消滅して転倒させられれば、頭部や魔石を狙えもするだろ」
「言うは易しですね。魔石が臨界を迎えてから消滅するまでは凡そ10セド。例え消滅範囲から逃れられたとして、倒れ来る巨体からは逃げおおせないでしょうね」
「魔石は硬いんだろ? なら、投げ飛ばせばいい」
「戦場に於いて、そうも冷静でいられるかは疑問ですね」
「む」
そう言われると、困っちまうが。
「とはいえ、投射するというのは良い案に思えます。そういった装置を用意できれば、個々の技量に左右される心配も払拭できるでしょう」
「予め場所を特定できているならば、敢えて足元を狙わずとも、進路上の地面を掘るなどしておけば良いのではありませんか?」
「……確かに、それもそうですね。その分、魔石も温存できますし」
なるほどな。
だが、どっちにしろ、問題はありそうだが。
「北壁が壊されれば大惨事だ。実際、戦士団だけじゃ魔獣に対処できずにって状況だったしな」
「かと言って、壁の外側での迎撃は困難を極めるでしょう。事前の準備すら、満足に行えません」
「そうなると、内側に誘き寄せてから、ですか?」
「怪物が壊さない保証がないだろ」
「それもそうですね」
「接敵場所も重要ということですね。魔術師や魔石に反応して進路を変えるのであれば、誘導も可能に思えますが……いえ、今そこまで考えても仕方ありませんね」
仕切り直すように、手を軽く叩いてみせる。
「余裕のあるうちに、できるだけ多くの魔石に魔力を注入しておくことにしましょう。より効果的な利用法を実験したくもありますが、そのために消費し過ぎてしまっては、元も子もありませんしね」
「別に小さい魔石なら構わないんじゃないのか?」
「ひとまずは、検討に留めおきましょう。いつどんな妙案が思い付くとも限りません」
何とも歯痒いもんだ。
結局は未だ、携われてやしないわけだしな。
前回よりかは、格段にマシな状況ではある。
だがまだだ。
まだ足りやしない。
確実に斃せる方法を、どうにか捻り出さなくては。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




