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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
六章 三周目 魔術局
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33 今できること、今すべきこと

 実に8年ぶりの、そして3度目となる光景が繰り広げられてゆく。


 たおされた魔獣。


 帝国騎士と魔女との会話。


 子供たちのざわめき。


 戻って来た。


 この日、この時、この場所に。


 やはり、あの怪物に殺されることが条件なのだろうか。


 だがそれならば、他にも同じ境遇の者がいてもおかしくはないはず。


 いや、それは今考えるべきことではない。


 考えるべきなのは、どうやってあの怪物をたおすか。


 それのみだ。


 戦士団では敵わないであろうことは確定的。


 可能性があるとすれば、死の間際に見た光景。


 魔術局が、群がった魔獣諸共に消え失せた、あの現象。


 アレを怪物に当てられれば。


 より正確に言えば、魔獣の弱点と云われる、頭部か心臓部の魔石に当てられさえすれば。


 もしかしたら、もしかするかもしれない。


 問題は、怪物が二足歩行をしており、弱点までに距離があり過ぎること。


 単純に考えるならば、まず足を破壊し、転倒させたところで弱点を狙う、というのが理想的。


 ということは、だ。


 悠長に学院に通っている場合ではない。


 前回とも、前々回とも違うやり方を考えなければ。


 到底、実現はできまい。


 と、いきなり肩を掴まれ、体の向きを変えられた。



「──ちょっとアンタ! お母様が何度も呼びかけてるのに、何で無視し続けてるわけ⁉」



 ああ、随分と懐かしい声を聞いた気がする。


 だが違う。


 生き残れたわけじゃない。


 またしても、守れなかったのだ。



「え、ちょっと、何で涙ぐんでるのよ」


「……いや、何でもない。気にしないでくれ」



 まだ幼い彼女から顔を背け、生徒の列へと加わる。



「……もう、何なのよ」






 訪れたのは、辺境伯の館。


 生徒たちは広い庭内で待たされている。


 訪問理由は確か、水門の調査依頼をするためだったか。


 そう言えば、此処には獣人が保護されてもいたな。


 今ではなく、未来になるのだろうが。


 ……いや待て。


 例の商会は、既に人身売買を行っているわけか。


 もし今から何とかすることができたなら、何かが変わったりするのだろうか。


 中等部まで進級したことで、中級魔術が使える。


 ……使えるんだよな?


 どうだろう。


 知識や記憶は引き継がれているのは確かだ。


 が、経験などはどうなのだろうか。


 体は当時の状態に戻っているわけで。


 ならば、魔力も当時の状態に戻っているのか?


