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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
四章 一周目 禁忌
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23 禁忌

 町の様子は、幾ら時間が経過しようとも変わることなく。


 魔獣は無事に討伐され切ったのか。


 次の瞬間にも、破壊と悲鳴が巻き起こるのではないのかと考えてしまう。


 久しぶりに味わう、魔獣への恐怖。


 不安はかなりあったが、結局同じ馬宿で一泊した。


 一夜明けても、町の様子は変わってなどいなかった。


 こうして、のんきに朝食を取れるほどに。



「ふわああぁ~ッ。ああ~、眠ぅ~い」


「大きな口を開けて。はしたないですよ」


「……エルフは随分と余裕そうね。羨ましい限りだわ。ふわ~ッ」


「眠れなかったのですか?」


「そりゃあね。アタシだって、人並みに不安を抱きもするわよ」



 無理もない。


 むしろ、よく平静を保っていたほうだろう。


 泣きもせず、悲鳴を上げもしなかったのだから。



「む。それではまるで、ワタシが鈍いようではありませんか」


「十分鈍いわよ。鈍過ぎよ。もっと怖がりなさいよ」



 声量も普段に比べて控え目。


 いつもであれば、がなってるところだろう。



「で、妙に大人しいけど、アンタはどうなわけ?」


「俺か? まあ、熟睡とはいかねぇな」


「眠れたならマシじゃない。ハァ~」


「かもな」



 少しだけ、昔を思い出しもした。


 両親と居たころ、先生と居たころ、そして養護院で皆と居たころを。


 いつから眠れるようになったんだったか。



「それで、今日はどうするのですか?」


「組合で依頼を済ませて、詰め所に顔を出して……」



 後は……もうすることもねぇのか。



「壁の様子は見に行かなくて大丈夫なのでしょうか」


「行ってどうすんだよ。流石にもう戦ってはいねぇだろ。あるのは死体と死骸だけだっての」


「ワタシたちを……いえ、皆を命を賭して守った者たちに対し、せめて黙祷もくとうだけでもできないか、と」



 向こうにあるのは、見知らぬ連中の死体だけとは限らない。


 取引相手の死体も転がったままだろうし。


 何よりも、戦場に一人残ったアイツは、果たしてどうなったのか。



「……ダメでしょうか?」


「もしまだ戦ってたとして、いや、もっと言うなら、死にかけてる連中がいたとして、俺たちにできることはねぇよ」


「ワタシであれば治療できるかもしれません」


「かもしれねぇ。だが、そうじゃねぇかもしれねぇ。かえって状況を悪化させることだってあるかもな」


「それはどういう意味でしょうか?」



 魔術の使用が魔獣を呼び寄せるのならば。


 善意の行動だとしても、魔術の使用は、また魔獣を呼び寄せてしまいかねない。


 だがしかし、それを伝えたとしてどうなる?


 昨日の襲撃が自分の魔術が発端だったなどと、不確定な情報を与えて不快な思いにでもさせるってのか?



「生命魔術じゃ、命にかかわる怪我は治療できねぇだろ」


「それは……そうかもしれませんが……」


「できることが無いなら、もう帰りましょうよ~。此処じゃオチオチ寝てもいられないしさ~」


「……ワタシは、ワタシは悔しい。無力な自分が悔しいです」


「俺もコイツも、今回は役に立ってやしねぇっての。気に病むな」






 御者ぎょしゃに馬宿で待ってくれるよう声を掛け、仲間と共に組合へと辿り着いた。



「あ~う~」



 眠い眠いと連呼していた癖に、宿では寝られないと付いて来た物体が呻いている。



「だらしないですよ」


「なら寝かせてよ~」


「さっさと済ませるから、席にでも座ってろ」


「う~い~」



 2人を置いて、店内を奥へと進む。



「──おう、昨晩ぶり。全員、無事に帰れたみたいだな」


「なッ⁉ アンタこそ無事だったのかよ⁉」


「まあな」



 昨日と同じように、酒瓶に囲まれている。


 相変わらず、客はコイツ一人だけのようだ。



「もうこれだけ飲んでんのかよ」


「寝酒だ。これから寝るためにな」



 見たところ、怪我をしている様子は無い。


 2人には聞こえぬよう、声を潜めてから尋ねてみる。



「犠牲は出たのか?」


「……気にするな。いつものことだ」



 濁すってことは、出たんだな。



「すまねぇ」


「悪いのは魔獣と弱い奴、それを守れなかった間抜けだけだ」



 チラリと2人の様子を窺う。


 別段、反応を示してはいねぇようだが。


 エルフは耳の良さを自慢してもいた。


 あまり話を続けると、聞かれるかもしれねぇな。



「この礼はいずれ──」


「バカ言うな。新人を導いてやるのも先達としての務め。どうしても気になるなら、いつかオマエさんが誰かを助けてやればいい」



 これ以上は、気持ちの押し付けになるだけか。


 腰を折って頭を下げる。



「お蔭で助かった。感謝してる」


「おう。無茶をしないよう、精々気を配っておくことだ」



 ……エルフのことだよな?



