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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
六章 三周目 魔術局
43/97

36 STEP1

 眼鏡女に連れられ、階段をひたすらに下って行く。


 その間、ずっと小言を言われ続けながら。



「信じられません。局長に対して、あのような態度で接するなんて」



 取り敢えず、反応するのも面倒臭いので、無言を貫く。



「あの方は、史上最も偉大な魔術師なのですよ。後世にだって、あの方を超える者は現れないでしょう」



 そうかいそうかい。


 そいつは良かったな。



「そう、かのエルフたちよりも魔術の資質に長けた、人族きっての寵児。人類史に残るべき偉大な御方なのです」



 かなりこじらせてるらしい。


 俺をマインドコントロールでもしようってつもりじゃあるまいな。



「キミなんかが弟子を名乗るなど言語道断。恐れ多いどころか罪深いほどです。いいですか? くれぐれも吹聴ふいちょうして回るような真似はしないように」



 ホント、よく喋る奴だ。






 案内された先は、局員が忙しなく作業を行っている研究室といった部屋。


 ではなく、その隣りにある狭い資料室だった。



「明日には相応しい教材を見繕っておきます。今日のところは、この資料に目を通してみてください。ワタシは隣室で作業をしていますので、分からない箇所は尋ねるように」



 資料とは、この余白が殆ど無い紙のことを言ってるのか?


 まさかとは思うが、下にある分も同じ状態じゃあるまいな。



「当然ですが、皆の迷惑になる行為はしないこと。ああそれと、勝手に出歩かないように。むしろ勝手な行動はしないでください」


「待て待て待て待て。勉強とやらは午後からって話じゃなかったか?」


「言われたことを言われたとおりにやる。それはできて当たり前のことに過ぎません。言われる前にやる、言われた以上の成果を出す。それこそが求められる人材というものです」



 チッ、偉そうに御託を並べやがって。


 オマエみたく、望んで取り組むわけじゃないっての。


 いやしかし、より早く勉強を終わらせるのは、俺にとっても好都合ではあるわけで。


 やむを得ない、か。



「……なら、せめて椅子をくれ」


「ふむ、子供を立たせたままや、床に座らせておくわけにもゆきませんか。仕方ありませんね、では、自室へ取りに行くことを許可しましょう」


「……正気か?」


「椅子に余りはありません。それとも、キミのために、誰かに時間を割かせるつもりですか? さあ、行きますよ」


「アンタも来るのかよ」


「当り前でしょう。キミ一人で行動させないよう指示を受けているのですから。ほら、急いで。時間は有限です」



 ああ、そうだとも。


 時間に限りがあるなんてことは、誰よりもよく知ってるよ。






 まさしく苦行。


 勉強に運動に勉強に睡眠。


 それの繰り返し。


 頭も体も疲弊し消耗してゆく。


 だが、心だけは屈さない。


 必ずたおすと、そう決めた。


 また次があるとは限らないのだから。






 唯一、屋外へと出られる時間。


 だがそれは、自由とは縁遠いものだった。



「ウンウン、いい仕上がりじゃあないかな」


「ぜェ、ハァ、ぜェ、ハァ」


「見た目の割に、力や丈夫さもあるようだし。これは中々の逸材だね。鍛えがいがあるよ」


「ぜェ、ハァ、ぜェ、ハァ」


「さあもっと! もっとだ! もっと頑張ってみようか!」



 この脳筋野郎が。


 いつもいつも、限界まで体力を削りやがって。



「ほらどうした! まだまだこんなものじゃないだろ! もっと振り絞るんだ! 限界など考えるな! 決めつけるな!」



 コイツのどこが魔術師なんだか。


 戦士団で魔獣討伐してるほうが、よっぽど似合いだろうに。



『時間です。昼食を挟んだら、勉強ですよ』


「──くッ⁉」



 突然頭の中に響いた声に、思わず顔をしかめる。



「おおっと、時間切れか。残念無念。続きはまた明日だね。では、良い筋肉を。いや違った、良い午後を。ハッハッハッハッハァーッ」



 筋肉野郎が建物へと戻って行く。


 地面に体を預けながら、ボーっと見送る。



『いいですか? くれぐれも、そのまま来ないように。きちんと砂と汗を落としてからにしてください』



 あの眼鏡女、この念話とかいうのを止めろって言ってんのに、聞きゃしねぇ。


 これも精神魔術らしいが、学院では習わなかったモノだ。


 自分を中心とした一定範囲内の者全てだったり、今みたく、対象を指定したりもできるとか。


 もっとも、伝達しかできないみたいだが。


 この頭の中に声が響く感覚は、どうにも不快に過ぎる。


 どうせ今も、上階で読書がてらに監視してるに違いあるまい。


 当初は外にまで付いて来てた癖に、数日で出て来なくなりやがった。


 以来、俺が運動中、眼鏡女は優雅にくつろいでやがる。


 いちいちムカつく女だ。






「──少々意外ですね」


「あ? 何がだよ?」


「てっきり、すぐにも音を上げると思っていたのですが」


「どれのことだ? 勉強か? 運動か?」


「両方です。いて言えば、勉強ですかね」



 最早定位置と化した資料室の一角。


 研究の合間に見に来たらしい眼鏡女が、そんなことを言いだした。



「この物量……やっぱり嫌がらせか」


「まさか。そんなつもりは毛頭ありません。むしろ最低限に留めているほどです」



 これで最低限、だと?


 読み終えた資料や本で、ベッドが形成できるほどなんだが?



