31 引越し
「まさか、これほど早く呼び出されるとはな」
「わりぃな。こっちも色々と想定外の事態だったんでね」
「何が想定外なのやら。仲間も手伝いに寄越せとは。本来なら金を要求するところだぞ」
確かに、本来であれば依頼を出さねば、動いてはもらえまい。
俺の人望程度じゃ、無理だったろうな。
先生たちと合流し、廃墟に囲まれる中、悪路を進む。
「しかしまあ、随分と思い切ったものだな。最初聞いた時は、耳を疑ったぞ」
「発案は俺じゃねぇけどな」
「となると、娘共というわけか。なるほどな、小僧にしては甲斐性があり過ぎると思った」
「──ウプッ⁉ クスクス」
先生の仲間の幾人かが、笑い声を漏らす。
ジト目で見つめると、サッと視線を逸らされた。
「戦士団が住み着くようになったとは話したか?」
「ああ、聞いたよ」
「あれは討伐組のことだぞ? 分かってるのか?」
「ヤツら目当てで住み着くわけじゃねぇよ。むしろ町に近い場所だっての」
「分かっているなら良いが」
俺と会話しながらも、視線や耳は周囲を警戒し続けている。
「そう言えば、同行するのは小僧だけか? 娘共はどうした?」
「新居に置いてきた」
「……それほどまでに、揶揄われるのが嫌だったのか?」
「ちげぇよ。念の為だ。魔術師は少ないほうがいいだろ」
「何のことだ?」
「あ? って、まさか、魔術師自体を知らねぇとか言わねぇよな」
「ワシをバカにしておるのか? 治癒魔術師ぐらいは知っている」
「なら、知らねぇのはヤツらの習性のほうか。魔術師を狙うって説やら、魔術に反応するって説があるんだとよ」
「ほう。獣人が狙われ辛いとは聞き覚えがあったがな。理由はそれなのか」
そういやそうだよな。
現状、学院で習うことは、獣人にだけは伝わらねぇ。
全員とは言わないまでも、せめて希望者ぐらいは入学できりゃあいいのにな。
「なあ、獣人が学院に入れるようになったら、行きたがる奴がいると思うか?」
「どうだろうな。獣人は基本的に群れで行動する。同族以外を群れと認識できるかどうか次第だろう」
「聞きたかったのは、学ぶ意欲的なもんだったんだがな」
「個人差によるところが大きいだろう。他の人種と変わらぬさ」
「そうか。そうだよな」
魔術師も種族も関係なく、学びたい奴が学べるようになりゃいいんだが。
訪れたのは養護院。
目的は引越しだ。
昨日丸一日掛けて、マザーの説得は済ませてある。
お蔭で寿命が大分縮んだ気がする。
「ようやく、こんな危なっかしい場所から移住できるわけか。何とも感慨深いな」
「先生たちのほうが、よっぽど危ない場所に住んでんだろ」
「それもそうだな」
外の変化にいち早く気が付いたのか、窓から覗いてくる複数の目。
「先に人から移動させるぞ。荷物は後回しだ。2人残れ」
「「はい」」
「ヤツらが襲来した場合に限り、離脱を許可する。それ以外の者は近づけるな」
「「はい」」
流石に年季が違う。
俺たちじゃ、こうもテキパキとはいかねぇな。
「あらあら、団体さんねぇ」
「其方も準備を急げ。何故にまだ寝間着姿のままなのだ」
「あらぁ? うっかりして、着替えも荷物に仕舞っちゃったかもしれないわぁ」
「戯けめが。もうその恰好で良い。出発する前に、子供の数を確認しておけ」
「はいはい。さあ、みんなぁ~、お出掛けしますよぉ~」
「はぁーい」
「あれ? ひっこすんじゃなかったか?」
「うっせぇな。こまけぇことはいいだろ」
「マザー、おしっこぉ」
「あらあら、それは大変だわぁ~。けど、ちゃ~んと教えてくれて偉いわねぇ~。いい子いい子ぉ~」
「えへー」
「呑気か。急ぎ済ませろ」
「ええ、すぐに済ませるわぁ」
