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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
五章 一周目 故郷
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31 引越し

「まさか、これほど早く呼び出されるとはな」


「わりぃな。こっちも色々と想定外の事態だったんでね」


「何が想定外なのやら。仲間も手伝いに寄越せとは。本来なら金を要求するところだぞ」



 確かに、本来であれば依頼を出さねば、動いてはもらえまい。


 俺の人望程度じゃ、無理だったろうな。


 先生たちと合流し、廃墟に囲まれる中、悪路を進む。



「しかしまあ、随分と思い切ったものだな。最初聞いた時は、耳を疑ったぞ」


「発案は俺じゃねぇけどな」


「となると、娘共というわけか。なるほどな、小僧にしては甲斐性があり過ぎると思った」


「──ウプッ⁉ クスクス」



 先生の仲間の幾人かが、笑い声を漏らす。


 ジト目で見つめると、サッと視線を逸らされた。



「戦士団が住み着くようになったとは話したか?」


「ああ、聞いたよ」


「あれは討伐組のことだぞ? 分かってるのか?」


「ヤツら目当てで住み着くわけじゃねぇよ。むしろ町に近い場所だっての」


「分かっているなら良いが」



 俺と会話しながらも、視線や耳は周囲を警戒し続けている。



「そう言えば、同行するのは小僧だけか? 娘共はどうした?」


「新居に置いてきた」


「……それほどまでに、揶揄からかわれるのが嫌だったのか?」


「ちげぇよ。念の為だ。魔術師は少ないほうがいいだろ」


「何のことだ?」


「あ? って、まさか、魔術師自体を知らねぇとか言わねぇよな」


「ワシをバカにしておるのか? 治癒魔術師ぐらいは知っている」


「なら、知らねぇのはヤツらの習性のほうか。魔術師を狙うって説やら、魔術に反応するって説があるんだとよ」


「ほう。獣人が狙われ辛いとは聞き覚えがあったがな。理由はそれなのか」



 そういやそうだよな。


 現状、学院で習うことは、獣人にだけは伝わらねぇ。


 全員とは言わないまでも、せめて希望者ぐらいは入学できりゃあいいのにな。



「なあ、獣人が学院に入れるようになったら、行きたがる奴がいると思うか?」


「どうだろうな。獣人は基本的に群れで行動する。同族以外を群れと認識できるかどうか次第だろう」


「聞きたかったのは、学ぶ意欲的なもんだったんだがな」


「個人差によるところが大きいだろう。他の人種ひとしゅと変わらぬさ」


「そうか。そうだよな」



 魔術師も種族も関係なく、学びたい奴が学べるようになりゃいいんだが。






 訪れたのは養護院。


 目的は引越しだ。


 昨日丸一日掛けて、マザーの説得は済ませてある。


 お蔭で寿命が大分縮んだ気がする。



「ようやく、こんな危なっかしい場所から移住できるわけか。何とも感慨深いな」


「先生たちのほうが、よっぽど危ない場所に住んでんだろ」


「それもそうだな」



 外の変化にいち早く気が付いたのか、窓から覗いてくる複数の目。



「先に人から移動させるぞ。荷物は後回しだ。2人残れ」


「「はい」」


「ヤツらが襲来した場合に限り、離脱を許可する。それ以外の者は近づけるな」


「「はい」」



 流石に年季が違う。


 俺たちじゃ、こうもテキパキとはいかねぇな。



「あらあら、団体さんねぇ」


其方そなたも準備を急げ。何故にまだ寝間着姿のままなのだ」


「あらぁ? うっかりして、着替えも荷物に仕舞っちゃったかもしれないわぁ」


たわけめが。もうその恰好で良い。出発する前に、子供の数を確認しておけ」


「はいはい。さあ、みんなぁ~、お出掛けしますよぉ~」


「はぁーい」


「あれ? ひっこすんじゃなかったか?」


「うっせぇな。こまけぇことはいいだろ」


「マザー、おしっこぉ」


