35 消滅現象
白い部屋から、個室へと移された。
ベッド、机、椅子、以上という簡素具合。
廊下もこの部屋も、共通しているのは窓が無いこと。
もしかしなくとも、地下施設に居るのか。
学院から魔術局まで移動する際、外に出た感じがしなかったのも、地下に通路があるのかもしれない。
建造されたのは学院のほうが何十年も前のはず。
元々は学院しか無かったのだから、後から改築を加えたのか。
他に気になったことと言えば、部屋まで案内してくれた職員、いやこの場合は局員と呼ぶべきなのか、その局員の恰好。
兜……なのだろうか。
頭部を覆う金属製の物を装着していた。
違和感を覚えたのは、学院とは異なるが、体は制服っぽい服装だったこと。
他の局員も同じ格好なのだとすれば、頭部も含めての制服なのか。
頭だけ殊更に防護する意味とは何だ?
地下だから、崩落する懸念があるとか?
頭を守るぐらいなら、建物を補強しそうなものだよな。
魔女は教師の服装のままだったが、あれは単に着替える時間が無かっただけか。
俺もアレを被ることになるのか?
だとしたら、格好だけで言えば、学院の生徒のほうがまだマシだな。
魔術師を外に出さないとか言っていたし、ある種の枷だったりするのかもしれない。
とまあ、それはいい。
こうして魔術局には来れたわけだ。
次はどう動くべきか。
どうにも、あの魔女は俺を自由にするつもりは無いらしい。
というか、俺の話をあまり信じてはいない風だった。
信じ難い話では勿論あるのだが。
エルフの言っていたあの言葉。
書物に載っていないということは、他種族に伝えてはマズいモノなのではなかろうか。
もしそうなのだとすれば、咄嗟の思い付きだったとはいえ、話の信憑性の裏付けぐらいにはなってくれると信じたい。
……いや、どうだろう。
精神魔術で聞き出したとか、疑われるだけか?
あまり上手い考えではなかったのかもな。
実は秘匿性の高い情報過ぎて、エルフから命を狙われたりしなければ良いが。
他に魔女の興味を惹く事柄とはなんだろう。
怪物、魔獣、魔術、道具。
未知の情報と言えるのは、やはり怪物のことに他なるまい。
が、存在を証明できるのは8年後のこと。
今すぐ信用を得るには、相応しくない。
これから起こる出来事。
やはりこれに尽きるか。
恐らくは翌日。
魔女との再会は、思いの外早く訪れた。
相変わらず変な恰好をした局員に案内されたのは、長い階段を上り続けた先。
窓がある。
地上まで出たらしい。
そのままどんどんと上り続け、最上階の一室まで到着した。
「ご苦労様でした。帰りの案内は不要です。持ち場に戻ってください」
「「失礼します」」
案内の局員が退出するまで待って、視線がこちらへと向けられる。
宛がわれた部屋の数倍もあろう室内には、俺と魔女の他に、もう一人知らない人物が居た。
「空いてる席へどうぞ。座って話をしましょう」
「分かりました」
正面に魔女、左手に知らない女性。
取り敢えず、一番近い椅子に座る。
「さて、まずは彼女を紹介しておきましょう。魔術局の副局長を任せています」
「……どうも」
「キミが局長の内弟子ですか……どうにも冴えませんね」
「コホン」
「……すみません。失言でした」
青みがかった髪を首の後ろ辺りで切り揃えた、眼鏡をかけた年若い女性だ。
知的美人って感じか。
あまり良く思われていなさそうなことだけは理解した。
「彼女を同席させたのは他でもありません。今後は彼女の元に着き、行動を共にするように」
「は?」
「え?」
「何か?」
いやいや、何かじゃねぇだろ。
「せんせ──コホン、局長、どういうことでしょうか?」
「特例として、彼女には例の話をして構いません」
「えっと……あの……?」
「それはつまり、俺の話を信じてもらえたってことでいいのか?」
「あの言葉は、エルフにとっての禁忌に相当すると伺いました。そう容易く知れるモノではないとも」
「あのぉ……」
「俺が魔術で聞き出したとは考えないのか?」
「可能性としては、僅かながらあり得ます」
「僅か? 何でだ?」
「エルフは必ず魔術の素質を有しています。詰まるところ、魔力に晒され続ける環境にあるとも言えるわけです。そうして魔力に晒されることで、魔術への耐性も高まります。世代を重ねたエルフは、高い魔術耐性を生まれながらに有しているわけです」
「へー、そいつは初耳だ」
「あのー! ワタシには何が何だかサッパリなんですがー! 説明! 説明を求めまーす!」
……コイツ、見た目の割に、実は残念な奴か?