「ああ、気を付けとく」



 机を離れ、奥のカウンターへ。



「昨日は大変だったようだな」


「まあな。とはいえ、アイツほどじゃねぇが」


「魔獣討伐のことか? そんなもの、いつものことだ」


「……アイツは何者なんだ?」


「何だ、結局知らずにいたのか? 呆れたもんだな」


「それだけ有名なんだな」


「この地区で知らぬ者無し、ってな具合さ」


「──おい、聞こえてるぞ。余計な詮索はするな」


「おっと、すまないな。もう勘弁しとくれ」



 チッ、聞き耳立ててんじゃねぇよ。


 確か、憲兵もアイツを知ってる風だったか。


 尋ねるならあっちにしておくか。



「分かったよ。用件は依頼の報酬だ」


「昨日のだったよな。即解決するだろうと踏んで、貼り出さなかったんだ。ほれ、これだろ」


「……ああ、間違いねぇよ」


「憲兵やあの人からも既に報告を受けてるよ。報酬は……救助した人数で良かったよな。なら──」



 手続きを済ませつつ考える。


 これで依頼達成は三件目。


 とはいえ、今回はまるで実感なんざ湧きゃしねぇ。


 ただ見物してたに等しい。



「──これで手続きは完了だ。次の依頼を受けてくかい?」


「いや、今日にも此処を離れるつもりだ」


「そうかい。まあ、此処は一般の依頼は少ないしな」



 5枚ある小銀貨の内、1枚だけ拾い上げる。



「残りは酒代の足しにでもしといてくれ。邪魔したな」


「お、おい、困るような真似せんでくれ!」



 抗議を聞き流し、さっさと外に出る。



「──やれやれ、損な性分だな。奢られといてやるよ」



 寸前、そんな声が聞こえた気がした。






「ねぇ、聞いてた? 残りは酒代の足しにでもしといてくれ、ですって! アハハハハハ!」


「……うっせぇな」


「いいではありませんか。今回の依頼については、思うところもありましたし」


「ケチな癖して、妙なとこで格好つけたがるわよねー。プッ、格好と言えば、ケモ耳姿を思い出したわ。アハハハハハ!」



 眠かったんじゃねぇのかよ!



