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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
五章 一周目 故郷
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SS 過去

 普段どおりに朝を迎え。


 日中はお母さんに甘えて。


 お父さんが仕事から帰ると、遊ぶようせがむ。


 いつもと変わらぬ日常。


 何の変哲もない夕食。


 両親と向かい合って座っていた。


 その日が最期になるとも知らずに。






 最初は異音だったか。


 それとも、振動だったのか。


 会話が一瞬途切れ、次の瞬間には、正面から家の一部と共に両親が消え失せていた。


 外が見えた。


 見覚えの無い景色が。


 地面も建物も、不自然に抉り取られて、鋭利な断面を覗かせていた。


 支えを失った机が、思い出したかのように向こう側へと倒れてゆく。


 音が振動が、遅れて戻ってくる。


 様々なモノを引き連れて。


 それは破壊であり、悲哀であり、慟哭であり、怨嗟であり、憤怒であり、恐怖であり、死であった。


 次々と生まれは消えてゆく。


 動けない、動かない。


 泣くことも叫ぶこともできやしない。


 此処にもう日常は無い。


 あった物は失われて。


 あるべきはずの者は喪われて。


 見知らぬ世界が広がっていた。


 受け入れ難い現実が。


 頭が心が、理解を拒む。


 拒絶する。


 何で、何が、どうして、何で、何が、どうして、何で、何が、どうして。


 グルグルグルグル。


 理解には及ばない、理解には届かない。


 受け入れない。


 許容できない。


 姿も、温もりも、声も、変わらず覚えているのに。


 どうして居ないの?


 酷く寒い。


 震える、震えている。


 自分だけじゃなく世界も。


 座っていることもできなくなり、床に倒れ込む。


 傾ぐ世界。


 ああ、きっと壊れてしまったんだ。


 自分か、世界か、両方共か。


 けれど、そんなことがあるわけない。


 これは夢だ。


 ちゃんと戻れる。


 目が覚めれば、元に戻ってる。


 何て不快な夢なんだろう。


 こんな世界、妄想にしたって酷過ぎる。


 だから早く、目覚めてくれ。






「おい小僧! まだ生きてるのか⁉」



 あらゆる音を遮り、声が響いた。


 虚ろだった視界に、誰かが映り込む。



「ぅ……ぁ……?」


「よく耐えたな。すぐに助け出してやる」



 何かに圧し潰されてでもいるのか、身動ぎ一つできない。


 全身の感覚が無い。


 が、その圧力がフッと消え去る。



「……此処は小僧だけか? 他には誰も居ないのか?」



 血液が巡り出す。


 ジンジンと痛み始める。


 何で、何で何で何で何で何で。


 夢が覚めない。


 家族が、日常が、戻って来ない。



「ぁ……ぁぁ……」


「体が痛むのか? 待っていろ、すぐに治癒魔術師の元へと連れて行く」



 視界が歪む。


 壊れた世界が、グシャグシャになってゆく。



「ぁぁぁ……ぁぁぁぁぁ……」



 ダメだ。


 まだ離れるわけには。


 お父さんとお母さんを捜さないと。


 喉が正しく機能してない。


 声が上手く出せない。


 放せ! 放せよ!



