33 今できること、今すべきこと
実に8年ぶりの、そして3度目となる光景が繰り広げられてゆく。
斃された魔獣。
帝国騎士と魔女との会話。
子供たちのざわめき。
戻って来た。
この日、この時、この場所に。
やはり、あの怪物に殺されることが条件なのだろうか。
だがそれならば、他にも同じ境遇の者がいてもおかしくはないはず。
いや、それは今考えるべきことではない。
考えるべきなのは、どうやってあの怪物を斃すか。
それのみだ。
戦士団では敵わないであろうことは確定的。
可能性があるとすれば、死の間際に見た光景。
魔術局が、群がった魔獣諸共に消え失せた、あの現象。
アレを怪物に当てられれば。
より正確に言えば、魔獣の弱点と云われる、頭部か心臓部の魔石に当てられさえすれば。
もしかしたら、もしかするかもしれない。
問題は、怪物が二足歩行をしており、弱点までに距離があり過ぎること。
単純に考えるならば、まず足を破壊し、転倒させたところで弱点を狙う、というのが理想的。
ということは、だ。
悠長に学院に通っている場合ではない。
前回とも、前々回とも違うやり方を考えなければ。
到底、実現はできまい。
と、いきなり肩を掴まれ、体の向きを変えられた。
「──ちょっとアンタ! お母様が何度も呼びかけてるのに、何で無視し続けてるわけ⁉」
ああ、随分と懐かしい声を聞いた気がする。
だが違う。
生き残れたわけじゃない。
またしても、守れなかったのだ。
「え、ちょっと、何で涙ぐんでるのよ」
「……いや、何でもない。気にしないでくれ」
まだ幼い彼女から顔を背け、生徒の列へと加わる。
「……もう、何なのよ」
訪れたのは、辺境伯の館。
生徒たちは広い庭内で待たされている。
訪問理由は確か、水門の調査依頼をするためだったか。
そう言えば、此処には獣人が保護されてもいたな。
今ではなく、未来になるのだろうが。
……いや待て。
例の商会は、既に人身売買を行っているわけか。
もし今から何とかすることができたなら、何かが変わったりするのだろうか。
中等部まで進級したことで、中級魔術が使える。
……使えるんだよな?
どうだろう。
知識や記憶は引き継がれているのは確かだ。
が、経験などはどうなのだろうか。
体は当時の状態に戻っているわけで。
ならば、魔力も当時の状態に戻っているのか?
そうなると、中級が使えたとして、1回ないし2回が限度とみるべきか。
2回目の使用で、確実に眠りに落ちるな。
この体での戦闘は無謀。
屋外から魔術で制圧するのが良さげか。
暴れさせて同士討ちを狙うこともできるが、それだと地下室の女性たちの身が危うい。
眠らせるのが無難に思えるが、俺一人では救出も難しいしな。
かと言って、確たる証拠も無しに憲兵を連れて来るのもまた難しい。
屋内制圧と並行して、憲兵の元へ向かわせ自供させる。
これでいくか。
庭内で点呼を済ませ、整列して門を通り抜けてゆく。
さりげなく最後尾に着き、離脱するタイミングを窺う。
進行方向から察するに、どうやら表通りへと出ようとしているようだ。
妙な高揚感を覚えつつ、隙を見て横道へと素早く移動。
そのまま例の商会を目指して駆け出す。
確か、二階建ての民家だったはず。
もう印字の模様すら、うろ覚え状態。
チビ助の店が近場にあったような。
デカい店、デカい店……。
おお、これだこれ。
例の商会も近いはず。
今度は、それっぽい民家を探す。
窓を数えたはずだが、もう随分と前のこと。
ただ、正面に窓は無かった気がする。
うーむ、どの建物だったか。
地味な外観の建物は幾つかある。
が、どうにも判然としない。
魔術の無駄撃ちはできないしな。
