34 拉致監禁
体を何かで拘束されたうえ、目隠しに口枷までされて、強制連行された。
途中、便意を催した時は、中々に危うかった。
体を捩り、呻き続けることで、何とか伝わったらしい。
トイレ休憩以外を、恐らくは馬車で昼夜を問わず移送され続けた。
この間、不思議なことに、魔術が一切使用できなかった。
知らない魔術か技術があるのか。
そうして、体感的にもあまり懐かしくはない学院へと戻って来た。
目隠しと口枷を外された。
見覚えのない、窓も机も無い無機質な室内。
相変わらず妙な物で拘束されたまま、ご丁寧に椅子に固定されて。
照明が申し訳程度に灯る正面、引率の女教師、いや、四大の魔女の異名で知られる女魔術師が椅子に腰かけている。
「そろそろ意識もハッキリしてきたのではありませんか?」
「まあな」
「結構。では、こちらの質問に答えていただきましょう」
「答えるのは構わない。が、その前に、あの商会の顛末を聞かせてもらえないか?」
「……年相応の言動ではありませんね。この状況を前に、落ち着き過ぎでしょう」
そういや、体は10歳なんだったな。
感覚的には、もう幾つなんだか知れやしない。
「そんなことが重要か?」
「まあいいでしょう。ではまず、その商会についての話から始めましょうか。アナタはあの商会について、何を知っているのですか?」
はてさて、どうしたものか。
この状況は、ある意味で理想的ではある。
用があるのは学院ではなく魔術局。
その長を務めるのが、眼前の人物。
中級魔術が使えると知れれば、強制的に魔術局入りはできる……とは思うのだが。
今は良からぬ嫌疑をかけられているわけで。
話の展開によっては、どのような扱いをされるかも不明。
かと言って、正直に話しても信じてもらえないことは、前回で嫌と言うほどに知り得ている。
「どうしました? アナタが振った話題のはずですが」
正直に話すべきか、誤魔化すべきか。
前回の失敗は何だった?
自分だけが過去に戻り、この先に起こることを知っている、みたいなことを告げたはず。
怪物の存在といい、証明できる術を持ち合わせていなかった。
ならば、今回はどうだ?
前回との違いは、既に中級魔術を扱えること。
これが証明足り得るだろうか。
「黙秘することは、アナタにとって不利益にしか成り得ませんよ」
人身売買の件を知り得ていることはどうだろうか。
これもまた、未来を知っていればこそとは言えまいか。
どうせ、上手い口実も思い浮かばない。
ここは、正直に話してみるか。
「混血の獣人を攫い、貴族や北区の戦士団に売り捌いてたんだろ」
「……何ですって?」
「ん?」
何か、思ってた反応と違うな。
「そのような話、どうやって知り得たのです」
「質問は何を知ってるかだったはずだが」
「答えなさい」
「以前に戦士団の依頼で関わったんだ。王都近郊で獣人の誘拐が報告されてないか? それを解決したら、西区の商会に辿り着いたわけだ」
「戦士団? アナタがですか?」
「ああ。とはいえ、過去の出来事じゃなく、未来の出来事にはなるがな」
「まともに答えるつもりはないと?」
「正直に答えたさ。で、商会はどうなったんだ? 地下室や倉庫の獣人は助け出せたのか?」
「数人が救出されたとは聞き及んでいます。その他の事情については知りません」
俺が気絶してた時間は、そう長いもんじゃなかったのか?
事情が判明するより前に、学院まで戻って来たのか。
残る気がかりは、北区はどうなるかと、誘拐されなかった場合の獣人の子供がどうなるかだが。
いや、もう一つ大事なことがあったな。
「そうかい。そういや最初に確認しとくべきことがあったのを忘れてた。アンタの娘は無事だったんだよな?」
「ワタシたちのことも知っているのですね」
「無事なんだよな?」
「ええ、無事です。騒ぎを聞きつけた住民の方が保護してくださいました。遅れて、憲兵やワタシが到着した流れですね」
「そうか。巻き込んで悪かった。娘さんにも謝っておいてくれ」
「……まあいいでしょう。次の質問に移りましょう。アナタは魔術が使える、これは確かですか?」
「ああ。精神魔術だけな」
「誰に習い、どの程度の種類を習得しているのです?」
「習ったのは王立学院でだ。中等部の卒業までは届かなかったが」
「またしても虚言を弄するつもりですか」
「今のところ、嘘を吐いてはいないが」
中級魔術が使える程度じゃ、信用してもらえないか?
