23 禁忌
町の様子は、幾ら時間が経過しようとも変わることなく。
魔獣は無事に討伐され切ったのか。
次の瞬間にも、破壊と悲鳴が巻き起こるのではないのかと考えてしまう。
久しぶりに味わう、魔獣への恐怖。
不安はかなりあったが、結局同じ馬宿で一泊した。
一夜明けても、町の様子は変わってなどいなかった。
こうして、のんきに朝食を取れるほどに。
「ふわああぁ~ッ。ああ~、眠ぅ~い」
「大きな口を開けて。はしたないですよ」
「……エルフは随分と余裕そうね。羨ましい限りだわ。ふわ~ッ」
「眠れなかったのですか?」
「そりゃあね。アタシだって、人並みに不安を抱きもするわよ」
無理もない。
むしろ、よく平静を保っていたほうだろう。
泣きもせず、悲鳴を上げもしなかったのだから。
「む。それではまるで、ワタシが鈍いようではありませんか」
「十分鈍いわよ。鈍過ぎよ。もっと怖がりなさいよ」
声量も普段に比べて控え目。
いつもであれば、がなってるところだろう。
「で、妙に大人しいけど、アンタはどうなわけ?」
「俺か? まあ、熟睡とはいかねぇな」
「眠れたならマシじゃない。ハァ~」
「かもな」
少しだけ、昔を思い出しもした。
両親と居たころ、先生と居たころ、そして養護院で皆と居たころを。
いつから眠れるようになったんだったか。
「それで、今日はどうするのですか?」
「組合で依頼を済ませて、詰め所に顔を出して……」
後は……もうすることもねぇのか。
「壁の様子は見に行かなくて大丈夫なのでしょうか」
「行ってどうすんだよ。流石にもう戦ってはいねぇだろ。あるのは死体と死骸だけだっての」
「ワタシたちを……いえ、皆を命を賭して守った者たちに対し、せめて黙祷だけでもできないか、と」
向こうにあるのは、見知らぬ連中の死体だけとは限らない。
取引相手の死体も転がったままだろうし。
何よりも、戦場に一人残ったアイツは、果たしてどうなったのか。
「……ダメでしょうか?」
「もしまだ戦ってたとして、いや、もっと言うなら、死にかけてる連中がいたとして、俺たちにできることはねぇよ」
「ワタシであれば治療できるかもしれません」
「かもしれねぇ。だが、そうじゃねぇかもしれねぇ。かえって状況を悪化させることだってあるかもな」
「それはどういう意味でしょうか?」
魔術の使用が魔獣を呼び寄せるのならば。
善意の行動だとしても、魔術の使用は、また魔獣を呼び寄せてしまいかねない。
だがしかし、それを伝えたとしてどうなる?
昨日の襲撃が自分の魔術が発端だったなどと、不確定な情報を与えて不快な思いにでもさせるってのか?
「生命魔術じゃ、命にかかわる怪我は治療できねぇだろ」
「それは……そうかもしれませんが……」
「できることが無いなら、もう帰りましょうよ~。此処じゃオチオチ寝てもいられないしさ~」
「……ワタシは、ワタシは悔しい。無力な自分が悔しいです」
「俺もコイツも、今回は役に立ってやしねぇっての。気に病むな」
御者に馬宿で待ってくれるよう声を掛け、仲間と共に組合へと辿り着いた。
「あ~う~」
眠い眠いと連呼していた癖に、宿では寝られないと付いて来た物体が呻いている。
「だらしないですよ」
「なら寝かせてよ~」
「さっさと済ませるから、席にでも座ってろ」
「う~い~」
2人を置いて、店内を奥へと進む。
「──おう、昨晩ぶり。全員、無事に帰れたみたいだな」
「なッ⁉ アンタこそ無事だったのかよ⁉」
「まあな」
昨日と同じように、酒瓶に囲まれている。
相変わらず、客はコイツ一人だけのようだ。
「もうこれだけ飲んでんのかよ」
「寝酒だ。これから寝るためにな」
見たところ、怪我をしている様子は無い。
2人には聞こえぬよう、声を潜めてから尋ねてみる。
「犠牲は出たのか?」
「……気にするな。いつものことだ」
濁すってことは、出たんだな。
「すまねぇ」
「悪いのは魔獣と弱い奴、それを守れなかった間抜けだけだ」
チラリと2人の様子を窺う。
別段、反応を示してはいねぇようだが。
エルフは耳の良さを自慢してもいた。
あまり話を続けると、聞かれるかもしれねぇな。
「この礼はいずれ──」
「バカ言うな。新人を導いてやるのも先達としての務め。どうしても気になるなら、いつかオマエさんが誰かを助けてやればいい」
これ以上は、気持ちの押し付けになるだけか。
腰を折って頭を下げる。
「お蔭で助かった。感謝してる」
「おう。無茶をしないよう、精々気を配っておくことだ」
……エルフのことだよな?
