28 仲間の想い
「もう! こんな時間まで、何処ほっつき歩いてたのよ!」
「随分と捜したのですよ。詰め所に行っても、行き先までは知らないと言われてしまって」
「……そうか。心配かけて悪かったな」
宿に戻るなり、皆に囲まれた。
一緒に戻ってきたはずの先生は、いつの間にか姿が見えなくなっている。
多分、いらん気を回したんだろうな。
「だ、大丈夫ですか?」
「あいぉうう?」
「ああ。少し散歩してただけだ」
獣人の子供の頭を撫でてやる。
コイツの家族のような真似は、ぜってぇにしねぇ。
「……本当ですか? あまり顔色が優れないように見受けられますが」
「夜風に当たり過ぎたのかもな。風呂に入ったら、さっさと寝るさ」
「本当に大丈夫なのね?」
「ああ」
「では、詰め所での話を聞かせてもらえませんか? 何故か、憲兵に尋ねても答えてはもらえませんでしたので」
そりゃあ、俺が口止めしといたからな。
子供にあんな真実など語るべきではあるまい。
「もう夜も遅い。それについては明日にしねぇか」
「ですが……」
「それよか、明日からの予定について、先に決めちまいてぇんだが」
「ならばなおのこと、詰め所での話を聞かねば、決められないではありませんか」
チッ、流石に強引過ぎたか。
「──騒々しいと思って見に来てみれば、こんな所に集まってどうした?」
「さ、騒がしくしてしまって、すみません」
「先生」
先に部屋に戻ったのかと思ってたが、近くで隠れてやがったのか。
「ほう、小僧が戻ったのか。仲間に心配をかけるでない」
「ああ」
「早く寝ないと、明日に響くぞ。もし起きられねば、置いていくからな」
「……え? 王都で別れるって話じゃなかった?」
「そうなのか? 先程小僧と──」
「ゴホゴホ! あ”ー、体を冷やし過ぎたかもしれねぇな。喉が変な感じだ」
あれほど念押ししといたってのに、口を滑らせやがって!
相変わらずの忘れ癖かよ!
これ以上は、本当に余計なことまで喋りかねん。
さっさと解散させねぇとマズい。
「うー! あいぉうう いあう!」
「あ? 何だって?」
「大丈夫、違う、と言っています」
えぇーとつまり?
大丈夫ってのを否定してるってことか?
「何だ小僧、体調が優れんのか?」
……アンタの所為で、そういうことになった感じだよ。
「あーもう! 結局、何をどうすればいいわけ⁉」
「あ、あんまり大声出すのは。ほ、他の方の迷惑になりますよぅ」
「仕方ありません。大事を取って、明日もう一日、王都に滞在を──」
この流れはマズい!
最大級の眼力で以て、先生へと目配せする。
「……ふむ? お、おお、そうだった。同胞の家族を捜すならば、先代を頼るといいだろう」
「はぁ、そうなのですか? ……それで、せんだいとは?」
「先生の母親のことだ。馬車で聞いてなかったか? 何でも、獣人の集落みてぇなのを、東区で形成してるらしい」
「先代を慕う者は多い。同胞を捜すとなれば、必ずや力になるだろう」
まあ実際は、もう捜すつもりはねぇんだが。
子供を捨てるような輩は、親でも何でもねぇ。
ただのクズだ。
集落に留まることを望むか、俺たちと居ることを望むか。
コイツの選択次第で、身の振り方も変わってくる。
とはいえ、当初の目的地は東区だったわけで。
壁を建造する目処が立つまでは、離れるつもりはねぇがな。
「じゃあ、南行きは取り止めて、東行きに同行するってこと?」
「最短はそれだろうな」
「まあ、早く見つかるに越したことはないと思うけど」
「何か隠しごとをしていますよね?」
「……まだ言ってねぇことはある。今度話すよ」
「フゥ―。明日また馬車での移動が待っているというなら、そろそろ寝たほうが良いですね」
「な、なら東行きで決定ですかね」
「もうそれでいいんじゃない。少しでも寝ておきましょ」
「えう?」
「はい、もう寝ましょう」
どうにか切り抜けられたか。
……明日、馬車の編成を変えてもらって、話をしとくべきか。
やれやれ、今から胃が痛いこった。
「おやすみ~」
「おやすみなさい」
「おあうい」
「お、おやすみなさいですぅ」
「ああ、おやすみ」
「うむ。夜這いなどせんようにな」
「アホか。一言余計なんだよ。っと待ってくれ、明日の馬車なんだが──」
