25 不意の再会
「何よ、どっか出掛けるの?」
玄関を出ようとしていたところで、背後から声が掛けられた。
「まあな」
「何処行くの?」
暇なのか?
まあ、そりゃそうか。
依頼の一つも受けとくべきだったかね。
「憲兵の詰め所にな。辺境伯の館へ入れるよう、手配してもらってんだよ」
「何でそんなことしてんの?」
「……オマエなぁ、質問攻めすんなよ」
何々とばかり言うんじゃねぇよ。
「じゃあ、どうしろって言うのよ」
「暇してんなら、付いて来るか?」
「え、う、うん。別に構わないけど。いいの?」
「ダメなら誘わねぇよ」
「そ。仕方ないから、付いて行ってあげるわ」
「……そうかい」
爆発する前に処理するのも、段々と手慣れてきたな。
つーか、コイツの母親だったら、辺境伯の館ぐらい、すんなり入れたよな。
とはいえ、その娘をダシにってわけにはいかねぇだろうが。
どうにも、ままならんね。
扉を押し開き外へ出る。
「──むぐッ」
は? 何が起きたんだ?
いきなり視界は真っ暗だし、息まで苦しいんだが⁉
「──随分な歓迎ぶりだな、小僧」
「むごむごッ⁉」
こ、この声は……⁉
それにこの硬い感触は、まさか⁉
「昔と少しも変わらんな。未だに胸の脂肪が好きなのか?」
「むごーッ!」
捏造が悪質過ぎるだろ!
「ちょっと、いつまで人様の胸に顔突っ込んでんのよ! さっさと離れなさいよね!」
首を強引に引っ張られる。
「──ぷはぁッ!」
好きで突っ込んでたわけじゃねぇ!
あの胸とは名ばかりの胸筋に、無理矢理拘束されてたんだっての!
って、んなことよりも。
オレンジがかったボサボサ髪に少ない布地から覗く浅黒い肌。
そして、これでもかというほどの筋肉。
「せ、先生⁉」
「久しぶりだな。やはり小僧だったか。どうだ? ワシの勘は中々のものだろう?」
「姉御の奇行はいつものことですが、まさか本当に居るとは……」
「奇行とは酷過ぎんか? 昔から迷子になった小僧を見付けるのは、ワシが一番早かっただろう?」
「いえ、大抵の場合、迷子ではなく姉御から逃げていただけかと」
「ならば、あれは家出というヤツだったのか?」
「ええまあ、そうとも言えますかね」
筋肉の後ろにも筋肉が。
先生だけじゃなく、戦士団の皆まで?
「本物か? 何で此処に?」
「仕事だ。獣人の護衛を引き受けた」
「あ!」
昨日、憲兵が言ってたアレか!
嫌な予感が的中しやがったのかよ!
「此処に獣人を助けた者が滞在していると聞いてな。同胞の礼をと訪ねてみたが、途中から小僧の匂いを嗅ぎ取ったんでな。おると踏んでおった」
「姉御……さっきは勘って……」
「む? そうだったか? 些末事など気にするな」
「先生って何? 知り合いなの?」
「ほう、いっちょ前に女を囲っておるのか」
「え⁉ いやあの、別に彼女ってわけじゃ──」
「……にしても小僧、趣味が変わったのか? 随分と貧相なナリだが。特に胸が」
「なんですって! どういう意味よ!」
「おい⁉ 何で今の流れで俺に絡むんだよ⁉」
「カカカ! 中々に良い気迫の娘だ。いいだろう、小僧の嫁として認めてやろう!」
「ふぇ⁉ な、ななな、何言ってんのよ⁉」
「振るな! もげる! 頭がもげちまうっての!」
「騒々しいと思って来てみれば……これはいったい、どういう状況ですか?」
「見てないで助けろ!」
さっさと追い返せばいいものを、態々室内にまで招かれていた。
「すまんな、家にまで上げてもらうつもりはなかったんだが」
「なら出てけ」
「どうしてそう攻撃的なのですか」
「フン」
「色々と積もる話もあるが、長居はできない。仕事で来ているからな。仲間に任せきりにもできん」
「あ、あのぅ、お二人はどういったご関係なのですか?」
「一時期、ワシが小僧の面倒を見ておった」
「確か、ご両親は既に……」
「魔獣に襲われた時に助けられたんだよ。んで、養護院に預けられるまでの間、世話になってた」
「では尚更、態度を改めるべきでしょう」
「良い良い。慣れておる。小僧は単に照れておるだけだ」
やりづれぇ……。
「時に、その灰狼の子供はどうした? 同胞と共におらん子供は珍しい」
「王都のそばで誘拐されかけてたのを助けたんだよ。今は家族を捜してる最中だ」
「……なるほど、此処での騒動もそれ絡みか」
「まあな」
「此処では捜し終えたのか?」
「いや、まだだ。もしかしたら辺境伯に保護されてる中に居るかもしれねぇ」
「ならば一緒に来るがいい」
「は?」
「ワシはこれから、その辺境伯の館に行く。そうと知っておれば、さきほど仲間と共に同行させたのだがな」
そうか、獣人の移送を依頼されてんなら、当然、出入りも可能ってわけか。
昨日からの俺の苦労はいったい……。
「こっちとしちゃありがてぇが、いいのかよ? 許可とかいるんじゃねぇのか?」
「構わん。同胞を助けるのは当然だ。協力は惜しまん。それに、ワシを前にして、どうして悪さができる」
「しねぇよ」
「……しかし感慨深いな。小僧が人助けか」
「うっせぇ」
「エルフの娘はともかく、他は小粒揃い。成長して好みが変化したのか。昔は随分と──」
「黙ってろ、くそババア!」
「──ほう、口の悪さは治らんかったか」
「ぐッ⁉」
向かいに座っていたはずが、背後から首を掴み上げられていた。
「ワシを呼ぶときは、どうしろと教わった? ん?」
