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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
五章 一周目 故郷
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29 故郷

「着いたか」



 先生がほろ馬車の前方を見据えて声を漏らす。


 その言葉を聞き、反射的に身構える。


 此処は他の地区とはわけが違う。


 いつどこで魔獣と遭遇してもおかしくねぇ。


 そんな場所なのだ。



「ふぅーん、何か想像してたより普通ね」


「ですね。もっと荒廃している印象を抱いていました」


「カカカ。噂は誇張されるものだからな」


「え? どういうこと?」


「東区全てが危険地帯というわけではないぞ。国境付近に近寄らん限りは、寝ている間に死ぬということもない」


「ざけんな。だったら俺の両親は死んでねぇだろうが」


「……そうだな。数や質によって、被害も当然変わる。だが、あれほどの被害は、そうそう起こるものではないのも事実だ」


「どうだかな。こっちの都合は関係ねぇだろ」


「えっと、つまり……安全なの? 危険なの? どっちよ?」


「「危険だ」」



 先生とハモる。



「命が惜しくば、中央にすら近寄らぬことだ」


「先程は国境付近でなければ大丈夫と仰っていませんでしたか?」


「基本的にはな。しかし、常に例外は存在する。国境付近に獣人の集落が、中央は戦士団の居住区画となりつつある」


「……そうなのか?」


「小僧が此処を離れて何年経ったと思っている。より一般人への被害を減らせるようにと、皆が考え動いているとも」



 以前は国境付近に戦士団が数組待機している程度だった。


 それで対処できていたのだ。


 あの時までは。



「けどよ、それじゃあまるで……」



 まるで人間を盾代わりに、いや、壁代わりにしているようなもんじゃねぇか?