 そうなると、中級が使えたとして、1回ないし2回が限度とみるべきか。


 2回目の使用で、確実に眠りに落ちるな。


 この体での戦闘は無謀。


 屋外から魔術で制圧するのが良さげか。


 暴れさせて同士討ちを狙うこともできるが、それだと地下室の女性たちの身が危うい。


 眠らせるのが無難に思えるが、俺一人では救出も難しいしな。


 かと言って、確たる証拠も無しに憲兵を連れて来るのもまた難しい。


 屋内制圧と並行して、憲兵の元へ向かわせ自供させる。


 これでいくか。






 庭内で点呼を済ませ、整列して門を通り抜けてゆく。


 さりげなく最後尾に着き、離脱するタイミングを窺う。


 進行方向から察するに、どうやら表通りへと出ようとしているようだ。


 妙な高揚感を覚えつつ、隙を見て横道へと素早く移動。


 そのまま例の商会を目指して駆け出す。


 確か、二階建ての民家だったはず。


 もう印字の模様すら、うろ覚え状態。


 チビ助の店が近場にあったような。


 デカい店、デカい店……。


 おお、これだこれ。


 例の商会も近いはず。


 今度は、それっぽい民家を探す。


 窓を数えたはずだが、もう随分と前のこと。


 ただ、正面に窓は無かった気がする。


 うーむ、どの建物だったか。


 地味な外観の建物は幾つかある。


 が、どうにも判然としない。


 魔術の無駄撃ちはできないしな。


 仕方がない。


 怪しい家を片っ端からノックして回るとするか。


 連中を見るか、内部を見ればそうと分かるだろう。






 一軒目。


 ノックする寸前、肩を叩かれた。



「──うおッ⁉」


「何やってんのよアンタ」



 黒髪に赤毛の一房。


 さっきぶりに見る、魔女の娘。



「オマエ、何でこんなとこに」


「アンタがコソコソと離れて行くのが見えたから、追い駆けて来たのよ。お母様に迷惑かけないでよね」



 いや、それは付いて来たオマエも同じ……。



「ハァーッ」



 コイツを巻き込みたくはない。


 追い払えなければ、諦めざるを得ないか。



「母親の所へ帰れ」


「言われなくても帰るわよ。もちろん、アンタも一緒にね」


「いや、俺にはやることがあるんだよ。終わったら合流する」


「アンタの用事なんて知ったこっちゃないわよ。いいから、さっさと来なさいよ」



 チッ、この時点でも、力はコイツのほうが上なのか。


 体が引っ張られそうになるのを、手で払いのける。



「……今、アタシを叩いたわよね」


「いいから帰れ!」


「もう頭にきたわ! 絶対に連れ帰ってやるんだから!」


「うるせえ! 何を人様の家の前で騒いでやがるんだ、このくそガキ共が!」


「「ッ⁉」」



 怒声と共に、背後の扉が開かれた。


 咄嗟に視線を向ける。


 典型的な悪人面。


 扉の隙間から覗く屋内には、似たようなのが3人。


 まともな店舗として機能していないのは明白。


 此処だ、間違いない。


 五指の内、四本をそれぞれに向ける。



 ≪セット Α《アルファ》・Β《ベータ》・Γ《ガンマ》・Δ《デルタ》≫


 ≪指人形フィンガー・ドールズ



 精神魔術の中級。


 指が光り、四人に魔術が掛かったのが分かる。


 まずは、外に出て来た奴に指示。



「憲兵の元へ行き、自分たちの犯罪行為を自供してこい。地下室のことも伝えろ。全速力でだ。行け」



 返事もせず、街路を駆けだした。



「え? え? ちょっと、アンタ今、何したのよ?」


「残りの連中は、屋内を制圧しろ」



 憲兵が到着する前に、できるだけ数を減らしておきたい。


 操れるのは後6人。


 のはずだが、すでに眠気を感じ始めている。


 想定よりも、保有している魔力が少ないのか。


 眠ると魔術の効果が切れる。


 頬肉の内側を強く噛み、意識を保つ。



「何をしたかって聞いてるのよ! 答えなさいよ!」



 っと、そういや、コイツの存在を失念していた。


 もう一人ぐらいなら、どうにか操れるか?


