26 気がかり
結局、家族を見付けることは叶わなかった。
ある意味、見付からなかったことは幸いかもしれねぇが。
保護されていた獣人たちは、体調はもとより、精神的にかなり参っているようだった。
特に、地下室に監禁されていた者たちは、その傾向が顕著であり、日常生活にすら支障をきたしている様子。
男の接近はおろか、視界に入ることすら怖がっていた。
されていたことを考えれば、無理からぬこと。
もう解決したなどと、浅はかな考えに過ぎなかった。
本当の意味で一連の事件が解決するには、まだまだ時間を要するのだろう。
「まあ何だ、あまり気を落とすな。容易く心の傷が癒えんことぐらい、小僧もよく知っているだろ」
「俺とは状況がちげぇだろ。どっちがマシってこともねぇだろうがな」
「そうだな。しかしこの様子では、連れて行って良いものか迷うな」
誰かにとっての最善が、他の誰かにとっても最善とは限らねぇ。
俺が他者を拒んだように、彼ら彼女らも同じってわけでもねぇんだろう。
「先生でも迷うことがあんだな」
「当たり前だ。ワシでは彼奴のようにはできん」
「マザーのこと言ってんのか?」
「結局のところ、小僧を救ってみせたのは彼奴だ。ワシではなく、な」
「……別に、んなことねぇだろ」
「ふむ?」
「マザーには感謝してるさ。けどあの時、助けてくれたのは、確かに先生だったんだぜ」
いつもの日常が。
当たり前が。
一瞬で失われた。
奪われた。
ソレを目にしてなお、信じられなかった。
まさか自分たちの身に、そんな不幸が降りかかることがあるだなんて。
様々な感情が一気に押し寄せる。
死を待たずして心が壊れる。
その寸前、ほんの僅か手前で、先生が来てくれた。
「……そうか」
「ああ」
「そうかそうか。良いことを聞いた。帰ったら彼奴に自慢しておこう」
「ガキみてぇな真似すんな」
「どう受け止めるかは相手次第。ならば、節介だろうと手は差し伸べておくべきか」
獣人たちの元へとズカズカと近付く。
逃げ出す者、しゃがみ込む者、立ち竦む者、泣き出す者と、反応は様々。
そんな一人一人に対し、声を掛けてゆく。
「あーびっくりした。突然、何する気かと身構えちゃったわ」
「根は善人なのでしょう。悪意は感じられません」
「だ、大丈夫ですかね。さ、騒ぎになってますけど」
「……ふぅ、どうしたもんか」
「アンタの先生なんでしょ? 止めなくていいの?」
「アレならほっとけ。悩んでんのは次の行動についてだ」
「まだ、北区で保護した獣人が家族という線もあり得ますが」
「西区で待つか、先に東区で捜し始めるか。どうせいずれは東区に移送されるだろうしな」
「南区はどうなの? 獣人は住んでないの?」
「居ない、というわけではありませんが、数は少ないかと。ワタシもそうでしたが、エルフは獣人に対してああまり好意的ではありませんから」
「エルフが幅を利かせてるってわけ?」
「……表現に思うところはありますが、概ねその認識で間違いはないかと」
「意外だな。そんなに大勢もエルフが住んでるのか?」
「森から出て来たエルフ自体は少ないのでしょうが、人族との間に産まれる子供は、必ずエルフになりますから」
獣人と交われば獣人が、エルフと交わればエルフが産まれてくる。
とはいえ、獣人は混血を嫌う風潮があったはず。
加えて、寿命や老化の差もあるしな。
一生添い遂げるってのも難しいのかもしれねぇ。
東区でさえ、人族と獣人の婚姻は珍しかったほどだ。
まさか、この子供は混血だったりするのか?
それで虐待されてたのだとしたら……。
「じ、自分の子供として獣人やエルフが産まれてくるのは、不思議な感じがします」
「へぇー、じゃあ、お相手は獣人かエルフの予定なわけね」
「そ、そそそ、そういう意味じゃないですぅ」
「あっあ」
「ええ、顔が真っ赤ですね。ですが、指摘してはいけませんよ。彼女は恥ずかしがっているのですから」
「よ、余計に恥ずかしいですぅ~」
……話が進まねぇ。
まあ、俺も脱線したクチなわけだが。
「用事は済んだんだ。これ以上は邪魔になるだろ。一旦、戻ろうぜ」
戦士団の人に戻る旨を伝えてから、通用口へと向かった。
居間を借りて、今後についての話し合いを再開する。
「で、次にどうするかだが。留まるか、南経由で東に向かうか、直接東に向かうかの三択だ」
「何か増えたわね」
「増えましたね」
「ふ、増えてますぅ」
「南を経由しとけば、一応は全区を回ったことになるだろ」
「まさか、ワタシのために?」
「別にそれだけってわけじゃねぇ。可能性を潰しておくってことだ。多分だが、南には居ねぇと思うしな」
「居ないって思う根拠はあるわけ?」
「さっき言ってたろ? 獣人の住んでる数が少ねぇってよ」
「ええ、確かに言いましたが、それがどうかしたのですか?」
「少ないからこそ、行方不明は目立つだろ。隣接する区なら、捜索の依頼が来てもおかしくねぇ」
「い、言われてみると、そんな気もしてきました」
「東区で行方不明になったとしても、捜索の依頼ぐらい、出回るんじゃないの?」
「あっちで行方不明になる一番の理由は魔獣だ」
「そんなに酷いわけ?」
「廃墟に遊びに行ったきり、なんてのはザラだ」
「待ってください。人攫いは街道を狙っていましたよね? ならば状況が違うではありませんか」
「……そういやそうだな。連中をもっと問い詰めとくべきだったか」
連中と遭遇したのは、東区へと向かう街道だったか。
家族と一緒だったなら、尚更依頼が出回りそうなもんだが。
あの依頼自体は、憲兵からのものだったよな。
まさか、攫われた時点で、家族は殺されてるのか?