やっぱり気の所為じゃなかったか。
子供の顔ぶれが変わっている。
前の連中は、今はどうしてるのだろうか。
「えー、なにかもってっちゃダメなのかよ」
「荷物は後で取りに戻る。まずは移動に専念することだ。何が起きようと、騒ぐなよ」
「むちゃいうなよ」
「おーぼーだ」
「口答えするな。両脇に抱えて移動するぞ。手の空いた者は護衛だ。気を抜くなよ」
「「はい」」
「おー、なんかすげぇー」
「おい、このあつかいはひでぇだろ」
「う、ううぅ」
「おいバカ、ぜってぇなくなよ」
「あらあら、何も怖くないわよぉ~。新しいお家はどんな所なのかしらぁ~。楽しみねぇ~」
用を足し終わた子供と共に、マザーが建物から姿を現わした。
そのまま、ぐずる子供へと近付いてゆく。
「たのしみじゃないよ。ぼく、ここがいいもん」
「あらあらまあまあ。そうだったのねぇ~。そんなに気に入ってくれて、ワタシもこの家も、とても嬉しいわぁ~」
「なんで、でてかなきゃいけないの?」
「おい、悠長に話してる場合か。全員居るのか?」
「ええ、全員居るわ。そう慌てないで。すぐに済むから」
先生に告げると、また子供へと向き直る。
「この家もね、凄く凄ぉ~く、疲れちゃったみたいなの~。ほら、他の家はもうボロボロでしょ~」
「おうち、こわれちゃうの?」
「いいえ、ゆっくり眠りたいみたいね~。きっとまた、周りの家も元気になってくれるわ~。元気になるまで、我慢できるかしら~?」
「ホントにげんきになる?」
「ええ。此処にも沢山人が戻ってくるはずよ~」
「あしたは?」
「ふふふ、そんなに早くは難しいわねぇ~。もう少しだけ、眠らせてあげましょ~」
「うん。わかったよ、マザー」
「……もういいか?」
「ええ、お待たせ。行きましょうか」
「出発するぞ。些細な変化も見逃すな」
「「はい」」
「では、此処は任せる」
「「はい」」
子供を説得していた割に、マザーの足は重い。
何度も何度も養護院を振り返るマザーの手を引き、新居へと急ぐ。
魔獣の襲撃を受けることなく、新居へと到着した。
「おー」
「すげー」
「でけぇー」
「こわーい」
「そうかぁ? かっこいいじゃん」
庭付きの三階建てで、部屋数は20を超える。
さらには、魔獣から避難するためか、地下室まであるときたもんだ。
元は貴族の邸宅だったらしいが、憐れ蔦まみれで放棄されていた物件。
現在もまだ、外観部分の清掃はほぼ手付かず。
とはいえ、内部の主要部分は、どうにか住めるようにはしたつもりだ。
「あらあら、とっても大きいのねぇ」
「随分と奮発したものだな。さて、ワシらは荷物を取りに戻る。念の為、2人残しておく」
すぐさま切り替えたらしい先生たちが、もう行動を開始していた。
声を掛ける間も無く、また廃墟へと戻って行く。
「ようやく来たわね」
「おう、待たせたな」
「まだ中の掃除だって終わってないんだから。アンタも手伝いなさいよね」
「わーってるよ」
「そうよねぇ。お掃除頑張らないと」
「いや、マザーたちはゆっくりしててくれ。掃除は俺たちで済ませちまうからさ」
「えー、このままのほうが、かっこいいよ」
「いーやー」
「なあ、たんけんしようぜ、たんけん」
「おー、いいな」
「掃除の終わってない部屋は危ないから入っちゃダメよ」
「うっせぇ」
「あはははは」
「はいはい、みんな~。勝手をしてはいけませんよぉ~」
「えー」
「たんけんしたい」
「あら~、ワタシと一緒ではダメかしらぁ~?」
「そんなことないよ」
「マザーといっしょがいい」
「ねえ、どのへやでねるの?」
「じゃあ、一緒に色々と見て回りましょうかぁ~」
「「はーい」」