「急に元気になりましたね。何が切っ掛けだったのでしょうか」


「さあな。寝不足で妙なテンションになってるだけなんじゃねぇのか?」


「そうなのですか?」


「アハハハハハハハ!」



 僅かな通行人から、迷惑そうな視線を感じる。



「王都や西区に比べて、人通りが少ないですね」


「だな」



 なんつーか、活気が無い。


 夜のほうが活気があった気もしてくる。



「鉱山業が盛んだと聞きましたが、そちらに人が集中しているのでしょうか?」


「日中は仕事で忙しいのかもな」



 言われてみれば、若い男の姿を見かけねぇ。


 戦士団にしろ、町中じゃなく、壁で待機してるのだろうか。



「……こう言っては何ですが、あまり住みたいとは思えませんね」


「なら声に出すな。思うだけに留めとけっての」



 気持ちは分からんでもないが。


 良くも悪くも正直過ぎる。



「けどさー、西区はちょっと馬臭くない? アタシは苦手ー」


「そうでしょうか? ワタシはあまり気になりませんでしたが」


「南区のほうが、よっぽどだろうな」


「それは……そうかもしれませんね。動物も沢山いましたから」


「犬や猫なら気にならないんだけどねー」


「犬を飼ってる家は多かったですね。猫は野生のものが多かった印象があります」


「ふーん。何でかしら? 猫、可愛いと思うんだけど」



 猫と聞いて、不意に先生の姿が脳裏に浮かんだ。


 いやまぁ、猫系の獣人ではあったが、アレは別物過ぎるだろ。


 少なくとも、可愛いには当て嵌まらねぇ。



「……変な顔してどうしたのよ? もしかして、猫苦手だった?」


「何でもねぇ」


「そう? アタシの家には猫が沢山いたわよ。今度、機会があれば招待してあげるわ」


「ほう、家猫だと何か違いがあったりするのでしょうか。少し興味があります」



 大量の先生に囲まれる絵面しか浮かんでこねぇ。



「……やっぱりアンタ、猫が苦手なんでしょ」


「大型のは苦手かもしれねぇな」






「捕えた者の意識が戻りました。ただ、随分と精神的に参っているようではありますが」



 詰め所の受付に声を掛けるなり、そんな言葉が返って来た。



「残念ながら、腕や脚の回復は絶望的とのことです」


「そうかい」



 あの禿頭、根元から折られてやがったな。


 もっとも、少しも残念とは思わねぇが。



「それで、話は聞けたのか?」


「それはもう十分過ぎるほどに。捕える時に何かしたのですか?」


「やったのは俺たちじゃねぇ。助っ人のほうだ」


「ああ、やっぱり。そうでしたか」


「アイツは何者なんだ? この地区じゃ有名なんだろ?」


「……知らずに同道されていたのですか?」


「アイツが勝手に付いて来たようなもんだぜ。いっつもああなのか?」


「いえ、そんなはずは。滅多なことでは動かれません。魔獣討伐以外では、組合でお酒をたしなまれていたかと」



 たしなむっつう量には思えねぇがな。



「で、誰なんだよ?」


「王国最強の戦士団、その団長さんです」


「……アイツが? マジでか?」


「当の戦士団自体は古くからあるので、代替わりはされていますが」



 ……アイツが王国最強か。


 そりゃあ、妙に自信満々だったのも頷けるわな。



「どうりで力量が測れないわけね」


「それほどの強者つわものでしたか。先程、お礼を述べておくべきだったでしょうか」


「礼なら言っといたぜ。まあ野郎よか、女が言うほうが良かったかもしれねぇがな」


「あの方こそが、実質的な北区の代表のようなものです」


「辺境伯じゃなくてか? まさか、辺境伯本人だったりとかじゃねぇよな?」


「違います。ただし、辺境伯と専属契約を結んだ戦士団ではありますがね」


「つまりは、辺境伯お抱えってわけか」


「はい」



 俺が狙うべきはソレか!


 東区の辺境伯お抱えになれりゃあ、魔術局への要請も出せるってもんだろ。


 問題は、どうやってなるかなわけだが。



「おっと、すみません。話が脱線してしまいましたね」


「いや、こっちが振った話題だ。気にしねぇでくれ。むしろ参考になったぐらいだしな」


「は、はあ?」


「そうそう、聞きたかったのは連中の目的についてだ。獣人を集めて何をしてやがったんだ?」


「それは……この場ではちょっと……少々お待ちください」






 部屋に通され、先程の続きが話される。



「獣人を魔族へ引き渡していたと自供しました」


「…………何だと?」


「そ、それって、人種ひとしゅに於ける、最大の禁忌じゃない⁉」


「そのとおり。ですから、あの場ではお話できませんでした」



 魔族と獣人の交配により、魔獣は誕生する。


 誰もが知る常識だ。


 仮にも魔獣討伐を旨とする戦士団が、何だってそんなトチ狂った真似をしてやがる?



「訳が分からねぇ。どういうことだ?」


「何と言いますか……妙な思想に憑りつかれているようでして……」


「あん?」


「獣人をあるべき姿に戻してやっているのだと、そう供述していました」



 何を言ってるんだ?


 あるべき姿だと?


 魔獣がそうだとでも言うつもりか?



「……とても正気とは思えねぇな」


「そうですね。精神に異常をきたしているとしか思えません」


「他にも同じような連中が捕まったりはしてねぇのか?」


「いえ、今回が初めてでした。ですが、他の戦士団員の精神状態について、調査する必要があるかもしれません」



 精神の異常、ねぇ。


 そういう問題なのか?


 それとも、魔獣と戦い続けることで、変調をきたしたってことか?



「……いや待て。そもそも、どうやって獣人を引き渡してたってんだ? あのバカデカい門を開閉すりゃ、他の連中も気付くはずだろ?」


「それが……」



 余程に言い辛いことなのか、続きが出て来ない。



「抜け道、というわけですか?」


「ッ⁉」


「やはりそうですか。使われなくなった廃坑。そこを掘り進めでもしたのでしょう」



 この反応からして、当たりっぽいか?


 だとすりゃ、完全にイカれてやがる。


 壁の意味がねぇ。


 下手すりゃ、町中に魔族が入り込んでる可能性だって……。



「どうか、この件については他言無用に願います。事前に情報が洩れれば、調査も無駄になってしまいかねません」


「んなこと言ってる場合かよ⁉」


「既に団長さんに頼んで、動いてもらっています。どうか! どうか!」



 さっき飲んだくれてやがったぞ!


 全然大丈夫じゃねぇだろ!



「……どうしますか?」


「つってもなぁ……」



 俺たちに何ができるってわけでもねぇ。


 この場にチビ助がいりゃあ、その抜け道とやらを探して塞ぐってのも可能だったろうが。


 ……確かにこんな状況じゃあ、オチオチ寝てもいられねぇ。


 アイツが勝手に粛正でも何でもすんだろう。



「どうかお任せください」


「……いいさ、どうせこのまま帰るつもりだったしな。アンタたちに任せるよ」


「本当にそれでいいのですか?」


「手伝って欲しけりゃ、組合でアイツが声を掛けて来ただろうしな。つまりは、足手まといってことなんだろうさ」


「では早急に、利用の有無を問わず、坑道の調査を行ってください。まだ獣人がいないとも限りません」


「はい。そちらについてもお任せを。既に人員を投入しています」



 誰がどんだけ関わってるのやら。


 脅威は何も、魔族や魔獣だけってわけじゃあ無いらしい。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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