29 故郷
「着いたか」
先生が幌馬車の前方を見据えて声を漏らす。
その言葉を聞き、反射的に身構える。
此処は他の地区とはわけが違う。
いつどこで魔獣と遭遇してもおかしくねぇ。
そんな場所なのだ。
「ふぅーん、何か想像してたより普通ね」
「ですね。もっと荒廃している印象を抱いていました」
「カカカ。噂は誇張されるものだからな」
「え? どういうこと?」
「東区全てが危険地帯というわけではないぞ。国境付近に近寄らん限りは、寝ている間に死ぬということもない」
「ざけんな。だったら俺の両親は死んでねぇだろうが」
「……そうだな。数や質によって、被害も当然変わる。だが、あれほどの被害は、そうそう起こるものではないのも事実だ」
「どうだかな。こっちの都合は関係ねぇだろ」
「えっと、つまり……安全なの? 危険なの? どっちよ?」
「「危険だ」」
先生とハモる。
「命が惜しくば、中央にすら近寄らぬことだ」
「先程は国境付近でなければ大丈夫と仰っていませんでしたか?」
「基本的にはな。しかし、常に例外は存在する。国境付近に獣人の集落が、中央は戦士団の居住区画となりつつある」
「……そうなのか?」
「小僧が此処を離れて何年経ったと思っている。より一般人への被害を減らせるようにと、皆が考え動いているとも」
以前は国境付近に戦士団が数組待機している程度だった。
それで対処できていたのだ。
あの時までは。
「けどよ、それじゃあまるで……」
まるで人間を盾代わりに、いや、壁代わりにしているようなもんじゃねぇか?
特に、獣人への被害が半端ねぇだろ⁉
「なあに、心配せずとも戦える者と戦えぬ者とで場所を分けてもある。それに、ヤツらは獣人を率先して狙ったりはしない」
「まさかとは思うが、先生の母親って」
「もちろん、その国境付近の集落にいるぞ。これから向かう場所でもある」
「──え? ちょっと待って。近づくなって言ってた場所よね?」
「そうだ。故に、途中で別れる」
「待ってください! それでは、西区から移動させないほうが、余程に安全だったではありませんか!」
「同胞を守るためだ。あの場では助けるにも遠過ぎる。近ければこそ、声も手も届くというものだろう」
ってことはだ。
子供を預ける場合、そんな危険極まりない場所へ行くわけだよな。
「せめて、どんな場所か確認しときてぇんだが」
「許可できんな。獣人以外が近づくのは危険だ。それこそ、ヤツらを招きかねん」
「……ねぇねぇ、さっきから言ってる”やつら”って何のこと?」
「そうか、それも教えておかねばいかんな。東区では、北から襲撃するモノをヤツらと呼んでいる。何分、元の呼び方には敏感になっているからな」
「襲撃とかの非常時だけでしか、元の呼び方はしねぇんだ。あの言葉は避難開始の合図でもある。間違っても、平時に町中で声に出したりすんなよ」
「気を付けてはみるけど、自信無いわよ」
「それだけ脅威に晒されている、というわけですね」
「例外として、組合内ならば問題ない。だがまあ、普段から呼ばぬよう気を付けておくと良いだろう」
「なあ、先生に会うにはどうしたらいいんだ?」
「組合に最低一人は仲間を常駐させている。その者に伝言を頼むことだ」
「分かった」
「ああそれと、養護院の場所は元のままだ。行くつもりなら気を付けろ」
「……そうか」
引っ越せるだけの金なんざねぇわな。
……無事でいるんだよな。
「では、ここらで別れるとするか。子供をどうするか決まったら連絡を寄越せ」
「ああ」
全員が馬車を降り、先生たちは更に東へと歩いてゆく。
あそこに並ぶ資格はねぇわけか。
相変わらず、俺は弱いな。
「えっとさぁ、結局、此処に来て何するんだっけ?」
「子供にどうするかを選ばせる。後は壁造りの試作と辺境伯へ面会だな」
「どうするかってのは?」
「獣人の集落へ行くか、俺たちと居るか、だ」
