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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
四章 一周目 禁忌
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22 魔獣襲来

 暗いからこそ、凄惨な光景をハッキリとは視認できずに済んでいる。


 が、辺りにはむせ返るような血の臭いが漂っており、確かに凶行があったことを示していた。



「何してんのよアイツ⁉ 全員殺していったの⁉」


「……木箱を退かそうぜ」


「はあぁ⁉ まだあんな危険な奴の言うことを聞くつもりなわけ⁉」


「俺たちに敵対したわけじゃない。敵をたおしただけだ。それに考えてもみろ、奴等が誰か1人でも目を覚ましただけで、俺たちじゃ対処できねぇんだぞ」


「アイツの肩を持つってわけ?」


「俺たちじゃ、アイツを止められねぇ。それが現実ってだけだ」


「何よそれ」



 やり方に納得できるはずもねぇ。


 他人を頼ったばっかりに、この様だ。


 はなから捕まえるつもりなどなかったのか?


 だから憲兵も連れては来なかった?


 分からねぇ。


 だが、今更何を言おうが、現実は変わりゃしねぇ。


 死んだら死んだまま。


 どうにもならねぇんだ。


 馬車から木箱を退かし、エルフを担ぎ込む。



「こ、これからどうするんだい? 町に戻るのか?」


「いや、アイツを待つさ。生き残ってる獣人は助けてやらねぇと」


「……ね、ねぇ、まさかとは思うけど、獣人まで殺してたりしないわよね?」



 流石にそこまではしねぇ……とは思いたいが。


 どうだろうか。


 盲目的に信じることはできそうにねぇ。



「様子を見てくる。もしアイツだけが出てくるようなら、俺に構わず全速力で町まで戻ってくれ」


「バカ言ってんじゃないわよ! アンタを置き去りになんて、できるはずないでしょ!」


「──いいや、逃げるのはオレを除いた全員でだよ」


「「ッ⁉」」



 またいきなり現れやがって!


 わざとやってんじゃねぇだろうな⁉


 ドサドサと馬車内に何かが積まれてゆく。


 酷い臭いをさせてるが、おおよその輪郭からして獣人たちのようだ。



「生きてたのは、これで全員だ」



 馬車にはまだ空きがある。



「あとは買い手のコイツだ。気絶させた上で腕と脚は折ってあるが、くれぐれも用心するようにな。町に戻ったら、牢に入れるまでの間は魔術で抑え込んでおくといい」



 最後に放り込まれたのは、ガタイのいい禿頭の男だった。


 腕と脚の根元が潰されているのが見て取れる。



「さあ、急いで出発しろ! 此処も危険だ!」


「何言ってんだよ。アンタも乗れよ」


「もうすぐ魔獣が押し寄せてくる。そうなれば、第一門を開けて間引きが開始されるだろう。オレはそっちに参加する」


「何でんなことが分かんだよ?」


「悠長に説明してる時間は無い。いいから行け。くれぐれも門の明かりの範囲内には入るなよ」



 言うだけ言って、眼前から姿が消えてしまった。



「どうするのよ? 今度はアイツを置いてくの?」



 魔獣が来る?


 何でそんなことが分かるんだ?


 鳴き声も振動も感じやしねぇってのに。


 と、馬車が揺れ出した。


 まさか、マジで来たってのか⁉



「どう! どうどう! これ落ち着かんか、いったいどうしたんじゃ」


「何だ?」


「馬が突然暴れ出しおった。どうやら怯えておるようじゃ」


「それってまさか……」


「かもな」



 人間よりか動物のほうが、よっぽど危険に聡いらしいしな。


 本当に魔獣が近づいて来てるのかもしれねぇ。



「すぐに離れたほうが良さそうだ。頼むぜ」


「わ、分かった。さっきの御仁ごじんはいいんだな?」


「ああ。本人がそう言ってたんだしな。構わねぇ、出してくれ」


「あいよ、そら!」



 馬車が盛大に揺れる。


 火でも点いたかのように、馬が駆けだした。



「あーもう、次から次へと訳分かんない」



 魔術は町に入ってから使えとか言ってたか?


