27 家族
チビ助の両親に会うことも叶わぬまま、先生たちに合流し西区を後にした。
幌馬車は2台。
後方に先生の戦士団2名と、護衛対象の獣人5名、加えて子供の獣人に獣人大好きのチビ助が。
前方に先生や俺たちという、明らかに1台余分な編成である。
「あの子が馬車の揺れで気持ち悪くなってはいないでしょうか」
「偶には子離れしたら?」
「何を言うのですか。既に3日ほども離れていたばかりなのですよ」
「はいはい、そうだったわね」
端に腰かけ、しきりに後ろを気にするエルフ。
そちらを、興味深そうに眺めている先生。
「随分と子供にご執心のようだな。エルフにしては珍しい」
「やっぱ、そういうもんなのか?」
最初に会ったころを思い出す。
エルフは獣人を快く思っちゃいねぇ印象はあったが。
「昔、南にも行ったことがあるが、中々に酷い言われようだったな」
「昔って、いつのことだよ」
「小僧と会う以前の話だ。先代に連れられ、色々と見て回っていたからな」
元々戦士団の長は先生の父親だったはず。
ってか戦士団自体が、父親のハーレムっつってたか。
んで、死んだ父親の代わりに、母親が長になって、それが先代だったよな。
「北区の話も、そんときのか?」
「そうだ。先代が現地の戦士団の代表と一戦交えた」
「……いや、その話は聞いてねぇな」
戦士団の代表って、例の最強云々のヤツだよな?
時期的に考えて、野郎とは別人かねぇ。
「先代が勝てなかったのは、頭以来のことでな。危うく弟か妹ができるところだった」
何だそりゃ、話の展開に付いてけねぇんだが。
頭ってのは、父親のことだよな?
「いちいち、呼び方がややこしいんだよ」
「ふむ? そうか? ワシは気にならんが」
「そりゃそうだろうよ」
「まあなんだ。家族としてよりも、戦士団としてのほうが馴染み深いからな」
「先生の母親は元気にしてんのか?」
「無論だ。今回の目的地も、先代の所だしな」
「……マジかよ」
先生に輪をかけて豪快な人だからな。
弱ってる獣人を連れてって大丈夫なのか心配なんだが。
「養護院の真似事でもしてんのか?」
「うーむ、違うと思うぞ。アレは先代を慕った連中が集まってできた、集落みたいなものだろう」
学院に行ってる間に、そんなヤベェ勢力が形成されてやがったのか。
「んな場所に連れてって大丈夫なのかよ」
「カカカ。おかしなことを言う。ワシの戦士団よりも余程に強かろう。つまりは、それだけ安全というわけだ」
「そこに強さは必要か?」
「呆けたか、小僧。あそこは死地だ。強さなくして、生き延びることは叶わん」
……そうか、そうだったな。
死と隣り合わせ、それこそが日常だった。
「わりぃ、間の抜けたことを言っちまった」
「分かったならいい。もし戻るつもりがあるなら、努々忘れぬな」
「ああ」
「今度は小僧の話を聞かせてくれ。学院とやらに行っておったのだろう?」
「大した話はねぇぜ」
「それでも構わんさ」
「そうかい。なら、そうだな……ああ、そういや、最初にドギツイのが──」
院外学習の話から始まり、決闘やら、今の仲間たちとの出会いらやを語ってゆく。
日々の殆どは授業。
特別な出来事など、ほんの僅か。
たかが5年分なんざ、思ったよりも呆気ねぇもんだ。
それでも、先生やマザーと過ごした期間よりも、ずっと長い。
こいつらと過ごした時間のほうが長いなんて、妙な感覚だ。
「──んで、戦士団を結成して初の依頼が、子供の救出だったわけだ」
「随分と背負い込んだな」
「あ? 子供のことか?」
「違う。仲間全員のことだ。小僧の浅はかな考えに、皆を巻き込んだその責、理解しているのか?」