「じゅ、獣人の集落って、何処にあるんですか?」
さっきの話を聞いて……って、チビ助は後ろの馬車だったか。
「国境付近らしい。獣人以外はお断りだとよ」
「め、めちゃくちゃ危険じゃないですか」
「いえん?」
「……ワタシは反対です」
子供を背後から抱きしめてみせるエルフ。
選ばせるにしろ、まだ時期尚早か。
もっと言葉を覚えないとな。
「はいはい、こんな街路でする話でもないでしょ。宿を取りましょうよ」
「なあ、寄りてぇとこがあんだが」
「養護院でしょ? 付いてっていいの?」
「……中央にあるからな。安全とは言い切れねぇぞ」
「では、この子を同伴するのは危険ですね。再会の邪魔をしたくもありません。ワタシたちは遠慮しておきましょう」
「そ、そうですね」
「えー、アタシは行ってみたいんだけど」
「別に、付いて来ても面白いもんなんかねぇぞ?」
「そんなこと期待してないわよ。単なる興味本位ってだけ」
「そうかよ。なら二手に分かれるか。とはいえ、まずは宿を探さねぇとだな」
「養護院に泊めてもらえばいいじゃない」
「できるだけ負担はかけたくねぇんだよ。食事だってタダってわけにゃいかねぇんだぞ」
できれば金を渡したいほどなんだが。
如何せん大した額でもねぇし、これは仲間との共有財産だ。
俺が勝手に使うわけにもいかねぇ。
「そっか。それもそうね」
「ひ、東区にはウチも何度か来たことがあります。や、宿ならウチが──」
「待て。チビ助が選ぶと値段が高過ぎる」
「は、はうぅ⁉」
「せめて銅貨で泊まれるとこを探すぞ」
エルフたちと別れ、人通りが少ない方向へと進んで行く。
町並みに見覚えは無い。
別物、異物、そんな感じだ。
俺にとっての故郷ってのは、もう養護院だけなのかもしれねぇ。
「やっぱり普通の町よね」
「……どんな想像してたんだよ」
「アンタが廃墟や瓦礫ばっかりなんて言うからよ」
「養護院の周囲は、そんな感じだったんだよ」
「……そんな場所に建ってて大丈夫なの?」
「中央から流れてきてる分、ここらの建物の密集具合が半端じゃねぇ。需要があるってことは、それだけ値段も高くなる」
「お金の問題ってこと?」
「まあな。一応は貴族からの寄付金やら、先生の支援やらで運営してはいるっぽいがな。余裕はねぇさ」
「養護院とあの獣人って、どんな関係なわけ?」
「先生とマザーが友達なんだよ。あーいや、正確には先生の母親とってことになるのか」
「まざー、って誰よ?」
「養護院を運営、管理している人だ。勝手にそう呼んでるだけだがな」
「ふーん」
人通りは疎らに。
まるで境界線でも敷かれているかのように、ある地点を境として、町の造りが全くの別物へと変わる。
「これって……」
「皆、逃げ出したのさ」
遠目からでは分かり辛い。
だが、これだけ近づけば嫌でも分かる。
無人の廃墟。
道も建物も、罅割れ、朽ち始めている。
そこら中に植物の蔦や根が浸蝕しており、とても直前までの町よりも栄えていたとは思えやしねぇ。
戦士団が住んでるとか言ってたが、まともな家なんぞ残ってんのかねぇ。
「こんな場所に人が住んでるの……?」
「おい、足元に気を付けて歩けよ」
「これじゃあ、馬車も通れそうにないわね」
「ここら辺はまだマシなほうさ。奥に行けば、戦闘の痕跡なんかも見えてくる」
急に暗さが増したようにも感じる。
周囲に反響するのは、何かの動物の鳴き声か。
「王国にこんな場所があるなんて……」
「だから壁が必要なんだよ。ヤツらが二度と入って来れねぇようにな」
「例えばさぁ、瓦礫を集めて壁の代わりにはできないのかしら」
「人間相手にはそれで十分かもしれねぇが、ヤツらには何の意味もねぇのさ。オマエにもすぐに分かる」
「何よ? どういうこと?」
それには応えず悪路を進む。
やがて、とある光景が目に飛び込んで来た。
「何よ……これ……」