「そうでしたね。では、掻い摘んで話をしましょう」
「えぇっと……何かの冗談でしょうか?」
「全ては可能性の話です。起こるかもしれませんし、起こらないかもしれません」
「はぁ……あの、局長はこの話を信じておられるんですか?」
「いいえ」
「ですよね。安心しました」
「しかし、妄想とは断じられない事実が幾つかあります」
「消滅現象ですよね」
「そのとおりです」
「それ、昨日も言ってたよな」
「説明を」
「え? あ、はい。消滅現象というのは、魔石に魔力が蓄積され続けた結果起こる事象のことです」
「魔石? 魔術や道具とかじゃなくてか?」
「はい。魔術師が普段身に着けている程度では、臨界までには至りませんが、意図的に魔力を込めた場合、白く発光し、その後に周囲の空間を巻き込んで消滅してしまうのです」
俺が見たのはソレだったのか。
「魔石ってのは、魔獣の心臓みたいなもんなんだろ? 奴等は爆発──いや、消滅はしないのかよ?」
「魔獣の体積と魔石の体積は比例関係にあります。しかしながら、魔石に魔力を加えても、体積は変化しません」
「……だから?」
「魔石の成長と魔石の消滅現象は、同義では無いということです」
んんん?
分かったような、分からんような。
「つまり、魔獣の体内にあるうちは、魔石は消滅現象を起こさないのだと考えられます」
「放置しといても、勝手に死んではくれないってわけか」
魔獣の体内にある魔石に魔力を注いで消滅させる、ってのは難しいんだよな。
それこそ、魔術師を栄養源とか思ってそうだしな。
一瞬で接近されて喰われるのがオチか。
「とはいえ、魔石が危険なことには変わりありません。魔術局が回収に努めています。戦士団組合から買い取るという形式で」
魔女からの補足に納得する。
どおりで店売りされてないわけだ。
「例えばだ。魔獣に魔術を放ったとして、それで魔石が消滅現象ってのを起こしたりはしないのか?」
「検証してみないことには何とも。ですが、非効率的なのは間違いないでしょうね」
「何でだ?」
「魔術で斃すほうが、遥かに容易いですから」
流石は魔女、言うことが違う。
そんな真似こそ、普通はできないだろう。
「それが可能なのは局長だけです」
「そんなことはありません。上級魔術であれば、成体であろうと斃せます」
川諸共に幼生体を氷漬けにしてみせたヤツか?
「……まだ使えなくてすみません」
「気に病むことはありません。アナタの魔術適性は後方支援向きです。引き続き、治癒魔術の開発に努めてください」
「ハイ!」
「ちょっと待て、治癒魔術だと? この女なんかと組まされて、俺に何しろって言うんだ。その消滅現象ってのに関わらせてくれよ」
「こ、この女……なんか……ですって……?」
「アナタの知識は中等部までなのでしょう? 当面の間は主に勉強です。彼女はその監督役のようなものと思ってください」
「エェッ⁉」
俺よりか、眼鏡女のほうが驚いているようなんだが。
「午前と午後に分け、適切な知識を与えるように。ある程度身に付いたなら、携われることも増えるでしょう」
マジかよ。
ここにきて、また勉強とか。
いやまあ、今の俺に何ができるってわけでもないのは確かなんだろうが。
「ああそれと、運動もしたほうがいいでしょう。人選は任せますので、指導させてください。但し、他の者と接触させる場合、必ずアナタが監視するように」
「えー」
「──何か?」
「いえ、分かりました。ですがその分、進捗は落ちてしまうと思われるのですが」
「構いません。ワタシもこちらの業務を優先するように心掛けておきます」
「ッ⁉ そ、そうですか。でしたら、お手伝いいたします。いえ、させてください!」
「……ではその分の時間を、進捗に当ててください」
「うぐッ」
なるほどな。
魔女に憧れを抱いてるクチか。
学院の生徒にも、何人か居たな。
見た感じ、教師と生徒って関係だったのかもしれないな。
「では早速、午後から勉強を開始するように。いいですね?」
「はい、承知しました」
「……へいへい」
「キミ! 返事はちゃんとしなさい! 局長に失礼です!」
「あ”?」
何で俺がテメェなんぞに指図されなきゃなんねぇんだ?
こちとら、やりたいことがやれず、やりたくないことばっか増えて、イライラしてんだが?
「怖ッ! 局長、ご覧になりましたか⁉ この子供、狂暴です!」
「魔術局に勤める者たちは皆、アナタの先達です。最低限、敬意は払うように」
「……分かったよ」
正直なとこ、もう学生ごっこは飽き飽きだ。
結果に繋がらない、あらゆることが無意味過ぎる。
さっさと勉強を終えて、怪物退治の方策を練りたい。
前回よりも、格段に前進はできてはいるはず。
それでも、確実に斃せる術は未だ見出せてはいない。
悠長に構えてはいられない。
今回こそ、今度こそは。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