「まずは王都で再び尋問するべきではありませんか?」
「……あ? ああ、そうだな」
「確かにそうよね。最初っからそうしとけば、今頃は解決してたかもね」
「その分、他の獣人を助け出すまでの時間が伸びたことになります。ワタシたちの行動が無駄だったわけではありません」
「それもそうね」
相変わらず、すぐに意見を変えやがるな。
「で、では、次は王都に行くんですか?」
「王都からなら、何処に行くにしろ同じ距離よね」
「ですね。王都で得られた情報により、その次の目的地も決まると思います」
「なら決定だな。後はいつ出発するかだが」
「もうお昼過ぎだし、明日でいいんじゃない?」
「馬車で丸一日掛かるのですから、今から出発すれば、明日の昼には着けます」
「い、今からですか⁉ い、急いで準備してきますぅ~」
「待て待て。入館申請を取り消しに、詰め所に行っとかねぇと。後、組合の依頼書も確認しといたほうがいいだろ」
「ですが!」
「焦んなよ。犯人は捕まえてあるんだ。逃げやしねぇよ」
「車中泊はもう嫌よ。せめて宿で一泊しましょ」
「う、ウチも馬車で眠るのはちょっと」
「……分かりました。では明日朝一に出発ということで」
走行中の馬車で寝るのは、けっこうキツい。
子供なら、尚更だろう。
すんなりと折れてみせたのは、その辺りが要因かね。
用事を済ませて帰宅。
残念ながら、それらしい依頼は見当たらなかった。
あまり期待はしていなかったが、その分、嫌な想像が膨らむ。
どうにも妙だ。
事はあの子供だけに限らねぇ。
他の獣人にしても、捜索依頼が出ていてもおかしくは無いはず。
だが、それらしい依頼は見当たらねぇときたもんだ。
西区だから無いだけか?
それとも、他の地区でも同様なのか?
こりゃあ、思ってる以上に厄ネタかもな。
自分に宛がわれた部屋へと戻る際、妙なモノを視界の端に捉えた。
「あ?」
考えごとに夢中で気が付かなかったが、開きっぱなしの扉からは、賑やかな声が聞こえてもくる。
頭の痛いことこの上ないが、放置したほうが面倒になる。
諦めて、その一室へと入る。
「また来たのかよ」
「おう、戻ったか小僧」
「何よ、もっとゆっくりしてきなさいよね」
「そ、そんな言い方は失礼ですよぅ」
「大変興味深いお話が聞けました」
「……おい、何を喋った」
「昔話を少しな」
「余計な真似すんな。ったく、暇人かよ。仕事はどうした」
「寄ったのは他でもない、その仕事に関することだ」
「何だよ」
「明日、後遺症の軽い者を連れて出立する」
「じゃあ、他の奴は置いてくのか?」
「ワシが長く向こうを空けておくわけにもいかん。数名の仲間は残していく。同胞を見捨てたりはしないとも」
「そうかよ。で、それがどうかしたのか?」
「行き先が同じなら、一緒にどうかと思ってな」
「どういう風の吹き回し──いや、誰の入れ知恵だ?」
「随分と頭が回るようになったな。然り、ワシの発案ではない。部下からの提案でな。数年ぶりの再会、ゆっくり話をしてはどうか、とな」
あの女共が……相変わらず、いらん世話を焼きやがって。
「実は、ワタシたちも明日、王都へと出発する予定を立てたばかりでして」
「ふむ、王都か。大した距離ではないが、悪い話ではあるまい?」
「待て。そっちの旨みが見えねぇ。まだ何か隠してんだろ?」
「……やれやれ、これは言わんつもりだったが」
やっぱり何かあんのかよ。
「心に傷を負った者たちにとって、動物や子供との触れ合いは、回復を早める効果があるらしい。とまあ、これも受け売りだがな」
「目当ては子供のほうかよ」
「これで全て話したぞ。して、どうする?」
「どうせだし、一緒に行きましょうよ。もっとお話が聞きたいわ」
「そんなに小僧の話が気に入ったのか?」
「べ、別に他意は無いわよ? 無いからね!」
先生たちと同行すりゃあ、道中の安全は確保される。
何だったら、馬車代だけでなく宿代も浮きそうだ。
いやむしろ、さっき気になった件に関して、先生の意見も聞いてみたい。
断る理由は無い、か。
「皆が賛成なら、俺も構わねぇ」
「そうこなくっちゃ! 明日が楽しみだわ」
「ワタシも異論ありません」
「う、ウチも、そのほうが安全でしょうし」
「そうか。では明日、迎えに来よう。皆を疲れさせぬよう、今日は控えておけよ」
「……は? 何のこと──ってアホか! そんな関係じゃねぇよ!」
「ねぇ、今のってどういう意味?」
「さあ、ワタシにも分かりかねます」
「は、はうぅ~」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