いやまあ、それもそうか。
逆の立場でも信用はしないだろうしな。
何かもっと、明確に未来を知ってると伝えることはできないもんか。
「何なら、使ってみせようか?」
「できるものならどうぞ」
……どうなってる?
魔術が使えないどころか、そもそも魔力が集まらない。
枯渇してるって感じでもない。
それなら、眠気があって然るべきはず。
何なんだ、この妙な感覚は。
「部屋か椅子か拘束具か。何か仕込んであるのか」
「お得意の未来の出来事からでは、分からないのですか?」
「生憎とな」
まず怪しいのは、この妙な拘束具なわけだが。
取り付けられてるのは、もしかして魔石か?
薄っすら光って見える。
「まさか、魔石が魔力を吸収してるのか?」
「その情報までは、外部に漏れてはいないようで何よりです」
そうか、だから魔術師が持つと光るってわけか。
ならやはり、魔獣は魔術師を狙ってそうだな。
「外部に知られるのはマズいってことは、俺はもう外には出られないわけか」
「どの道、そうなるでしょうね」
「なあ、どうせなら魔術局で働かせてくれないか? どっかに拘留しとくよりかは、よっぽど建設的だと思うんだが」
「素性も得体も知れないアナタを? あり得ませんね」
信用されるどころか、増々怪しまれてるな。
だが、悠長に初等部から始めてたんじゃ、間に合うわけがない。
現時点で魔術局に入るべきだ。
死ぬ前に見た爆発、アレが魔術局に関わりのあるものなら、尚のこと……。
「魔術局で、何か爆発するようなモノを作ってるのか?」
「何ですかいきなり」
「魔術局と学院を消し飛ばしたのを見た」
「……頭部の怪我は、完全には治らなかったようですね」
「魔術か道具なんじゃないのか?」
「アナタの妄想に付き合うつもりはありません」
「いや、あれはそもそも爆発だったのか? 白く光ったと思ったら、魔獣も建物も、地面ごと抉れて消えて無くなってた」
「──消滅現象? いやまさか、あり得ない。知り得るわけがない。アレはまだ……」
これか⁉
ようやく反応があったな。
やっぱり、魔術局絡みの何かだったんだな。
「何を何処まで知っているのです。全て話しなさい」
おっとマズい。
想像以上に、ヤバい何かだったのか。
何らかの魔術を発動するつもりなのか、立ち上がった魔女の周囲がバチバチと音を立て発光している。
「言っておくが、前回のアンタは信じなかった話だぞ。それでもいいんだな?」
「前回? アナタとまともに話をするのは、これが初めてです」
「長い話になるし、ざっくりと済ませる。取り敢えず、その痛そうなのは食らいたくないな」
「──信じられません」
「だろうな」
「頭部の怪我による後遺症と考えるのが、一番道理に適っています」
繰り返される、俺の状況。
いずれ現れる怪物。
包み隠さず、全てを話してみせた。
「ですが、知り得るはずの無い情報を知り得ているのは歴とした事実」
「俺が知りたいのは、あの爆発が任意に起こせるのかどうか。延いては、怪物に対して使い物になる代物かどうかってことだ」
「この場で答えられる内容ではありません。以降、今した話の一切は他言無用です」
「つまりは、信じてもらえたってことか?」
「少なくとも、アナタを他の施設で収監することが危険なのはハッキリしました」
前回は相手にもされなかった。
だが、今回は違ったらしい。
それだけ、あの爆発っぽいのが、重要だったんだろう。
「移送します。大人しくするように」
「抵抗はしない。好きにしてくれ」
再び目隠しと口枷を装着され、連れて行かれる。
何処をどう歩いたのか。
随分と歩かされた。
やたらと長い階段を下りた気がするが。
「アナタたちは退出を。部屋の外で待っていなさい」
「「ハイ」」
ようやく到着したのか?