「せ……せん、せい」
「それでいい。忘れるな、ワシは小僧の親代わりではない。最低限の礼儀は弁えろ」
「──ゲホッ、ケホッ。わーってるよ」
「さて、では行くとするか」
言い出した当人は、場所を知らないときたもんだ。
こういうところも、相変わらずだな。
戦闘以外だと、割と抜けてやがる。
「案内助かる。幼いのに大したものだ。褒めてやろう」
「あ、あのぅ、ウチも皆さんと同い年なんですが」
「そうなのか? ならばもっと沢山食べることだ。栄養が足りてないぞ」
「うぜぇ絡み方すんなよ」
「何だ。構って欲しいのか?」
「言ってねぇし、思ってもねぇよ」
「やれやれ。昔は胸に挟んでやれば、すぐ大人しくなったものだが」
「あれは窒息しかけてたんだよ。いい加減、その話は忘れろ」
アレは脂肪ではなく筋肉の塊だ。
昔、果実やら木の実やらを、挟んで粉砕するのを見せられた。
自分の馬鹿力を理解してねぇのが、尚更質わりぃ。
「どうにも、仲がいいのか悪いのか、判断に迷ってしまいます」
「じゃれておるだけだ。そう心配するな」
「ねぇねぇ、何で先生なの?」
「ふむ? そんなことが気になるのか?」
「そりゃあね。関係がよく分かんないし」
余計なことは言うなと、視線で制する。
「……ワシが語ることでもない。気になるなら、小僧から聞くのだな」
「ですってよ。さあ、教えなさい」
「黙って歩け」
「何よ、ケチぃー」
「何か事情があるのでしょう。無理に詮索するものではありません」
「ほうほう。エルフの娘は随分と気配りができるようだな。気に入った、小僧を婿にやろう!」
「はあぁーーー⁉ アタシはどうなったのよ⁉」
「ふむ? 何か問題があったか?」
「よ、嫁がどうのって言ってたじゃないのよ! 忘れたの⁉」
「……諦めろ。大抵のことは、歩いたら忘れちまうんだよ」
「そんなことはない。仕事のことは忘れていない」
「そうかい。そりゃあよかったな」
「……そういえば、どうして一緒に付いて来ておるんだ?」
「獣人の子供の家族捜しだ」
「おお! そうだったな!」
「……大丈夫なの、この人」
「無害じゃねぇな。割と実害を被る」
「仲間は迷わず着けただろうか。心配だな」
ま、心配してんのは、向こうの連中だろうがな。
そういえば、来るのは二度目になるのか。
周囲の建物と比べても、明らかに規模が異なる。
パッと見、学院ぐらいはある……ってのは流石に言い過ぎか。
「ここら辺の建物は、どれもデカいのばかりだな」
「そ、そうですかね」
「これも平和な証拠か。良いことだ」
「そうか? 無駄に広過ぎると思うがな」
「う、うぅぅ、そんな風に思われてたんですね」
「あ、いや、今のは何つうか……」
「アホね」
「こんな幼子を悲しませるとは、感心せんな小僧」
「う、ウチは幼くないですぅ」
「む?」
「おいおい、悲しませるのは感心しねぇんじゃなかったのか?」
「──ゴホン! 此処は領主たる辺境伯様の住まわれる邸宅。用の無い者は直ちにお引き取りを」
門前で騒いていたら、門番に注意を食らってしまった。
「これは失礼した。ワシは此度、獣人護衛の依頼を受けた者だ。通してもらいたい」
「証明できる物はお持ちですか?」
「確か書類の類いが…………む? 無いな。はて、どうしたんだったか」
「お持ちで無いなら、此処はお通しできません」
「なあ、先に戦士団が到着してなかったか?」
「確かに、お通しした方々はいらっしゃいますが」
「呼んできちゃもらえねぇか? 関係者かどうかは、それですぐ分かるはずだ」
「小僧、賢いな。褒めてやろう」
「やめろ! 毛が抜けちまう! つうか、余計な手間かけさせんな!」
「……分かりました。確認してみましょう」
「ああ、頼む」
門番の1人がデカい門の脇にある扉から、中へと入って行った。
「……ふぅ、これでどうにかなるでしょうか」
「あいいぉう?」
「ええ、大丈夫です。心配させてごめんなさい」
「……妙だな。それほど幼いとも思えないが。まともに話せないのか?」
「あ? ああ、まあな。これでも、喋れるようになったほうだぜ」
「どうやら、家族に詳しく話を聞く必要がありそうだ」
……先生も虐待の線を疑ってんのか?
他にも、孤児って理由も考えられる。
如何せん、当の本人がまだ満足に喋れねぇから、本当のところは分からねぇが。
「姉御ぉー! 迷子にならずに来れたんですね!」
「失礼な奴め。誰が迷子になどなるものか」
いや、なってたようなもんだろ。
「いてッ⁉ んだよ突然⁉」
「口に出さぬのは褒めてやる。だが、表情に出しては無意味だ」
理不尽過ぎる!
「同じ戦士団の方で間違いありませんか?」
「はい。うちの団長がお騒がせしました」
「いえ。では通用口からお通りください」
んだよ、このご大層な門は開けねぇのか?
「この程度の高さ、跳び越えても行けるがな」
「止めろ。無駄にややこしい真似すんな」
「ふふん、小僧には真似できまい」
「そうだな。俺にはそんなバカな真似はできねぇな」
「減らず口を」
「いへぇーっへ、ひっはふあ!」
「プッ、アンタもこの子と同じね」
「おんあい?」
「ダメですよ。アレの真似をしてはいけません」
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