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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
五章 一周目 故郷
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32 出動命令

 新居で暮らすようになって、3年ほどが過ぎたか。


 俺の考えは、ひたすらに甘かったらしい。


 辺境伯へ面会できるまでに、1年もかかった。


 この東区に於ける一般組の戦士団の評価は、想像以上に低い。


 せめて討伐組であれば、話は違ったのだろうが。


 しかし、魔獣と戦うなど、リスクが高過ぎる。


 ただでさえ、危なっかしい仲間が多いうえ、俺も足手纏いになってしまう。


 俺たち向きじゃない。


 知名度を上げるため、地道な活動が続いた。


 そうして叶った面会で、しかし目的は達成できなかった。


 魔術の可能性に、理解を示してはもらえなかったのだ。


 魔獣は強い。


 木も石も、金属ですら、ヤツらの前には意味を成さない。


 そのような相手に対し、石の壁が如何程の役に立つのかと一笑に付された。


 魔術で壁を形成し、後から補強するにしろ、資材を運べる道を整備する必要があるわけで。


 整備、資材、護衛、人件費と、結局は金の問題が浮上してくる。


 新居の比ではない、途方もない金額が必要なのだ。


 そもそもが、北壁ほくへきの再現をするとして、材料を調べるところから始める必要がある。


 とにかく、何もかもが足りていなかった。


 それからの2年間は、何の進展もせぬまま、あっと言う間に過ぎてゆく。


 時間の経過を明確に教えてくれたのは、子供たちの成長。


 当然ながら、俺の、という意味ではないが。


 獣人も、たどたどしくはあるものの、ある程度は喋れるようになってきた。


 そろそろ、家族についての話をするべき時なのかもしれない。


 この共同生活にも、少なからず影響を及ぼしそうではある。


 それでもやらねばならない。


 いつまでも、今のままでいられはしないのだから。






 夜、仲間が集まったタイミングを見計らい、声を掛ける。



「なあ、皆に話があるんだが」


「今度は何の依頼よー。ペット捜し? それとも掃除? 魔獣の死体運びは絶対に嫌だからね」


「あれは酷い臭いでした。どれだけ体を洗おうが、数日は臭いが取れず大変な思いをしましたね」


「そ、その節は、お手伝いできずすみません」


「体格的に無理があるもの。仕方ないわよ」


「違う。依頼の話じゃない。獣人の今後についての話だ」


「「ッ⁉」」


「なーにー?」



 皆の表情が強張こわるなか、獣人の子供だけが、キョトンと首を傾げてみせる。


 年齢こそまだ10歳にも満たないが、外見的にはもう俺たちと遜色ない。



「そろそろ話すべきだと思ってな」


「まだ早いでしょう? 言葉も覚えたとは言い難い状態です」


「意味が伝わらなきゃ次の機会を待つさ」


「ですが」


「決めるのはこの子でしょ。アタシたちじゃないわよ」


「みんな どしたの?」


「う、ウチは離れたくありません」


「ワタシだってそうです」


「そりゃあ、アタシだってそうよ」


「はなれる なんで?」



 チビ助とエルフが、子供に抱きつく。


 もう、チビ助よりも大きくなった。


 憎まれ役なら、俺がすべきだ。


 他の連中は、どうしたって甘いからな。



「いいか、よく聞け。分からないところがあれば質問しろ。実は──」






 長いようで短い話を終える。


 言葉にしてしまえば、割と呆気ないものだ。


 だが、精神的な影響は計り知れない。



「しってた」


「……え? 今、何と言いましたか?」


「ちち はは すき ちがった」



 果たして、意味は正しく伝わったのか。


 悲しいような寂しいような、そんな表情を浮かべてこそいるが、泣くような仕草は見せなかった。



「でも いっしょ いたかった」


「う、ううう、うわあああぁぁぁーーーん」



 チビ助が縋り付きながら泣き出した。


 親の態度から、何かを察していたのだろうか。


 もしそうならば、先程聞かせた話は、傷を抉るような所業に他なるまい。



「いらない かなしい」


「そんなことありません! そんな、そんなことは、絶対に絶対です!」


「う、うえぇぇぇーーーん。ぞ、ぞうでずよーぅ」


「ありがと うれしい だいすき」


「……ホント、イイ子よね」


「さっきも言ったが、獣人の集落で暮らさないかと誘いを受けてる。先生の母親が居る場所だ」


「ししょー はは?」


「ああそうだ」



 偶に顔を出す先生が、いつのころからか、稽古をつけるようになっていた。


 その影響なのか、気付けば師匠と呼んで、そのまま定着してしまったようだ。



「みんな いっしょ?」


「いいや違う。俺たちは行けないんだ。獣人だけで暮らしてる」


「行く必要などありません。このまま──」


「止めとけ。それと、集落にはオマエの父親も居る。先生に確認済みだ」


「なッ、そのような話、ワタシは聞いていませんよ⁉」


「他の連中にだって言ってやしない。言えば、乗り込みかねなかったからな」


「あらいいの? 今からでも乗り込む気満々だけど?」


「行きたいなら行ってみればいい。あそこは古強者も多い。俺は当然として、オマエらでも入ることは叶わんさ」


「グスッ。も、もしかして、以前に大怪我してたのって……」


「そんなこともあったわね。確か、依頼を失敗したとか言ってたヤツ。へぇー、そうだったのねー」


「さてな」


「ちち あえる」


「ああ。それと、父親がオマエに危害を加えることは絶対にない。あそこで一番強いのは先生の母親だ。事情を知ってる以上、それを許すことはない」


「はは どこ?」


「……もう、この町には居ないらしい」


「そっか」


「すぐに決めろとは言わない。よく考えてみてくれ。それと、集落にはいつでも出入り自由だ。見てくるだけってのも可能だぞ。但し、暮らすとなったら、容易くは出られないそうだがな」