 特に、獣人への被害が半端ねぇだろ⁉



「なあに、心配せずとも戦える者と戦えぬ者とで場所を分けてもある。それに、ヤツらは獣人を率先して狙ったりはしない」


「まさかとは思うが、先生の母親って」


「もちろん、その国境付近の集落にいるぞ。これから向かう場所でもある」


「──え? ちょっと待って。近づくなって言ってた場所よね?」


「そうだ。故に、途中で別れる」


「待ってください! それでは、西区から移動させないほうが、余程に安全だったではありませんか!」


「同胞を守るためだ。あの場では助けるにも遠過ぎる。近ければこそ、声も手も届くというものだろう」



 ってことはだ。


 子供を預ける場合、そんな危険極まりない場所へ行くわけだよな。



「せめて、どんな場所か確認しときてぇんだが」


「許可できんな。獣人以外が近づくのは危険だ。それこそ、ヤツらを招きかねん」


「……ねぇねぇ、さっきから言ってる”やつら”って何のこと?」


「そうか、それも教えておかねばいかんな。東区では、北から襲撃するモノをヤツらと呼んでいる。何分、元の呼び方には敏感になっているからな」


「襲撃とかの非常時だけでしか、元の呼び方はしねぇんだ。あの言葉は避難開始の合図でもある。間違っても、平時に町中で声に出したりすんなよ」


「気を付けてはみるけど、自信無いわよ」


「それだけ脅威に晒されている、というわけですね」


「例外として、組合内ならば問題ない。だがまあ、普段から呼ばぬよう気を付けておくと良いだろう」


「なあ、先生に会うにはどうしたらいいんだ?」


「組合に最低一人は仲間を常駐させている。その者に伝言を頼むことだ」


「分かった」


「ああそれと、養護院の場所は元のままだ。行くつもりなら気を付けろ」


「……そうか」



 引っ越せるだけの金なんざねぇわな。


 ……無事でいるんだよな。



「では、ここらで別れるとするか。子供をどうするか決まったら連絡を寄越せ」


「ああ」






 全員が馬車を降り、先生たちは更に東へと歩いてゆく。


 あそこに並ぶ資格はねぇわけか。


 相変わらず、俺は弱いな。



「えっとさぁ、結局、此処に来て何するんだっけ?」


「子供にどうするかを選ばせる。後は壁造りの試作と辺境伯へ面会だな」


「どうするかってのは?」


「獣人の集落へ行くか、俺たちと居るか、だ」


「じゅ、獣人の集落って、何処にあるんですか?」



 さっきの話を聞いて……って、チビ助は後ろの馬車だったか。



「国境付近らしい。獣人以外はお断りだとよ」


「め、めちゃくちゃ危険じゃないですか」


「いえん?」


「……ワタシは反対です」



 子供を背後から抱きしめてみせるエルフ。


 選ばせるにしろ、まだ時期尚早か。


 もっと言葉を覚えないとな。



「はいはい、こんな街路でする話でもないでしょ。宿を取りましょうよ」


「なあ、寄りてぇとこがあんだが」


「養護院でしょ? 付いてっていいの?」


「……中央にあるからな。安全とは言い切れねぇぞ」


「では、この子を同伴するのは危険ですね。再会の邪魔をしたくもありません。ワタシたちは遠慮しておきましょう」


「そ、そうですね」


「えー、アタシは行ってみたいんだけど」


「別に、付いて来ても面白いもんなんかねぇぞ?」


「そんなこと期待してないわよ。単なる興味本位ってだけ」


「そうかよ。なら二手に分かれるか。とはいえ、まずは宿を探さねぇとだな」


「養護院に泊めてもらえばいいじゃない」


「できるだけ負担はかけたくねぇんだよ。食事だってタダってわけにゃいかねぇんだぞ」



 できれば金を渡したいほどなんだが。


 如何せん大した額でもねぇし、これは仲間との共有財産だ。


 俺が勝手に使うわけにもいかねぇ。



「そっか。それもそうね」


「ひ、東区にはウチも何度か来たことがあります。や、宿ならウチが──」


「待て。チビ助が選ぶと値段が高過ぎる」


「は、はうぅ⁉」


「せめて銅貨で泊まれるとこを探すぞ」






 エルフたちと別れ、人通りが少ない方向へと進んで行く。


 町並みに見覚えは無い。


 別物、異物、そんな感じだ。


 俺にとっての故郷ってのは、もう養護院だけなのかもしれねぇ。



「やっぱり普通の町よね」


「……どんな想像してたんだよ」


「アンタが廃墟や瓦礫ばっかりなんて言うからよ」


「養護院の周囲は、そんな感じだったんだよ」


「……そんな場所に建ってて大丈夫なの?」


「中央から流れてきてる分、ここらの建物の密集具合が半端じゃねぇ。需要があるってことは、それだけ値段も高くなる」


「お金の問題ってこと?」


「まあな。一応は貴族からの寄付金やら、先生の支援やらで運営してはいるっぽいがな。余裕はねぇさ」


「養護院とあの獣人って、どんな関係なわけ?」


「先生とマザーが友達なんだよ。あーいや、正確には先生の母親とってことになるのか」


「まざー、って誰よ?」


「養護院を運営、管理している人だ。勝手にそう呼んでるだけだがな」


「ふーん」



 人通りはまばらに。


 まるで境界線でも敷かれているかのように、ある地点を境として、町の造りが全くの別物へと変わる。



「これって……」


「皆、逃げ出したのさ」



 遠目からでは分かり辛い。


 だが、これだけ近づけば嫌でも分かる。