幌馬車の中には、獣人の子供を除いた仲間全員が集まっていた。
チビ助をこっちへ、先生には後ろの馬車へと移動してもらった形だ。
「あーあ、今日は話を聞けそうにないわね」
「オマエなあ。人の過去を娯楽にすんな」
「何よ、別にいいじゃない。減るもんでもないでしょ」
「なら、オマエの母親から、子供のころの話を聞かされてるのを、黙って見てられるか?」
「嫌よ!」
「分かったか? そんな気分なんだよ」
「アタシじゃなきゃ構わないわ」
理不尽極まりねぇな。
「この顔ぶれということは、詰め所での話を聞かせてもらえると考えて良いのですよね」
「……ああ、そのつもりだ。予め言っとくが、気分のいい話じゃねぇぞ」
「は、はうぅ、緊張してきました」
「フン、そんなの、昨晩の様子から何となく察してたわよ」
「ですね。それほどまでに、アナタの表情は優れませんでしたから」
「オマエら……」
「す、すみません、ウチは気が付いてませんでした」
「気にすんな。んじゃ、話すぞ」
話し終えると、馬車の発する音とチビ助の嗚咽だけが残った。
母性を発揮したらしいエルフが、抱きしめてあやしている。
誰も何も言わず、時間だけが過ぎてゆく。
昼休憩として、馬宿で停車するまで、その状態が続いた。
「随分と暗いな。話したのか?」
「ああ」
馬宿で昼食を取る際、先生と少し離れた位置へ座った。
獣人たちのほうが、余程元気に見えるぐらいだ。
「優しい娘たちだな。良き母になってくれることを、願うばかりだ」
「何目線だよ」
「小僧も他人事ではあるまい」
「あ?」
「男としてのケジメはつけろよ」
「アホか。んな関係じゃねぇって言ってんだろ」
「自分はそう思っていても、相手までそうとは限らん。今は違っても、この先のことは分からんさ」
「いらん世話まで焼いてくんな」
「養護院に顔を出すつもりがあるなら、精々気を引き締めることだ」
「何でだよ」
「彼奴の前では態度が露骨に過ぎるからな」
「は、はあ⁉ な、何言い出してんだよ⁉」
「ほれみろ。容易く狼狽えおってからに」
いやいやいやいやいや。
マザーに惚れてるとか、そんなことはねぇ……はず……だよな……多分。
「そ、そんなわけねぇだろ。それこそ、親子ほども歳が離れてるっての」
「やれやれ、これは重症だな。娘共も苦労することだろう」
「勝手に決めつけんな!」
「まあ、それはいい。どうするかは話し合えたのか?」
「いや、話し終えてから、まだ一言も会話してねぇよ」
「流石にまだ難しいか。夜には話を聞いてやれ」
「わーってるよ」
「本当に分かっておるか? 一人ずつだぞ? 皆の前では吐き出せぬこともある」
「へいへい」
昔はこんなに干渉してこなかったよな。
いやまあ、物理的には過剰だったわけだが。
獣人は成長が早い。
逆を言えば、見た目に反して、精神的には未熟ってことになるわけか。
これも成長ってヤツなのかねぇ。
「……何だ、その無性にムカつく目付きは」
「いや別に」
「全く。彼奴の前では、別人のように振る舞いおる癖に」
「それをイジるのはもう止めろ」
「大丈夫か?」
「何がよ?」
馬宿から少し離れた夜の街道。
先生からのありがたい忠告に従い、個別に話を聞いてみることに。
が、予想に反して、反応は淡白なモノだった。
「人攫いの件だよ。あれからずっと黙ってただろ」
「だって、話をするような雰囲気じゃなかったし」
そういやコイツ、雰囲気を気にすることが多いよな。
「こう言うのは不謹慎かもだけど、別世界の話って感じがしたわね」
「そうなのか?」
「だって、アタシの当たり前とは全然違うんだもの。酷いとか可哀想とかも思うけど、一番はやっぱり、理解できないってことかな」
「そういうもんかね」
自分の環境とは余りにも違い過ぎて、想像が働いてねぇ感じなのか?
まあコイツの場合、母親からの愛情は注がれてた感じではあったか。
「だから、アタシなんかに構ってないで、他の子の所へ行ってあげなさいよね」
「……無理はすんなよ」
「平気、とは言えないけど、アタシは独りで大丈夫」
「何かあれば部屋を訪ねて来いよ」
「行かないわよ! 何されるか分かったもんじゃないわ」
それは流石に酷くねぇか?