「ヤツの通った跡さ。木も石も金属も関係ねぇんだ。全部がこうなっちまう」
町が切断されている。
そう表現できるほど、建物が抉られた光景が一直線に続いている。
「ヤツらは全身が凶器みてぇなもんだ。歯も足も尻尾も、それこそ生えてる毛ですらな」
「毛? 毛なんかが凶器になるの?」
「見えるか、あの残骸」
「どれのことよ。全部似たようなもんじゃない」
「もうちっと近づいてみっか」
抉り取られた建物の群れ。
不自然な縦の断面が、幾つも連なっている。
「これがどうかしたの?」
「毛が通過したんだ」
「はあぁ? どう見ても切断されてるじゃない」
「そうだ。毛に触れただけでも、こうなっちまうんだよ」
「……冗談でしょ」
「学院で習った防衛術なんざ、役に立つわけもねぇ。全ては一瞬で終わっちまうんだからな」
「ね、ねぇ、こんな場所に居て大丈夫なわけ⁉ いきなり物陰から現れたりとかしないでしょうね⁉」
「この辺りはまだ、瓦礫が多く残ってる。ヤツが動けば、破壊音が響くはずだ」
「何よ、そのとんでもな判別方法は」
「視認できる距離なら、ほぼ即死だ。音や振動に気を配っておけ」
「……ハァッ、付いて来るんじゃなかったわ」
瓦礫を左側に置き、更に進んで行く。
懐かしいな。
ようやく帰って来たって感じがする。
飾り気の無い、一階建ての石造りの建物。
申し訳程度の塀の中には、幾つもの花が咲いている。
「壊れては……無いみたいね」
「ああ」
「で? 入らないの?」
「あーッ! だれかいるー!」
「キャッ⁉」
「おいバカ、おおごえだすなよ」
「ヤベッ、ご、ゴメン」
……見覚えはねぇな。
ってことは新入りか?
「よう、邪魔するぜ」
「じゃますんならかえれよ。ぬすめるもんなんざねぇぞ」
「うわー、この口調、まるっきり、ちっさいアンタだわ」
「うっせぇ」
「マザー、へんなヤツがいえのまえにいるよー」
う、今更緊張してきやがった。
「まあまあ、どちら様かしら~。食料を配達しに来てくれた方ではなくて~?」
「ちがうよー。はじめてみるヤツだもん」
「お客様なんて珍しいわねぇ~」
建物から出てくる女性。
綺麗な黒髪だったはずが、少し白髪が混じり始めている。
それでも分かる。
分かってしまう。
見間違えるはずがねぇ。
「あら? あらあらまあまあ」
「……ただいま、マザー」
「お帰りなさい、随分と背が伸びたのねぇ。一瞬、誰だか分からなかったぐらいよ」
「マザーは変わらないな」
「そうかしら? もうすっかりおばあちゃんよ」
「そんなことないよ! マザーはすっごくきれいで、わかいよ!」
「だから、おおごえだすなってば」
「ご、ゴメン」
「ふふふ。それで、今日はどうしたの? あら? そう言えば、学院は?」
「たいが──卒業したんだ。今は仲間と一緒に戦士団をやってる」
「お隣のお嬢さんがそうなのかしら? 初めまして。仲良くしてやってくださいね」
「あ、はい、あの、初めまして。いつもお世話になってます」
「お話する時間はあるかしら? 良ければ中に入って、ゆっくりしていって頂戴な」
「いや、今日は顔を見に来ただけなんだ。話なら、また日を改めてしに来るよ」
魔獣は魔術師を狙う。
魔術に反応する。
そんな情報を知っていて、一緒に居ることなんざできるわけがねぇ。
本当の意味でこの家に帰ってくることは、もうできねぇんだな。
「そうなの? 残念だけど、引き留めるのも悪いかしらね。またいつでも来て頂戴」
「ああ。くれぐれも気を付けて」
「ええ、分かっているわ」
早くこんな場所からは移住させてやりてぇ。
魔獣に怯えずに済む、安全な場所へと。
金だ。
金さえあれば。
もしくは、頑強な壁を造り出すことができたならば。
すべきことは変わらねぇ。
いつか必ず、救ってみせる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