「……浅はかな考えってのは、壁のことを言ってんのか?」
「それだけではない。戦士団のこともだ。聞くが、小僧が仲間を守れるのか?」
「何だよ急に」
「即答できんか。だろうな。強さも覚悟も無いのだろう」
「別に戦うために結成したわけじゃねぇよ」
「戯け。命を懸ける覚悟も無しに、安易に選択などするな」
偉そうに説教かよ。
ったく、めんどくせぇな。
「他者を頼みとはしないのだろう? ならば、自ら石を積み上げ、壁を築け」
「チッ」
「苛立つのは図星を突かれたが故。もう一度、何をすべきかよく考え直すことだ。取り返しのつかぬ事態を招く前にな」
睨み付けてやるも、動じるはずもない。
「あのさー、何か雰囲気悪いんですけどー」
「すまんな。つい熱が入ってしまった」
「いえ、家族を心配するのは当然かと」
「家族ではない。それを互いに望まんかったからな」
「おい! 余計なことまで口走んな!」
「……とまあ、事情が複雑でな。どうしても知りたければ、小僧の口を割らせることだ」
「ふーん、よく分かんないわね。まあいいわ。それより、昨日の続きを話してよ」
「昨日? はて、何を話したんだったか」
「彼の子供のころについて、大変興味深いお話を聞かせていただきました」
「そうだったか?」
「……ホントに覚えてないの? つい昨日のことなのに?」
「重要なことは忘れん。だが、それ以外はサッパリだな」
「そ、そう。周りが苦労しそうね」
「皆には苦労をかける。が、ワシは皆のために動く。家族というなら、戦士団こそが家族だ」
そうだ。
俺たちは家族なんかじゃねぇ。
俺の家族はもう死んだんだ。
代わりなんかいねぇし、要らねぇ。
夜になり、街道の馬宿に泊まる。
食事や風呂を終え、扉をノックする。
「──誰だ」
「俺だよ。今、話せるか?」
「小僧か。構わんぞ」
了承を得てから、部屋へと入る。
「他の連中は?」
「ワシの仲間のことか? 念の為、保護した者たちの見張り番にな」
「んだよ、逃げ出すとでも思ってんのか?」
「備えに過ぎん。それで、何を話す?」
外に声が漏れぬよう、扉から極力離れた場所に椅子を移動させ座る。
「……聞かれてはマズい話か」
「なあ、攫われた獣人に共通点はあったか?」
「全員に確認は取れておらん」
「あるのか、ねぇのか、どっちなんだよ」
「聞いた限りではあったな」
「混血か?」
「……そうだ。よく気が付いたな」
やっぱりか。
だがそうなると、分からねぇことがある。
連中はどうやって混血を見極めてたのかってことだ。
獣人に限った話でもねぇが、純血も混血も、見た目に違いはねぇってのに。
そもそも、街道で攫うって手法で、俺たちの偽装にすら引っ掛かってたぐらいだ。
判別なんざ、できてねぇはずなんだが。
「なあ、獣人同士なら、混血かどうか見極められるのか?」
「無理だな。当然、自分で気が付くことも不可能だ」
王都で尋問してみねぇと、これ以上は分かりようもねぇか。
「おい小僧。これ以上、この件に首を突っ込むな」
「あ?」
「小気味良い話ではない。恐らくは、な」
「そりゃそうだろ」
「知れば要らぬ傷を負う」
「……何か、思い当たる節でもあんだな」
「忠告はした。くれぐれも選択を誤らぬことだ」
つまり、喋るつもりはねぇってわけかよ。
「王都に着けば、すぐに分かるこった」
「やはり、そのための王都行きだったか。ならばせめて、独りで調べることだ」
「それも忠告ってわけかよ」
「明日はワシらも王都で一泊しよう。全てを知り得たなら、また訪ねてこい。まあ、言わずとも来るだろうがな」
回りくどい真似しやがって。
そんなに言い辛い事情があんのか?