「次はワタシの番というわけですか」
「次って何だよ。俺を監視でもしてんのか?」
「やはり、最初ではなかったのですね」
「……余計な鎌かけは止めろ」
「アナタがあのような表情をしていて良かった」
「あ? 突然何だよ」
「あのような事実、耳にするだけでも悍ましい。それに嫌悪を抱かぬ人ではないと分かって、少し安心しました」
「今までどんな風に……いや、聞かねぇほうが精神衛生上良さそうだな」
「答えてあげても構いませんが?」
「要らねぇよ」
「そうですか。それは残念です」
「それで、少しは落ち着いたのか?」
「まさか。今でも怒りでどうにかなってしまいそうです」
「俺はもう、家族を捜すつもりはねぇ」
「何故ですか⁉ 然るべき罰を下すべきです!」
「罰はあるべきなんだろう。だがそれは、俺やオマエが下すもんなのか?」
「では誰がやると言うのですか! 親たる資格の無い連中など、全て斬り捨ててしまえばいいのです」
「……まあ、偉そうなこと言っといてなんだが、俺も似たような考えは持ったがな」
「では!」
「なんつうか、それでも親は親だろ。何かするってんなら、俺たちじゃなく、実の子供がやるべきじゃねぇのか。とはいえ、別に殺せって意味じゃねぇがな」
「あの子に、いえ、彼ら彼女らにそのような真似はさせられません。その事実すら知るべきとは思えません。ただ傷付くだけではありませんか」
「実際、どうしたもんか悩んでもいる。どうするか選ぶのは本人だ。知った上でこそ、選ぶべきなんだろうが」
「あのような事実を知らせると言うのですか⁉」
「今の状態じゃ無理だろ。せめて、もっと言葉を理解できるようになるまでは待たねぇと」
「……それまでの間、あの子は?」
「例の集落で預かってもらうか、俺たちが面倒を見続けるか。ま、本人次第だな」
「それも選ばせると? あの子に?」
「何が幸いかは、本人にしか分からねぇ。一応言っとくが、これは俺の意見だ。勝手に決めたりはしねぇさ」
「ワタシは反対です」
「それならそれで構わねぇさ。但し、親を殺しに行くってのだけは無しだ」
「確約はしかねます。もしまたあの子の前に姿を現わすようなことがあれば、その時は……」
「少しは落ち着いたか?」
「は、はい」
あの後も泣いたのだろう。
この分じゃ、明日にも瞼が腫れあがってるな。
「い、今でも信じられません。し、信じたくありません」
「そう思って当然かもな」
「ひ、酷過ぎます、あんまりです」
「そうだな。知らねぇなら、知らねぇままのほうがいいのかもな」
「あ、あの子は知ってるのでしょうか」
「……どうだろうな。もっと会話が通じるようになれば、確認のしようもあるが」
碌に喋れない状態から察するに、会話は余り行われていない環境が想定できる。
5年前後、か。
ずっとそうだったかまでは分からねぇが、あの痩せ具合だ。
もしも状況を理解していたなら……。
「う、ウチたちにできることは、あるんでしょうか」
「人身売買のルートは潰せた……はずだ。親たちへの対応は、先生のほうでも動いてくれるみてぇだが」
「し、商会がもっとちゃんとしてれば」
「俺が無理矢理に連れてきちまったわけだが、オマエはどうしたい?」
「え? ど、どういう意味ですか?」
「今後についてだ。壁に関しちゃ、魔術を実演してみせなくても、説得ぐらいは何とかなんだろ」
「じゃ、じゃあ、ウチは必要ないってことですか?」
「そういう意味じゃねぇ。協力してくれるなら大助かりだ。けどな、これは俺のやりたいことだ。オマエのやりたいことを潰してまで、すべきことじゃねぇ」
「う、ウチのやりたいこと……」
「ああ。商会について思うところがあるなら、やってみりゃいい。別に追い出すって意味じゃねぇぞ」
「す、すぐには考えが纏まりそうにありません」
「それもそうだな。すまねぇ、話を聞いてやるつもりが、余計悩ませちまったか」
「い、いえそんな」
「いつでもいい。結論を出す前に相談だって聞いてやる。ただ、よく考えておいてくれ」
「が、頑張ってみます」
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