 そういや、エルフが魔術を使ってたらしいが、アイツは妙な反応をしてやがったな。


 魔獣は魔術師に反応するんじゃなく、魔術にこそ反応してるってことか?


 もしそうだとすると、故郷で壁を造ろうとした際、もれなく魔獣を呼び寄せちまうってことにも……。



「結局さぁ、何のために獣人を買い集めてたのかしら」


「あ? さあな。コイツに聞いてみねぇ限り、分かるわけがねぇ」



 いつから、どれだけ集めていたのか、知れたもんじゃねぇ。


 さっきの廃坑だかは、いったいどんな状態だったのか。


 胸糞の悪いことなのは、間違いねぇんだろうがな。






 激震。


 馬車が浮いた。



「な⁉」


「きゃッ⁉」



 ん? 今随分と可愛らしい悲鳴が聞こえたような……?



「うおぉ⁉ ふ、振り落とされんでくれよ!」



 慌てて、周囲の獣人たちが外へ飛び出さないよう、上から押さえつける。



「何よ⁉ 今度は何なわけ⁉」


「今のオマエか? 随分とかわ──」


「うっさい! 忘れろ! 記憶を失え!」


「頼むから、暴れんでくれ!」



 ほろの隙間から外を窺う。


 激しい揺れを伴う轟音。


 発生源は……壁か?



「どうなってるの?」


「分からん。こっからじゃ何も──」



 ギイィィィィィィーーーーー!


 酷く耳障りな異音が響く。


 堪らず耳を塞ぐ。


 と、明かりに照らし出される壁に変化が現れていた。


 壁が割れる。


 いや、巨大な門が開かれていってるのか。


 瞬間、呼吸ができなくなった。


 悪寒。


 死の予感。


 背筋が、心臓が、酷く冷たい。


 隙間から覗く視線に晒された。


 たったそれだけで、身体が生きるのを諦めた。


 馬がいななく。


 馬車が跳ねるように進む。


 逃げる。


 脅威から、全速力で。


 隙間が広がるにつれ、魔獣の姿が露わとなってゆく。


 大きさは、門の半分にも届きはすまい。


 総数は不明。



「この感じ、間違いなく魔獣よね」


「ああ」



 遠ざかることで、どうにか喋れるまでには戻ったか。



「ちょっと脇に退いて。アタシも見るわ」


「おい、押すなっての」



 不快な音が止んだ。


 門を全開にはしないようだ。


 ギリギリ1体が通り抜けられるほどの隙間。


 そこから次々と跳び出してくる。



「や、ヤバッ⁉ もっと急いで!」


「む、無茶言わんでくれ! これでも目一杯飛ばしとるんだ!」



 影が5つまで増えたところで、再びの異音。


 門が閉じられてゆく。



「成体が5体も⁉ ホントにたおし切れるの⁉」


「……こっちに来る様子はねぇな。やっぱ、今まさに戦ってんだよな」



 もう人の大きさまでは視認できない。


 何人が戦っているのだろう。


 そして、何人が生き残れるのだろうか。






「アタシたち、助かった……のよね」


「多分な」


「急に魔獣が現れたのって、アタシたちの所為だったの?」


「分からん」



 魔術師の存在か、魔術の使用か。


 あるいは、全く別の理由なのか。


 学院では終ぞ習うことのなかった事象だった。


 アイツは、何をどこまで知っていたのだろう。



「何もしてないのに、疲れちゃったわ。けど、この町に居て大丈夫なのかしら? 魔獣が町まで来たりしない?」


「──っとそうだった」



 気付けば、周囲には建物が見え始めていた。


 町に入ったら魔術で抑え込めと言われていたんだった。


 慌てて、禿頭の体に触れ、魔術を発動する。



 ≪睡眠スリープ



 精神魔術の初級。


 気絶した状態なら、効きもいいはず。



「ねぇってば、アタシの話、聞いてた?」


「ああ、聞いてたよ。たおせる数だからこそ、壁の内側に入れたんだろ」


「そう、よね」



 果たして、門に戦士団が何組待機していたのか。


 無理だと判断してりゃ、門は開けねぇとは思うんだが。



「なら、まだこの町に留まるってこと?」


「詰め所と組合には寄らねぇとな」



 その後はどうしたもんか。


 俺たちにできるのは、ここらが限界か?