……とにかく、家族を捜すためには、情報が必要だ。
ああ、くそったれ!
そういうことかよ!
それで捜索の依頼が無かったのか?
どんだけクズなんだ!
どいつもこいつも、気に入らねぇ!
夜気は熱を冷ましてなどくれやしない。
宿に戻る気も起きず、当所もなく町を彷徨う。
人を避けて歩き続ける内に、いつしか街道にまで出てしまっていた。
これからどうする。
関わった連中を見つけ出して捕まえるのか?
要らぬ傷、か。
それをすれば、子供も傷付ける。
どうすりゃいい。
何をしてやれる。
「──どうした。全て投げ出して、独りで逃げ出すつもりか?」
「放っといてくれ。今は先生とも話したくねぇ」
「帰りが遅いと、娘共が心配しておったぞ」
「そうかよ」
互いに無言。
距離は変わらず、時間だけが過ぎてゆく。
「人一倍家族想いだからこそ、知るべきでは無いと思ったのだ」
「うるせぇ。帰れ」
「ワシは家族ではない。仲間でもない。ただの他人だ。何を気遣う必要がある? 全て吐き出してしまえ」
この感情をぶつけるべき相手は、先生じゃねぇ。
離れるために、奥へと足を進める。
「やれやれ、ワシからも逃げるつもりか」
とにかく遠くへ。
今、口を開けば、何を言い出すか知れねぇ。
「忘れたか? ワシからは逃げられん」
「俺に構うな!」
正面に立ち塞がった人影に向け、叫ぶ。
「此処ならば、誰に聞かれることもない。安心しろ」
「俺は、俺は、先生にだって……」
「もう気を張る必要はない」
「あんなこと……していいはずが……」
「そうだな。全く酷い話だ。だが、そういう者も現実として存在する。悲しいことだがな」
「くそッ……ちくしょうッ……」
「小僧は間違ってなどおらん。その憤りは正しいとも。きっと、ご両親も誇りに思っておられる」
「ぢぐじょう……ぢぐッ、じょッ……えぐッ、うぐッ」
「さあ、吐き出してしまえ」
「……悪かったな」
「気にするな。ワシは気にしておらん」
何ともバツが悪い。
「特に人族が母親の場合に多いのだ」
「…………」
「己が子を、どうしても愛せない、とな」
「……くそだな」
「親とて所詮はただの人だ。好悪も当然ある。問題はその後の対応だろう」
人攫いなんか無かったのだ。
全ては仕組まれていたこと。
子を不要に思う親と、そこに付け込んだ奴等がいただけ。
獣人の子供を連れて、街道を歩くこと。
それが合図だったのだそうだ。
俺たちが襲われたのは、チビ助を子供と誤認したらしい。
「身勝手が過ぎるだろ」
「親になるのは簡単だ。しかし、親を務めるのは容易なことではない。とまあ、ワシも親になったことは無いがな」
「なあ、人族が悪いのか?」
「いいや、そんなことはない。獣人が母親の場合でも、あり得るようだしな。歪な家族としてあるよりかは、先代のように受け入れてやるのが良いのかもしれん」
「家族ってのは、そんなもんじゃねぇだろ」
「間違いはあっても、正解は無いのかもしれん。人の数だけ家族の形もあろう」
「んな言葉で納得できっかよ」
「そうだな。何とも軽い言葉だ」
あの日、助け出した姿を思い出す。
瘦せこけた体に、ボロボロの服。
あんな風に接するのが家族だと?
ふざけんな!
「問題はこれからだ。子供を手放す手段が無くなったと知れば、次に何をするか」
「チッ、くそったれな連中ばっかりかよ」
「悪態ばかりか。何の解決にも繋がらんな」
「……そうだな。わりぃ」
「子供のいる家族に対し、何かしら対応をせねばなるまい」
「できんのかよ」
「困難ではあっても不可能ではない。小僧の言う壁の建造とて、同じことでは無いのか?」
「何でもかんでも、一緒にすんな」
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