「ああ、気を付けとく」
机を離れ、奥のカウンターへ。
「昨日は大変だったようだな」
「まあな。とはいえ、アイツほどじゃねぇが」
「魔獣討伐のことか? そんなもの、いつものことだ」
「……アイツは何者なんだ?」
「何だ、結局知らずにいたのか? 呆れたもんだな」
「それだけ有名なんだな」
「この地区で知らぬ者無し、ってな具合さ」
「──おい、聞こえてるぞ。余計な詮索はするな」
「おっと、すまないな。もう勘弁しとくれ」
チッ、聞き耳立ててんじゃねぇよ。
確か、憲兵もアイツを知ってる風だったか。
尋ねるならあっちにしておくか。
「分かったよ。用件は依頼の報酬だ」
「昨日のだったよな。即解決するだろうと踏んで、貼り出さなかったんだ。ほれ、これだろ」
「……ああ、間違いねぇよ」
「憲兵やあの人からも既に報告を受けてるよ。報酬は……救助した人数で良かったよな。なら──」
手続きを済ませつつ考える。
これで依頼達成は三件目。
とはいえ、今回はまるで実感なんざ湧きゃしねぇ。
ただ見物してたに等しい。
「──これで手続きは完了だ。次の依頼を受けてくかい?」
「いや、今日にも此処を離れるつもりだ」
「そうかい。まあ、此処は一般の依頼は少ないしな」
5枚ある小銀貨の内、1枚だけ拾い上げる。
「残りは酒代の足しにでもしといてくれ。邪魔したな」
「お、おい、困るような真似せんでくれ!」
抗議を聞き流し、さっさと外に出る。
「──やれやれ、損な性分だな。奢られといてやるよ」
寸前、そんな声が聞こえた気がした。
「ねぇ、聞いてた? 残りは酒代の足しにでもしといてくれ、ですって! アハハハハハ!」
「……うっせぇな」
「いいではありませんか。今回の依頼については、思うところもありましたし」
「ケチな癖して、妙なとこで格好つけたがるわよねー。プッ、格好と言えば、ケモ耳姿を思い出したわ。アハハハハハ!」
眠かったんじゃねぇのかよ!
「急に元気になりましたね。何が切っ掛けだったのでしょうか」
「さあな。寝不足で妙なテンションになってるだけなんじゃねぇのか?」
「そうなのですか?」
「アハハハハハハハ!」
僅かな通行人から、迷惑そうな視線を感じる。
「王都や西区に比べて、人通りが少ないですね」
「だな」
なんつーか、活気が無い。
夜のほうが活気があった気もしてくる。
「鉱山業が盛んだと聞きましたが、そちらに人が集中しているのでしょうか?」
「日中は仕事で忙しいのかもな」
言われてみれば、若い男の姿を見かけねぇ。
戦士団にしろ、町中じゃなく、壁で待機してるのだろうか。
「……こう言っては何ですが、あまり住みたいとは思えませんね」
「なら声に出すな。思うだけに留めとけっての」
気持ちは分からんでもないが。
良くも悪くも正直過ぎる。
「けどさー、西区はちょっと馬臭くない? アタシは苦手ー」
「そうでしょうか? ワタシはあまり気になりませんでしたが」
「南区のほうが、よっぽどだろうな」
「それは……そうかもしれませんね。動物も沢山いましたから」
「犬や猫なら気にならないんだけどねー」
「犬を飼ってる家は多かったですね。猫は野生のものが多かった印象があります」
「ふーん。何でかしら? 猫、可愛いと思うんだけど」
猫と聞いて、不意に先生の姿が脳裏に浮かんだ。
いやまぁ、猫系の獣人ではあったが、アレは別物過ぎるだろ。
少なくとも、可愛いには当て嵌まらねぇ。
「……変な顔してどうしたのよ? もしかして、猫苦手だった?」
「何でもねぇ」
「そう? アタシの家には猫が沢山いたわよ。今度、機会があれば招待してあげるわ」
「ほう、家猫だと何か違いがあったりするのでしょうか。少し興味があります」
大量の先生に囲まれる絵面しか浮かんでこねぇ。
「……やっぱりアンタ、猫が苦手なんでしょ」
「大型のは苦手かもしれねぇな」
「捕えた者の意識が戻りました。ただ、随分と精神的に参っているようではありますが」
詰め所の受付に声を掛けるなり、そんな言葉が返って来た。
「残念ながら、腕や脚の回復は絶望的とのことです」
「そうかい」
あの禿頭、根元から折られてやがったな。
もっとも、少しも残念とは思わねぇが。
「それで、話は聞けたのか?」
「それはもう十分過ぎるほどに。捕える時に何かしたのですか?」
「やったのは俺たちじゃねぇ。助っ人のほうだ」
「ああ、やっぱり。そうでしたか」
「アイツは何者なんだ? この地区じゃ有名なんだろ?」
「……知らずに同道されていたのですか?」
「アイツが勝手に付いて来たようなもんだぜ。いっつもああなのか?」
「いえ、そんなはずは。滅多なことでは動かれません。魔獣討伐以外では、組合でお酒を嗜まれていたかと」
嗜むっつう量には思えねぇがな。
「で、誰なんだよ?」
「王国最強の戦士団、その団長さんです」
「……アイツが? マジでか?」
「当の戦士団自体は古くからあるので、代替わりはされていますが」
……アイツが王国最強か。
そりゃあ、妙に自信満々だったのも頷けるわな。
「どうりで力量が測れないわけね」
「それほどの強者でしたか。先程、お礼を述べておくべきだったでしょうか」
「礼なら言っといたぜ。まあ野郎よか、女が言うほうが良かったかもしれねぇがな」
「あの方こそが、実質的な北区の代表のようなものです」
「辺境伯じゃなくてか? まさか、辺境伯本人だったりとかじゃねぇよな?」
「違います。ただし、辺境伯と専属契約を結んだ戦士団ではありますがね」
「つまりは、辺境伯お抱えってわけか」
「はい」
俺が狙うべきはソレか!