「小僧、暴れるな! 大人しくしていろ」






 あの日の惨劇は、魔獣によるものだった。


 国境の戦士団が突破され、中央にまで侵入を許してしまったらしい。


 数は3体。


 その内の1体が、不運にも家を抉って行ったのだ。


 バカだった。


 戦士団なんかを信頼なんてしていなければ。


 他人なんかを頼りにしなければ。


 今もきっと。


 ……いや、まだだ。


 もしかしたら、あの崩れた家の先に、お父さんとお母さんがいるかもしれないじゃないか。


 行かないと。


 行って助けないと。



「──まて小僧。何処に行くつもりだ」


「俺に構うな」


「救った命に責任を持てと、かしらに言いつけられている。何をするにも、まずワシの許可を取れ」


「うるせえ」


「ワシは小僧の命の恩人だ。取るべき態度というものがあるだろう」


「頼んでねぇ」


「……やれやれ。どんな育て方をされたのやら」


「んだと⁉ 今、何つった⁉」


かんさわったか? 小僧の態度は、そのまま親への評価に繋がる。これでは、死んだ者も浮かばれん」


「死んでねぇ! まだ生きてるに決まってる! だから助けに行くんだ!」


「ワシが見落としたと? 獣人の五感を侮るなよ。それに、あの場にはかしらの戦士団が出張っていたのだ。まだ息のあった者は、全員助け出している」


「勝手に言ってろ。俺はもう誰も信じねぇ」


「あれから何日経ったと思ってる。行けば心を痛めるだけだ」



 それ以上問答には付き合わず、天幕をとび出す。






 廃墟の中をひた走る。


 町は様変わりしていた。


 元がどんな姿だったのか、思い出すのも難しいほどに。


 それでも、微かな面影を頼りに脚を動かす。


 仮設の天幕が減るにつれ、建物は形を崩してゆく。


 異臭が漂ってる。


 赤黒い染み。


 潰された何か。



「──ウプッ、オエッ」



 込み上げてくるモノを堪えきれず、道端にうずくまり吐き出す。


 異臭が増す。


 涙が滲む。


 お父さんとお母さんは大丈夫。


 きっと、絶対に。


 腕で顔を拭い、再び走り出す。






 しばらく進むと道が、いや町が途切れた。


 地面や建物が抉られている。


 真っ直ぐに続く破壊の痕。


 そこだけ瓦礫も無く、妙に綺麗だ。


 意を決して、底へ下りる。


 前後に吹き抜けた空間は、酷く奇妙な光景。


 此処を進めば、家も見つかるだろうか。


 走ることはせず、左右を確かめつつゆっくりと歩く。


 並ぶのは縦に切断された建物の断面たち。


 静かだ。


 自分の足音と風の音しか聞こえてこない。


 天幕周辺は、ずっと声が止まずにうるさい。


 いい迷惑だ。


 連中は考えが足りてない。


 魔獣がおびき寄せられでもしたら、どうしてくれる。


 苛々する。


 他人が鬱陶しくて堪らない。


 あの獣人もそうだ。


 ずっと付き纏いやがって。


 そもそも、アイツら戦士団の所為で、町がこんなことになったんだ。


 偉そうに指図できる立場だと思ってんのかよ。


 ムカつく。


 あんな奴に頼らなくたって。


 ズドーン。


 足場が揺れる。


 何の音だ?


 建物が崩れたのか?


 それとも、それとも。


 ……魔獣が来たのか?