「今から拘束を解きます。しばらく目は閉じていたほうが良いでしょう」
口枷、目隠し、体の拘束の順に解放されてゆく。
確かに、やけに眩しい。
薄目を開けても、真っ白で何も見えやしない。
「さて、もう一度念を押しておきますが、先程した話は他言無用です。いいですね?」
「それはどれのことだ? 魔術云々は?」
「アナタの見聞きしたという経験の一切です。魔術に関しては……そうですね、ワタシの内弟子という扱いにしておきましょう」
それはまた、一学生から随分な扱いに変わったもんだ。
「アナタは学院には通ってはいなかった。いいですね?」
少なくとも、此処は学院では無いってことか。
外に出た感じはしなかったが。
「分かった。余計なことは言わないよう気を付ける」
にしても、こうも言い聞かせてくるってことは、誰かと会話する機会があるってことだよな。
やっぱり、魔術局に連れて来られたのか?
「後程、別に部屋を用意させます。これからは、そこで寝起きしてもらいます」
「それは助かる。こうも眩しいのは勘弁して欲しい」
少しずつ目を開けてみる。
が、やはり白い。
床も壁も天井も、全てが真っ白い部屋。
発光もしているようで、今も眩しい。
「何だよ此処……随分と悪趣味な部屋だな」
「悪趣味かは分かりかねますが、生活するには適さないことは事実でしょうね。問題を起こした者に反省を促す場所です」
「……それはまた、エグいことで」
「他から見られず、防音性も優れているので、こうした話には適していると言えるでしょう」
「俺と二人っきりってのは、危なくないのか?」
「もし仮に、アナタが上級魔術を扱えるとしても、ワタシには通用しません」
「力尽くなら?」
「……この体格差で、ですか?」
おっと、今は10歳だったか。
しかも、まだ碌に肉も付いてやしない。
「悪かった。今のは忘れてくれ」
「あまり失言はしないように。魔術局に居るのは、全て中級以上の魔術師なのですから」
やっぱり此処が魔術局だったか。
「魔術局で働かせてもらえるって理解でいいのか?」
「良くありません」
「は?」
「自分の年齢を考えてみてください。研究や開発に、役立てると思いますか? 周りの者と、上手くやっていけるとでも?」
「それはやってみないと分からないだろ。そりゃあ、何が作れるってこともないが、何かの刺激とかには成り得るだろうさ」
「希望的観測に過ぎません。むしろ事故を招く恐れのほうが高いぐらいでしょう」
「じゃあ、俺は何をすればいいんだよ」
「取り立てて何も」
「……おいおい」
「冗談を言っているのではありません。アナタは未だ部外者。要注意人物であればこそ、余所ではなく此処で身柄を預かったまでのこと」
「話を信じてもらえたってわけじゃないのかよ」
「当り前です。あんな話、荒唐無稽に過ぎます」
これじゃあ、魔術局に来た意味が無い。
後8年しかないんだ。
もう、無為に時間を過ごすつもりはない。
「仲間や恩人を救いたい。あの怪物にむざむざ殺されるなんてのは許せない。その邪魔になるなら、例えアンタだろうと」
「どうするつもりです? 暴れたところで、状況は悪化するばかりに思えますが?」
「アンタの娘は、俺のすぐそばで魔獣に食われたんだぞ!」
「所詮はアナタの妄想に過ぎません。あの川岸での魔獣との遭遇が原因なのは明らか。単なる記憶の混乱でしょう」
このままじゃマズい。
爆発の話題以外で、興味を惹くには何か無かったか。
っと、そうだ。
「魔術局に純血のエルフは居るか?」
「ええ。それがどうかしましたか?」
「”さいかのけもの”って言葉について、尋ねてみてくれ」
学院の図書室にあった書籍には、そんな記述は無かった。
なら、エルフの口伝でのみ語り継がれているモノな可能性が高い。
後は、それがどれぐらいの価値を有しているかだが。
そればっかりは、賭けてみるしかない。
「……いいでしょう。娘を助けようとしたのも事実。それぐらいならば、大した手間にもなりません」
どうにか最悪の状況には陥らずに済んだか?
「とは言え、その結果如何で、アナタの処遇が変わるとも思えませんが」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