 できることなら、獣人を集めてた理由を知りたくもあるが。



「──うッ、ううぅ」


「あ、エルフが気が付いたみたいよ」


「こっちは手が離せねぇ。任せる」


「わ、分かった。ねえ、気分はどう? 大丈夫?」


「此処は……? ワタシはいったい……?」


「馬車の中よ。今は……詰め所に向かってるのよね?」


「そのつもりで走らせてるよ」


「だ、そうよ」


「くッ、どうしてワタシは寝かされて……この獣人たちは?」


「何してたか覚えてない? 獣人を助けに行ったのよ」


「ッ⁉ そ、そうです! どうなりましたか⁉ 獣人は⁉ って、居ましたね!」



 大混乱してやがるな。



「獣人たちの様子はどうだ? 町に入って明るくなったから、様子も分かるんじゃねぇか?」



 禿頭とは離してあるから、此処からじゃ様子が分からねぇ。



「……意外にも血色はいいわね。ただ、全員熟睡中みたい」


「この眠り方……見覚えがあります。あの子の時と同じです」


「──何だと?」



 ってことはつまり、コイツか、コイツの仲間が精神魔術師だったってことか?


 なら、触れてるのはマズい!


 ……いや、意識さえ戻らなきゃ、大丈夫か?



「コイツも魔術師の可能性がある。オマエらは触れるなよ! 俺の様子がおかしくなったら、気絶させといてくれ」


「その男は?」


「取引相手だよ」


「他の者はどうしたのですか? まさか、逃げられたのですか⁉」


「いや……死んだよ」


「死んだ? ……なるほど、あの者の仕業ですか。では、ワタシが気絶していたのも、もしかして?」


「そうよ。どっちも、止める間も無かったわ」


「では、あの者が不在なのはどうしてでしょうか?」


「魔獣と戦ってんだよ。あの後すぐ、魔獣が門に押し寄せて来たんだ」


「……そうでしたか。何故邪魔をしたのか、問いただしたくもあったのですが」


「いきなり跳び出してくんだもの。自重しなさいよね。最悪、死んでたかもしれなかったんだからね」


「心配をかけてすみませんでした。ですが、どうしても我慢できなかったのです」


「無事に帰るって約束してたじゃない。無茶しないでよね」


「すみません」



 妙なもんだ。


 いつもなら、立場は逆なんだがな。


 しっかし今回、俺たちの中で動けたのは、エルフだけだったとも言える。


 はなから敵わないものとして、戦うって選択肢自体が無かった。


 そいつが災いしたのか。


 それとも、お蔭で命拾いしたのか。


 いずれにしろ、俺は役に立たなかったわけだ。



「もうすぐ憲兵の詰め所に着くぞい」



 ようやくか。


 禿頭が目を覚ます前に、さっさと牢にぶち込んでくれ。






「──では、この者が首謀者ということですか?」


「多分な。つっても、他の連中は死んじまったし、確認のしようもねぇが」


「……酷い怪我ですね。治癒魔術師でも治せるかどうか」


「っと、そうだった。俺の魔力が尽きる前に、急いで牢まで運んでくれ」


「どういうことでしょうか?」


「コイツ、魔術師かもしれねぇんだ。だから、触れねぇほうがいいぜ。下手すりゃ、操られちまう」


「……なるほど。では、担架を用意して、それで運びましょう。手の空いてる者は、保護した人たちを運び込んでください」



 バタバタと人が行き交う。


 そう言えば、西区で保護された獣人たちはどうしているのだろうか。


 この獣人たちも、どうなるのだろう。



「なあ、保護した獣人たちは、これからどうなるんだ?」


「事情聴取や体調の快復を待ってからになりますが、ひとまずは西区へ移送することになります。手紙にそう指示もありましたし」



 やっぱこの地区じゃ、受け入れはしねぇってことか。



「西区か。俺たちが帰るのには間に合いそうにねぇか」


「滞在期間にもよりますが、数日で済まないは確かでしょう」


「そうか。くれぐれもよろしく頼むぜ」


「お任せを」






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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