「あらあら、それは大変だわぁ~。けど、ちゃ~んと教えてくれて偉いわねぇ~。いい子いい子ぉ~」


「えへー」


呑気のんきか。急ぎ済ませろ」


「ええ、すぐに済ませるわぁ」



 やっぱり気の所為じゃなかったか。


 子供の顔ぶれが変わっている。


 前の連中は、今はどうしてるのだろうか。



「えー、なにかもってっちゃダメなのかよ」


「荷物は後で取りに戻る。まずは移動に専念することだ。何が起きようと、騒ぐなよ」


「むちゃいうなよ」


「おーぼーだ」


「口答えするな。両脇に抱えて移動するぞ。手の空いた者は護衛だ。気を抜くなよ」


「「はい」」


「おー、なんかすげぇー」


「おい、このあつかいはひでぇだろ」


「う、ううぅ」


「おいバカ、ぜってぇなくなよ」


「あらあら、何も怖くないわよぉ~。新しいお家はどんな所なのかしらぁ~。楽しみねぇ~」



 用を足し終わた子供と共に、マザーが建物から姿を現わした。


 そのまま、ぐずる子供へと近付いてゆく。



「たのしみじゃないよ。ぼく、ここがいいもん」


「あらあらまあまあ。そうだったのねぇ~。そんなに気に入ってくれて、ワタシもこの家も、とても嬉しいわぁ~」


「なんで、でてかなきゃいけないの?」


「おい、悠長に話してる場合か。全員居るのか?」


「ええ、全員居るわ。そう慌てないで。すぐに済むから」



 先生に告げると、また子供へと向き直る。



「この家もね、凄く凄ぉ~く、疲れちゃったみたいなの~。ほら、他の家はもうボロボロでしょ~」


「おうち、こわれちゃうの?」


「いいえ、ゆっくり眠りたいみたいね~。きっとまた、周りの家も元気になってくれるわ~。元気になるまで、我慢できるかしら~?」


「ホントにげんきになる?」


「ええ。此処にも沢山人が戻ってくるはずよ~」


「あしたは?」


「ふふふ、そんなに早くは難しいわねぇ~。もう少しだけ、眠らせてあげましょ~」


「うん。わかったよ、マザー」


「……もういいか?」


「ええ、お待たせ。行きましょうか」


「出発するぞ。些細な変化も見逃すな」


「「はい」」


「では、此処は任せる」


「「はい」」



 子供を説得していた割に、マザーの足は重い。


 何度も何度も養護院を振り返るマザーの手を引き、新居へと急ぐ。






 魔獣の襲撃を受けることなく、新居へと到着した。



「おー」


「すげー」


「でけぇー」


「こわーい」


「そうかぁ? かっこいいじゃん」



 庭付きの三階建てで、部屋数は20を超える。


 さらには、魔獣から避難するためか、地下室まであるときたもんだ。


 元は貴族の邸宅だったらしいが、憐れつたまみれで放棄されていた物件。


 現在もまだ、外観部分の清掃はほぼ手付かず。


 とはいえ、内部の主要部分は、どうにか住めるようにはしたつもりだ。



「あらあら、とっても大きいのねぇ」


「随分と奮発したものだな。さて、ワシらは荷物を取りに戻る。念の為、2人残しておく」



 すぐさま切り替えたらしい先生たちが、もう行動を開始していた。


 声を掛ける間も無く、また廃墟へと戻って行く。



「ようやく来たわね」


「おう、待たせたな」


「まだ中の掃除だって終わってないんだから。アンタも手伝いなさいよね」


「わーってるよ」


「そうよねぇ。お掃除頑張らないと」


「いや、マザーたちはゆっくりしててくれ。掃除は俺たちで済ませちまうからさ」


「えー、このままのほうが、かっこいいよ」


「いーやー」


「なあ、たんけんしようぜ、たんけん」


「おー、いいな」


「掃除の終わってない部屋は危ないから入っちゃダメよ」


「うっせぇ」


「あはははは」


「はいはい、みんな~。勝手をしてはいけませんよぉ~」


「えー」


「たんけんしたい」


「あら~、ワタシと一緒ではダメかしらぁ~?」


「そんなことないよ」


「マザーといっしょがいい」


「ねえ、どのへやでねるの?」