仕方がない。
怪しい家を片っ端からノックして回るとするか。
連中を見るか、内部を見ればそうと分かるだろう。
一軒目。
ノックする寸前、肩を叩かれた。
「──うおッ⁉」
「何やってんのよアンタ」
黒髪に赤毛の一房。
さっきぶりに見る、魔女の娘。
「オマエ、何でこんなとこに」
「アンタがコソコソと離れて行くのが見えたから、追い駆けて来たのよ。お母様に迷惑かけないでよね」
いや、それは付いて来たオマエも同じ……。
「ハァーッ」
コイツを巻き込みたくはない。
追い払えなければ、諦めざるを得ないか。
「母親の所へ帰れ」
「言われなくても帰るわよ。もちろん、アンタも一緒にね」
「いや、俺にはやることがあるんだよ。終わったら合流する」
「アンタの用事なんて知ったこっちゃないわよ。いいから、さっさと来なさいよ」
チッ、この時点でも、力はコイツのほうが上なのか。
体が引っ張られそうになるのを、手で払いのける。
「……今、アタシを叩いたわよね」
「いいから帰れ!」
「もう頭にきたわ! 絶対に連れ帰ってやるんだから!」
「うるせえ! 何を人様の家の前で騒いでやがるんだ、このくそガキ共が!」
「「ッ⁉」」
怒声と共に、背後の扉が開かれた。
咄嗟に視線を向ける。
典型的な悪人面。
扉の隙間から覗く屋内には、似たようなのが3人。
まともな店舗として機能していないのは明白。
此処だ、間違いない。
五指の内、四本をそれぞれに向ける。
≪セット Α《アルファ》・Β《ベータ》・Γ《ガンマ》・Δ《デルタ》≫
≪指人形≫
精神魔術の中級。
指が光り、四人に魔術が掛かったのが分かる。
まずは、外に出て来た奴に指示。
「憲兵の元へ行き、自分たちの犯罪行為を自供してこい。地下室のことも伝えろ。全速力でだ。行け」
返事もせず、街路を駆けだした。
「え? え? ちょっと、アンタ今、何したのよ?」
「残りの連中は、屋内を制圧しろ」
憲兵が到着する前に、できるだけ数を減らしておきたい。
操れるのは後6人。
のはずだが、すでに眠気を感じ始めている。
想定よりも、保有している魔力が少ないのか。
眠ると魔術の効果が切れる。
頬肉の内側を強く噛み、意識を保つ。
「何をしたかって聞いてるのよ! 答えなさいよ!」
っと、そういや、コイツの存在を失念していた。
もう一人ぐらいなら、どうにか操れるか?
五指の内、残りの一本を向ける。
「母親の元へ急いで帰れ」
「ハァ? 全然答えになってないじゃない!」
……マジかよ。
もう追加で操るのも無理ってわけか。
咄嗟だったとは言え、全員を操るべきじゃなかったな。
とにかく、正面に居続けるのはマズい。
よろよろと家の脇へと移動する。
「何処に行くつもりよ!」
「オマエは母親を呼んで来い」
「さっきのって魔術よね? 何でもう使えるわけ?」
「俺に構うな。連中はここで捕えきる……」
まだ碌に鍛えられていない体には、随分と堪える。
余計な動きをすれば、すぐにも集中が切れそうだ。
家の側面へと背を預け、へたり込む。
中が騒がしい。
指はまだ四本が光ったまま。
大丈夫、解けてはいない。
「この家に何か恨みでもあるわけ?」
相変わらず、人の言うことを聞かない奴だな。
指の光が3つに減った。
憲兵へ向かわせた奴じゃない。
中で倒されたか。
さらに1つ減る。
こりゃあ、そのうち、外にも出てくるか。
もっと移動しとかないとな。
壁に手をつき、がくがく震える脚で、さらに奥側へと向かう。
「もう! いい加減、何か答えなさいよ!」
「おい、あんま騒ぐな」
「さっきから指図ばっかりして!」
指の光が1つになった。
いよいよ以てマズい。
「此処から離れろ。母親の所へ行け」