「しゅうらく くらす みんな あえない?」


「外に出る条件は、戦士団入りなんだそうだ」


「せんしだん」


「ああ。つまり、先生のとこだな」


「待ってください。あの戦士団に入るということは、討伐組ということですよね?」


「そういうことだ」


「そんな! 絶対にダメです! 危険過ぎます!」



 先生が時折稽古をつけていたのは、つまりはこのためだったのだろう。


 集落で暮らす選択をした場合でも、俺たちに会いに来れるようにと。



「俺たちは家族にはなれない。だが、集落に行けば、向こうの連中は皆家族になってくれる」


「……ハァ、また始まったわね。コイツお得意の謎理論が」


「みんな かぞく ちがう?」


「そうだ。仲間であって、家族じゃあない。そして、オマエはまだ仲間でもない」


「そ、その言い方はあんまりですよぅ」


「そうです! 今までずっと共に過ごしてきたではありませんか⁉ 家族であり仲間でもあります!」


「かぞく ちがう なかま ちがう」



 子供の頬を涙が伝う。


 これに関しては、涙を堪えきれなかったか。



「あーあ、泣かしちゃって。余計なこと言うからよ」


「アナタの考え方を、他者に押し付けるのは止めてください。不愉快です」


「……悪かったよ」



 確かに、言い方が悪過ぎたか。


 俺たちと居るなら、戦士団に入ることで、ようやく仲間扱いだ、と言ってやりたかったのだが。


 抱きしめている2人が、子供を慰める。



「うえぇーん」


「あの人非人にんぴにんの言うことなど、気にしなくて良いのです」


「ま、マザーさんに言いつけてやります」


「……それは勘弁してくれ」



 きっと明日にも説教を食らうことになるのだろう。


 それはいい、構いやしない。


 酷いことを言ったのだ。


 唯一気がかりなのは、判断材料として余計なモノが混じってしまわなかったかに尽きる。






 マザーに説教され、先生に小突かれ、仲間からは白い目で見られて。


 数日かけて出された結論は、俺たちと一緒に居たい、というものだった。


 首には、お揃いの団証が下げられている。



「えへー おそろい」


「そうですね。ああ、アナタは首から外していただいて構いませんよ」


「加入と同時に脱退もさせておくべきだったかしら」



 風当たりは、依然として強いまま。



「ま、まあまあ、そろそろ許してあげましょうよぅ」


「相応の事情があるのは分かるけどさー、家族とか仲間とかに、やたらと敏感なのは勘弁して欲しいのよね」


「まったくです。泣かせて愉悦に浸るなど、鬼畜の所業です」


「それは冤罪だろ」



 ともかくこうして、戦士団に新たな仲間が加わった。


 それから程なくして、日食が発生する。






 日食発生後、空は分厚い黒雲に覆われたまま。


 ずっと夜が続いているような状態だった。



「何で空が暗いままなのかしら。もう日食は終わったのよね?」


「ワタシも詳しくは知りませんが、僅かな間に起こる現象と聞き覚えています」


「せ、洗濯物も乾かなくて困りますぅ」


