22 魔獣襲来
暗いからこそ、凄惨な光景をハッキリとは視認できずに済んでいる。
が、辺りにはむせ返るような血の臭いが漂っており、確かに凶行があったことを示していた。
「何してんのよアイツ⁉ 全員殺していったの⁉」
「……木箱を退かそうぜ」
「はあぁ⁉ まだあんな危険な奴の言うことを聞くつもりなわけ⁉」
「俺たちに敵対したわけじゃない。敵を斃しただけだ。それに考えてもみろ、奴等が誰か1人でも目を覚ましただけで、俺たちじゃ対処できねぇんだぞ」
「アイツの肩を持つってわけ?」
「俺たちじゃ、アイツを止められねぇ。それが現実ってだけだ」
「何よそれ」
やり方に納得できるはずもねぇ。
他人を頼ったばっかりに、この様だ。
はなから捕まえるつもりなどなかったのか?
だから憲兵も連れては来なかった?
分からねぇ。
だが、今更何を言おうが、現実は変わりゃしねぇ。
死んだら死んだまま。
どうにもならねぇんだ。
馬車から木箱を退かし、エルフを担ぎ込む。
「こ、これからどうするんだい? 町に戻るのか?」
「いや、アイツを待つさ。生き残ってる獣人は助けてやらねぇと」
「……ね、ねぇ、まさかとは思うけど、獣人まで殺してたりしないわよね?」
流石にそこまではしねぇ……とは思いたいが。
どうだろうか。
盲目的に信じることはできそうにねぇ。
「様子を見てくる。もしアイツだけが出てくるようなら、俺に構わず全速力で町まで戻ってくれ」
「バカ言ってんじゃないわよ! アンタを置き去りになんて、できるはずないでしょ!」
「──いいや、逃げるのはオレを除いた全員でだよ」
「「ッ⁉」」
またいきなり現れやがって!
態とやってんじゃねぇだろうな⁉
ドサドサと馬車内に何かが積まれてゆく。
酷い臭いをさせてるが、凡その輪郭からして獣人たちのようだ。
「生きてたのは、これで全員だ」
馬車にはまだ空きがある。
「あとは買い手のコイツだ。気絶させた上で腕と脚は折ってあるが、くれぐれも用心するようにな。町に戻ったら、牢に入れるまでの間は魔術で抑え込んでおくといい」
最後に放り込まれたのは、ガタイのいい禿頭の男だった。
腕と脚の根元が潰されているのが見て取れる。
「さあ、急いで出発しろ! 此処も危険だ!」
「何言ってんだよ。アンタも乗れよ」
「もうすぐ魔獣が押し寄せてくる。そうなれば、第一門を開けて間引きが開始されるだろう。オレはそっちに参加する」
「何でんなことが分かんだよ?」
「悠長に説明してる時間は無い。いいから行け。くれぐれも門の明かりの範囲内には入るなよ」
言うだけ言って、眼前から姿が消えてしまった。
「どうするのよ? 今度はアイツを置いてくの?」
魔獣が来る?
何でそんなことが分かるんだ?
鳴き声も振動も感じやしねぇってのに。
と、馬車が揺れ出した。
まさか、マジで来たってのか⁉
「どう! どうどう! これ落ち着かんか、いったいどうしたんじゃ」
「何だ?」
「馬が突然暴れ出しおった。どうやら怯えておるようじゃ」
「それってまさか……」
「かもな」
人間よりか動物のほうが、よっぽど危険に聡いらしいしな。
本当に魔獣が近づいて来てるのかもしれねぇ。
「すぐに離れたほうが良さそうだ。頼むぜ」
「わ、分かった。さっきの御仁はいいんだな?」
「ああ。本人がそう言ってたんだしな。構わねぇ、出してくれ」
「あいよ、そら!」
馬車が盛大に揺れる。
火でも点いたかのように、馬が駆けだした。
「あーもう、次から次へと訳分かんない」
魔術は町に入ってから使えとか言ってたか?