マザーが子供たちを連れ立って、中へと入ってゆく。
「アタシの言うことなんか、聞きゃしないわね」
「なめられてる証拠だな。甘く見てると痛い目を見るぜ」
「子供って加減が分からないのよねぇ」
「そういや、抱き上げるのも苦戦してたな。猫を飼ってたんじゃなかったのかよ?」
「抱こうとすると、引っ掻いてくるのよ」
猫にすら懐かれてねぇのか。
こりゃ、前途は多難だな。
「そんなことより、掃除よ掃除。窓が割れてる部屋を優先して片付けるわよ」
「あいよ」
柄にも無く張り切ってるな。
いい刺激になってんのかね。
「あ、あのぉ、皆さんが戻られたみたいですよ」
「お、そうか。今行くよ」
急いで建物から出ると、先生たちが集結していた。
足元には持ってきた荷物が詰まれている。
「手伝ったほうが良いか?」
「いや、このぐらい俺らで何とかするさ。それより、食事を用意してある。良ければ食べて行ってくれ」
「ほう、ならば馳走になろう」
「先に言っとくが、質より量を優先してあるからな」
「味に文句を言うのは小僧のほうだったろうが」
「あのなぁ、肉は生じゃ食わねぇんだよ」
「そんなわけがあるか。先代も頭も、普通に食べておったわ」
「なら、仲間に聞いてみりゃいいだろ」
「ヌシらはどうだ? 肉は生に決まって──」
「普通は焼くでしょう。生では危険です」
「姉御たちは胃袋がおかしいッス。そんな真似したら、トイレ直行ッス」
「むう。存外に変わり者が多い。これでは参考にならん」
全却下かよ。
「しかしそうか。用意した食事を口にしなかったのは、そういう理由だったか」
「いやまあ、反抗心が無かったわけでもねぇがな」
「そうか…………そうか……」
「んだよ、気持ちわりぃな。俺は掃除に戻るぜ」
「あの狭さでは叶わんかったが、此処ならば良いだろう。偶に部屋を借りるとしよう」
「何でだよ。帰れよ」
「姉御だけズルいッスよー」
「ですね。貢献した皆に権利があって然るべきかと」
「ねぇよ。オマエらも勝手なこと抜かすな」
「いーけーずー」
「ケチくさい。いえ、まさか……見られて困るモノでもあるのでは?」
あーもう、めんどくせぇなぁ。
「歓迎するとは思うなよ」
皆が寝静まったころ、マザーと二人きりで話をする。
「何だか、信じられないことばかりですね」
「え?」
「坊やが久しぶりに顔を見せてくれたと思ったら、まさか新しい家に移り住むことになるなんて」
「……迷惑だったかな」
「いいえ、そんなことはありませんよ。ただ……そう、まるで夢でも見ているようで」
「もっと安全な場所なら良かったんだけどな」
「十分ですよ。ありがとう」
「……俺は何もできてねぇよ。仲間のお蔭なんだ。提案も金も、全部さ」
「この縁は、坊やが繋いでくれたものです。何を卑下することがあるのです」
「あれから変われちゃいねぇ。結局、他者を頼みにしちまってる」
「誰しも、独りでは生きられないものです。戒めるべきは、頼ることではなく、頼りきりになることではありませんか?」
「ダメなんだ。もっと強くならねぇと。もっと頑張らねぇと。全部、独りでできるように」
「あらあら、困った坊やね。誰に似てしまったのかしら」
「もっと此処を良くしてみせるからさ、待っててくれよ」
「あまり頑張り過ぎないでね。体を命を、大事にして頂戴」
「分かってるよ、マザー。俺は大丈夫だから」
とにかくこれで、時間の猶予はできた。
後は壁を造ればいいだけだ。
辺境伯を納得させて、魔術局へ要請を出せられれば。
そうすればもう、喪われずに済む。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