 途端に体が硬直する。


 極力呼吸を抑えて、目と耳で状況を探る。


 心臓がうるさい。


 しばらく待ってみるが、揺れも音も続かない。


 体の硬直が解ける。


 再び歩き出す。






 どんどんと日が落ちてきた。


 一変した町並みは、その姿を余計不気味なモノへと変じさせる。


 それでも歩く。


 捜し続ける。



「あらあら、そんな所に居ては、危ないわよぉ~」


「ッ⁉」



 久しぶりの人の声に、全身が震えて足が止まる。



「坊や、どうしたのぉ~? 誰かと一緒じゃないのぉ~?」



 声の主を慌てて探す。



「あら~? もしかして喋れないのかしらぁ~? それとも聞こえてないのぉ~?」



 見つけた。


 沈む日の所為で、酷く眩しい。



「ちゃんと聞こえてるぅ~?」


「聞こえてる。だから声を出さないでくれ」



 魔獣が寄って来たら困る。



「あらあら、ゴメンなさいねぇ~」



 分かっているのかいないのか。


 おっとりとした口調は変わらない。


 大人の女の人なのは分かるが、容姿は影になって見えない。



「もう暗くなってしまうわぁ~。良ければ一緒に行きましょ~」



 正直なところ、迷っていた。


 道にではなく、これからどうするべきかを。


 天幕には戻りたくない。


 気分が滅入る。


 けど、家にも帰れない。


 帰り着けない。


 もし辿り着いてしまえば、全てが決定づけられてしまう。


 他の可能性が消えてしまう。


 だからもう、何処にも行けない。



「大丈夫よ~。明日になったら、ちゃんと家まで送り届けてあげるわぁ~」


「……帰る場所なんて無い」


「そうなのぉ~? それは大変だわぁ~」



 全然、大変そうには聞こえてこない。


 聞いていると、妙に力が抜ける。



「ワタシの家にいらっしゃいな~。このすぐ近くにあるから~、ね?」



 どう答えたんだったか。


 もう思い出せない。


 気が付けば、手を引かれていた。






「随分と遅かったな」


「ゴメンなさいね。留守番を頼んでしまって」


「構わん。が、そろそろ捜しに行ってやらねば…………ん?」


「げ」


「あらぁ?」



 何故だか、案内された家の中には、見覚えのあり過ぎる獣人が居た。



「何だ小僧。ワシは拒んだ癖に、此奴こやつにはのこのこ付いて来たのか」


「何でテメェが居るんだよ」


「もしかして、二人は知り合いだったのぉ?」


「マザー、おかえりー」


「おそいよー」


「おなかすいたー」



 奥の部屋から、子供がワラワラ出て来た。



「あらあら、少し待っててねぇ~。今から用意するわぁ~」


「ふふふ、その必要はないぞ。何故なら、ワシが肉を持参してやったからな」


「……えぇっと、そのままじゃあ、食べられないわね」


「何故だ?」


「焼かないとダメよ」


「そんなはずは──」


「ダ・メ・よ」


「そ、そうなのか? まあいい、差し入れた物をどうするかは任せる。では小僧、帰るぞ」



 掴まれそうになった腕を、咄嗟に払いのける。



「触んな」


「やれやれ、まだ気が済んではいないのか?」


「テメェには関係ねぇだろ」


「小僧、余り手を焼かせるなよ」


「あらああまあまあ」



 睨み合う俺たちの間に、割って入ってくる。



「事情を説明してくれるかしらぁ?」






「そう……やっぱり、あの日に……」


「うむ。今はワシが面倒を見ている」


「あの人にも困ったものね」


かしらは何も悪くない。責ならばワシにある。何の責かは分からんがな」


「アナタに親代わりが務まるのかしら」


「親じゃねえ!」


「止せ小僧。こんな場所で大声を出すな」


「うるせえ! 俺の家族は父さんと母さんだけだ! テメェなんか──」


「ゴメンなさいね~、ワタシが軽率なことを言ってしまったわ~」



 やさしく抱きしめられた。


 大して力は込められてないはず。


 なのにどうしてだか、振りほどけない。



「そうよね、誰にも代わりはできないものねぇ~」


「すぐにこの調子でな。随分と手を焼いている」


「フフフ、アナタの小さいころも、随分と手を焼かされたものよ」


「……ワシのことは、今は関係ないだろう」


「どうしたらいいのかしらぁ……他に呼び方……そうね、こうしましょう」


「また何か、益体やくたいもないことでも思い付いたのか?」


「アナタはこれから先生よ」


「何だと?」


「先を生きる者として、色々と教えてあげて頂戴。いいわね? 坊やもよ、これからは先生って呼んであげてねぇ~」


「……嫌だ」


「あらあらまあまあ」






 あれから色々あった。


 1年ほど経って、先生の母親が戦士団を引退するとかで、俺はマザーの養護院に厄介になった。


 戦士団を率いる立場になっても、時折顔を見せに来てくれた。


 2人には感謝してる。


 恩人だ。


 家族とは呼べないけど、大事な人だ。


 助けてもらったように、俺もいつかは、助けになってあげたい。


 今ではそう思える。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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