そういや、エルフが魔術を使ってたらしいが、アイツは妙な反応をしてやがったな。
魔獣は魔術師に反応するんじゃなく、魔術にこそ反応してるってことか?
もしそうだとすると、故郷で壁を造ろうとした際、もれなく魔獣を呼び寄せちまうってことにも……。
「結局さぁ、何のために獣人を買い集めてたのかしら」
「あ? さあな。コイツに聞いてみねぇ限り、分かるわけがねぇ」
いつから、どれだけ集めていたのか、知れたもんじゃねぇ。
さっきの廃坑だかは、いったいどんな状態だったのか。
胸糞の悪いことなのは、間違いねぇんだろうがな。
激震。
馬車が浮いた。
「な⁉」
「きゃッ⁉」
ん? 今随分と可愛らしい悲鳴が聞こえたような……?
「うおぉ⁉ ふ、振り落とされんでくれよ!」
慌てて、周囲の獣人たちが外へ飛び出さないよう、上から押さえつける。
「何よ⁉ 今度は何なわけ⁉」
「今のオマエか? 随分とかわ──」
「うっさい! 忘れろ! 記憶を失え!」
「頼むから、暴れんでくれ!」
幌の隙間から外を窺う。
激しい揺れを伴う轟音。
発生源は……壁か?
「どうなってるの?」
「分からん。こっからじゃ何も──」
ギイィィィィィィーーーーー!
酷く耳障りな異音が響く。
堪らず耳を塞ぐ。
と、明かりに照らし出される壁に変化が現れていた。
壁が割れる。
いや、巨大な門が開かれていってるのか。
瞬間、呼吸ができなくなった。
悪寒。
死の予感。
背筋が、心臓が、酷く冷たい。
隙間から覗く視線に晒された。
たったそれだけで、身体が生きるのを諦めた。
馬が嘶く。
馬車が跳ねるように進む。
逃げる。
脅威から、全速力で。
隙間が広がるにつれ、魔獣の姿が露わとなってゆく。
大きさは、門の半分にも届きはすまい。
総数は不明。
「この感じ、間違いなく魔獣よね」
「ああ」
遠ざかることで、どうにか喋れるまでには戻ったか。
「ちょっと脇に退いて。アタシも見るわ」
「おい、押すなっての」
不快な音が止んだ。
門を全開にはしないようだ。
ギリギリ1体が通り抜けられるほどの隙間。
そこから次々と跳び出してくる。
「や、ヤバッ⁉ もっと急いで!」
「む、無茶言わんでくれ! これでも目一杯飛ばしとるんだ!」
影が5つまで増えたところで、再びの異音。
門が閉じられてゆく。
「成体が5体も⁉ ホントに斃し切れるの⁉」
「……こっちに来る様子はねぇな。やっぱ、今まさに戦ってんだよな」
もう人の大きさまでは視認できない。
何人が戦っているのだろう。
そして、何人が生き残れるのだろうか。
「アタシたち、助かった……のよね」
「多分な」
「急に魔獣が現れたのって、アタシたちの所為だったの?」
「分からん」
魔術師の存在か、魔術の使用か。
あるいは、全く別の理由なのか。
学院では終ぞ習うことのなかった事象だった。
アイツは、何をどこまで知っていたのだろう。
「何もしてないのに、疲れちゃったわ。けど、この町に居て大丈夫なのかしら? 魔獣が町まで来たりしない?」
「──っとそうだった」
気付けば、周囲には建物が見え始めていた。
町に入ったら魔術で抑え込めと言われていたんだった。
慌てて、禿頭の体に触れ、魔術を発動する。
≪睡眠≫
精神魔術の初級。
気絶した状態なら、効きもいいはず。
「ねぇってば、アタシの話、聞いてた?」
「ああ、聞いてたよ。斃せる数だからこそ、壁の内側に入れたんだろ」
「そう、よね」
果たして、門に戦士団が何組待機していたのか。
無理だと判断してりゃ、門は開けねぇとは思うんだが。
「なら、まだこの町に留まるってこと?」
「詰め所と組合には寄らねぇとな」
その後はどうしたもんか。
俺たちにできるのは、ここらが限界か?