「そろそろ手伝ってもらってもいい頃合いかもしれませんね」


「……おい待て。なら、今読んでるのは、必要ないってことじゃないのか?」


「もちろん、それを読み終えてからです」


「ああそうかい」


「最低限とはいえ、本当に大したものです。まさか一年も掛からないとは」



 もう一年近くも経ったのか。


 後7年。


 こんな調子で間に合うのか?


 まだ何もできてやしいないってのに。



「手始めに、念話を習得してみませんか? 使えると結構便利ですよ」


「だが断る」


「……その”だが”は何に掛かっているのでしょうか?」






 長い長い勉強から、ようやく解放された。


 改めて、資料室ではなく研究室へと招かれる。



「そういや、兜を着けた連中を見かけなくなって久しいんだが。結局、あの恰好は何だったんだ?」


「兜……? ああ、遮断装置のことですか」


「……何だって?」


「精神魔術から身を守る装置のことです。精神魔術とは、相手の脳に作用するモノ。あの装置は、魔術を内部へと通さない造りになっているのです」



 つまり、俺の精神魔術を警戒しての措置だったってことか?



「何で今は着けてないんだ?」


「それはもちろん、ワタシがそばに居るからです」


「……は? それに何の意味があるんだ?」


「キミの苦手な念話、アレがどういうことか分かりますか?」


「答えになってないだろ……って、なるほど。相手の脳に作用するってヤツだな。それで邪魔できるってことか」


「あら、可愛げのない。概ね正解です。キミが念話を妨害できない以上、ワタシがいつでも干渉できますから」


「だが、アンタになら通用するんじゃないのか?」


「フフッ、なら試してみては?」


「止めとく。そういう反応をするってことは、通用しないんだろ」


「念話の応用です。要するに先んじて自分の脳を防御してしまうわけです」



 そう考えると、念話ってのは割と厄介な魔術なんだな。



「どうです? 興味が湧いてきたでしょう?」


「新手の勧誘かよ」


「覚えて損はないでしょう」


「俺は魔術を覚えたいんじゃなくてだな──」


「その話はそこまでです」



 っと、怪物の話は此処じゃマズかったか。



「勉強から解放されて、気が緩んでいますね?」


「かもな」


「運動は引き続き行ってもらいますからね」


「……マジか」


「随分と体付きが変わってきましたし、止めてしまう理由は無いでしょう」


「何だよ、もしかして筋肉が好きだったりするのか?」


「まさか、あり得ません」



 コイツの趣味ってわけじゃないのな。



「ワタシは局長一筋です」



 そういやこういう奴だったわ。



「さて、雑談はこのぐらいにしておきましょう。ワタシが担っている研究については、説明が必要ですか?」


「資料にあったヤツだろ? 新しい魔術の開発と、魔術を道具に応用するってのだったか」


「そうです。扱っているのは、精神魔術と治癒魔術になります。比率としては、治癒魔術のほうが多めですね」


「理由は?」


「何と言っても、治癒魔術師自体が希少である点に尽きますね。人が少ないならば道具で補う、という発想でしょうか」


「なるほどな。俺も治癒魔術師には世話になってるしな」


「ちなみに、ワタシも使えます」


「知ってるよ。以前、魔──局長と話してたろ」


「さらに、水魔術も扱えます」


「ってことは、三種類の適性持ちかよ。アンタ、実は凄い奴だったんだな」


「ええまあ、それほどでもあります。精神、治癒、水と、種類が違うから、覚えるのが大変で……コホン、失礼、話が逸れましたね」


「……だな」


「ええと……そうそう、研究でしたね。キミには、適性のある精神魔術の魔術開発か道具開発に携わってもらうことになります」



 結局、魔石の消滅現象ってのには関われないのかよ。


 あの勉強漬けの日々は何だったんだか。



「が、その前に、念話を習得してください」


「断っただろうが。いい加減、しつこいぞ」


「この研究室に居る精神魔術師は、キミ以外の全員が習得済みです。指示を与えるのも、念話のほうが便利ですし。何よりも、道具への転用を熱望されてもいます。習得は必須です」



 そういや、あんまり会話してる様子が無かったが。


 念話で遣り取りしてたのかよ。



「最低でも、室内の何処に居ても遣り取りできる程度には、使えるようになってください」


「そんなんでいいのかよ」


「あら、物足りませんか?」


「ちなみに、アンタはどの程度の距離までなら届くんだ?」


「指向性を持たせた場合、魔術局の最上階から最下階までなら届くでしょうね。当然、建物越しに可能です」


「そりゃあ凄いな」



 地上5階で、地下は……そういや、どんだけあるかよく知らないな。


 まあそれでも、精度も威力も桁違いってのは分かる。


 その上、他に2種類の適性もあるってんだから、大したもんだぜ。



「キミって、魔術のこととなると、妙に素直に関心しますよね」


「そうか? 別にそんなつもりは無いんだが」


「意欲が高い分には大変結構です。学院で習った中級魔術が扱えるなら、習得にそう時間は掛からないはずですよ」


「だといいがな」


「言ったそばから、何ですかその態度は。やる気を出しなさい」



 こんなことをしてる場合じゃないってのに。


 怪物どころか魔獣だってたおせやしない。



「どうにも理解が足りないようですね。念話の道具化が成功すれば、あらゆる分野で役立つことでしょう。キミの目的にも適っているはずです」


「とてもそうは思えないがな」


「情報とは力です。素早く的確な情報を得られることは、キミの想像以上に価値のあることなのですよ」


「御託はいい。とっとと始めようぜ」


「ハァッ、相変わらずな態度ですね。敬意を払うよう、言われたのを忘れましたか?」


「……教えてください」


「よろしい。ではまず──」






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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