 五指の内、残りの一本を向ける。



「母親の元へ急いで帰れ」


「ハァ? 全然答えになってないじゃない!」



 ……マジかよ。


 もう追加で操るのも無理ってわけか。


 咄嗟だったとは言え、全員を操るべきじゃなかったな。


 とにかく、正面に居続けるのはマズい。


 よろよろと家の脇へと移動する。



「何処に行くつもりよ!」


「オマエは母親を呼んで来い」


「さっきのって魔術よね? 何でもう使えるわけ?」


「俺に構うな。連中はここで捕えきる……」



 まだ碌に鍛えられていない体には、随分と堪える。


 余計な動きをすれば、すぐにも集中が切れそうだ。


 家の側面へと背を預け、へたり込む。


 中が騒がしい。


 指はまだ四本が光ったまま。


 大丈夫、解けてはいない。



「この家に何か恨みでもあるわけ?」



 相変わらず、人の言うことを聞かない奴だな。


 指の光が3つに減った。


 憲兵へ向かわせた奴じゃない。


 中で倒されたか。


 さらに1つ減る。


 こりゃあ、そのうち、外にも出てくるか。


 もっと移動しとかないとな。


 壁に手をつき、がくがく震える脚で、さらに奥側へと向かう。



「もう! いい加減、何か答えなさいよ!」


「おい、あんま騒ぐな」


「さっきから指図ばっかりして!」



 指の光が1つになった。


 いよいよ以てマズい。



「此処から離れろ。母親の所へ行け」


「うっさい! 同じことばっか言って!」


「──あん? ガキがこんなとこで何してやがんだ?」



 チッ、言わんこっちゃない。



「誰よアンタ。気安く話し掛けないでくれる」


「へっ、反応の鈍い獣人にも飽きてきてたとこだ。偶にはこういうのも悪くねぇか」


「獣人? 何のことよ?」



 くそ野郎が。


 妄想だろうと、許さねぇ。


 体を引っ張り、位置を入れ替える。



「おお? 女を庇うってわけか? ヒュー、カッコイイねぇー」



 残りの体力と魔力じゃあ、中級は使えそうにないな。


 なら、直接触れて、初級を使うしかない。


 壁を押すようにして、野郎へと迫る。



「そらよっ、と!」


「おごッ⁉」



 腹に蹴りが叩き込まれた。


 勢いは殺され、地面へと転がる。



「ガハッ、ゴホッ」


「なッ⁉ よくもやってくれたわね! 覚悟しなさい!」


「おーおー、おっかないねぇ。その強気なツラが、どんな風に変わるのか、今から楽しみで仕方がないぜ」



 地面に倒れながらも、腕を伸ばして相手の脚を狙う。



「あん? まだ動けるのか? モロに入ったはずだが、おかしいな。オスに用はねぇ、ぞ!」



 ゴチン。


 頭部に衝撃。


 視界が暗転する。


 ……ああ、こんなこと、前にもあったよな。


 そういや、あの時はどうしたんだったか。



「──放しなさいよ」


「──大人しく」



 相変わらず、俺は考えが足りてねぇな。


 先走って、巻き込んで。


 碌なもんじゃねぇ。


 そうか、そうだったな。


 あの時は、こうやって……。



 ≪狂化バーサーク



 精神魔術の初級。


 体が動く限り、奴等をたおせ。


 決して、アイツを傷付けさせるな。






「う……うぅ……」


「──目が覚めましたか?」



 誰だ?


 何処だ此処は?


 眩しくて、目が開けられない。



「気分はどうですか?」


「だれ……どこ……ゴホッゴホッ」


「少し上体を起こしますよ」



 背に回された腕の感触に、思わず体が震える。



「お水です。慌てずに飲んでください」


「ゴクッ、ゴクッ、プハァッ…………眩しい」


「なるほど。ではカーテンを閉めましょう」



 背の感触が硬いものへと変わる。


 程なく、眩しさがやわらいだ。


 薄目を開けて、周囲を窺う。



「これでどうでしょう」


「アンタは? 此処は?」


「ワタシは引率役の教師。此処は治療院の一室です」



 いんそつ? ちりょういん?



「危ういところでした。駆け付けるのが、もう少しでも遅れていたら、どうなっていたことか」



 何のことだ?


 ぼんやりと視界に何かが映り始める。


 そばに人影。


 ベッド、壁、天井。



「憲兵の方が色々と尋ねたいそうですが、急ぎ学院へと戻ります。娘の話が本当であれば、いつまた魔術を使わないとも限りませんから」



 訳が分からん。


 憲兵、学院、娘?



「誰に魔術を習ったのか。どのような魔術が使えるのか。何故、あのような真似をしたのか。聞きたいことが山ほどあります」



 何か、しなきゃならないことがあったような。


 何だったかな。


 上手く思い出せない。



「事と次第によっては、犯罪者として過ごすことになるでしょう」


「ふざ、けるな」



 やらなきゃいけないことがある。


 その邪魔をするってんなら、誰であろうと容赦はしない。


 体は……よし、どうにか動かせる。


 人影の反対側へと体を倒し、ベッドから落ちる。


 事情はよく分からんが、とにかくこの場から逃げたほうが良さそうだ。


 室内に、他の人影は見当たらない。


 1人ぐらいなら。



「アナタの自由にはさせません」



 なん、だと……?


 体が動かせない。


 そばには誰も居ないのに、物凄い力で押さえつけられている。



「さあ、学院に戻りますよ」






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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