できることなら、獣人を集めてた理由を知りたくもあるが。
「──うッ、ううぅ」
「あ、エルフが気が付いたみたいよ」
「こっちは手が離せねぇ。任せる」
「わ、分かった。ねえ、気分はどう? 大丈夫?」
「此処は……? ワタシはいったい……?」
「馬車の中よ。今は……詰め所に向かってるのよね?」
「そのつもりで走らせてるよ」
「だ、そうよ」
「くッ、どうしてワタシは寝かされて……この獣人たちは?」
「何してたか覚えてない? 獣人を助けに行ったのよ」
「ッ⁉ そ、そうです! どうなりましたか⁉ 獣人は⁉ って、居ましたね!」
大混乱してやがるな。
「獣人たちの様子はどうだ? 町に入って明るくなったから、様子も分かるんじゃねぇか?」
禿頭とは離してあるから、此処からじゃ様子が分からねぇ。
「……意外にも血色はいいわね。ただ、全員熟睡中みたい」
「この眠り方……見覚えがあります。あの子の時と同じです」
「──何だと?」
ってことはつまり、コイツか、コイツの仲間が精神魔術師だったってことか?
なら、触れてるのはマズい!
……いや、意識さえ戻らなきゃ、大丈夫か?
「コイツも魔術師の可能性がある。オマエらは触れるなよ! 俺の様子がおかしくなったら、気絶させといてくれ」
「その男は?」
「取引相手だよ」
「他の者はどうしたのですか? まさか、逃げられたのですか⁉」
「いや……死んだよ」
「死んだ? ……なるほど、あの者の仕業ですか。では、ワタシが気絶していたのも、もしかして?」
「そうよ。どっちも、止める間も無かったわ」
「では、あの者が不在なのはどうしてでしょうか?」
「魔獣と戦ってんだよ。あの後すぐ、魔獣が門に押し寄せて来たんだ」
「……そうでしたか。何故邪魔をしたのか、問い質したくもあったのですが」
「いきなり跳び出してくんだもの。自重しなさいよね。最悪、死んでたかもしれなかったんだからね」
「心配をかけてすみませんでした。ですが、どうしても我慢できなかったのです」
「無事に帰るって約束してたじゃない。無茶しないでよね」
「すみません」
妙なもんだ。
いつもなら、立場は逆なんだがな。
しっかし今回、俺たちの中で動けたのは、エルフだけだったとも言える。
はなから敵わないものとして、戦うって選択肢自体が無かった。
そいつが災いしたのか。
それとも、お蔭で命拾いしたのか。
いずれにしろ、俺は役に立たなかったわけだ。
「もうすぐ憲兵の詰め所に着くぞい」
ようやくか。
禿頭が目を覚ます前に、さっさと牢にぶち込んでくれ。
「──では、この者が首謀者ということですか?」
「多分な。つっても、他の連中は死んじまったし、確認のしようもねぇが」
「……酷い怪我ですね。治癒魔術師でも治せるかどうか」
「っと、そうだった。俺の魔力が尽きる前に、急いで牢まで運んでくれ」
「どういうことでしょうか?」
「コイツ、魔術師かもしれねぇんだ。だから、触れねぇほうがいいぜ。下手すりゃ、操られちまう」
「……なるほど。では、担架を用意して、それで運びましょう。手の空いてる者は、保護した人たちを運び込んでください」
バタバタと人が行き交う。
そう言えば、西区で保護された獣人たちはどうしているのだろうか。
この獣人たちも、どうなるのだろう。
「なあ、保護した獣人たちは、これからどうなるんだ?」
「事情聴取や体調の快復を待ってからになりますが、ひとまずは西区へ移送することになります。手紙にそう指示もありましたし」
やっぱこの地区じゃ、受け入れはしねぇってことか。
「西区か。俺たちが帰るのには間に合いそうにねぇか」
「滞在期間にもよりますが、数日で済まないは確かでしょう」
「そうか。くれぐれもよろしく頼むぜ」
「お任せを」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