「くらい こわい」


「大丈夫ですとも。ずっとそばに居ますから」


「うん」


「──小僧! いるか⁉」



 ベランダから空を見上げていると、先生がいきなり庭へと跳び込んで来た。



「先生? そんなに慌ててどうしたんだよ?」


「よく聞け! 全戦士団への出動命令が出た! 急ぎ、北壁ほくへきへ集結しろとな!」


「──は?」



 急に何を言い出してるんだ?


 出動命令?


 何だよそれ?



「ワシらはもう発つ! 小僧たちも急げ!」


「え、あ、おい!」



 言い捨てると、すぐに塀を跳び越えて姿が見えなくなった。



「どういうこと?」


「全戦士団への命令……確か、契約時にそのような条項がありませんでしたか?」


「あ」



 そういや、そんな文言があった気がする。


 命令後の脱退やら解散は受け付けないともあったか。


 よりによって、加入させてすぐにこれかよ。



「ど、どうしましょう」


「念の為、書類を見直してみよう」






「……確かに書かれてるな」


「西じゃなく北ってことは、ヤツらってことよね?」


「一般組にも参戦させようなどと、正気の沙汰とは思えません」



 北壁ほくへきで何が起きたんだ?


 門が破損でもして、閉じられなくなったとかか?


 戦士団が居なくなったら、此処の守りはどうするんだ?


 情報の整理が追い付かない。


 空といいコレといい、異常続きもいいとこだ。



「捕まるのは勘弁願いたい。馬車を手配して行くだけ行っておこう」


「正気? あれだけ戦うなって言ってた癖に」


「戦うのは無理だ。少なくとも、顔を見せておけば、命令違反とは捉えられないだろ」


「他の者が戦っているのを、ただ眺めているつもりですか?」


「状況が分からん。それこそ北壁ほくへきの内側に大量に入り込まれてるかもしれない」


「い、行くだけでも危険ですよね」


「まあ、そうなんだがな」



 正直、北区よりも手薄になった東区のほうが、余程にヤバい気がしてならない。


 とはいえ、俺たちが残ったところで、どうしようもないもの事実。



「マザーたちには、俺たちが戻るまで地下に居てもらおう」


「ねぇ、行くのは決定なの? 止めとかない? お母様に頼んでみれば、案外どうにかなるんじゃないかしら」



 誰も覚悟が定まっていない。


 ただただ不安ばかりが広がってゆく。



「他の者たちは向かっているのです。ワタシたちも向かうべきでしょう」


「で、ですけど、ウチたちにできることってあるんですかね」


「敵をたおせずとも、誰かを助けることはできるはず。しかしそれも、その場に居合わせなければ叶いません」


「いく? いかない? どっち?」


「行こうぜ。行けば状況だけでも分かるだろ」






 この選択がどういう結果を招くかなど、知る由も無かった。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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