東区の辺境伯お抱えになれりゃあ、魔術局への要請も出せるってもんだろ。
問題は、どうやってなるかなわけだが。
「おっと、すみません。話が脱線してしまいましたね」
「いや、こっちが振った話題だ。気にしねぇでくれ。むしろ参考になったぐらいだしな」
「は、はあ?」
「そうそう、聞きたかったのは連中の目的についてだ。獣人を集めて何をしてやがったんだ?」
「それは……この場ではちょっと……少々お待ちください」
部屋に通され、先程の続きが話される。
「獣人を魔族へ引き渡していたと自供しました」
「…………何だと?」
「そ、それって、人種に於ける、最大の禁忌じゃない⁉」
「そのとおり。ですから、あの場ではお話できませんでした」
魔族と獣人の交配により、魔獣は誕生する。
誰もが知る常識だ。
仮にも魔獣討伐を旨とする戦士団が、何だってそんなトチ狂った真似をしてやがる?
「訳が分からねぇ。どういうことだ?」
「何と言いますか……妙な思想に憑りつかれているようでして……」
「あん?」
「獣人をあるべき姿に戻してやっているのだと、そう供述していました」
何を言ってるんだ?
あるべき姿だと?
魔獣がそうだとでも言うつもりか?
「……とても正気とは思えねぇな」
「そうですね。精神に異常をきたしているとしか思えません」
「他にも同じような連中が捕まったりはしてねぇのか?」
「いえ、今回が初めてでした。ですが、他の戦士団員の精神状態について、調査する必要があるかもしれません」
精神の異常、ねぇ。
そういう問題なのか?
それとも、魔獣と戦い続けることで、変調をきたしたってことか?
「……いや待て。そもそも、どうやって獣人を引き渡してたってんだ? あのバカデカい門を開閉すりゃ、他の連中も気付くはずだろ?」
「それが……」
余程に言い辛いことなのか、続きが出て来ない。
「抜け道、というわけですか?」
「ッ⁉」
「やはりそうですか。使われなくなった廃坑。そこを掘り進めでもしたのでしょう」
この反応からして、当たりっぽいか?
だとすりゃ、完全にイカれてやがる。
壁の意味がねぇ。
下手すりゃ、町中に魔族が入り込んでる可能性だって……。
「どうか、この件については他言無用に願います。事前に情報が洩れれば、調査も無駄になってしまいかねません」
「んなこと言ってる場合かよ⁉」
「既に団長さんに頼んで、動いてもらっています。どうか! どうか!」
さっき飲んだくれてやがったぞ!
全然大丈夫じゃねぇだろ!
「……どうしますか?」
「つってもなぁ……」
俺たちに何ができるってわけでもねぇ。
この場にチビ助がいりゃあ、その抜け道とやらを探して塞ぐってのも可能だったろうが。
……確かにこんな状況じゃあ、オチオチ寝てもいられねぇ。
アイツが勝手に粛正でも何でもすんだろう。
「どうかお任せください」
「……いいさ、どうせこのまま帰るつもりだったしな。アンタたちに任せるよ」
「本当にそれでいいのですか?」
「手伝って欲しけりゃ、組合でアイツが声を掛けて来ただろうしな。つまりは、足手まといってことなんだろうさ」
「では早急に、利用の有無を問わず、坑道の調査を行ってください。まだ獣人がいないとも限りません」
「はい。そちらについてもお任せを。既に人員を投入しています」
誰がどんだけ関わってるのやら。
脅威は何も、魔族や魔獣だけってわけじゃあ無いらしい。
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