 無人の廃墟。


 道も建物も、罅割れ、朽ち始めている。


 そこら中に植物のつたや根が浸蝕しており、とても直前までの町よりも栄えていたとは思えやしねぇ。


 戦士団が住んでるとか言ってたが、まともな家なんぞ残ってんのかねぇ。



「こんな場所に人が住んでるの……?」


「おい、足元に気を付けて歩けよ」


「これじゃあ、馬車も通れそうにないわね」


「ここら辺はまだマシなほうさ。奥に行けば、戦闘の痕跡なんかも見えてくる」



 急に暗さが増したようにも感じる。


 周囲に反響するのは、何かの動物の鳴き声か。



「王国にこんな場所があるなんて……」


「だから壁が必要なんだよ。ヤツらが二度と入って来れねぇようにな」


「例えばさぁ、瓦礫を集めて壁の代わりにはできないのかしら」


「人間相手にはそれで十分かもしれねぇが、ヤツらには何の意味もねぇのさ。オマエにもすぐに分かる」


「何よ? どういうこと?」



 それには応えず悪路を進む。


 やがて、とある光景が目に飛び込んで来た。



「何よ……これ……」


「ヤツの通った跡さ。木も石も金属も関係ねぇんだ。全部がこうなっちまう」



 町が切断されている。


 そう表現できるほど、建物が抉られた光景が一直線に続いている。



「ヤツらは全身が凶器みてぇなもんだ。歯も足も尻尾も、それこそ生えてる毛ですらな」


「毛? 毛なんかが凶器になるの?」


「見えるか、あの残骸」


「どれのことよ。全部似たようなもんじゃない」


「もうちっと近づいてみっか」



 抉り取られた建物の群れ。


 不自然な縦の断面が、幾つも連なっている。



「これがどうかしたの?」


「毛が通過したんだ」


「はあぁ? どう見ても切断されてるじゃない」


「そうだ。毛に触れただけでも、こうなっちまうんだよ」


「……冗談でしょ」


「学院で習った防衛術なんざ、役に立つわけもねぇ。全ては一瞬で終わっちまうんだからな」


「ね、ねぇ、こんな場所に居て大丈夫なわけ⁉ いきなり物陰から現れたりとかしないでしょうね⁉」


「この辺りはまだ、瓦礫が多く残ってる。ヤツが動けば、破壊音が響くはずだ」


「何よ、そのとんでもな判別方法は」


「視認できる距離なら、ほぼ即死だ。音や振動に気を配っておけ」


「……ハァッ、付いて来るんじゃなかったわ」



 瓦礫を左側に置き、更に進んで行く。






 懐かしいな。


 ようやく帰って来たって感じがする。


 飾り気の無い、一階建ての石造りの建物。


 申し訳程度の塀の中には、幾つもの花が咲いている。



「壊れては……無いみたいね」


「ああ」


「で? 入らないの?」


「あーッ! だれかいるー!」


「キャッ⁉」


「おいバカ、おおごえだすなよ」


「ヤベッ、ご、ゴメン」



 ……見覚えはねぇな。


 ってことは新入りか?



「よう、邪魔するぜ」


「じゃますんならかえれよ。ぬすめるもんなんざねぇぞ」


「うわー、この口調、まるっきり、ちっさいアンタだわ」


「うっせぇ」


「マザー、へんなヤツがいえのまえにいるよー」



 う、今更緊張してきやがった。



「まあまあ、どちら様かしら~。食料を配達しに来てくれた方ではなくて~?」


「ちがうよー。はじめてみるヤツだもん」


「お客様なんて珍しいわねぇ~」



 建物から出てくる女性。


 綺麗な黒髪だったはずが、少し白髪が混じり始めている。


 それでも分かる。


 分かってしまう。


 見間違えるはずがねぇ。



「あら? あらあらまあまあ」


「……ただいま、マザー」


「お帰りなさい、随分と背が伸びたのねぇ。一瞬、誰だか分からなかったぐらいよ」


「マザーは変わらないな」


「そうかしら? もうすっかりおばあちゃんよ」


「そんなことないよ! マザーはすっごくきれいで、わかいよ!」


「だから、おおごえだすなってば」


「ご、ゴメン」


「ふふふ。それで、今日はどうしたの? あら? そう言えば、学院は?」


「たいが──卒業したんだ。今は仲間と一緒に戦士団をやってる」


「お隣のお嬢さんがそうなのかしら? 初めまして。仲良くしてやってくださいね」


「あ、はい、あの、初めまして。いつもお世話になってます」


「お話する時間はあるかしら? 良ければ中に入って、ゆっくりしていって頂戴な」


「いや、今日は顔を見に来ただけなんだ。話なら、また日を改めてしに来るよ」



 魔獣は魔術師を狙う。


 魔術に反応する。


 そんな情報を知っていて、一緒に居ることなんざできるわけがねぇ。


 本当の意味でこの家に帰ってくることは、もうできねぇんだな。



「そうなの? 残念だけど、引き留めるのも悪いかしらね。またいつでも来て頂戴」


「ああ。くれぐれも気を付けて」


「ええ、分かっているわ」



 早くこんな場所からは移住させてやりてぇ。


 魔獣に怯えずに済む、安全な場所へと。


 金だ。


 金さえあれば。


 もしくは、頑強な壁を造り出すことができたならば。


 すべきことは変わらねぇ。


 いつか必ず、救ってみせる。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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