「うっさい! 同じことばっか言って!」
「──あん? ガキがこんなとこで何してやがんだ?」
チッ、言わんこっちゃない。
「誰よアンタ。気安く話し掛けないでくれる」
「へっ、反応の鈍い獣人にも飽きてきてたとこだ。偶にはこういうのも悪くねぇか」
「獣人? 何のことよ?」
くそ野郎が。
妄想だろうと、許さねぇ。
体を引っ張り、位置を入れ替える。
「おお? 女を庇うってわけか? ヒュー、カッコイイねぇー」
残りの体力と魔力じゃあ、中級は使えそうにないな。
なら、直接触れて、初級を使うしかない。
壁を押すようにして、野郎へと迫る。
「そらよっ、と!」
「おごッ⁉」
腹に蹴りが叩き込まれた。
勢いは殺され、地面へと転がる。
「ガハッ、ゴホッ」
「なッ⁉ よくもやってくれたわね! 覚悟しなさい!」
「おーおー、おっかないねぇ。その強気なツラが、どんな風に変わるのか、今から楽しみで仕方がないぜ」
地面に倒れながらも、腕を伸ばして相手の脚を狙う。
「あん? まだ動けるのか? モロに入ったはずだが、おかしいな。オスに用はねぇ、ぞ!」
ゴチン。
頭部に衝撃。
視界が暗転する。
……ああ、こんなこと、前にもあったよな。
そういや、あの時はどうしたんだったか。
「──放しなさいよ」
「──大人しく」
相変わらず、俺は考えが足りてねぇな。
先走って、巻き込んで。
碌なもんじゃねぇ。
そうか、そうだったな。
あの時は、こうやって……。
≪狂化≫
精神魔術の初級。
体が動く限り、奴等を斃せ。
決して、アイツを傷付けさせるな。
「う……うぅ……」
「──目が覚めましたか?」
誰だ?
何処だ此処は?
眩しくて、目が開けられない。
「気分はどうですか?」
「だれ……どこ……ゴホッゴホッ」
「少し上体を起こしますよ」
背に回された腕の感触に、思わず体が震える。
「お水です。慌てずに飲んでください」
「ゴクッ、ゴクッ、プハァッ…………眩しい」
「なるほど。ではカーテンを閉めましょう」
背の感触が硬いものへと変わる。
程なく、眩しさが和らいだ。
薄目を開けて、周囲を窺う。
「これでどうでしょう」
「アンタは? 此処は?」
「ワタシは引率役の教師。此処は治療院の一室です」
いんそつ? ちりょういん?
「危ういところでした。駆け付けるのが、もう少しでも遅れていたら、どうなっていたことか」
何のことだ?
ぼんやりと視界に何かが映り始める。
そばに人影。
ベッド、壁、天井。
「憲兵の方が色々と尋ねたいそうですが、急ぎ学院へと戻ります。娘の話が本当であれば、いつまた魔術を使わないとも限りませんから」
訳が分からん。
憲兵、学院、娘?
「誰に魔術を習ったのか。どのような魔術が使えるのか。何故、あのような真似をしたのか。聞きたいことが山ほどあります」
何か、しなきゃならないことがあったような。
何だったかな。
上手く思い出せない。
「事と次第によっては、犯罪者として過ごすことになるでしょう」
「ふざ、けるな」
やらなきゃいけないことがある。
その邪魔をするってんなら、誰であろうと容赦はしない。
体は……よし、どうにか動かせる。
人影の反対側へと体を倒し、ベッドから落ちる。
事情はよく分からんが、とにかくこの場から逃げたほうが良さそうだ。
室内に、他の人影は見当たらない。
1人ぐらいなら。
「アナタの自由にはさせません」
なん、だと……?
体が動かせない。
そばには誰も居ないのに、物凄い力で押さえつけられている。
「さあ、学院に戻りますよ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