「じゃあ、一緒に色々と見て回りましょうかぁ~」


「「はーい」」



 マザーが子供たちを連れ立って、中へと入ってゆく。



「アタシの言うことなんか、聞きゃしないわね」


「なめられてる証拠だな。甘く見てると痛い目を見るぜ」


「子供って加減が分からないのよねぇ」


「そういや、抱き上げるのも苦戦してたな。猫を飼ってたんじゃなかったのかよ?」


「抱こうとすると、引っ掻いてくるのよ」



 猫にすら懐かれてねぇのか。


 こりゃ、前途は多難だな。



「そんなことより、掃除よ掃除。窓が割れてる部屋を優先して片付けるわよ」


「あいよ」



 柄にも無く張り切ってるな。


 いい刺激になってんのかね。






「あ、あのぉ、皆さんが戻られたみたいですよ」


「お、そうか。今行くよ」



 急いで建物から出ると、先生たちが集結していた。


 足元には持ってきた荷物が詰まれている。



「手伝ったほうが良いか?」


「いや、このぐらい俺らで何とかするさ。それより、食事を用意してある。良ければ食べて行ってくれ」


「ほう、ならば馳走になろう」


「先に言っとくが、質より量を優先してあるからな」


「味に文句を言うのは小僧のほうだったろうが」


「あのなぁ、肉は生じゃ食わねぇんだよ」


「そんなわけがあるか。先代もかしらも、普通に食べておったわ」


「なら、仲間に聞いてみりゃいいだろ」


「ヌシらはどうだ? 肉は生に決まって──」


「普通は焼くでしょう。生では危険です」


「姉御たちは胃袋がおかしいッス。そんな真似したら、トイレ直行ッス」


「むう。存外に変わり者が多い。これでは参考にならん」



 全却下かよ。



「しかしそうか。用意した食事を口にしなかったのは、そういう理由だったか」


「いやまあ、反抗心が無かったわけでもねぇがな」


「そうか…………そうか……」


「んだよ、気持ちわりぃな。俺は掃除に戻るぜ」


「あの狭さでは叶わんかったが、此処ならば良いだろう。偶に部屋を借りるとしよう」


「何でだよ。帰れよ」


「姉御だけズルいッスよー」


「ですね。貢献した皆に権利があってしかるべきかと」


「ねぇよ。オマエらも勝手なこと抜かすな」


「いーけーずー」


「ケチくさい。いえ、まさか……見られて困るモノでもあるのでは?」



 あーもう、めんどくせぇなぁ。



「歓迎するとは思うなよ」






 皆が寝静まったころ、マザーと二人きりで話をする。



「何だか、信じられないことばかりですね」


「え?」


「坊やが久しぶりに顔を見せてくれたと思ったら、まさか新しい家に移り住むことになるなんて」


「……迷惑だったかな」


「いいえ、そんなことはありませんよ。ただ……そう、まるで夢でも見ているようで」


「もっと安全な場所なら良かったんだけどな」


「十分ですよ。ありがとう」


「……俺は何もできてねぇよ。仲間のお蔭なんだ。提案も金も、全部さ」


「このえにしは、坊やが繋いでくれたものです。何を卑下することがあるのです」


「あれから変われちゃいねぇ。結局、他者を頼みにしちまってる」


「誰しも、独りでは生きられないものです。戒めるべきは、頼ることではなく、頼りきりになることではありませんか?」


「ダメなんだ。もっと強くならねぇと。もっと頑張らねぇと。全部、独りでできるように」


「あらあら、困った坊やね。誰に似てしまったのかしら」


「もっと此処を良くしてみせるからさ、待っててくれよ」


「あまり頑張り過ぎないでね。体を命を、大事にして頂戴」


「分かってるよ、マザー。俺は大丈夫だから」



 とにかくこれで、時間の猶予はできた。


 後は壁を造ればいいだけだ。


 辺境伯を納得させて、魔術局へ要請を出せられれば。


 そうすればもう、喪われずに済む。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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